ここには、<What's New>で定期的にトップに現れた、本ホームページの作成過程、試行版への反響、更新の苦労話、メールへのご返事、ちょっといい話、外国旅行記・滞在記などが、日誌風につづられます。趣味的なリンクガイドも兼ねます。ま、くつろぎのエッセイ集であり、対話のページであり、独白録です。日付けは下の方が古いので、逆読みしてください。
では、もう一つの税金泥棒の巣窟、防衛省の軍需汚職のルーツはどうでしょうか。守屋武昌前防衛事務次官夫妻と軍需専門商社山田洋行の宮崎元専務の逮捕でマスコミの追究は小休止していますが、この伏魔殿の闇もアジア・太平洋戦争に遡ります。すでに「日米平和・文化交流協会常務理事・秋山直紀」の疑惑はネット上に溢れています。秋山が事務局長をつとめる安全保障議員協議会に社団法人「日米平和・文化交流協会」の助成金2000万円が流れたことはすでに国会でも問題にされています。「オルタナティヴ道具箱」さんと「晴天とら日和」さんが、ネット上の疑惑探求のポータルサイトになっています。新聞・テレビはほとんどネット情報の後追いですが、週刊誌は張り切って疑惑を追及しています。確かに「日米平和・文化交流協会」のホームページは、じっくり探索するに値します。秋山疑惑が出てあわてて理事をやめた民主党前党首のことも最新理事名簿ですぐにわかりますが、この協会の事業の一つひとつが最新武器見本市と結びついた軍産複合体の今日を如実に示しています。ここで注目すべきは、この「日米平和・文化交流協会」のルーツ。そのホームページによれば、終戦後1947年にGHQ渡米許可第1号日本人となって「日米文化振興会」を創った笠井重治という人物です。この笠井重治がくせもの、1985年に亡くなった戦前・戦後日米関係のフィクサーですが、日本国憲法制定過程に深く関わっています。それも憲法第9条の戦争放棄ではなく、第一条の象徴天皇制の方で。降伏文書調印時アメリカの戦艦ミズーリ号船上でマッカーサー元帥の通訳をしていたというのは「神話」のようですが、占領期にアメリカに深く食い込んでいたことは、「日本人が知らない恐るべき真実」や「日本フリーメーソンの内幕」に出ています。それもG2ウィロビーへの「有力情報提供者」で「皇室への工作担当」といいますから、私の探求する「象徴天皇制の起源」やゾルゲ事件の関係でも無視できません。国会図書館憲政資料室に、マッカーサー記念館所蔵 ボナ・フェラーズ文書(RG-44a Papers of Brigadier General Bonner F. Fellers)があり、「この文書は、1996年マッカーサー記念館が、フェラーズの娘が所蔵していた文書のうちから選択して複写したもの。当館では、2006年度にマッカーサー記念館が作成したマイクロフィルムを購入した」「主な内容ケソン、マッカーサー、ウィロビー、ハーバート・フーバー(元大統領)、加瀬俊一、笠井重治、河井道、寺崎英成、松平康昌などの書簡、天皇・マッカーサー第1回会談についてのフェラーズのメモ、マッカーサーのための覚書、軍事秘書官室日誌(1945.5.23〜10.23)[手書き]、対日心理戦関係の文書、Bishopによる1945年11月7日の近衛文麿と11月9日の迫水久常の訊問記録、など」とあります。「日米平和・文化交流協会」は、「昭和天皇を救ったキリスト者」などと讃えられ、かの戦後天皇制残存に重要な役割を果たしたマッカーサーの副官「ボナー・フェラーズ」と関係が深そうです。
じっさい「日米平和・文化交流協会」のサイトにアクセスすると、トップに出てくるのは、1975年10月昭和天皇訪米時の、フォード大統領と並んでいる写真です。「 故・笠井初代会長の著書(復刻版「THE NEW US-JAPAN ERA」1991年3月)表紙より」とキャプションがついています。笠井重治は、どうやらこの昭和天皇訪米で、ある役割を果たしたようです。「戦争責任についてどのようにお考えですか」という記者の質問に「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんからお答えが出来かねます」「原爆投下はやむをえなかった」と答えた応答にどう関わったかは不明ですが。疑惑の一人、久間元防衛大臣の「原爆しょうがない発言」は、この時の天皇発言をなぞったものでしょう。「日米平和・文化交流協会」現会長の元防衛庁長官瓦力は、「私は創始者である故笠井重治先生(元衆議院議員)の意志をついで当社団の会長に就任いたしました。会長へ就任するにあたり、長年にわたって日米関係に携わってきた一人として、笠井先生の崇高なる創立精神に敬意を払うものであります。笠井先生の掲げた崇高な精神の下に、更なる日米関係の構築を多くの皆様に訴え、理想的な同盟関係を作り上げていく所存でございます」と述べています。その笠井重治は、多磨霊園の墓碑に「甲府中学卒業後、17歳で渡米。ブロードウェーハイスクール・シカゴ大学・ハーバード大学院を卒業し1918帰国。 米国の排日運動緩和、日米対戦の回避のため、米国基地を講演・交渉する。 戦後マッカーサー元帥GHQ幹部に善政を要望するなど活躍、長き生涯を日米親善のために尽力した。 他に、東京市会議員、衆議院議員。サンフランシスコ名誉市民賞を受け日米文化振興会を創立し会長を歴任した」とあります。A級戦犯東条英機は、「自殺未遂の前日の10日、米国通の前衆議院議員笠井重治と米軍将校二人との会見」とあります(児島襄『東京裁判』中央公論新社 )。笠井はまた、1971年にボナー・フェラーズが「連合国軍総司令部における唯一の親日将校として天皇陛下を戦犯から救出した大恩人」として日本政府から勲二等瑞宝章を叙勲されたさいの申請人で、宮内庁が未だに出さない1946年7月フェラーズ帰国時の天皇とフェラーズの往復書簡の仲介者でした(東野真『昭和天皇二つの「独白」録』(NHK出版、1998年、190頁)。つまり「日米平和・文化交流協会」は、GHQと日本政府を結ぶ重要な架け橋の一つをルーツとしています。亀井淳さんによると、「戦後、GHQにサポートされた日本人CIA人脈を語る資料の中に笠井重治の名がよく出てくる。その「振興会」の名称が「文化協会」に代わり、3代目の会長が瓦力・元防衛庁長官であり常勤理事が秋山なのだが、秋山が仕切るようになった01年からは「文化交流」ではなく「軍事・安保」に軸足が移った。理事には歴代の防衛庁長官に加え、コーエン元米国防長官や西岡三菱重工会長らが並ぶ。福田首相や安倍前首相、額賀財務相もかつては理事を務めていた」といいます。ただし秋山直紀と笠井重治は、直接のつながりはないようです。「クレイジーパパ」さんサイトに、「秋山の経歴は謎に包まれているが、作家の故・戸川猪佐武の秘書兼運転手だったのは確かなようだ。戸川は読売新聞記者時代、官邸クラブキャップとして後輩ナベツネをこき使っていた。保守政界の内幕を描いた実録政治小説『小説吉田学校』はベストセラーになった。秋山は戸川の秘書として政治家らと会ううちに、少しずつ政界人脈を築いていった。「日米平和・文化交流協会」の別名、「日米文化振興会」は1947年に戦前の代議士、笠井重治が創立したことになっている。しかし、その後の歩みや、秋山がいつからどういう経緯でこの団体に関わるようになったかは、はっきりしない。笠井は日米親善に尽力し1985年に亡くなった。戸川が急死して2年後のことだ。時間的経過からみると、秋山は戸川の死後、笠井の日米文化振興会に関わるようになったのではないだろうか」とあります。
社民党の調査報告によると、防衛庁調達をめぐる日米軍産複合体の闇の世界では、田中角栄から金丸信・小沢一郎に受け継がれた経世会系列が、瀬島龍三らの日本戦略研究センターを拠点に暗躍した時代があったようです。それが、金丸の脱税失脚・死と小沢の自民党離れを機に、秋山直紀らの「日米平和・文化交流協会」にシフトしてきたようです。どうやらこの問題を徹底追及すれば、ロッキード事件以上の、戦後日米同盟のカラクリにつながるようです。ナベツネ、小沢一郎と来ると、ひょっとするとあの「大連立」の裏にも……、なんて想像力が働きます。こどもたちは正直です。 セーラー万年筆調べによる『2007年 10代が選ぶ十大ニュース』が発表されました。 1位「 安倍総理辞任 」(183票) 、2位 「相次ぐ食品偽装問題」( 159)、 3位 「消えた年金記録問題」 (93)、 4位 「ZARDの坂井泉水さん転落死」 (51)、 5位 「参院選・自民党大敗」 (45)、 6位 「中日ドラゴンズ53年ぶり日本一」 (35)、 7位 「カメラマン・長井健司さんミャンマーで死亡」 (33 )、8位「 亀田大毅騒動」 (31 )、9位 「福田新内閣発足」 (27)、 9位 「米国サブプライムローン問題」。 (27)、 9位 「大相撲・力士急死事件 」(27) 、と今年は政治ネタが上位を占めています。「社会一般」では8位に「原油価格高騰」、9位に「防衛商社事件」も入っています。次代の主人公たちが政治を監視しています。ジャーナリズムの責任も重大です。今年は春に花伝社 論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』、秋に姉妹編『情報戦と現代史ーー日本国憲法へのもうひとつの道』(花伝社 )を刊行しました。副題の「日本国憲法へのもう一つの道」とは、第一に、1901年社会民主 党宣言の「社会主義・民主主義・平和主義」の理念が日本国憲法に凝集し実現される こと、第二に、にもかかわらず第二次世界大戦時の米国・ソ連ほか連合国の思惑で天 皇制が残され「象徴天皇制」として第一条に入ることを意味します。ゾルゲ事件についても国際情報戦の視角から論じたところ、様々な反応がありました。この問題を長く探求する渡部富哉さんと共に、来る「2008年の尋ね人」では、上海での尾崎秀実の周辺にいた、鬼頭銀一、山上正義、川合貞吉、水野成、船越寿雄、河村好雄、野澤房二、副島隆起、手嶋博俊、坂田寛三、日高為雄らについて、集中的に調べることにしました。情報をお持ちの方は、加藤katote@ff.iij4u.or.jpまたは渡部富哉さんwatabe38@parkcity.ne.jpへ。
本年3月に 早稲田大学で佐藤優さんとご一緒した情報戦の講演会記録は、佐藤さんとの対談とあわせて、「情報戦のなかの『亡命』知識人ーー国崎定洞から崎村茂樹まで」という特集論文になり、11月末発売の20 世紀メディア研究所『インテリジェンス 』誌第9号(紀伊国屋書店)に掲載されました。本サイト「崎村茂樹の6つの謎 」の中間解明報告です。正月に本サイトにもアップします。「ネチズンカレッジ」 学術論文データベ ースには、これまでも私の論文●加藤哲郎「日本におけ る『市民社会』概念の受容と展開」(2006.1)と●周初(淵邊朋広・日本 語版監修)「第一部 台湾における市民社会の形成と民主化」(2006.1)が入って いましたが、北京大学国際関係学院の梁雲祥・印紅標両先生と の連絡がとれて、かってトヨタ財団の助成を得て行った共同研究『華人地域における市民社会の形成と民主化』の全体を、 日本語のインターネット版で一挙にアップすることができ ました。●梁雲 祥(北京大学国際関係学院)「序章 市民社会と民主化の概念及び理論」 (2007.10)、●梁雲祥(北京大学国 際関係学院)「第二部 シンガポールの民主化」(2007.10)、●印紅標(北京大学国 際関係学院)「第三部 香港市民社会の発展と民主化」(2007.10)の3つの論文 が学術論文データベ ースに追加され、一書の体裁にまとまりました。情報戦のビギナー向けは、渡辺雅男・渡辺治 編『「現代」という環境』(旬報社)所収の講演「インターネット ーー情報という疑似環境」をどうぞ。『図書新聞』7月21日号掲載書評白 井久也編『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』(社会評論社)には、ゾルゲ事件研究の最新情報も盛り込んであります。社会思想史学会年報『社会思想史研究』第31号(2007年)に寄せた西川正雄『社会主義インターナショナルの群像 1914−1923』(岩波書店)の長文書評論文、尾崎行雄記念財団『世界と議会』第518号(2007年11月)に寄せた加藤「グローバルな地球社会のナショナルな国家」は、新年にデジタル版をアップ。ただしIDE大学協会『IDE 現代の高等教育』第495号(2007年11月)に寄せた「大学ランキングと一橋大学の取組み」は「ネチズンカレッジ」とは別世界の話ですので、本サイトには収録しません。インターネット上では、「 ナレッジステーション 」に、丸山真男『日本の思想』、デーヴィッド・ヘルド『グローバル化とは何か』、斎藤純一『公共性』を「政治学 ・おすすめ本」として挙げておきました。
