ネチズン・カレッジ日誌にようこそ!

ある政治学者のホームページ奮戦記――わが家のできるまで、できてから(2024年1月ー

 ここには、<What's New>で定期的にトップに現れた、本ホームページの作成過程、試行版への反響、更新の苦労話、メールへのご返事、ちょっといい話、外国旅行記・滞在記、研究室からカレッジへの改装の記録が、日誌風につづられます。趣味的なリンクガイドも兼ねます。ま、くつろぎのエッセイ集であり、対話のページであり、独白録です。日付けは下の方が古いので、逆読みしてください。

古い記録は、「図書館特別室3 ネチズン・カレッジ生成記録」として、以下のようになっています。お好きなところへどうぞ。

Welcome to KATO Tetsuro's Global Netizen College! English is here

バブル景気と政治改革:1989年から2024年へ

2024. 3.1 ●東京証券取引所の日経平均株価は、1989年12月29日以来34年ぶりの高値で、4万円台の大台も間近とのこと、バブル景気の再来です。確かに1989年、東欧革命・冷戦崩壊の頃は、「24時間たたかえますか」の世界で、株価と地上げの不動産地価が高騰、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた余韻が残っていました。世界企業時価総額ランキングで、NTT以下日本企業・銀行がトップテンのトップファイブを独占したほか(NTT、日本興業銀行、住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行、IBM、三菱銀行、エクソン、東京電力、ロイヤルダッチシェル)、半導体の世界市場では50%のシェアでした。半導体売り上げ企業ランキングでも,1986-1991年まではNEC・日立・ 東芝が上位3位を独占したほか,10位以内に富士通・三菱電機・松下電子がランキングされ、6社が10位以内に入るという「電子立国」日本でした。日本株の外国人保有比率は、5%以下でした。国内市場の景気に熱気があり、労働組合のナショナルセンター「連合」が生まれたばかりでしたが、賃上げも1988年23%、消費が過熱していました。今日の「政治とカネ」問題の土台となったリクルート汚職事件が起きたのも1988年、冷戦崩壊後のグローバルな世界への対処が議論され、バブル経済に寄生し腐敗した政治の改革論議も熱気がありました。

●2024年の4万円株価は、世界の半導体景気が主導しているそうです。超高層タワーマンションの売れ行きも好調で、1989−90年に似ています。ただし、日本企業や高級不動産への投資の中心は、海外投資家です。日本株の30%は外国人が保有し、それが売買額の3分の2を占めます。当然株高の恩恵も、そうなります。1ドル=150円の円安と、米国ウォールストリートの市況、中国不動産市場のリスクヘッジに動かされています。円安輸出企業以外の国内製造業は、技術革新が遅れ内部留保の取り崩しと物価へのしわ寄せ、中小零細企業に至っては価格転嫁もできずに悲鳴をあげていて、とても「好景気」「賃上げ」どころではありません。いわば庶民の生活感から大きく離れた、「バブルな好況イメージ」のバブルです。他力本願で、いつはじけてもおかしくありません。日本に投資している海外マネーは投機ですから、あっという間に逃げ出すこともありうるでしょう。インテルやサムソンのリードする世界の半導体市場での日本の製造装置のシェアは3割程度ですが、製品市場では6%まで落ち込み、台湾のTSMCのような専業ファウンドリーメーカーはありません。日本政府は、そこで1兆2千億円の補助金を出して、熊本にTSMCの工場を誘致しました。40年前に、どこかで見た光景です。勢いのあった日本の自動車企業等を誘致しようと、アジアはもとより、アメリカの州政府やイギリス、オーストラリア政府なども税や立地の優遇措置を準備して日系企業を誘致し、「国内産業空洞化」が言われていました。現在の立場は、真逆です。日没する国の庶民は、かつて日本車をハンマーで壊した米国労働者のようなエネルギーはありません。株価や不動産に浮かれる余裕はないのです。

● ロシアのウクライナ侵略戦争は、3年目に入りました。思えばこれも、34年前の東欧革命・冷戦崩壊・ソ連解体によるグローバルな世界再編の一つの帰結でした。冷戦崩壊の主役は、ソ連共産党のエリート官僚であったミハイル・ゴルバチョフと、アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンでした。ソ連共産主義の中で育ったゴルバチョフが、経済的停滞・政治的閉塞からペレストロイカ、グラースノスチ、新思考外交で脱出しようとしたところで、イギリスのサッチャーがレールを敷いたグローバルな新自由主義市場圏に組み込まれ、ハリウッド俳優上がりのレーガン主導で飲み込まれました。21世紀になると、そのグローバルな世界資本主義に、中国が共産党独裁を残したまま本格的に参入し、アジアの周辺国をも巻き込んで「世界の工場地帯」になりました。かつて技術力で欧米資本主義とドッキングできた日本資本主義は、G7に代表される欧米日同盟に残ったまま、中国経済圏の周辺にも組み込まれました。GDPは、中国ばかりでなくドイツにも抜かれ、やがてインドにも追い越されようとしています。そんな折りに、俳優上がりのゼレンスキー大統領の国ウクライナが、共産党官僚制の一部であったKGBを引き継いだプーチン首相のロシア帝国主義に攻め込まれ、NATOから武器を供与されて長期戦になりました。しかし、先は見えません。そのNATOの有力国を後ろ盾に、かつてのホロコースト被害を看板にアラブの地に立国したイスラエルは、パレスチナ人へのジェノサイドで世界史的加害者になっています。フィンランド、スウェーデンのNATO加入で、欧州の国際秩序が変わりました。秋のアメリカ大統領戦挙で、トランプが勝利したらどうなるか、兜町の株価水準は同じでも、1989年の民主化で浮遊し始めた希望ある世界とは、全然ちがいます。2024年の、再編を繰り返して多元化し権威主義的国家が勢いを増す世界は、1989年とは大きく環境が違い、方向性が見えてきません。不気味なのは、能登半島地震・津波でも株価が低落しなかったように、金融市場の暴走状態が続くことです。台湾の半導体ばかりでなく、総じて戦争や危機に関わる銘柄が、海外からの投機の対象になっています。