図書館の『エコノミスト』誌 連載書評「歴史書の棚」は、12月18日新年特大号に「大連立の仕掛け人? うわさの新聞人の自伝」として渡邊恒雄『君命も受けざる所あり』(日本経済新聞出版社)と菊池清麿『国境の町 東海林太郎とその時代』(北方新社)が載って、発売中です。11月20日号の「研究に定年はない、大家の健筆に脱帽」と題した今井清一『横浜の関東大震災』(有隣堂)と藤田勇『自由・民主主義と社会主義 1917−1991』(桜井書店)はアップしてあります。10月23日号の「ナショナリズムの罠とエスペラントの希望」の梅森直之編著『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』(光文社新書)、田中克彦『エスペラント 異端の言語』(岩波新書)、9月25日号の「国民国家の記憶作りに介入した経済学者たち」と題したローラ・ハイン『理 性ある人びと 力ある言葉 大内兵衛グループの思想と行動』(大島かおり訳、岩波 書店)と佐藤卓己・孫安石編 『東アジアの終戦記念日 敗北と勝利のあいだ』(ちくま新書)、8月28日号の「新潟をジュネーヴから解く、靖国をオレゴンから見直す」 と題したテッサ・モーリス -スズキ(田代泰子訳)『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』(朝 日新聞社) と中村直文・NHK取 材班『靖国 知られざる占領下の攻防』(NHK出版)などと共にどうぞ。図書館内 「ネチズンカレッジ:学術論文データベ ース」に、ジョルダン・サンドさん「アメリカよりみた 『靖国問題』−ドーク氏に反論する」に続き、上で述べた『華人地域における市民社会の形成と民主化』が入りまし た。高坂邦 彦さん「筐底拾遺」中「戦前 日本の外交評論と憲法解釈 ―清澤洌と植原悦二郎―評伝・植原悦二郎 」及び姉妹編「評伝 ・清澤洌」、「ポパ ー哲学入門 ― 科学的・合理的なものの見方・考え方 」もリンクのかたちで採用してあります。 岩波書店から3月に刊行された、昨年夏 の慶應大学経済学部の公開講座の記録、松村高夫・高草木光 一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』で、私は「<天皇制民主主義>論」を報告し、鈴木邦男さんと「天皇制と民主主義」を対論しています。ぜひご笑覧を。新年にアップした論文「グ ローバリゼーションと国民国家」は、2005年社会理論学会第13回大会の基調報告です。 『情況』5/6月号のインタビュー「ポスト国民国家 時代における労働市場の変容と男性性」は、最近はあまり追いかけていない領域のインタビュー記録です。
私がこのところアメリカに行く気がせず、ヨーロッパやアジアをまわっている理由の一つは、あの入国時の写真撮影と指紋押捺、それに伴う手続きと待時間の憂鬱です。メキシコにロスアンジェルス経由で行くのも、9・11以前はトランジットで空港内乗り継ぎで良かったのですが、9・11後はいったん米国入国の手続きを強制され、写真と指紋をとられてから出国手続きでした。そんな憂鬱の写真撮影・指紋押捺が、11月20日から日本に入国する外国人に対して始まりました。かつて1999年に国内外からの批判でいったん廃止された指紋押捺制度が、対テロ対策という名で、ハイテク・スキャナーを配して復活したかたちです。この措置に「監視社会は願い下げだ」と人権上の理由から疑問を呈した『愛媛新聞』社説が、ネット・プチ・ナショナリズムの批判にさらされています。でも「観光立国を掲げる政府は二〇一〇年までに外国人観光客を一千万人にするという。空や海の玄関で多くの外国人が不快感を訴えはしないか、心配になる」という『愛媛新聞』社説の危惧は、まさにその通りです。実際、すでに何人かの外国人の友人から「これでは日本では国際学会は開けない」と苦言を呈されました。来年6月の洞爺湖G8サミット開催は、「監視社会強化」の口実になっています。実際は、「監視社会」強化の格好の口実にされています。それでなくても「世界の日本離れ」は、「在京の外国人特派員の数の変化に明確に表れています。「外務省に登録している外国人記者は、1991年に515人に上っていたが、現在は275人とほぼ半減した。その間、報道機関の数も337機関が201機関へと大幅に減少した。これに対し、中国で登録している外国人記者は、2003年の380人(報道機関214)が2007年には705人(同351)と4年間で2倍近くになった。急成長を続ける中国に世界の報道機関は熱い視線を送り、取材体制を強化している」という状況なのですから、政府首脳の交流にあわせて、世界のジャーナリスト交流、民衆交流の場にすればいいのに。国際社会における日本の存在感衰退、「内向きのナショナリズム」は加速しそうです。来年6月のホストを勤める首相は、誰になっているでしょうか。防衛伏魔殿や薬害肝炎、「消えた年金」の闇は、どこまで解明されているでしょうか。
春に出した花伝社 論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』の姉妹編『情報戦と現代史ーー日本国憲法へのもうひとつの道』(花伝社 )が発売されました。副題の「日本国憲法へのもう一つの道」とは、第一に、1901年社会民主 党宣言の「社会主義・民主主義・平和主義」の理念が日本国憲法に凝集し実現される こと、第二に、にもかかわらず第二次世界大戦時の米国・ソ連ほか連合国の思惑で天 皇制が残され「象徴天皇制」として第一条に入ることを意味します。本年3月に 早稲田大学で佐藤優さんとご一緒した講演会記録は、佐藤さんとの対談とあわせて、「情報戦のなかの『亡命』知識人ーー国崎定洞から崎村茂樹まで」という特集論文になり、11月末発売の20 世紀メディア研究所『インテリジェンス 』誌第9号に掲載されました。「崎村茂樹の6つの謎 」の中間報告です。「ネチズンカレッジ」 学術論文データベ ースには、これまでも私の論文●加藤哲郎「日本におけ る『市民社会』概念の受容と展開」(2006.1)と●周初(淵邊朋広・日本 語版監修)「第一部 台湾における市民社会の形成と民主化」(2006.1)が入って いましたが、北京大学国際関係学院の梁雲祥・印紅標両先生と の連絡がとれて、かってトヨタ財団の助成を得て行った共同研究『華人地域における市民社会の形成と民主化』の全体を、 日本語のインターネット版で一挙にアップすることができ ました。●梁雲 祥(北京大学国際関係学院)「序章 市民社会と民主化の概念及び理論」 (2007.10)、●梁雲祥(北京大学国 際関係学院)「第二部 シンガポールの民主化」(2007.10)、●印紅標(北京大学国 際関係学院)「第三部 香港市民社会の発展と民主化」(2007.10)の3つの論文 が学術論文データベ ースに追加され、一書の体裁にまとまりました。情報戦のビギナー向けは、渡辺雅男・渡辺治 編『「現代」という環境』(旬報社)所収の講演「インターネット ーー情報という疑似環境」をどうぞ。『図書新聞』7月21日号掲載書評白 井久也編『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』(社会評論社)には、ゾルゲ事件研究の最新情報も盛り込んであります。社会思想史学会年報『社会思想史研究』第31号(2007年)に寄せた西川正雄『社会主義インターナショナルの群像 1914−1923』(岩波書店)の長文書評論文、尾崎行雄記念財団『世界と議会』第518号(2007年11月)に寄せた加藤「グローバルな地球社会のナショナルな国家」は、次回以降にデジタル版をアップ。ただしIDE 大学協会『IDE 現代の高等教育』第495号(2007年11月)に寄せた「大学ランキングと一橋大学の取組み」は「ネチズンカレッジ」とは別世界の話ですので、本サイトには収録しません。インターネット上では、「 ナレッジステーション 」に、丸山真男『日本の思想』、デーヴィッド・ヘルド『グローバル化とは何か』、斎藤純一『公共性』を「政治学 ・おすすめ本」として挙げておきました。
マックのダウンで、1回スキップした。図書館の『エコノミスト』誌 連載書評「歴史書の棚」は、11月20日号の「研究に定年はない、大家の健筆に脱帽」と題した今井清一『横浜の関東大震災』(有隣堂)と藤田勇『自由・民主主義と社会主義 1917−1991』(桜井書店)をアップ。10月23日号の「ナショナリズムの罠とエスペラントの希望」の梅森直之編著『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』(光文社新書)、田中克彦『エスペラント 異端の言語』(岩波新書)、9月25日号の「国民国家の記憶作りに介入した経済学者たち」と題したローラ・ハイン『理 性ある人びと 力ある言葉 大内兵衛グループの思想と行動』(大島かおり訳、岩波 書店)と佐藤卓己・孫安石編 『東アジアの終戦記念日 敗北と勝利のあいだ』(ちくま新書)、8月28日号の「新潟をジュネーヴから解く、靖国をオレゴンから見直す」 と題したテッサ・モーリス -スズキ(田代泰子訳)『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』(朝 日新聞社) と中村直文・NHK取 材班『靖国 知られざる占領下の攻防』(NHK出版)などと共にどうぞ。図書館内 「ネチズンカレッジ:学術論文データベ ース」に、ジョルダン・サンドさん「アメリカよりみた 『靖国問題』−ドーク氏に反論する」に続き、上で述べた『華人地域における市民社会の形成と民主化』が入りまし た。高坂邦 彦さん「筐底拾遺」中「戦前 日本の外交評論と憲法解釈 ―清澤洌と植原悦二郎―評伝・植原悦二郎 」及び姉妹編「評伝 ・清澤洌」、「ポパ ー哲学入門 ― 科学的・合理的なものの見方・考え方 」もリンクのかたちで採用してあります。 岩波書店から3月に刊行された、昨年夏 の慶應大学経済学部の公開講座の記録、松村高夫・高草木光 一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』で、私は「<天皇制民主主義>論」を報告し、鈴木邦男さんと「天皇制と民主主義」を対論しています。ぜひご笑覧を。新年にアップした論文「グ ローバリゼーションと国民国家」は、2005年社会理論学会第13回大会の基調報告です。 『情況』5/6月号のインタビュー「ポスト国民国家 時代における労働市場の変容と男性性」は、最近はあまり追いかけていない領域のインタビュー記録です。
7月末参議院選挙での民主党圧勝以降、毎月1日に本サイトが更新された直後に「事件」が起こり、政治コメントはすぐに古くなり、政局に振り回されています。8月始めに敗軍の将安倍晋三のあきれた留任があったと思ったら、9月初めに突如の政権放棄、10月には福田内閣が生まれたと書いたら、11月は「大連立」騒動です。シナリオを書いたのは、読売新聞主筆渡辺恒雄、つい最近日本経済新聞社から「私の履歴書」に手を入れた『君命も受けざる所あり』を出したばかりです。81歳にして、その続きを一幕、自演して見せました。しかも、世界一の部数を持つ日刊新聞の紙面を情報操作の具にして。誘いに乗った首相も首相ですが、民主党小沢一郎代表の醜態は、歴史に残るでしょう。小選挙区制を導入して二大政党制を標榜し、渡り鳥風に新政党を作っては壊し、ようやく民主党に落ち着いて、参院選で勝利し独自の対案法案を準備してきた矢先の裏取引です。「影の内閣」も機能しだして、後は解散・総選挙に追い込み、衆院選勝利で正面突破という局面で、「政権参加・大連立」の権力の誘惑に負けたのです。その後の民主党役員会で、まわりから褒められると思ったら全員から反対され、辞表を書いて記者会見した上で、翌日には泣きの演歌風代表復帰。いったい、どこを向いて政治をしているのかという醜態です。ところがNHKほか一部の世論調査では、「大連立」は評価されないものの、相対的に得点したはずの福田内閣の支持率が下がり、なぜか民主党の支持率はアップ。各社でばらつきがあります。この3ヶ月の教訓は、こんな世論調査に一喜一憂せず、勢力の異なる二院制の国会を「ねじれ」なんて卑下せず、実りある公開討論の場にすること。政治の大道を歩み、一日も早く総選挙を実施して、民意を問うことです。なぜならば、前回総選挙の政権首班小泉純一郎が去って、安倍晋三、福田康夫と、民意を問わずに首相は変わっています。前回総選挙のワンフレーズ争点「郵政民営化」はとっくに後景に退き、格差社会にリッター150円のガソリン他物価値上げ、財務省の狙う消費税値上げ、何よりも「消えた年金」と生活不安が切実になっています。ナベツネ読売新聞演出=「大連立」の犯罪性は、争点を福田首相訪米前のインド洋給油法、テロ対策特措新法に振り向け、民主党のアキレス鍵である安全保障問題での小沢一郎代表の取り込みをはかり、安倍内閣自爆でいったんは挫折した憲法改正問題の再争点化をはかった点にもあります。なにしろ防衛省の底知れぬ汚職・腐敗の問題を「国際貢献は必要ないのか」と国民を恫喝してぼかし、守屋武昌前防衛事務次官と山田洋行元専務を人身御供としたトカゲの尻尾切りで、日米安保の中枢=防衛予算という伏魔殿の構造解明を曖昧にしようとする姿勢がミエミエです。今ではワシントンの数少ない知日派になったリチャード・アーミテージ前国務副長官まで火の粉が飛ばないよう、火消しに入るでしょう。何よりも、メディアの焦点が年金問題や薬害問題になって世論の不満が噴出するのを避け、一般的な官僚批判に薄める効果があります。この間、「世に倦む日々 」さんの分析が光ります。こんな情報戦に、ネチズンは騙されてはいけません。国会での野党の自公内閣追及を見守り、解散・総選挙での争点を世論の力で「生活本位」に変えなければいけません。
春に出した花伝社 論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』の姉妹編『情報戦と現代史ーー日本国憲法へのもうひとつの道』(花伝社 )が発売されたばかりです。本サイトのデータから厳選した「国際歴史探偵」 関係論文は加筆されて活字になりましたので、「読書の秋」をお楽しみく ださい。副題の「日本国憲法へのもう一つの道」とは、第一に、1901年社会民主 党宣言の「社会主義・民主主義・平和主義」の理念が日本国憲法に凝集し実現される こと、第二に、にもかかわらず第二次世界大戦時の米国・ソ連ほか連合国の思惑で天 皇制が残され「象徴天皇制」として第一条に入ることを意味します。本年3月に 早稲田大学で佐藤優さんとご一緒した講演会記録は、11月末発売の20 世紀メディア研究所『インテリジェンス 』誌第9号に載って、「崎村茂樹の6つの謎 」の中間報告となります。「ネチズンカレッジ」 学術論文データベ ースには、これまでも私の論文●加藤哲郎「日本におけ る『市民社会』概念の受容と展開」(2006.1)と●周初(淵邊朋広・日本 語版監修)「第一部 台湾における市民社会の形成と民主化」(2006.1)が入って いましたが、このほど北京大学国際関係学院の梁雲祥・印紅標両先生と 連絡取れて、かってトヨタ財団の助成を得て行った共同研究『華人地域における市民社会の形成と民主化』の全体を、 日本語のインターネット版で一挙にアップすることができ ました。●梁雲 祥(北京大学国際関係学院)「序章 市民社会と民主化の概念及び理論」 (2007.10)、●梁雲祥(北京大学国 際関係学院)「第二部 シンガポールの民主化」(2007.10)、●印紅標(北京大学国 際関係学院)「第三部 香港市民社会の発展と民主化」(2007.10)の3つの論文 が学術論文データベ ースに追加されて、一書の体裁がまとまりました。情報戦のビギナー向けは、渡辺雅男・渡辺治 編『「現代」という環境』(旬報社)所収の講演「インターネット ーー情報という疑似環境」をどうぞ。『図書新聞』7月21日号掲載書評白 井久也編『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』(社会評論社)には、ゾルゲ事件研究の最新情報も盛り込んであります。そういえ ば、インターネット上でも、「 ナレッジステーション 」には、丸山真男『日本の思想』、デーヴィッド・ヘルド『グローバル化とは何か』、斎藤純一『公共性』を「政治学 ・おすすめ本」として挙げておきました。
マックのダウンで、1回スキップしました。図書館の『エコノミスト』誌 連載書評「歴史書の棚」は、すでに11月20日号の「研究に定年はない、大家の健筆に脱帽」と題した今井清一『横浜の関東大震災』(有隣堂)、藤田勇『自由・民主主義と社会主義 1917−1991』(桜井書店)が発売中ですが、10月23日号の「ナショナリズムの罠とエスペラントの希望」、梅森直之編著『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』(光文社新書)、田中克彦『エスペラント 異端の言語』(岩波新書)を遅れてアップ。9月25日号の「国民国家の記憶作りに介入した経済学者たち」と題して掲 載した、ローラ・ハイン『理 性ある人びと 力ある言葉 大内兵衛グループの思想と行動』(大島かおり訳、岩波 書店)と佐藤卓己・孫安石編 『東アジアの終戦記念日 敗北と勝利のあいだ』(ちくま新書)、8月28日号の「新潟をジュネーヴから解く、靖国をオレゴンから見直す」 と題したテッサ・モーリス -スズキ(田代泰子訳)『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』(朝 日新聞社) と中村直文・NHK取 材班『靖国 知られざる占領下の攻防』(NHK出版)と共にどうぞ。7月24日号掲載「反日を強める歴史認識の錯誤、親日につなぐ平和の思想連鎖 」の林博史『シンガポー ル華僑粛清』(高文研)と山室信一『憲法9条 の思想水脈』(朝日新聞社)。「東アジアでの大国間暗闘に 翻弄されたモンゴル民族」と題した6 月26日号の細川呉港『草原のラ ーゲリ』(文藝春秋)、徳本栄一郎『英国機密ファイルの昭和天皇』(新潮社) 、「写真という複製芸術が 親米の受け皿を準備した」と題して5月29日号に掲載した柴岡信一郎『報道写 真と対外宣伝 15年戦争期の写真界』(日本経済評論社)、吉見俊哉『親米と反 米 戦後日本の政治的無意識』(岩波新書)、もあります。図書館内 「ネチズンカレッジ:学術論文データベ ース」に、ジョルダン・サンドさん「アメリカよりみた 『靖国問題』−ドーク氏に反論する」に続き、上で述べた『華人地域における市民社会の形成と民主化』が入りまし た。高坂邦 彦さん「筐底拾遺」中「戦前 日本の外交評論と憲法解釈 ―清澤洌と植原悦二郎―評伝・植原悦二郎 」及び姉妹編「評伝 ・清澤洌」、「ポパ ー哲学入門 ― 科学的・合理的なものの見方・考え方 」もリンクのかたちで採用してあります。 岩波書店から3月に刊行された、昨年夏 の慶應大学経済学部の公開講座の記録、松村高夫・高草木光 一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』で、私は「<天皇制民主主義>論」を報告し、鈴木邦男さんと「天皇制と民主主義」を対論しています。ぜひご笑覧を。新年にアップした論文「グ ローバリゼーションと国民国家」は、2005年社会理論学会第13回大会の基調報告です。 『情況』5/6月号のインタビュー「ポスト国民国家 時代における労働市場の変容と男性性」は、最近はあまり追いかけていない領域のインタビュー記録です。
2007.11.1 本HP運用のメイン・コンピュータであるパワーマックG4がダウンしました。 突如電源は入るのに立ち上がらなくなり、保証期間も過ぎていて、近くのショップ へ。アップル社に持ち込まれ、電源基盤故障で5万円近くかかるとか。確か依然パワ ーブックG3の不良でアップル・ジャパンにクレームし「インターネットで消 費者運動」にしたときも、電源と液晶が問題でしたから、この辺がマックの技術的弱点か。折からiPodで復活し たアップルは、マックの新OS=X Leopardを発売したばかりで、ショップの店員はハードも買い換えチャンス とばかり勧誘します。しかし、こちらにとって肝心なのは、本サイト全データや書き かけ原稿を含むG4の内部データ、外付けHDに入れていない最新ファイルやメール データもあったので、泣く泣く高額の修理を依頼。今回は更新に間に合わず、HP更 新ソフトも慣れないノート用から手作りで。世界も日本も激動中ですが、更新は最小 限に留めます。これで修理に1か月もかかり不具合が続くようなら、またまた同志を 募って消費者運動 へ、なんてことにならないことを祈ります。メールの集中管理もG 4だったので、受信はいつものようにできますが、発信アドレスが変わるなどご迷惑 をかけておりますので、ご了承ください。ちょうど、春に出した花伝社 論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』の姉妹編『情報戦と現代史ーー日本国憲法へのもうひとつの道』(花伝社 )が発売されたばかりで、古いデータから厳選した「国際歴史探偵」 関係論文は加筆され活字になりましたので、そちらの方で「読書の秋」をお楽しみく ださい。副題の「日本国憲法へのもう一つの道」とは、第一に、1901年社会民主 党宣言の「社会主義・民主主義・平和主義」の理念が日本国憲法に凝集し実現される こと、第二に、にもかかわらず第二次世界大戦時の米国・ソ連ほか連合国の思惑で天 皇制が残され「象徴天皇制」として第一条に入ることを意味します。
10月31日、名古屋空港で自衛隊のF2B支援戦闘機が離陸失敗 で炎上しました。これがなんと1機120億円とか。そのエンジン関連の輸入商売で のしあがったのが防衛専門商社「 山田洋行」、5 年間で190億円受注していたといいます。霞が関と永田町は、次々に吹き出す問題が山 積。防衛庁から防衛省に昇格した際の事務方トップだった守屋前事務次官のあきれる ばかりの業者との癒着、これが単なる友人関係で見返りなしだったとは、到底考えら れません。10月28日の衆院証人喚問も、ヤメ検の弁護士がそばについて、増収賄 のしっぽをつかませない下準備が見え見え。それでも業者接待への元防衛庁長官同席 の話がでてきましたから、再喚問や参院証人喚問で徹底的に明らかにすべきです 。今国会の焦点であるインド洋での自衛艦による給油についても、 給油量の数字の改ざんや航海記録の廃棄は現場のミスとされ、真相は藪の中。そんな ところに「死の商人」が群がるのは、当然です。山田洋行とその元専務宮崎元伸の作 った「日本ミライズ」ばかりではありません。「きっこのブログ 」や「世に倦む日々 」をブックマークしてきた皆さんは、さらに奥深いところでうごめ く政官業の癒着と怪しい人々を見いだしたでしょう。 山田洋行と三井住友銀行「西川善文」 元頭取の関係は、すでに明るみにでました。西川元頭取は、現日本郵政社長で す。「秋山 直紀」という名前はご存じでしょうか。「日米安保のフィクサー」とよば黶A名古屋で炎上した戦闘機のテストパイロットの勤務先 三菱重工業に近く、守屋=宮崎組に対抗して宮崎に裏切 られた山田洋行が頼っていた影武者、そして防衛族議員集団「安全保障議員協議会 」、「日米平和文 化交流協会」のキーマンです。この件では社民党 も久々にがんばっています。ゴルフやカラオケ接待から、どこまで 闇の世界にうごめく「死の商人」と政官業癒着に踏み込めるか。東京から名古屋や沖 縄、ワシントン、カリフォルニアまで視野を広げられるか、特捜部もマスコミも、正 念場です。
改めて日本国憲法第9条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】を読
んでみましょう。「 1
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争
と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として
は、永久にこれを放棄する。 2
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」ーー自衛隊と防衛省は、このま
ともに読めば存在そのものが不思議な憲法と、日米安保条約=日米同盟の狭間で生ま
れた、日陰者の成り上がりで特殊な官庁です。日本国憲法には第66条【内閣の組
織】に第2項 「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない
」とあります。いうまでもなく軍部独走を許したアジア太平洋戦争
の反省・教訓として、軍部・軍人の横暴を許さないために入れられた条項です。実