● リクルート事件の後始末であった1994年の政治改革の抜け穴から、政治とカネの問題が再び吹き出し、2024年自民党裏金騒動になっています。折からの確定申告期に、SNSでは「#確定申告ボイコット」が10万件以上、内閣支持率・自民党支持率史上最低の政界再編クライマックスを迎えようとしています。しかしこれが1990年代と異なるのは、自民党内での権力闘争と野党再編が結びつかず、どん底の自公・岸田内閣に代わる、新たな政治像・政党編成が見えてこないことです。30年前の細川内閣村山内閣を生み出したような、政治家たちのエネルギーは、小選挙区制と世襲議員が増えたためでしょうか、与野党を問わず、出てきません。「失なわれた30年」の経済と同じように、政治の時代閉塞です。権力の味に溺れた自民党・公明党はともかく、かつて日本社会党が果たした役割を果たすべき、立憲民主党・日本共産党に、元気がありません。立憲民主党の前身民主党は、まがりなりにも2009年に政権交代を実現しましたが、共産党の方は、34年間ひたすら衰退の一途です。欧米では、1989年東欧革命をきっかけに、共産党はプロレタリア独裁、生産手段国有化・集権的計画経済、前衛党・民主集中制といったレーニン・コミンテルン以降の伝統ときっぱりと訣別して、多くは名前を変えて、社会民主主義や協同組合主義・アナーキズム・コモンズ等へと転身していきました。それに対して、日本の共産党は、アジアの中国共産党・朝鮮労働党などと共に、コミンテルンの伝統を守り続けてきました。博物館的意味で、希少価値のある政党です。それが、自力更生もできず、存亡の危機にあります。

● おそらく1989年の東欧革命・ソ連崩壊期に日本共産党が生き残ったのには、共産党自身の宣伝する自主独立や議会政党としての定着ばかりでなく、中国・ベトナムなどアジア共産主義へのかすかな希望、日本の高度成長と近代化の遺産への寄生があったからでしょう。日本資本主義そのものに勢いがあったので、資本主義批判にも理論的・政策的活性化があり、再分配を組み込む余裕があったのです。まだ「アメリカ帝国主義」が学界のテーマであり、非正規労働・外国人労働者が少なく、一国「階級分析」が通用する時代でした。ソ連を模範国にしていた過去を捨て、「生成期」といった弁明を経て、ソ連共産党解体を「もろてをあげて歓迎」する根拠を強引に合理化する、マルクス・レーニン主義の理論政策幹部も残されていました。それが、党員数・機関紙読者数、国会・地方議会得票数・議員数、何よりも活動家層の高齢化と若者への影響力喪失が続いて、2024年1月の第29回党大会では、矛盾が吹き出した様相です。2024年は、SNS情報の常態化で中国共産党の横暴・自由抑圧が露わになり、「革命政党」と名乗ってもだれも現実性を見いだせず、解党的出直しか自然死かの瀬戸際です。1989年頃は、私は政治学者として『東欧革命と社会主義』(花伝社、1990年3月)をリアルタイムで書き、かつ、東欧の「フォーラムによる革命」「テレビ時代の革命」に刺激されて、新たな社会主義組織のあり方をフランス革命期まで遡って、『社会主義と組織原理』(窓社、1989年11月)と題して歴史的に探求していました。

● いま、日本共産党の中央幹部は、せっかく1年前に善意の党改革を訴えた古参党員を「反共攻撃」「分派」として「除名」し、ハリネズミ風に自己防衛しています。これに異議を唱える地方議員や地方幹部を、パワハラや専従解雇の生活権剥奪で抑え込もうとしています。滅多にとりあげてもらえない日本共産党史を、この間学術的書物にして書き下ろし、丁寧に助言してきた理解ある政治学者に対してさえ、空虚な名指しの中傷を新聞発表する仕打ちです。19世紀前半からの社会主義を志向する運動には、もともと出入り自由な自発的共同体を目指すロバート・オーウェン「ニューハーモニー」型から協同組合・友愛互助組織をめざす動きと、アウグスト・ブランキ「四季協会」型の、現存国家権力の暴力的転覆やテロを狙う秘密結社・少数精鋭革命党の志向の分岐がありました。19世紀後半から20世紀初めは、その二つの流れが合従連衡の中で合流し、ドイツ社会民主党やイギリス労働党のような社会民主主義政党として、選挙と議会を通じた社会改革・民主化を可能にしてきました。ブランキ型秘密結社の「裏切り者は死刑」の伝統にはマルクスが介入し、@異論者は公開指名手配で追放するが生命は奪わない「除名」制度を共産主義者同盟に導入し、A将来の再加入を可能にする「除籍」ももうけられました。B秘密結社の陥りやすい中央集権・個人独裁を制御するため、組織内に選挙制ばかりでなく複数指導者制・任期制など権力分立の制度を導入し、C機関紙編集権の独立、D地方組織の独自規約制定権、E党財政・専従職員給与の透明性・公開制、F異論者処分への多段階の党内第3者による仲裁裁判制度等が設けられ、実際に機能してきました。

● 20世紀に入って最大の問題が、専従活動家が増殖した党中央官僚制と、選挙で有権者の支持で選ばれた国会議員団との関係でした。多様な社会主義政党や労働組合を基盤にした第二インターナショナルの中心であったドイツ社会民主党は、第一次世界大戦の戦時公債への態度をめぐって、党官僚・議員団を横断する分裂が決定的になり、独立社会民主党やローザ・ルクセンブルグらの最左派スパルタクス団を生み出しました。そこに、ロシアで秘密結社の系譜から暴力やテロをも用いた革命を成功させたレーニンらのボリシェヴィキが、「第二インターナショナルの崩壊」をうたって、第三インタナショナル=コミンテルンを作り、その暴力革命を可能にする前衛党を世界に広めようとしました。それがコミンテルン加入条件21箇条(1920年)、コミンテルン模範規約(1925年)に書き込まれた、ロシア起源の組織原理=「民主集中制」でした。それを受容して、世界共産党=コミンテルン日本支部として創立されたのが、日本共産党です。ですから共産党の党内コミュニケーションには、軍事用語があふれていました。「プロレタリア独裁」や「労働者階級」とは言わなくなりましたが、すでに世界は冷戦さなかの1961年でも冷戦崩壊の1989年でもなく、「もしトラ」でトランプ再登場のアメリカの可能性も出てきました。こうした21世紀世界の本格的構造分析と変革条件の探求・政策対応を求められています。しかし日本共産党には、戦略・戦術・陣地・前衛・戦闘的等々の軍事用語がジャルゴンとして残され、党中央官僚に異論を表明するSNSをひそかに監視し摘発する、憲兵隊風秘密組織もできているようです。ただしそのジャルゴンを使ってでも世界を分析できる理論枠組と理論活動家は、消え去ろうとしています。

● 私の「民主集中制」理解は、すでに1989年の著書以来公開し、百科事典の辞書的な定義のほか、19世紀社会主義や「民主主義」一般に比して歴史的特徴として、@厳格な「鉄の軍事的規律」、A上級の決定の下部の無条件実行、B厳しいイ デオロギー的・世界観的統一と異論・離反者の犯罪視、C 党員の水平的交通および「分派」禁止、D党財政の中央管理と秘密主義、E党外大衆組織さらには国家組織への党内「伝導ベルト」を通じての指導と支配の確保、としてきました。それらは、1989年の東欧革命時に、ほとんどの国で共産党が独裁国家・指導者崇拝を産んだ重要因として廃棄され、わざわざ「集中制」を主語にしなくても、十分な情報と平等な熟議の上での決定の実行を意味する「民主主義」だけでよいことになりました。何よりも、一人一人の党員個人の個性・自発性・人権と入退会・言論の自由に立脚する「党員主権」という考え方が、民主化を推進した後継の社会党・左翼党・民主党等々の原理になりました。日本で1989年に新語・流行語大賞で普及した「セクハラ」、2000年から一般化した「パワハラ」の排除が、一般企業や官庁組織と同様に、ポスト共産主義政党の重要な組織規範となりました。日本共産党が、2024年のバブルのなかで政治改革・政党再編に参与しようとするなら、まずは軍事革命政党・集権制・指導者崇拝・人権侵害のイメージを払拭し、主権者たる国民に開かれた、党員主権と民主主義の政党へと脱皮することが必要でしょう。コミンテルン起源のいわゆる「二段階革命」をなお唱え、「社会主義革命」に先行する「民主主義革命」に固執するのならば、なおさらです。丸山真男風に言えば、主権者である国民を主人公とした、日本政治全体の「永続民主主義革命」の可能性の探求が必要なのです。

 2023年は、前年に獣医学の小河孝教授とコラボした共著『731部隊と100部隊ーー知られざる人獣共通感染症研究部隊』(花伝社)、私が代表をつとめる尾崎=ゾルゲ研究会のシリーズ第一弾、A・フェシュン編・名越健郎・名越洋子訳『ゾルゲ・ファイル 1941−1945 赤軍情報本部機密文書』(みすず書房)、を刊行した延長上で、シリーズ第二弾のオーウェン・マシューズ著、鈴木規夫・加藤哲郎『ゾルゲ伝 スターリンのマスター・エージェント』(みすず書房)が刊行しました。

 

「等身大のゾルゲ解明へーー尾崎=ゾルゲ研究会発会主旨」(毎日新聞、2022年2月13日夕刊) 

シリーズ「新資料が語るゾルゲ事件」尾崎=ゾルゲ研究会編(みすず書房)

アンドレイ・フェシュン著、名越健郎・名越陽子訳『ゾルゲ・ファイル 1941−1945』(みすず書房)

「蘇るスパイ・ゾルゲ」(『週刊朝日』2022年11月11日号) 

「スパイ事件 公表から80年 ゾルゲにソ連側が不信感 機密文書まとめた資料集邦訳」(毎日新聞夕刊2022年12月14日

「伝説のスパイ ゾルゲの謎に迫る、刑死から78年、書籍続々」(朝日新聞夕刊2023年1月20日)

ka明治大学平和教育登戸研究所資料館 第13回企画展講演会:加藤哲郎「ゾルゲ事件についての最新の研究状況」(2023年5月)

ka岸惠子主演『真珠湾前夜』が可能にした学術的ゾルゲ事件研究」(みすず書房HP、2023年5月18日)

ka<土曜訪問インタビュー>「プーチンの原点は ゾルゲ研究から ウクライ ナ侵攻探る」 加藤哲郎さん(一橋大名誉教授)(中日・東京新聞2023年6月3日)

kaゾルゲ事件研究深化、愛知大文庫開設を計画 寄贈資料すでに1000点(中日新聞7月27日夕刊トップ)

ka<記者がたどる戦争>ゾルゲ事件(北海道新聞2023年8月111213日) 

ka毎日新聞『ゾルゲ伝』書評:岩間陽子「極東と欧州、同時代の歴史が融合」(2023年7月22日)

ka読売新聞『ゾルゲ伝』書評:井上正也「大物スパイ 成功と孤独」(2023年9月1日)

ka東京新聞「ゾルゲ事件の新証言 自白強要や拷問なかった、元特高警察の男性の生々しい記録が見つかる 戦時中のスパイ捜査」(2023年9月18日)

ka北海道新聞「ゾルゲ事件」捜査つづる遺稿集 元特高警察の男性遺族、愛知大教授に寄贈」(2023年11月9日)

ka東京新聞「ゾルゲ事件、特高警察の取り調べ記録を「研究に役立てて」 主任警部の遺稿集を遺族が愛知大に寄贈」

(2023年11月13日)

● 『戦争と医学』誌22巻(2021年12月)に寄稿した「戦前の防疫政策・優生思想と現代」をアップしました。日独関係史がらみで、『岩手日報』2022年2月20日の社会面トップ記事、「可児和夫探索」の調査取材に協力しました。可児和夫は、ナチス・ドイツ敗北後に日本に帰国せずベルリン近郊に留まりソ連軍に検挙された医師・ジャーナリストで、もともとナチスの作った東独のザクセンハウゼン強制収容所に、1945−50年に収監されていた唯一の日本人でした。片山千代ウクライナ「ホロドモール」体験に似た収容所体験記「日本人の体験した25時ーー東独のソ連収容所の地獄の記録」(『文藝春秋』1951年2月)を残した、現代史の貴重な証言者です。晩年の島崎藤村について、私の近代日本文学館での講演も参照しながら、信濃毎日新聞がすぐれた連載を掲載しておりますので、ご参照ください・本サイトの更新も、体調との関連でまだまだ不安定ですが、カレッジ日誌(過去ログ) の方から、論文やyou tube 講演記録をご参照ください。