際、戦時中の軍部は、経済・財政でも中心にありました。戦時中だけなので忘れ去ら
れていますが、三井物産や三菱商事より大きな幻の総合商社がありました。
昭和
通商といいます。陸軍が国費を使って世界中から武器を調達し、中国戦
線では阿片
の密売にも関わった御用達商社、というより陸軍の作った裏金作りの
「死
の商人」で軍需専門商社でした。陸軍中野学校出身者が民間人の隠れ蓑で
戦地に入るさいの、トンネル会社でもありました。敗戦と当時に真っ先に解体され、
あらゆる文書が焼かれて証拠隠滅がはかられ、関係者が沈黙し政財官各界に散ってい
った巨大商社です。いろいろ調べると、どうも日本の民族学や人類学は、この昭和通
商に戦時に寄生して飛躍した節があります。アメリカ国立公文書館にも確たる資料は
ありませんが、本HPの目玉「国際歴史探偵」
は、出版したばかりの『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』 『情報戦と現代史ーー日本国憲法へのもうひとつの道』、近く20
世紀メディア研究所『インテリジェンス
』誌に中間報告がでる「崎村茂樹の6つの謎 」から派生して、これからおいかけていくテーマです。「昭和通商」について何かご存じの方は、
katote@ff.iij4u.or.jp
にご一報ください。以下は、前回更新をそのまま残します。
2007.10.15 この2月に、イラストレーターの渡 辺和博さんが亡くなりました。ゆるやかな景気回復とかバブル以来の学卒就職 売り手市場といわれますが、物価がじわじわと上がり、中小零細企業の倒産が続き、 地方の商店街は閑古鳥。クルマで売れているのは軽自動車、ネットカフェ難民が生ま れ、憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有す る」が揺るがされてきました。ウィキペディア には、渡辺和博さんを、<1984年の『金魂巻(キンコンカン)』は、1980年代の代表的職業(コピーライター、 イラストレーター、ミュージシャンなど)のライフスタイルを鋭く観察したもの。 「○金」(まるきん=金持ち:行動がすべてプラス方向に向かい高収入を得られる 人)、「○ビ」(まるび=貧乏:行動がすべて裏目に出ていつまでも底辺にいる人)」を対 比させ、その典型像を図解し、「一億総中流」と言われた当時、同じ職業の中に存在 する階層差・所得格差を戯画化した。同書はベストセラーとなり、「○金・○ビ」は 同年の第1回流行語大賞を受賞した>とあります。それから20年余、ホームレスとかフ リーターという言葉も生まれ、希望格差社会 とか下 流社会とかと言われます。バブル崩壊後の「流動化」という名の労働市場 政策(1995年の日経連「 V時代の『日本的経営』−挑戦すべき方向とその具体策」)によって、不安定低賃金労働者が増え、グローバリゼーション 下の「失われた十年」に「構造改革」という名の弱者切り捨て、セーフティネット破 壊が進行し、今日のGDP世界第二位のもとでの「貧困」に至っています。
貧困化の指標は、数多くあります。貧困撲滅地球NGOオクスファ ムのいう1日1ドル(120円)以下で生きる人12億人、2ドル以 下の30億人の中に入る絶対的貧困層も、生 活保護世帯100万世帯中には存在するでしょう。北九 州市では、生活 保護行政の「数値 目標」達成のスめに、保護受給がうち切られて餓 死する孤独 死が相次ぎ、「豊かな社会」日本の底辺で広がる貧困の深刻な実態を 浮き彫りにしました。相対 的貧困ないし貧困率の世界では、日本はいまやOECD のワースト2、貧困率=「年収が全国民の年収の中央値の半分に満たない国民の 割合」=年 収238万円以下世帯が13%に達します( 図)。所得の不平等を示すジニ係数によっても、格 差拡大は進んでい ます。 2005年の「OECD ワーキング・レ ポート22」は、日本の貧困について、「福祉の貧困」と「労働の貧困」の両面を指摘しています。
春に出した花伝社 論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』の姉妹編『情報戦と現代史ーー日本国憲法へのもうひとつの道』(花伝社 )が、もうすぐ刊行されます。乞うご期待。本「ネチズンカレッジ」 学術論文データベ ースには、これまでも私の論文●加藤哲郎「日本におけ る『市民社会』概念の受容と展開」(2006.1)と●周初(淵邊朋広・日本 語版監修)「第一部 台湾における市民社会の形成と民主化」(2006.1)が入って いましたが、このほど北京大学国際関係学院の梁雲祥・印紅標両先生と 連絡取れて、かってトヨタ財団の助成を得て行った共同研究『華人地域における市民社会の形成と民主化』の全体を、 日本語のインターネット版で一挙にアップすることができ ました。●梁雲 祥(北京大学国際関係学院)「序章 市民社会と民主化の概念及び理論」 (2007.10)、●梁雲祥(北京大学国 際関係学院)「第二部 シンガポールの民主化」(2007.10)、●印紅標(北京大学国 際関係学院)「第三部 香港市民社会の発展と民主化」(2007.10)の3つの論文 が学術論文データベ ースに追加されて、一書の体裁がまとまりました。10月5日 に法政大学で開かれた全国政治研究会 で、会の解散が決まりました。35年間の参加者の皆様に感謝致し ます。「2 007年の尋ね人」として「<崎村茂樹の6つの謎 >について、情報提供ありがとうございました!」と 日本語版を一応まとめた「国際歴史探偵」について、 前回更新まで夏休みのスウェーデン、ドイツ調査を報告してきましたが、本年3月に 早稲田大学で佐 藤優さんとご一緒した講演会記録が20世紀メディア研究所『インテリジェンス 』誌(紀伊国屋書店)第9号に掲載されることになり、そこに最新の調査結 果も盛り込み中間報告にしました。近く活字になりますので、詳しくはそちらの方 で。ビギナー向けは、渡辺雅男・渡辺治 編『「現代」という環境』(旬報社)所収の講演「インターネット ーー情報という疑似環境」をどうぞ。『図書新聞』7月21日号掲載書評白 井久也編『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』(社会評論社)には、ゾルゲ事件研究の最新情報も盛り込んであります。そういえ ば、インターネット上でも、「 ナレッジステーション 」には「政治学 ・おすすめ本」を寄せていました。
図書館の『エコノミスト』誌
連載書評「歴史書の棚」には、9月25日号に「国民国家の記憶作りに介入した経済学者たち」と題して掲
載した、ローラ・ハイン『理
性ある人びと 力ある言葉 大内兵衛グループの思想と行動』(大島かおり訳、岩波
書店)と佐藤卓己・孫安石編
『東アジアの終戦記念日 敗北と勝利のあいだ』(ちくま新書)をアップ。8月28日号の新潟をジュネーヴから解く、靖国をオレゴンから見直す」
と題したテッサ・モーリス
-スズキ(田代泰子訳)『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』(朝
日新聞社) と中村直文・NHK取
材班『靖国 知られざる占領下の攻防』(NHK出版)と共にどうぞ。7月24日号掲載「反日を強める歴史認識の錯誤、親日につなぐ平和の思想連鎖
」の林博史『シンガポー
ル華僑粛清』(高文研)と山室信一『憲法9条
の思想水脈』(朝日新聞社)。「東アジアでの大国間暗闘に 翻弄されたモンゴル民族」と題した6
月26日号の細川呉港『草原のラ
ーゲリ』(文藝春秋)、徳本栄一郎『英国機密ファイルの昭和天皇』(新潮社) 、「写真という複製芸術が 親米の受け皿を準備した」と題して5月29日号に掲載した柴岡信一郎『報道写
真と対外宣伝 15年戦争期の写真界』(日本経済評論社)、吉見俊哉『親米と反
米 戦後日本の政治的無意識』(岩波新書)、もあります。図書館内
「ネチズンカレッジ:学術論文データベ
ース」に、ジョルダン・サンドさん「アメリカよりみた
『靖国問題』−ドーク氏に反論する」に続き、上で述べた『華人地域における市民社会の形成と民主化』が入りまし
た。高坂邦
彦さん「筐底拾遺」中「戦前
日本の外交評論と憲法解釈
―清澤洌と植原悦二郎―評伝・植原悦二郎 」及び姉妹編「評伝
・清澤洌」、「ポパ
ー哲学入門 ― 科学的・合理的なものの見方・考え方
」もリンクのかたちで採用してあります。 岩波書店から3月に刊行された、昨年夏
の慶應大学経済学部の公開講座の記録、松村高夫・高草木光
一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』で、私は「<天皇制民主主義>論」を報告し、鈴木邦男さんと「天皇制と民主主義」を対論しています。ぜひご笑覧を。新年にアップした論文「グ
ローバリゼーションと国民国家」は、2005年社会理論学会第13回大会の基調報告です。
『情況』5/6月号のインタビュー「ポスト国民国家
時代における労働市場の変容と男性性」は、最近はあまり追いかけていない領域のインタビュー記録です。
2007.10.1 ミャンマー(ビルマ)の軍事独裁政権SPDCのPは、Peace=「平和」なそうです。国家平和発展評議会などと訳され、何か民主主義の機構のように見えますが、もともと1988年9月18日のクーデターにより国家権力を掌握した軍事政権が創設した国家法秩序回復評議会(SLORC)を、1997年11月15日に改名した組織で、立法権と行政権を独占します。ここでの「平和」はState Peace= 「国家の平和=安定」で、戦前日本の治安維持法が「国体」を守るためのPeace Preservation Lawであったのと同じです。そこで物価値上げに反対した仏教の僧侶たちの静かなデモが始まり、市民の共感を得て全国に広がり、それを取材しようとした日本人ジャーナリスト長井健司さんが、「国家の平和」を司る治安兵によって至近距離で銃殺されました。今回の運動の背景になったのは、軍部独裁政府のIT普及政策が裏目に出て、若者たちがインターネットで国内外に情報を流したともいわれます。その映像が世界に流れて、日本大使館前にも在日ミャンマーの人々が集まりましたが、タイではお坊さんたちが、インドでは難民として逃れてきたビルマの人々が、オーストラリアでは普通の市民たちが、すぐに抗議に立ち上がりました。日本は最大のODA 供与国(トップドナー)で、日本人ジャーナリストが殺され、それも「流れ玉にあたった」などと虚偽のニュースを流された国です。現地では、インターネットがつながらなくなり、外国人も自国人も容赦なく弾圧するかまえを見せていますが、600人の日本人の安否もさることながら、法衣をはぎとられ治安警察に連れ去られたという仏教僧侶数百人の行方が心配です。 アメリカのブッシュ大統領は、ミャンマー民主化運動の希望の星、アウン・サー・スー・チーさんの名前を読めなかったそうですが、スー・チーさんは、1991年にノーベル平和賞を受賞したときも、自宅軟禁は解かれませんでした。日本での研究経験があり、「自由へのメッセージ」はビデオで見られます。今回は刑務所に入れられたという情報もありましたが、国連特使とは自宅で会えたようです。でも心配です。
現在のミャンマー軍事政権に大きな影響力を持っているのは、中国です。その中国における「民主化」「市民社会」の概念は、必ずしも日本語と同じではありません。本「ネチズンカレッジ」学術論文データベースには、これまでも私の論文●加藤哲郎「日本における『市民社会』概念の受容と展開」(2006.1)と●周初(淵邊朋広・日本語版監修)「第一部 台湾における市民社会の形成と民主化」(2006.1)が入っていましたが、このほど北京大学国際関係学院の梁雲祥・印紅標両先生と連絡取れて、かってトヨタ財団の助成を得て行った共同研究『華人地域における市民社会の形成と民主化』の全体を、日本語のインターネット版で一挙にアップすることができました。●梁雲祥(北京大学国際関係学院)「序章 市民社会と民主化の概念及び理論」(2007.10)、●梁雲祥(北京大学国際関係学院)「第二部 シンガポールの民主化」(2007.10)、●印紅標(北京大学国際関係学院)「第三部 香港市民社会の発展と民主化」(2007.10)の3つの論文が学術論文データベースに追加されて、一書の体裁がまとまりました。実はこれ、数年前まで内容的に中国語で出すのは困難かということで日本語訳を作ったのに、日本の出版社で引き受けてくれるところがなかなかみつからず、全体をウェブ出版にしようとした所で中国側との連絡が中断し、日本編と台湾編のみアップしていたもの。このほど中国語版刊行が可能になりそうだと北京大学側から連絡があり、来年北京オリンピックの中国では、もはやミャンマーのような言論弾圧・思想弾圧はないだろうと判断して、本HPに日本語版を公開するものです。中国語活字がうまく出ないのはご勘弁を。華人=中国語世界の「民主化」「市民社会」の意味を、行間から汲み取ってください。