30年前を他山の石として、SNS時代の政治改革を

 

2024. 2.1 ●  新年に能登半島を襲った地震・津波は、多くの被災者の生命を奪い、1か月たっても水や電気のライフラインが復旧せず、大雪の中でボランティアの片付け手伝いも難しい、緊急事態が続いています。東京のホテルや料亭で毎晩グルメを漁り続ける首相も、被災時に東京の自宅にいて被災地に視察に入ったのは首相と同じ2週間後の県知事も、初動の遅れとライフライン・住民避難誘導の危機管理の甘さは、ちょうど同じ冬期の1995年阪神淡路大震災、2011年東日本大震災・大津波や2016年熊本地震の経験を活かせなかった、大惨事です。震度7を経験した志賀町は、北陸電力の原発のあるところ、活断層の有無と危険度がずっと問題になっていたところで、2011年以降停止していたのが不幸中の幸い。それでも燃料プールには1号機に672体、2号機に200体の使用済み核燃料が貯蔵され、冷却されていました。

●  北電は「安全上の問題はない」と直後に発表しましたが、その後変圧器の油漏れや3メートルの水位上昇、放射能計測ポスト13箇所のデータ欠落など、次々に問題が見つかりました。この地域の活断層の予測は建設設計時とは大きく変わってきましたから、もし稼働中であったら、福島原発なみの事故もありえたでしょう。今回100人以上の犠牲者を出した珠洲市は、1976年の関西電力の原発計画を住民の粘り強い反対運動によって2003年に凍結させた立地断念地点です。東京電力の福島もそうですが、関西の電力を能登半島に求めたのも、もともと原発には人間にとっての大きな危険が予測されたからでした。志賀原発ばかりでなく、柏崎原発も、敦賀から高浜に至る「原発銀座」についても、改めて本格的な安全審査が必要になるでしょう。

●   原子力発電は、日本のポスト高度経済成長時代の、基幹産業の一つでした。石炭から石油へ、その石油が中東への輸入に頼り危機になると、今度は石油から原子力と称して、1980年代以降のエネルギー転換を主導してきました。そのバブル期に向かう日本の国際的地位上昇の推進力になったもう一つの産業が、トヨタをはじめとする自動車産業でした。石油危機と排ガス規制・低燃費による欧米での小型車志向に乗って輸出を増やし、アメリカ車はもちろんドイツ車の市場にも浸食して、文字通りの基幹産業になりました。原発推進が2011年福島原発事故で挫折し再生エネルギーへの転換が不可避になっても、日本の自動車産業は「失われた30年」の例外部門としてシェアを拡大し、2023年までトヨタは4年連続世界一で、ホンダ・日産・スズキも世界的メーカーです。

●  ただし、ここにも脱炭素・EV化の波が迫ってきて、車種別ではテスラのEV車がトヨタ・カローラを上回り、EV車では中国車が大きく伸びています。そこに、トヨタ傘下の豊田自動織機が自動車エンジンの性能試験のデータを「きれいに見せる」不正書き換えで型式指定申告、ランドクルーザーなど10車種が出荷停止になりました。すでに同じ傘下の日野自動車・ダイハツ工業も認証制度の不正が明るみに出ていましたから、トヨタグループ全体での数十年の不正です。どうやら「失われた30年」のほとんど唯一の売りであった自動車輸出は、原発同様に、安全性をないがしろにした利益優先の大企業体質でもたらされたものであったようです。株式市場は不動産バブルと外資による日本買い、日銀マイナス金利で好況に見えますが、このトヨタ失速で失う国際的信用は大きく、日本経済はさらに世界から取り残されます。

● その日本経済の中心にある経団連会長によれば、自民党に対する政治献金は、「社会貢献」なのだそうです。なるほど低賃金・物価高のもとで内部留保を蓄積してきた大企業にすれば、「失われた30年」を金融政策やアベノミクスでごまかしてきた自民党政治に一部を「献上」し、地方議員や投票買収の「裏金」に使ってもらうのは、自社・自産業維持の担保・保険金なのでしょう。軍需産業やベンチャービジネスでは、なおさらです。震災復興が必要なのに、経済効果さえ怪しい大阪万博に固執するのも、財界としては、ギャンブルがらみのカジノ資本主義に近づく、一階梯なのでしょう。しかし、ますます貧困化する科学技術政策・大学政策、家族定住を認めないまま低賃金長時間労働に閉じ込めようとする外国人労働者政策・難民政策を見れば、この国の没落は、加速するでしょう。

● 医療や介護の労働価値を高める北欧型福祉・社会保障、従属や追随を拒否するインド風自主外交、トランプによって攪乱されるが日本よりはましなアメリカの権力分立と政治資金の透明性、教育や文化への集中投資で生き残る小国シンガポールや韓国の知恵、体育館に集住避難させる日本と同じ地震国でありながら、被害者救済や避難設備・生活支援で隔絶したイタリアの人権を踏まえた災害対策など、いくらでも学べる海外の事例があるのに、この国は、外国人と見れば警官がすぐに職務質問し、ミス日本に日本国籍だが日本人の血筋がないと差別しSNSでいじめ、群馬では2004年から公園内にあった朝鮮人強制連行の慰霊碑を自治体が撤去、なんとも多様性を無視し忌諱する国です。その頂点が、現職外務大臣をルッキズムで評する自民党副総裁がまかり通ることでしょうか。

● 自民党の派閥政治と裏金の問題は、まさにポスト高度成長期の政治に、一貫してつきまとってきたものです。1994年の政治改革の不徹底のツケが、30年後に政界を揺るがしています。中選挙区ではカネがかかるというので小選挙区制を導入し、政党助成金制度が生まれたのに、企業・団体献金については抜け穴だらけで、自民党安倍派の政治資金パーティで6億7500万円以上二階派で2億6400万円、岸田派でも3000万円の違法収入が、明らかになりました。政党が政治家個人に支出する「政策活動費」は、各党幹事長クラスの非課税資金となっており、自民党二階幹事長時代は5年間で50億円、22年の自民党茂木幹事長の9億7150万円のほか、麻生太郎副総裁に6000万円、野党でも22年に、立憲民主党の泉健太代表・西村智奈美幹事長各5000万円、維新の会藤田幹事長5057万円、国民民主党榛葉幹事長6600万円が、使途不明のまま使われてきました。そろそろ確定申告の時期、インボイス制度まで導入されて厳しく脱税を取り締まられる中小零細業者や庶民からすれば、はらわたが煮えくり返る思いでしょう。

● 20世紀後半の日本を牽引し、21世紀の第1四半期の「失われた30年」でもしぶとく生き残ってきたが、そろそろ賞味期限が怪しくなった原子力村、自動車産業、自民党に比すれば、ぐっとスケールが小さいですが、自民党に対抗する野党の一つである日本共産党も、どうやら賞味期限切れのようです。30年前の政治改革の時期には、土井たか子委員長率いる日本社会党が、自民党に対する対抗軸として生きていて、一時は「山が動いた」とまで呼ばれた躍進を遂げました。1994年村山首相の自社さ連立政権までは存続しましたが、阪神・淡路大地震対策を含む安保・自衛隊政策での政策変更で失策・失速し、社会民主党などへと分解・解体しました。もっとも、その日本社会党解体が、15年後に民主党政権を可能にしたといえなくもありませんが。

● 1990年代に東欧革命・ソ連崩壊で存亡の危機だった共産党は、解体した日本社会党支持票の一部の受け皿となることで、西欧諸国共産党が崩壊していく中でも、なんとか生き残りました。しかし、東アジアに生き残った中国共産党・朝鮮労働党とのつながりを否定しても党名から有権者は離反するばかりで、党勢の歴史的衰退は、宮地健一さん広原守明さんが分析する党員の高齢化党員数・機関紙の半減として進行し、30年後の新たな政治改革の時代に直面して、日本社会党と似たような道を辿ろうとしています。ちょうど30年前が、インターネット元年とか、ボランティア元年とか呼ばれた時期で、政党にとっての情報環境も、社会運動の編成主体も、大きく変わっています。この21世紀的環境に、どのように積極的に対応できるかが、かつての保守にとっても革新にとっても、延命の鍵となるでしょう。

● 共産党は、新聞テレビの報道では1月第29回党大会での田村智子女性委員長誕生によるイメージ刷新・巻き返しも報じられていますが、SNSを中心としたウェブ上での情報や you tube 映像を眺めてみると、志位議長の「院政」をはじめ、旧態依然です。1年前から二人の有力党員が党首公選制を求めるなど、同党の異論を排除するコミンテルン以来の「民主集中制」の問題点が吹き出し、二人は除名されても、それを支援し論じる多くのサイトが生まれました。党大会前には7人の党員・元党員の覆面記者会見、党大会では中央の措置に異議を唱えた神奈川県の代議員への集中砲火で、社会的常識からするとパワハラとしか見えない弾劾・糾弾、そして前大会以来の党勢衰退も目標未達成も「反共攻撃」のせいにして、無責任な旧主的組織保存自己推薦老醜人事、せっかく新たな政治改革の時代のきっかけを「しんぶん赤旗」が作ったはずなのに、積極的解体か、自然死かの、選択を迫られています。私の考えは、すでに30年前に「科学的社会主義の審問官ではなく、社会的弱者の護民官に」と提言し、「インターネットは民主集中制を超える」予測してありますし、健康上の理由もあって詳しくは述べませんが、自民党の金権派閥解体をさらに促すような、野党を横断した新たな政策グループ風再編が急務であるとだけ、述べておきます。


2024. 1.3 ●正月元旦から「日本の原発銀座」に近接する能登半島地震・津波災害、羽田空港での日航機と海上保安庁機の滑走路衝突事故という波乱の予兆、危機管理の危機です。2024年が、前向きの年になるといいのですが…。

 2023年は、前年に獣医学の小河孝教授とコラボした共著『731部隊と100部隊ーー知られざる人獣共通感染症研究部隊』(花伝社)、私が代表をつとめる尾崎=ゾルゲ研究会のシリーズ第一弾、A・フェシュン編・名越健郎・名越洋子訳『ゾルゲ・ファイル 1941−1945 赤軍情報本部機密文書』(みすず書房)、を刊行した延長上で、シリーズ第二弾のオーウェン・マシューズ著、鈴木規夫・加藤哲郎『ゾルゲ伝 スターリンのマスター・エージェント』(みすず書房)が刊行しました。

 

「等身大のゾルゲ解明へーー尾崎=ゾルゲ研究会発会主旨」(毎日新聞、2022年2月13日夕刊) 

シリーズ「新資料が語るゾルゲ事件」尾崎=ゾルゲ研究会編(みすず書房)

アンドレイ・フェシュン著、名越健郎・名越陽子訳『ゾルゲ・ファイル 1941−1945』(みすず書房)

「蘇るスパイ・ゾルゲ」(『週刊朝日』2022年11月11日号) 

「スパイ事件 公表から80年 ゾルゲにソ連側が不信感 機密文書まとめた資料集邦訳」(毎日新聞夕刊2022年12月14日

「伝説のスパイ ゾルゲの謎に迫る、刑死から78年、書籍続々」(朝日新聞夕刊2023年1月20日)

ka明治大学平和教育登戸研究所資料館 第13回企画展講演会:加藤哲郎「ゾルゲ事件についての最新の研究状況」(2023年5月)

ka岸惠子主演『真珠湾前夜』が可能にした学術的ゾルゲ事件研究」(みすず書房HP、2023年5月18日)

ka<土曜訪問インタビュー>「プーチンの原点は ゾルゲ研究から ウクライ ナ侵攻探る」 加藤哲郎さん(一橋大名誉教授)(中日・東京新聞2023年6月3日)

kaゾルゲ事件研究深化、愛知大文庫開設を計画 寄贈資料すでに1000点(中日新聞7月27日夕刊トップ)

ka<記者がたどる戦争>ゾルゲ事件(北海道新聞2023年8月111213日) 

ka毎日新聞『ゾルゲ伝』書評:岩間陽子「極東と欧州、同時代の歴史が融合」(2023年7月22日)

ka読売新聞『ゾルゲ伝』書評:井上正也「大物スパイ 成功と孤独」(2023年9月1日)

ka東京新聞「ゾルゲ事件の新証言 自白強要や拷問なかった、元特高警察の男性の生々しい記録が見つかる 戦時中のスパイ捜査」(2023年9月18日)

ka北海道新聞「ゾルゲ事件」捜査つづる遺稿集 元特高警察の男性遺族、愛知大教授に寄贈」(2023年11月9日)

ka東京新聞「ゾルゲ事件、特高警察の取り調べ記録を「研究に役立てて」 主任警部の遺稿集を遺族が愛知大に寄贈」

(2023年11月13日)