でも「民主化」は、終わりのない旅です。丸山真男風にいえば、「民主主義の永久革命」です。日本の民主化は、自由民権や大正デモクラシーもありましたが、何と行っても1945年敗戦以降の数年間が最も劇的に、民衆の力を伴って進みました。そうした力を背景に、日本国憲法で初めて認められた男女平等選挙権や言論・思想の自由は、実際に行使されて輝いていました。逆に言えば、1945年までの日本は、あのテレビに映ったミャンマーのようなかたち、いや僧侶のデモのような抵抗も許されない北朝鮮のようなかたち、だったのです。そんな時代を知らずに「戦後レジームからの脱却」を唱えたお坊ちゃまウヨク安倍首相は、教育基本法を変え、国民投票法で憲法改正に道を拓き、防衛庁を防衛省に昇格させたところまでで選挙に惨敗し、政権を投げ出しましたが、その閣僚の大半を受け継いだ福田内閣は、さてどうなるでしょうか。まだ何も施策はないのに、マスコミの世論調査では、内閣支持率・自民党支持率とも急上昇、5割以上が福田内閣支持なそうです。ご祝儀相場で、新内閣支持率は高くなるのは通例です。安倍内閣がひどすぎたにしても、5割以上の支持を回復とは、ちょっとしたものです。振り子理論というのがあります。福田内閣は、小泉・安倍政権の劇場政治型に反発した、旧来の派閥均衡政治、密室談合政治の復活による中道政治・癒し内閣だという見方で、「55年体制」でよく見られた自民党内総裁派閥交替による「疑似政権交代」という見方です。世論調査の支持理由には、憲法や靖国であぶなっかしい安倍内閣から、中国と太いパイプを持ち内政も堅実型の福田内閣に戻して「安全・安心」の安定感があるという読みは可能です。しかし、「劇場政治」は終わったのでしょうか。『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』を夏前に出したばかりの視角からすれば、安倍首相突然退陣後の2週間の国会の空白期が「自民党劇場」でした。国会で所信表明演説への質問攻めを用意していた民主党はメディアから排除され、自民党員しか選挙権のない福田vs麻生の総裁選がニュースとワイドショーを占拠し「福田イメージ」が「麻生キャラ」との対比でかたちづくられました。何らの新しい政策もなく、内閣の顔ぶれも変わっていないのに、イメージのうえで国民は「疑似政権交代」を見ていたのです。このことはもちろん、福田内閣の「安全・安心」を保障するものではありません。逆です。「背水の陣」を自称する福田内閣は、言い換えれば危機管理・緊急避難内閣です。福田内閣の実際の動き、テロ特措法や年金、政治資金や格差是正のちょっとした失政でも、ただちに情報政治の逆風が吹きかねないわけです。世論は「お手並み拝見」と注視し、監視しています。そして変化します。解散・総選挙は安倍内閣より遠のいたという見方が一般的ですが、安倍内閣の撒いた火種、地雷は、そのままです。早くも福田首相自身の「政治とカネ」にも問題が出ています。鬼門の農林水産大臣にも疑惑。次の情報政治の舞台は、正式名称がやたら長くて難しいテロ特措法です。民主党は反対を貫いていますが、世論の風向きは変わってきたというのが福田内閣の頼り。しかしインド洋での自衛隊の給油は、イラク戦争に直接使われている疑い濃厚です。再会国会での審議が重要です。小泉型劇場政治は終わっても、情報戦としての政治は続きます。
今年も学会シーズンで、10月5日(金)午後2−6時、法政大学市ヶ谷ボアソナードタワーで、全国政治研究会が開かれます。種々の事情で、今年が最期になるかもしれません。政治学関係者の皆様はどうぞ。「2007年の尋ね人」として「<崎村茂樹の6つの謎>について、情報提供ありがとうございました!」と日本語版を一応まとめた「国際歴史探偵」について、前回更新まで夏休みのスウェーデン、ドイツ調査を報告してきましたが、本年3月に早稲田大学で佐藤優さんとご一緒した講演会記録が20世紀メディア研究所『インテリジェンス』誌(紀伊国屋書店)第9号に掲載されることになり、そこに最新の調査結果も盛り込み中間報告にしました。近く活字になりますので、詳しくはそちらの方で。春に出した花伝社論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』の姉妹編『情報戦と現代史ーー日本国憲法へのもうひとつの道』(花伝社)も、もうすぐ刊行されます。乞うご期待。ビギナー向けは、渡辺雅男・渡辺治編『「現代」という環境』(旬報社)所収の講演「インターネットーー情報という疑似環境」をどうぞ。『図書新聞』7月21日号掲載、白井久也編『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』(社会評論社)には、ゾルゲ事件研究の最新情報も盛り込んであります。図書館の『エコノミスト』誌連載書評「歴史書の棚」には、8月28日号の、テッサ・モーリス-スズキ(田代泰子訳)『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』(朝日新聞社) と中村直文・NHK取材班『靖国 知られざる占領下の攻防』(NHK出版)を「新潟をジュネーヴから解く、靖国をオレゴンから見直す」と題して。7月24日号掲載「反日を強める歴史認識の錯誤、親日につなぐ平和の思想連鎖
」の林博史『シンガポール華僑粛清』(高文研)と山室信一『憲法9条の思想水脈』(朝日新聞社)。「東アジアでの大国間暗闘に 翻弄されたモンゴル民族」と題した6月26日号の細川呉港『草原のラーゲリ』(文藝春秋)、徳本栄一郎『英国機密ファイルの昭和天皇』(新潮社)、「写真という複製芸術が 親米の受け皿を準備した」と題して5月29日号に掲載した柴岡信一郎『報道写真と対外宣伝 15年戦争期の写真界』(日本経済評論社)、吉見俊哉『親米と反米 戦後日本の政治的無意識』(岩波新書)、ほか2月27日号の鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創『日米交換船』(新潮社)と『コルナイ・ヤーノシュ自伝』(盛田常
夫訳、日本評論社)を取り上げた「『敵性人』の体験こそが知の巨人のルーツだった」、3月27日号で安田敏朗『「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち』(中公新書)と太田愛人『「武士道」を読む 新渡戸稲造と「敗者」の精神史』(平凡社新書) を書評した「美しい日本語は「国語」とは違う、『武士道』だって方言で読める」、4月23日号で「海外の知的エリートは、日本近代をどう学ぶか」としたアンドルー・ゴードン(森谷文昭訳)『日本の200年 徳川時代から現代まで』上下(みすず書俣)、アンドリュー・E・バーシェイ(山田鋭夫訳)『近代日本の社会科学 丸山眞男と宇野弘蔵の射程』(NTT出版)等と共に、今後も御贔屓ください。図書館内「ネチズンカレッジ:学術論文データベース」に、ジョルダン・サンドさん「アメリカよりみた『靖国問題』−ドーク氏に反論する」に続き、上で述べた『華人地域における市民社会の形成と民主化』が入りました。高坂邦彦さん「筐底拾遺」中「戦前日本の外交評論と憲法解釈
―清澤洌と植原悦二郎―評伝・植原悦二郎 」及び姉妹編「評伝・清澤洌」、「ポパー哲学入門
― 科学的・合理的なものの見方・考え方
」もリンクのかたちで採用してあります。岩波書店から3月に刊行された、昨年夏の慶應大学経済学部の公開講座の記録、松村高夫・高草木光一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』で、私は「<天皇制民主主義>論」を報告し、鈴木邦男さんと「天皇制と民主主義」を対論しています。ぜひご笑覧を。新年にアップした論文「グローバリゼーションと国民国家」は、2005年社会理論学会第13回大会の基調報告です。『情況』5/6月号のインタビュー「ポスト国民国家時代における労働市場の変容と男性性」は、最近はあまり追いかけていない領域のインタビュー記録です
2007.9.15 かつて1992年6月にブラジルのリオデジャネイロで、国連初の地球環境サミット、「環境と開発のための国連会議」が開かれました。「持続可能な開発(Sustainable Development)」が地球全体で合意された、重要な国際会議です。カナダの12歳の少女セヴァン・スズキが、世界180か国代表の前で感動的なスピーチをした、地球環境問題の世界的討議の出発点でした。冷戦崩壊直後のアメリカ、ロシア大統領が出席したばかりでなく、1万人に及ぶ世界各国代表団が出席し、並行して開かれたNGO会合にも2万4000人が出席、「環境と開発に関するリオ宣言」「アジェンダ21」「森林に関する原則声明」「気候変動に関する国際連合枠組条約」「生物の多様性に関する条約」等々を採択・署名しました。ところがこの会議に首脳が欠席した、ただ一つの大国がありました。日本です。当時の宮沢首相は、国会で大きな争点となったPKO法案採択を優先して、出席できませんでした。その後2002年ヨハネスブルグ地球サミットを経て、気候変動・地球温暖化や生物多様性についての世界の合意も進みました。今年のノーベル平和賞の有力候補は『不都合な真実』で地球温暖化の危機を宣伝行脚した元米国副大統領アル・ゴアとは、夏にストックホルムのノーベル記念館で聞いた最新の話。国連では、9月24日に潘基文事務総長が主催するハイレベル会合が開かれます。地球温暖化防止をめぐって各国首脳が直接意見交換する初の会合で、ブッシュ米大統領ら50カ国以上の首脳が出席する予定です。ところがここに、京都議定書のホスト国で来年先進国首脳会議(サミット)の開催国になる日本の首相が、出席できないことになりました。いうまでもなく、9月12日の安倍晋三首相の突然の殿ご乱心、7月参院選挙での大敗後も政権にしがみつき、内閣改造を終えて2週間、臨時国会が開いて所信表明演説までして質疑に入る直前での突如の政権投げだし、究極の無責任です。つい前週まで、インドやオーストラリアまで出かけて勝手に「国際公約」をばらまき、突然辞任、新首相が決まるのは国連総会の頃です。国際社会への貢献どころか、地球社会の嗤いものです。
無論、安倍首相のみの責任ではありません。自民党と公明党の政府与党の責任です。安倍首相の最後は、野党民主党に党首会談を断られたことを口実にして国民への謝罪はなく、官房長官は後で健康問題を挙げ、本人も翌日入院しましたが、それなら記者会見で本人が述べるべきだったでしょう。外国のメディアは、外から見るだけ客観的で率直です。第一に参院選挙での敗北、第二に世論から見放されたことを挙げます。要するに、政府の国民からの乖離です。ところが、後継首相は自民党の中でのコップの嵐、23日投票の総裁選挙で決まります。コップの風は、小泉政権以前の派閥の合従連衡・談合で、どうやら福田康夫元官房長官と麻生太郎幹事長の対決、それも福田氏の圧倒的優位で決まりそうです。でもこれは、参院選敗北から1か月半迷走したために起こった、目くらましパフォーマンスです。コップの中とはいえ、本来なら7月参院選敗北を受けて、その敗因を国民の前で公開討論して、自民党員の投票で総裁が選ばれるべきでした。実際その時間は、8月なら夏休みで十分ありました。それを9月の国会会期中まで持ち越し、いきなり「緊急事態」で、国会議員と党地方代表の短期の投票で決めようというわけです。参院選の敗因となった年金問題、格差問題等、国民の方を向いた論議は、ほとんど出来ないでしょう。挙党一致ができたなら、今度は国民の声こそ政権選択に反映さるべきです。早期の解散・総選挙、衆議院の選び直しによる、民意との乖離是正こそが、本当の国際貢献です。