● 『戦争と医学』誌22巻(2021年12月)に寄稿した「戦前の防疫政策・優生思想と現代」をアップしました。日独関係史がらみで、『岩手日報』2022年2月20日の社会面トップ記事、「可児和夫探索」の調査取材に協力しました。可児和夫は、ナチス・ドイツ敗北後に日本に帰国せずベルリン近郊に留まりソ連軍に検挙された医師・ジャーナリストで、もともとナチスの作った東独のザクセンハウゼン強制収容所に、1945−50年に収監されていた唯一の日本人でした。片山千代ウクライナ「ホロドモール」体験に似た収容所体験記「日本人の体験した25時ーー東独のソ連収容所の地獄の記録」(『文藝春秋』1951年2月)を残した、現代史の貴重な証言者です。晩年の島崎藤村について、私の近代日本文学館での講演も参照しながら、信濃毎日新聞がすぐれた連載を掲載しておりますので、ご参照ください・本サイトの更新も、体調との関連でまだまだ不安定ですが、カレッジ日誌(過去ログ) の方から、論文やyou tube 講演記録をご参照ください。

 

戦争は続き沸騰化する地球、政治改革と万博中止と保険証存続の政権交代を

2024. 1.3 ●正月元旦から「日本の原発銀座」に近接する能登半島地震・津波災害、羽田空港での日航機と海上保安庁機の滑走路衝突事故という波乱の予兆、危機管理の危機です。2024年が、前向きの年になるといいのですが…。


2024. 1.1 ● かつてこの国は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされました。それから40年、年末に発表されたOECDの一人あたりGDPは21位、イタリアにも抜かれG7の最下位です。労働生産性では38カ国中30位、実質賃金も下がり続け、最下位グループです。まさに「失われた30年」、国別GDPもドイツに抜かれナンバーフォーで、やがてインドが追い抜くでしょう。頼みのアメリカ経済は順調でも、「アベノミクス」や「新しい資本主義」なる日本の愚策を救ってくれるわけではありません。むしろオスプレイのような欠陥商品や軍需品をさらに売りつけ、中古武器の払い下げ市場とします。自動車などの輸出利益は米国債購入にあてられて、中小企業や労働者の賃金にはまわってきません。長い眼で見ると、「先進国」「発達した資本主義国」というカテゴリーからの脱落が始まったようです。

● かつて第一次世界大戦が始まったとき、初年度の独英戦場で「クリスマス休戦」という言葉が生まれましたが、21世紀の戦争では、聖地エルサレムのすぐそばで、かつてホロコーストの被害者を自認していた国イスラエルによる、パレスチナの民衆へのジェノサイドが続いています。ガザでは、幼子がミサイルで傷つき、病院に運び込まれてもベッドも薬品もなく、すでに2万人以上の民間人の犠牲者です。ウクライナ戦争も長期化し、停戦のきっかけが見いだされないまま越年、プーチンは新年の大統領選再選をめざして、首都キーウを含む全土への年末空爆です。2024年は、プーチンのロシアばかりでなく、アメリカ大統領戦でのトランプ再登場の危険があり、アジアでは1月の台湾総統選を皮切りに、インドネシア大統領選、韓国総選挙、インド総選挙、さらにメキシコ大統領選、欧州議会選挙など世界は民意により大きく動く可能性があります。いまや国際社会での存在感を失った日本は、故安倍晋三の時代と同じように、トランプ共和党政権が復活すればいち早く尻尾を振るポチでありつづけるのでしょうか。

● 日本では7月の東京都知事選挙は決まっていますが、23年12月に急展開した自民党派閥のパーティ券による裏金づくり疑惑によって、それでなくとも危険水域だった岸田内閣の支持率は、かつての森内閣・麻生内閣末期並みの低空飛行になりました。自民党支持率も急速に低下して自民党政治の積年の腐蝕構造が、露わになってきました。日本のマスメディアで長く隠蔽されてきたジャニーズ事務所の性加害が2023年に社会問題化したのは、イギリスの公共放送BBCが詳しく調査して、世界に報道してからでした。BBCは、日本の政治資金の異常にいち早く注目し、岸田首相の息子の官邸パーティまであげて裏金スキャンダルの構造にも切り込んでいます。唐突かもしれませんが、私は東欧革命・ソ連解体期の共産党政権崩壊を想い出しました。政権が長期化して独裁化し、結党の理念はともあれ、ノーメンクラトゥーラであった親の威光や官僚的テクノクラートが権力維持を自己目的化して民衆の支持を失い、マネーと抑圧で支持を調達しようとしたがかなわず、民衆からの圧力と示威行動・反乱で権力を追われました。その一党支配と圧政の記憶が世界的規模で残り、20世紀のある時期まで新時代の希望を意味することもあった共産主義と共産党という党名は、21世紀には抑圧と不自由の象徴になってしまいました。