「2007年の尋ね人」として「<崎村茂樹の6つの謎>について、情報提供ありがとうございました!」と日本語版を一応まとめた「国際歴史探偵」について、夏休みに英語版のよびかけと資料を更新しました。1943−44年の崎村茂樹スウェーデン亡命事件については、ドイツから『カレーナ・ニーホッフ伝記』 (Karena Niehoff. Feuilletgonistin und Kritikerin. Mit Aufsaetzen und Kritikenm von Karena Niehoff und einem Essay von Joerg Becker. FILM & SCHRIFT, Band 4. Muenchen ,Verlag edition text + kritik, 2007.1)が届き、また<大きな謎>であった1950年毛沢暗殺未遂事件についても、朱振才『建国初期北京反間諜大案紀実』(2006年 )が中国から届いて、1950年夏の北京で「毛沢東暗殺未遂事件」とは別の「崎村茂樹経済間諜事件」があったことが判明しました。2007/9/4 にも述べましたが、8ー9月にスウェーデンとドイツで現地調査してきました。まだ本格的分析はこれからですが、1943−44年の在独日本大使館嘱託時の「亡命」先スウェーデンで、戦時中立国スウェーデン政府の警察が、枢軸国日本人崎村茂樹を監視・訊問していたスウェーデン語の記録「崎村茂樹ファイル」がみつかり、真相の大要がわかりました。崎村茂樹のスウェーデン入国は1943年9月7日で、計画的な「亡命」ではなく、当初はベルリン鉄鋼統制会の公務出張で入ったらしく、偶発的な怪我で入院した病院で当時ストックホルム大学講師、スウェーデン社会民主党思想誌Tiden編集長だったトルステン・ゴルトルンドと知り合い、ゴルトルンドが当時率いていた反ナチ知識人亡命者支援組織に組み込まれ、43年12月始めからスウェーデン日本公使館にパスポートを取り上げられた状態のまま、「亡命」生活に入ったようです。44年1月には日本外務省嘱託を解任されています。戦火を離れ、森と湖に囲まれたストックホルムで、崎村茂樹は同年輩の経済学者ゴルトルンドや、先にドイツから亡命していたSPD(ドイツ社会民主党)在外ネットワーク組織者であるユダヤ系教育学者フランツ・モクラウアーらの庇護の元、ドイツ語で1942年に刊行した『日本経済の新編成』に続く2冊の本『日本の農業経済』『日本経済史』を準備していました。ところが1944年4−5月、戦時ヨーロッパの情報戦に巻き込まれます。これまでの調査で見つけた『ニューヨーク・タイムズ』1944年5月1日付け記事「日本人が大使館から脱走」、英語版『タイム』誌1944年6月5日号「抵抗の方法」という無署名記事という新聞雑誌記事ではなく、戦時の大衆的情報宣伝メディア、ラジオが重要な役割を果たしていました。
1944年4月末、おそらくゴルトルンドのネットワークでスウェーデンの労働市場調査を仕事にしていた崎村茂樹のもとに、ゴルトルンドの紹介状を持って、連合国側有力保守紙、イギリスの『デイリー・メール』記者と名乗る人物が、枢軸国ドイツ、日本の事情を執筆してほしい、と現れます。「亡命」中とはいえ平穏な学究生活を望む崎村茂樹は、面談はしたものの、反ナチ論文執筆依頼を断りました。ところがその面談から『デイリー・メール』記者は勝手に崎村茂樹についての記事を発表しました。それがロイター電で流されラジオで放送されたため、ナチスのドイツ通信(DNB)が傍受しスウェーデン政府と在独日本大使館に問い合わせ、ストックホルムの日本公使館が崎村の住居をみつけて、5月23日のベルリンへの「強制送還」になりました。それを報じた3種類のスウェーデンの新聞・雑誌もみつかりました。これによってナチス・ドイツに送り返された崎村茂樹がどうなったかも、ドイツ外務省にドイツ政府と在独日本大使館の交渉ファイルがあり、ベルリンで重要なインタビューもできました。詳しくは次回更新以降に明らかにしていきます。ベルリン自由大学の日独関係史研究クレーブス教授に教えられ、ドイツからアマゾンで注文していた写真家石黒健治さんの日本語ノンフィクション『 サキエル氏のパスポート 愛と幻の満州国へ』(光人社、2001年)は大変面白く、また崎村茂樹研究にとっても示唆的です。石黒さんは、ユダヤ人にパスポートを与えた日本人外交官の情報を、「第二の杉原千畝」を求めて追いかけているうちに、いつしか満州国という傀儡国家とユダヤ人問題の歴史的闇に入りこんだのですが、「半ユダヤ人」映画評論家カレーナ・ニーホッフの伝記の中から見えてみた世界史も、日独関係に留まらない深さと重さが見えてきました。
このプロセスで、カレーナ・ニーホッフの伝記 (Karena Niehoff. Feuilletgonistin und Kritikerin. Mit Aufsaetzen und Kritikenm von Karena Niehoff und einem Essay von Joerg Becker. FILM & SCHRIFT, Band 4. Muenchen ,Verlag edition text + kritik, 2006.1)に書かれた、(1)1942年に、彼女はベルリンの反ナチス思想を持つ日本人のグループとコンタクトを持つ様になり、崎村茂樹と知りあい、1942年夏以来日本鉄鋼統制会のベルリン支部に勤務し、1944年夏まで彼の元で働くようになった。(2) 彼女は1943年2月1日にユダヤ人用の食料配給券を偽造使用したとして逮捕され、5日には禁固6ヶ月の判決を受けてベルリン・モアビート刑務所に監禁。そのため崎村茂樹が彼女が如何に日本鉄鋼協会の仕事に重要な役割を果たしているかを説明し、即時釈放してくれる様にと裁判所に陳情、結局彼女は、1943年7月21日に釈放された。(3) ユダヤ系の彼女が日本人の元で働いている事、崎村が彼女を釈放するように動いた事がゲシュタポの疑惑を呼ぶ様になり、彼女は他の仕事に携わる様に奨められたが、ニーホッフは続けて崎村の元で働き、公にはドイツ語を教え、崎村の講演原稿の語学面の校正などを行う仕事をした。非公式には崎村が匿名でドイツ語で出版しようと計画していた、ナチズム前史の批判的調査として、ドイツの戦争責任を問い、ベルリン・東京枢軸を疑問視する本を一緒に編集することが彼女の仕事だった。1944年初めに崎村は何ものかに告発されてスウェーデンに逃れる、のうち、(1)の「ベルリンの反ナチス思想を持つ日本人のグループ」は、実在しませんでした。崎村茂樹の言動は、日独経済を連合国と比較し枢軸国の敗戦を予見し時に公言するものでしたが、あくまで個人的なものでした。ニーホッフは、崎村茂樹のドイツ語個人教師から鉄鋼統制会で働くようになったようです。(2)の「半ユダヤ人」カレーナ・ニーホッフの検挙と崎村茂樹の釈放嘆願書は実際にあったことです。この点について、今回ニーホッフ家のご遺族、ニーホッフ伝著者ベッカー氏を含めて懇談でき、ドイツ外務省史料館資料とニーホッフ家所蔵資料から裏付けがとれました。ただし、上記スウェーデン警察資料と照らし合わせると、このニーホッフ逮捕・釈放嘆願事件が崎村茂樹の「亡命」の原因とするのは無理がありました。むしろ当時の、ユダヤ人問題に対するドイツと日本の捉え方の違いが反映していたとも考えられます。7月21日のカレーナ釈放から9月7日の崎村茂樹ストックホルム訪問までの間に、二人が会ったことはあるでしょうが、それが「亡命」につながった、ましてや「ドイツの戦争責任を問い、ベルリン・東京枢軸を疑問視する本を一緒に編集する」という具体的計画があったという裏付けはありませんでした。したがって、崎村茂樹が44年5月23日ベルリンへの強制送還後、カレーナ・ニーホッフと再会した可能性は低いと思われます。1960年頃、崎村茂樹は(西)ドイツを再訪するのですが、その頃西独映画評論界のスターになっていたカレーナに会おうとした形跡もありませんでした。別の何人かとは会っていました。そのことは実は、今回、崎村茂樹のご遺族も私と一緒にベルリンに入り、ニーホッフ家のご遺族とも対面して両家の資料をつきあわせてわかってきたことです。そして、1944年5月23日、スウェーデンからドイツへ強制送還された崎村茂樹の居所がみつかり、その下宿先には「日本人サキムラ」が戦時に住んでいた事実が、今日まで伝承されていました。この件はまた次回に。この「日独同盟に風穴をあけた日本人<崎村茂樹>探索」は、昨夏90万ヒット記念で始めて多くの貴重な情報が寄せられ、まだ(1)崎村茂樹の1943−44年のストックホルム亡命の動機と亡命生活の実際、(2)45年ドイツ敗戦時の崎村のベルリンから中国長春への渡航ルートと道案内人、(3)1950年間諜事件で崎村茂樹と一緒に検挙された「三沢赳」の謎等が残されています。関連資料として、養道希彦『薔薇色のイストワール』(講談社、2004年)、英文 Personal Contacts in German--Japanese Cultural Relations during the 1920s and Early 1930s ( "Japanese-German Relations, 1895-1945 War, Diplomacy and Public Opinion" , edited by Christian W. Spang, & Rolf-Harald Wippich , Routledge, 2005)、『象徴天皇制の起源 アメリカの心理戦「日本計画」』(平凡社新書)、「戦争と革命---ロシア、中国、ベトナムの革命と日本」(『岩波講座 アジア・太平洋戦争』第8巻『20世紀の中のアジア・太平洋戦争』)、「体制変革と情報戦---社会民主党宣言から象徴天皇制まで」((岩波講座『「帝国」日本の学知』第4巻『メディアのなかの「帝国」』岩波書店、2006年)等をご参照下さい。
最新の書物の仕事は、花伝社論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』、渡辺雅男・渡辺治編『「現代」という環境』(旬報社)所収のビギナー向け講演「インターネットーー情報という疑似環境」をどうぞ。『図書新聞』7月21日号掲載、白井久也編『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』(社会評論社)。ゾルゲ事件研究の最新情報も盛り込んであります。図書館の『エコノミスト』誌連載書評「歴史書の棚」には、8月28日号の、テッサ・モーリス-スズキ(田代泰子訳)『北朝鮮へのエクソダス 「帰国事業」の影をたどる』(朝日新聞社) と中村直文・NHK取材班『靖国 知られざる占領下の攻防』(NHK出版)を「新潟をジュネーヴから解く、靖国をオレゴンから見直す」と題して。7月24日号掲載「反日を強める歴史認識の錯誤、親日につなぐ平和の思想連鎖 」の林博史『シンガポール華僑粛清』(高文研)と山室信一『憲法9条の思想水脈』(朝日新聞社)。「東アジアでの大国間暗闘に 翻弄されたモンゴル民族」と題した6月26日号の細川呉港『草原のラーゲリ』(文藝春秋)、徳本栄一郎『英国機密ファイルの昭和天皇』(新潮社)、「写真という複製芸術が 親米の受け皿を準備した」と題して5月29日号に掲載した柴岡信一郎『報道写真と対外宣伝 15年戦争期の写真界』(日本経済評論社)、吉見俊哉『親米と反米 戦後日本の政治的無意識』(岩波新書)、ほか2月27日号の鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創『日米交換船』(新潮社)と『コルナイ・ヤーノシュ自伝』(盛田常 夫訳、日本評論社)を取り上げた「『敵性人』の体験こそが知の巨人のルーツだった」、3月27日号で安田敏朗『「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち』(中公新書)と太田愛人『「武士道」を読む 新渡戸稲造と「敗者」の精神史』(平凡社新書) を書評した「美しい日本語は「国語」とは違う、『武士道』だって方言で読める」、4月23日号で「海外の知的エリートは、日本近代をどう学ぶか」としたアンドルー・ゴードン(森谷文昭訳)『日本の200年 徳川時代から現代まで』上下(みすず書俣)、アンドリュー・E・バーシェイ(山田鋭夫訳)『近代日本の社会科学 丸山眞男と宇野弘蔵の射程』(NTT出版)等と共に、今後も御贔屓ください。
図書館内「ネチズンカレッジ:学術論文データベース」に、ジョルダン・サンドさん「アメリカよりみた『靖国問題』−ドーク氏に反論する」、高坂邦彦さん「筐底拾遺」中「戦前日本の外交評論と憲法解釈
―清澤洌と植原悦二郎―評伝・植原悦二郎 」及び姉妹編「評伝・清澤洌」、「ポパー哲学入門
― 科学的・合理的なものの見方・考え方
」もリンクのかたちで採用してあります。岩波書店から3月に刊行された、昨年夏の慶應大学経済学部の公開講座の記録、松村高夫・高草木光一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』で、私は「<天皇制民主主義>論」を報告し、鈴木邦男さんと「天皇制と民主主義」を対論しています。ぜひご笑覧を。新年にアップした論文「グローバリゼーションと国民国家」は、2005年社会理論学会第13回大会の基調報告です。『情況』5/6月号のインタビュー「ポスト国民国家時代における労働市場の変容と男性性」をアップ、最近
2007.9.4 昨晩ヨーロッパから帰国し、まだ時差ボケ状態ですが、とりあえずの補足更新。短くして、前回更新分は、下の方にそのまま入れておきます。8月後半のヨーロッパは涼しく、特に40度の日本から入った20度のストックホルムは肌寒く、すごしやすい調査旅行でした。<崎村茂樹の6つの謎>について、まだ本格的分析はこれからですが、1943−44年の在独日本大使館嘱託時の「亡命」先スウェーデンで、戦時中立国スウェーデン政府の警察が、枢軸国日本人崎村茂樹を監視・訊問していたスウェーデン語の記録「崎村茂樹ファイル」がみつかり、真相の大要がわかりました。崎村茂樹のスウェーデン入国は1943年9月7日で、計画的な「亡命」ではなく、当初はベルリン鉄鋼統制会の公務出張で入ったらしく、偶発的な怪我で入院した病院で当時ストックホルム大学講師、スウェーデン社会民主党思想誌Tiden編集長だったトルステン・ゴルトルンドと知り合い、ゴルトルンドが当時率いていた反ナチ知識人亡命者支援組織に組み込まれ、43年12月始めからスウェーデン日本公使館にパスポートを取り上げられた状態のまま、「亡命」生活に入ったようです。44年1月には日本外務省嘱託を解任されています。戦火を離れ、森と湖に囲まれたストックホルムで、崎村茂樹は同年輩の経済学者ゴルトルンドや、先にドイツから亡命していたSPD(ドイツ社会民主党)在外ネットワーク組織者であるユダヤ系教育学者フランツ・モクラウアーらの庇護の元、ドイツ語で1942年に刊行した『日本経済の新編成』に続く2冊の本『日本の農業経済』『日本経済史』を準備していました。ところが1944年4−5月、戦時ヨーロッパの情報戦に巻き込まれます。これまでの調査で見つけた『ニューヨーク・タイムズ』1944年5月1日付け記事「日本人が大使館から脱走」、英語版『タイム』誌1944年6月5日号「抵抗の方法」という無署名記事という新聞雑誌記事ではなく、戦時の大衆的情報宣伝メディア、ラジオが重要な役割を果たしていました。
1944年4月末、おそらくゴルトルンドのネットワークでスウェーデンの労働市場調査を仕事にしていた崎村茂樹のもとに、ゴルトルンドの紹介状を持って、連合国側有力保守紙、イギリスの『デイリー・メール』記者と名乗る人物が、枢軸国ドイツ、日本の事情を執筆してほしい、と現れます。「亡命」中とはいえ平穏な学究生活を望む崎村茂樹は、面談はしたものの、反ナチ論文執筆依頼を断りました。ところがその面談から『デイリー・メール』記者は勝手に崎村茂樹についての記事を発表しました。それがロイター電で流されラジオで放送されたため、ナチスのドイツ通信(DNB)が傍受しスウェーデン政府と在独日本大使館に問い合わせ、ストックホルムの日本公使館が崎村の住居をみつけて、5月23日のベルリンへの「強制送還」になりました。それを報じた3種類のスウェーデンの新聞・雑誌もみつかりました。これによってナチス・ドイツに送り返された崎村茂樹がどうなったかも、ドイツ外務省にドイツ政府と在独日本大使館の交渉ファイルがあり、ベルリンで重要なインタビューもできました。詳しくは次回更新以降に明らかにしていきます。ベルリン自由大学の日独関係史研究クレーブス教授に教えられ、ドイツからアマゾンで注文していた写真家石黒健治さんの日本語ノンフィクション『 サキエル氏のパスポート 愛と幻の満州国へ』(光人社、2001年)は大変面白く、また崎村茂樹研究にとっても示唆的です。石黒さんは、ユダヤ人にパスポートを与えた日本人外交官の情報を、「第二の杉原千畝」を求めて追いかけているうちに、いつしか満州国という傀儡国家とユダヤ人問題の歴史的闇に入りこんだのですが、「半ユダヤ人」映画評論家カレーナ・ニーホッフの伝記の中から見えてみた世界史も、日独関係に留まらない深さと重さが見えてきました。
そんな現代史を追いながら、外から見た日本政治、矮小で恥ずかしい限りです。ヨーロッパのテレビでも新聞でも、安倍内閣の改造は、ほとんど取り上げられませんでした。わずかにドイツのメルケル首相の東京訪問で、「アベ」なる首相が日本にいることがわかる位。それも、大々的な中国訪問ニュースの後追いのワンショットだけです。それに、帰国してみれば、早くも一週間で、農林水産大臣から副大臣クラスまで「政治とカネ」の「身体検査」不足がボロボロ。首相のリーダーシップどころか、リーダーシップ不在の末期症状です。「ご祝儀」相場で得た10%の支持率増も、もうすぐ逆戻りでしょう。そのうえ参院選与党惨敗の中心イシューだった社会保険庁年金問題の、底知れぬ杜撰な扱いの数々。国民が払った時と受けとる時の時間差に群がった社会保険庁職員と、収納事務を代行した市町村職員の横領が100件近く総額3億4000万円とか。国民の怒りがおさまる気配はありません。年内、遅くとも来年春までには、衆院解散・総選挙が不可避になるでしょう。根底にある新自由主義グローバリズムの暴走と社会の格差拡大が続く限り、政治の不安定は避けられません。ヨーロッパでも構造は同じで、東西格差も南北格差も問題になっていますが、それを社会的に討論し解決策を探る試みは進んでいます。これを書こうと思ったら、時差ボケで朦朧状態、しかも明日早朝から学生と新潟まで合宿ですから、次回以降ということで、打ち止めにしておきます。
例えば18年前、1989年の夏は、今年と同じく7月参議院選挙があり、自民党は36議席で惨敗、社会46議席でした。すでに女性スキャンダルで満身創痍だった宇野宗佑首相は辞任、8月海部俊樹内閣が成立しました。1月昭和天皇死去、4月消費税スタート、5月リクルート疑惑で支持率7%の竹下内閣崩壊後も続く波乱の政局で、「55年体制」崩壊の先駆けでした。しかしそこには、もう一つの大きな世界史的力も作用していました。2月社会主義ハンガリーで複数政党制復活、4−6月の中国天安門前の民主化運動は戦車に潰されましたが、6月ポーランドの「連帯」が選挙で圧勝、東独市民のエクソダス=国外逃亡が夏には始まっていました。これらが11月のベルリンの壁崩壊、12月マルタ島の冷戦終焉宣言につながりました。経済的には日本はバブルの真っ最中でしたが、世界は大きく動いていました。そして2007年の夏、安倍首相は参院選37議席、対する民主党は60議席という歴史的大敗をしましたが、民意に逆らって権力に執着し、8月末の内閣改造でとりつくろい、乗り切ろうとしています。前回選挙直後に書いた投票日当日の森喜朗元首相と青木参院議員会長が中川幹事長を呼びだしての密談では、実は「続投」無理で福田か麻生か谷垣かという話しも出ていたそうですが、その時間に当の安倍首相が麻生外相と共に「仲良しコンビ」継続を決めていたとか、永田町はずっと政局が続いています。最近復活したリゲインのコマーシャルソング「24時間たたかえますか」が出たのが、実は1989年、日本経済はバブルの真っ最中でした。当時の歌詞は「24時間たたかえますか、はるか世界でたたかえますか、ジャパニーズ・サラリーマン」というものでした。「経済一流、政治は三流」といわれたのには理由があって、冷戦崩壊、宇野自民党内閣惨敗の時期でも、日本経済には世界第二位の存在感がありました。だからリクルート事件も、宇野スキャンダルも、自民党敗北と土井社会党の「マドンナブーム」も世界的事件として報じられたものです。今月末、すでにレームダックの安倍内閣改造があっても、ヨーロッパのテレビや新聞では、ニュースにならないでしょう。インターネットだけが頼りになります。かつて「1ドル=1ユーロ=100円」を想定して出発した米日欧経済のグローバル化が、いまや「1ドル=120円、1ユーロ=160円」ーー円の凋落と共に、日本は「経済二流、政治は三流、外交はアメリカの下請け」となって、世界の舞台での出番を失いつつありますから。できるだけ早く衆議院選挙を実施し、改めて政権交代可能な日本の民主主義を世界に示してほしいものです。
政局以上に気になるのが、この8月の暑さ、電力不足を、柏崎刈羽原発事故について、原因究明をうやむやにした再開の口実にさせてはなりません。1か月たって、核燃料プールの設備落下など1478件も不具合がみつかり、まだ炉心の調査に入れないままです。 今週のストックホルムは20度なそうですが、ヨーロッパは今年も猛暑でした。世界全体の気象状況が変わってきているのに、日本はホスト国をつとめた京都議定書の目標達成も難しい状況。国際社会での信頼回復には、まずは原発や環境での抜本的対策が必要でしょう。「2007年の尋ね人」として「<崎村茂樹の6つの謎>について、情報提供ありがとうございました!」と日本語版を一応まとめた「国際歴史探偵」について、英語版のよびかけと資料を更新しました。1943−44年の崎村茂樹スウェーデン亡命事件については、ドイツから『カレーナ・ニーホッフ伝記』 (Karena Niehoff. Feuilletgonistin und Kritikerin. Mit Aufsaetzen und Kritikenm von Karena Niehoff und einem Essay von Joerg Becker. FILM & SCHRIFT, Band 4. Muenchen ,Verlag edition text + kritik, 2007.1)が届き、また<大きな謎>であった1950年毛沢暗殺未遂事件についても、朱振才『建国初期北京反間諜大案紀実』(2006年 )が中国から届いて、1950年夏の北京で「毛沢東暗殺未遂事件」とは別の「崎村茂樹経済間諜事件」があったことが判明しました。しかしまだ(1)崎村茂樹の1943−44年のストックホルム亡命の動機と亡命生活の実際、(2)45年ドイツ敗戦時の崎村のベルリンから中国長春への渡航ルートと道案内人、(3)1950年間諜事件で崎村茂樹と一緒に検挙された「三沢赳」の謎等が残されています。この「日独同盟に風穴をあけた日本人<崎村茂樹>探索」は、昨夏90万ヒット記念で始めて多くの貴重な情報が寄せられ、<6つの謎>についてもおおまかな見通しがつきましたので、一応の打ち止めとしましたが、スウェーデン、ドイツ、中国等からの情報を今後も集めていきます。本サイト上でのまとめは、スウェーデン、ドイツの補充調査を経てから、明らかにしていくことにします。関連資料として、英文 Personal Contacts in German--Japanese Cultural Relations during the 1920s and Early 1930s ( "Japanese-German Relations, 1895-1945 War, Diplomacy and Public Opinion" , edited by Christian W. Spang, & Rolf-Harald Wippich , Routledge, 2005)、『象徴天皇制の起源 アメリカの心理戦「日本計画」』(平凡社新書)、「戦争と革命---ロシア、中国、ベトナムの革命と日本」(『岩波講座 アジア・太平洋戦争』第8巻『20世紀の中のアジア・太平洋戦争』)、「体制変革と情報戦---社会民主党宣言から象徴天皇制まで」((岩波講座『「帝国」日本の学知』第4巻『メディアのなかの「帝国」』岩波書店、2006年)等をご参照下さい。