● 日本における自由民主党という政党は、もともと戦後日本の社会主義・共産主義の台頭に対抗して生まれた保守勢力の連合でしたが、世界的な共産党の衰退と日本社会党の解体に乗じてイデオロギー色を薄め、権力独占と利権配分の共同体に純化しました。3世・4世の世襲議員を生み出すほどに腐朽し寄生的になり、日本語の自由と民主主義のイメージをおとしめてきました。1990年代の政治改革の限界・問題性が、政治資金規正法、小選挙区制を含めここまで明らかになってきたのですから、このさい、その世界史的前提となった冷戦崩壊の世界史的地点に立ち戻り、21世紀にふさわしい抜本的な変革が必要です。議員定数・政党助成金から歳費・政治活動費、公職選挙法を含む選挙制度やデジタル技術の導入を含め、既存の政党は、日本国憲法下の「ジャパン・アズ・ナンバーファイブ」「少子高齢化日本」を前提とした、政治システムのアイディアと構想を競い合い、20世紀後半以来の自由民主党支配に代わる、新たな国家と社会との関係を、創出してもらいたいものです。

●もっともその世界史的環境は、1990年代以降、さらに深刻化しています。地球温暖化から地球沸騰化への、待ったなしの気候変動・生態系変化が、2023年は、日本でも体感されました。集中豪雨など異常気象や食卓に上るサカナの種類でも、目に見えてきました。コロナ・ウィルスのような感染症の人類史的意味も、生産力発展・経済成長・開発至上主義的政治指導を前提としてきた20世紀までの政治とは異なる、政治システムへのアプローチを求めています。まずは政治改革に、大阪万博中止・縮小、それに健康保険証継続による野党の連合と政権交代でしょうか。コロナ禍で大病を経験した私個人は、残念ながら、新しい政治システムの行方を見定めることは難しいでしょう。友人が一人また一人と亡くなっているもとでは、新しいシステムのプランニングと構成は、21世紀末まで生き残る若い世代に、任せざるをえません。かつて1980年代のイギリスで、A・ギャンブルの『イギリス衰退100年史』が書かれ、バブル絶頂期の日本でも広く読まれました(みすず書房、1987年)。いまこそ「失われた30年」を明治以来の「開国」「近代化」過程から真摯に見直す、「日本衰退200年史」が必要で、若い皆さんに期待します。まだリハビリ中ですが、2024年も、よろしくお願い申し上げます。

 2023年は、前年に獣医学の小河孝教授とコラボした共著『731部隊と100部隊ーー知られざる人獣共通感染症研究部隊』(花伝社)、私が代表をつとめる尾崎=ゾルゲ研究会のシリーズ第一弾、A・フェシュン編・名越健郎・名越洋子訳『ゾルゲ・ファイル 1941−1945 赤軍情報本部機密文書』(みすず書房)、を刊行した延長上で、シリーズ第二弾のオーウェン・マシューズ著、鈴木規夫・加藤哲郎『ゾルゲ伝 スターリンのマスター・エージェント』(みすず書房)が刊行しました。

 

「等身大のゾルゲ解明へーー尾崎=ゾルゲ研究会発会主旨」(毎日新聞、2022年2月13日夕刊) 

シリーズ「新資料が語るゾルゲ事件」尾崎=ゾルゲ研究会編(みすず書房)

アンドレイ・フェシュン著、名越健郎・名越陽子訳『ゾルゲ・ファイル 1941−1945』(みすず書房)

「蘇るスパイ・ゾルゲ」(『週刊朝日』2022年11月11日号) 

「スパイ事件 公表から80年 ゾルゲにソ連側が不信感 機密文書まとめた資料集邦訳」(毎日新聞夕刊2022年12月14日

「伝説のスパイ ゾルゲの謎に迫る、刑死から78年、書籍続々」(朝日新聞夕刊2023年1月20日)

ka明治大学平和教育登戸研究所資料館 第13回企画展講演会:加藤哲郎「ゾルゲ事件についての最新の研究状況」(2023年5月)

ka岸惠子主演『真珠湾前夜』が可能にした学術的ゾルゲ事件研究」(みすず書房HP、2023年5月18日)

ka<土曜訪問インタビュー>「プーチンの原点は ゾルゲ研究から ウクライ ナ侵攻探る」 加藤哲郎さん(一橋大名誉教授)(中日・東京新聞2023年6月3日)

kaゾルゲ事件研究深化、愛知大文庫開設を計画 寄贈資料すでに1000点(中日新聞7月27日夕刊トップ)

ka<記者がたどる戦争>ゾルゲ事件(北海道新聞2023年8月111213日) 

ka毎日新聞『ゾルゲ伝』書評:岩間陽子「極東と欧州、同時代の歴史が融合」(2023年7月22日)

ka読売新聞『ゾルゲ伝』書評:井上正也「大物スパイ 成功と孤独」(2023年9月1日)

ka東京新聞「ゾルゲ事件の新証言 自白強要や拷問なかった、元特高警察の男性の生々しい記録が見つかる 戦時中のスパイ捜査」(2023年9月18日)

ka北海道新聞「ゾルゲ事件」捜査つづる遺稿集 元特高警察の男性遺族、愛知大教授に寄贈」(2023年11月9日)

ka東京新聞「ゾルゲ事件、特高警察の取り調べ記録を「研究に役立てて」 主任警部の遺稿集を遺族が愛知大に寄贈」

(2023年11月13日)

● 『戦争と医学』誌22巻(2021年12月)に寄稿した「戦前の防疫政策・優生思想と現代」をアップしました。日独関係史がらみで、『岩手日報』2022年2月20日の社会面トップ記事、「可児和夫探索」の調査取材に協力しました。可児和夫は、ナチス・ドイツ敗北後に日本に帰国せずベルリン近郊に留まりソ連軍に検挙された医師・ジャーナリストで、もともとナチスの作った東独のザクセンハウゼン強制収容所に、1945−50年に収監されていた唯一の日本人でした。片山千代ウクライナ「ホロドモール」体験に似た収容所体験記「日本人の体験した25時ーー東独のソ連収容所の地獄の記録」(『文藝春秋』1951年2月)を残した、現代史の貴重な証言者です。晩年の島崎藤村について、私の近代日本文学館での講演も参照しながら、信濃毎日新聞がすぐれた連載を掲載しておりますので、ご参照ください・本サイトの更新も、体調との関連でまだまだ不安定ですが、カレッジ日誌(過去ログ) の方から、論文やyou tube 講演記録をご参照ください。

キッシンジャーも池田大作も、宮本顕治の亡霊もいなくなった

2023. 12.1  ● アメリカの元国務長官、ヘンリー・キッシンジャーが亡くなりました。100歳でした。歴代アメリカ大統領のブレーンで、もともとは国際政治学のパワー・ポリティクスの大家、中曽根康弘より年下なのに、中曽根の政治外交師範としても知られました。1971年の電撃訪中で、米中国交回復の立役者となり、20世紀冷戦の枠組みの再編に、大きな役割を果たしました。思えば米中接近は、ベトナム戦争の米敗北、米ドル基軸国際金融の再編、それに中東産油国の自立による石油危機と一緒でした。20世紀の最後の4半世紀は、東欧革命・東西冷戦終焉・ソ連崩壊・EU拡大のなかで、「リベラリズムの勝利」などとされましたが、同時に、西側世界におけるアメリカ一極支配の終焉をともなっていました。来年に迫った米国大統領選の有力候補者、民主党バイデン81歳、共和党トランプ77歳という老人支配が、この国の行く末を暗示しています。

●  湾岸戦争のころ、一時的にソ連崩壊によるアメリカ覇権の再興がいわれましたが、21世紀は、9.11米国同時多発テロから始まり、経済的には中国とアジアが世界の工場になり、BRICSとよばれる新興勢力が台頭し、リーマンショック後は世界の多極化・多層化・多元化が明らかになってきました。欧州内部も多元化しましたが、衰退するアメリカに最後までつきそってきたのは、アジアの経済大国だった日本。アメリカ自身が、トランプ大統領を生み出すまでに分裂を深めたのに、日本は、時々のアメリカの政策に従うだけで、いつの間にやら経済衰退国・政治的従属国・米軍中古武器購入国へと、「喪われた30年」を独走してきました。発展途上とは反対の、衰退途上国になっていました。キッシンジャーは、そのすべてを見てきました。 中国には100回以上訪問し最後まで注目してきましたが、日本に対しては、冷徹でした。ウクライナ戦争が二度目の越冬に入ろうとし、イスラエルのパレスチナ侵攻が泥沼化しようとしているとき、「強いアメリカ」の象徴が、静かに息をひきとりました。地球社会の温暖化・気候変動という、21世紀的問題が噴出しているというのに。

● キッシンジャーの活躍した時代は、地球社会の急速な近代化・工業化・都市化の時代でした。日本はその先頭に立った典型で、一時は高度経済成長と自動車や半導体の生産・輸出で、経済大国を謳歌しました。その時代の日本政治には、自民党の田中角栄や中曽根康弘ばかりでなく、野党を率いるカリスマ的指導者がいました。公明党を創設した創価学会の池田大作、日本共産党の一時代を作った宮本顕治です。田中角栄の『日本列島改造論』が新幹線や高速道路による日本の一体化・平準化を進めたとすれば、池田大作の創価学会や宮本顕治の「大衆的前衛党」は、その近代化に同調しきれない農村出身の労働者や貧困層、環境や健康を気にする中間層、それに学歴競争や対米従属文化に反発する若者たちを拾い上げた面がありました。キッシンジャーと共に亡くなった、創価学会の池田大作は、1960年に創価学会第3代会長に就任し、185万世帯を会員にし、1964年には公明党を結成、公称827万人の信者をかかえて政界にも大きな影響力を持ちました。日本国外にも280万人の会員がいるとされ、池田の中国への友好姿勢は、日中両国政府間の貴重なつなぎとなりました。当初は「人間性社会主義」や「恒久平和主義」を唱え「中道政党」としていましたが、初期の指導者竹入義勝や矢野絢也とは袂を分けて、経済成長の再分配に寄生する現世利益を求めて自民党に接近、21世紀には、自公連立政権が定着しました。しかし、宗教的にも政治的にも後継者にめぐまれず、池田が生きている限りで有効であったそのカリスマ性による政治や選挙への動員力は、初期会員の高齢化や二世問題もあって、これから減退して行くでしょう。

● 池田大作に対抗し、一時は「共創協定」という相互不可侵協定まで結んだ宮本顕治の共産党は、宮本のカリスマ性によって登用された不破哲三・志位和夫という小粒のリーダーに引き継がれましたが、2007年の宮本顕治の死をまつまでもなく、共産党という党名や民主集中制という組織を共有したソ連・東欧諸国の崩壊と、「友党」であった中国共産党や朝鮮労働党の独裁支配が、日本の民衆にとっての現実的脅威になるにつれて、創価学会よりも先に衰退し、政治的・組織的影響力を喪失していきました。宮本顕治のカリスマ性は、民主集中制というコミンテルン由来の閉鎖的組織によりかろうじて継承されましたが、マルクス解釈学のみの不破哲三や、内部反対派摘発の実務家である志位和夫によっては、もはや有効性をもたなくなり、党員構成も著しく高齢化しました。若者に無視され、「100年史」という作文さえまともにできずに、史実をゆがめる半宗教的セクトになりさがりました。2023年は、「除名」問題や老幹部たちの「赤い貴族」生活で一部の関心をよびましたが、政局では蚊帳の外。現実政治のうえでは、公明党よりも早く、泡沫政党化していくことでしょう。もっとも2世どころか、3世・4世議員だらけになりそうな自民党に将来があるわけではなく、日本政治は、深い混迷期に入っていきそうです。

● 政治の閉鎖性、時代閉塞は、「失われた30年」の社会の閉塞性の反映でもあるでしょう。もともと危険性が知られていた米軍機オスプレイの墜落に、「不時着」と言ったり公式抗議も無視された日本政府、少年たちをむしばんだジャニーズ事務所、少女たちを搾取した宝塚歌劇団、それらを報じることができなかったメディア、東京オリンピックに懲りない大阪万博の公金私消、日大アメリカンフットボール部の薬物汚染、学問の府としての大学を株式会社のようにする国立大学法人法改正案、20世紀末からのツケが、いたるところでほころび、腐敗してきています。2023年は、昨年の心臓病手術・入院の後遺症で、リハビリを重ねながら、少しづつ仕事をしてきました。 コロナに感染したほか、前立腺や肺炎など身体のあちこちに不具合がみつかり、今回更新が遅れたのも、消化器系の内視鏡検査によるものでした。この状態は、おそらく来年も続き、多くの皆さんにご迷惑をかけ、またご無沙汰することになろうと思いますが、よろしくご了解ください。