最新の書物の仕事は、花伝社論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』、渡辺雅男・渡辺治編『「現代」という環境』(旬報社)所収のビギナー向け講演「インターネットーー情報という疑似環境」をどうぞ。夏休み用に、新たな書評を3本。『図書新聞』7月21日号掲載、白井久也編『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』(社会評論社)。ゾルゲ事件研究の最新情報も盛り込んであります。図書館の『エコノミスト』誌連載書評「歴史書の棚」には、7月24日号掲載「反日を強める歴史認識の錯誤、親日につなぐ平和の思想連鎖 」の林博史『シンガポール華僑粛清』(高文研)と山室信一『憲法9条の思想水脈』(朝日新聞社)。「東アジアでの大国間暗闘に 翻弄されたモンゴル民族」と題した6月26日号の細川呉港『草原のラーゲリ』(文藝春秋)、徳本栄一郎『英国機密ファイルの昭和天皇』(新潮社)、「写真という複製芸術が 親米の受け皿を準備した」と題して5月29日号に掲載した柴岡信一郎『報道写真と対外宣伝 15年戦争期の写真界』(日本経済評論社)、吉見俊哉『親米と反米 戦後日本の政治的無意識』(岩波新書)、ほか2月27日号の鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創『日米交換船』(新潮社)と『コルナイ・ヤーノシュ自伝』(盛田常 夫訳、日本評論社)を取り上げた「『敵性人』の体験こそが知の巨人のルーツだった」、3月27日号で安田敏朗『「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち』(中公新書)と太田愛人『「武士道」を読む 新渡戸稲造と「敗者」の精神史』(平凡社新書) を書評した「美しい日本語は「国語」とは違う、『武士道』だって方言で読める」、4月23日号で「海外の知的エリートは、日本近代をどう学ぶか」としたアンドルー・ゴードン(森谷文昭訳)『日本の200年 徳川時代から現代まで』上下(みすず書俣)、アンドリュー・E・バーシェイ(山田鋭夫訳)『近代日本の社会科学 丸山眞男と宇野弘蔵の射程』(NTT出版)等と共に、今後も御贔屓ください。
図書館内「ネチズンカレッジ:学術論文データベース」に、ジョルダン・サンドさん「アメリカよりみた『靖国問題』−ドーク氏に反論する」、高坂邦彦さん「筐底拾遺」中「戦前日本の外交評論と憲法解釈 ―清澤洌と植原悦二郎―評伝・植原悦二郎 」及び姉妹編「評伝・清澤洌」、「ポパー哲学入門 ― 科学的・合理的なものの見方・考え方 」もリンクのかたちで採用してあります。岩波書店から3月に刊行された、昨年夏の慶應大学経済学部の公開講座の記録、松村高夫・高草木光一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』で、私は「<天皇制民主主義>論」を報告し、鈴木邦男さんと「天皇制と民主主義」を対論しています。ぜひご笑覧を。新年にアップした論文「グローバリゼーションと国民国家」は、2005年社会理論学会第13回大会の基調報告です。『情況』5/6月号のインタビュー「ポスト国民国家時代における労働市場の変容と男性性」をアップ、最近はあまり追いかけておらず、得意領域ではないインタビュー記録ですので、一般的です。
でも、この選挙、外国からみれば、ちょっと変でしょう。この2週間、欧米やインドの友人から来るメールは、新潟中越地震と柏崎刈羽原発事故についての見舞いと問い合わせが、ほとんどでした。ちょっと日本通の友人たちは、原発火災事故が選挙でどのような争点になっているかと聞いてきました。憲法改正との関わりで、各党の改憲論やマニフェストに原発は入っているかというのです。残念ながら、インターネット上は別にして、今回の選挙では、原発も安倍首相の「戦後レジーム」・憲法改正も、大きな争点になりませんでした。原発の存在そのものを問う政治的発言は、ほとんどありませんでした。でも海外では、農水大臣の絆創膏やアジアカップ・サッカーよりはるかに大きく、柏崎刈羽という発音しにくいニュースが、チェルノヴイリやスリーマイル島とダブらせて、連日報じられていました。なにしろ世界一の地震国の大地震の震源近くに世界最大の原発が動いていて、これが原発史上最高の揺れに直撃されたというのですから。これは、首相交代よりもはるかに大きな、人類的問題です。ヨーロッパでは政治の中心に位置し、アメリカ大統領選挙でも大きな争点に浮上してきた「環境」が、なぜかこの国では、政党政治の争点になりません。地震国であるばかりでなく被爆国でもある日本に、なぜ、いかにして「原子力の平和利用」が入ってきたのかは、実は、現代史の闇の一つです。有馬哲夫さんが『日本テレビとCIA』に続いて、探求しているようです。なにしろCIAのコードネーム「ポダム」こと正力松太郎は、日本テレビばかりでなく日本原発の産みの親でしたから。参院選へのアメリカからのメッセージ、ホワイトハウスからはそっけなく、キャピトルヒルの議会からは、従軍慰安婦問題で首相が公式に謝罪すべきであるという決議でした。国際環境は、変わりつつあります。安倍首相は、四面楚歌のレームダックです。
選挙中の政治情報で出色だったのは、やはりきっこさんの日記とブログでした。原発事故の重大性も、沖縄辺野古で起こった防衛施設局の強行調査・バルブ事件も、しっかり発信していました。ソネットのブログ方式に変身した五十嵐仁さんの毎日更新「転成仁語」も活憲派の直球で迫り、よみごたえがありました。日本新党から立候補して田中康夫さんを当選させた有田芳生さん『酔醒漫録』は、ようやく選挙が終わって更新可能になり、ご本人が参与観察記録を読ませてくれるでしょう。この選挙中に、日本共産党の今日をかたち作った宮本顕治氏と、日本の市民運動、新しい社会運動の先駆者小田実氏が亡くなりました。天寿を全うした宮本氏には、昔公開質問状を出したのですが、ついに応えてもらうことができなかったので、今回も日経新聞・朝日新聞にやや批判的なコメントを出しておきました。小田実さんには、一度ある会に同席していただき、ある歴史的出会いを演出したことがありました。宮本氏風の20世紀陣地戦型政治運動から21世紀フォーラム・情報戦型社会運動への日本における転換の架け橋として、大きな存在でした。この二人の存在感に比べると、なるほど安倍首相以下今日の政治家の軽さがわかります。ぜひ参院選結果への感想をききたかった、お二人のご冥福を祈ります。
「2007年の尋ね人」として「<崎村茂樹の6つの謎>について、情報提供ありがとうございました!」と日本語版を一応まとめた「国際歴史探偵」について、英語版のよびかけと資料を更新しました。1943−44年の崎村茂樹スウェーデン亡命事件については、ドイツから『カレーナ・ニーホッフ伝記』 (Karena Niehoff. Feuilletgonistin und Kritikerin. Mit Aufsaetzen und Kritikenm von Karena Niehoff und einem Essay von Joerg Becker. FILM & SCHRIFT, Band 4. Muenchen ,Verlag edition text + kritik, 2007.1)が届き、また<大きな謎>であった1950年毛沢暗殺未遂事件についても、朱振才『建国初期北京反間諜大案紀実』(2006年 )が中国から届いて、1950年夏の北京で「毛沢東暗殺未遂事件」とは別の「崎村茂樹経済間諜事件」があったことが判明しました。しかしまだ(1)崎村茂樹の1943−44年のストックホルム亡命の動機と亡命生活の実際、(2)45年ドイツ敗戦時の崎村のベルリンから中国長春への渡航ルートと道案内人、(3)1950年間諜事件で崎村茂樹と一緒に検挙された「三沢赳」の謎等が残されています。この「日独同盟に風穴をあけた日本人<崎村茂樹>探索」は、昨夏90万ヒット記念で始めて多くの貴重な情報が寄せられ、<6つの謎>についてもおおまかな見通しがつきましたので、一応の打ち止めとしましたが、スウェーデン、ドイツで中国等からの情報を集めるためです。本サイト上でのまとめは、夏休みのスウェーデン、ドイツの補充調査を経てから、明らかにしていくことにします。関連資料として、英文 Personal Contacts in German--Japanese Cultural Relations during the 1920s and Early 1930s ( "Japanese-German Relations, 1895-1945 War, Diplomacy and Public Opinion" , edited by Christian W. Spang, & Rolf-Harald Wippich , Routledge, 2005)、『象徴天皇制の起源 アメリカの心理戦「日本計画」』(平凡社新書)、「戦争と革命---ロシア、中国、ベトナムの革命と日本」(『岩波講座 アジア・太平洋戦争』第8巻『20世紀の中のアジア・太平洋戦争』)、「体制変革と情報戦---社会民主党宣言から象徴天皇制まで」((岩波講座『「帝国」日本の学知』第4巻『メディアのなかの「帝国」』岩波書店、2006年)等をご参照下さい。
最新の書物の仕事は、花伝社論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』、渡辺雅男・渡辺治編『「現代」という環境』(旬報社)所収のビギナー向け講演「インターネットーー情報という疑似環境」をどうぞ。夏休み用に、新たな書評を3本。『図書新聞』7月21日号掲載、白井久也編『米国公文書 ゾルゲ事件資料集』(社会評論社)。ゾルゲ事件研究の最新情報も盛り込んであります。図書館の『エコノミスト』誌連載書評「歴史書の棚」には、7月24日号掲載「反日を強める歴史認識の錯誤、親日につなぐ平和の思想連鎖 」の林博史『シンガポール華僑粛清』(高文研)と山室信一『憲法9条の思想水脈』(朝日新聞社)。「東アジアでの大国間暗闘に 翻弄されたモンゴル民族」と題した6月26日号の細川呉港『草原のラーゲリ』(文藝春秋)、徳本栄一郎『英国機密ファイルの昭和天皇』(新潮社)、「写真という複製芸術が 親米の受け皿を準備した」と題して5月29日号に掲載した柴岡信一郎『報道写真と対外宣伝 15年戦争期の写真界』(日本経済評論社)、吉見俊哉『親米と反米 戦後日本の政治的無意識』(岩波新書)、ほか2月27日号の鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創『日米交換船』(新潮社)と『コルナイ・ヤーノシュ自伝』(盛田常 夫訳、日本評論社)を取り上げた「『敵性人』の体験こそが知の巨人のルーツだった」、3月27日号で安田敏朗『「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち』(中公新書)と太田愛人『「武士道」を読む 新渡戸稲造と「敗者」の精神史』(平凡社新書) を書評した「美しい日本語は「国語」とは違う、『武士道』だって方言で読める」、4月23日号で「海外の知的エリートは、日本近代をどう学ぶか」としたアンドルー・ゴードン(森谷文昭訳)『日本の200年 徳川時代から現代まで』上下(みすず書俣)、アンドリュー・E・バーシェイ(山田鋭夫訳)『近代日本の社会科学 丸山眞男と宇野弘蔵の射程』(NTT出版)等と共に、今後も御贔屓ください。
図書館内「ネチズンカレッジ:学術論文データベース」に、ジョルダン・サンドさん「アメリカよりみた『靖国問題』−ドーク氏に反論する」、高坂邦彦さん「筐底拾遺」中「戦前日本の外交評論と憲法解釈 ―清澤洌と植原悦二郎―評伝・植原悦二郎 」及び姉妹編「評伝・清澤洌」、「ポパー哲学入門 ― 科学的・合理的なものの見方・考え方 」もリンクのかたちで採用してあります。岩波書店から3月に刊行された、昨年夏の慶應大学経済学部の公開講座の記録、松村高夫・高草木光一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』で、私は「<天皇制民主主義>論」を報告し、鈴木邦男さんと「天皇制と民主主義」を対論しています。ぜひご笑覧を。新年にアップした論文「グローバリゼーションと国民国家」は、2005年社会理論学会第13回大会の基調報告です。『情況』5/6月号のインタビュー「ポスト国民国家時代における労働市場の変容と男性性」をアップ、最近はあまり追いかけておらず、得意領域ではないインタビュー記録ですので、一般的です。
2007.7.15 第21回参議院選挙が公示されました。29日が投票日ですから、次回更新は恒例の選挙結果分析です。各政党サイトは、年金問題などマニフェストを掲げて賑やかですが、候補者の個人サイトは、更新がなくなりました。全く、時代遅れの政治活動規制です。本サイトではいつも、日本におけるインターネット情報戦の発展を願って、国政選挙の時の参考サイトをお勧めしています。「インターネットと選挙関連リンク集」「インターネットで政治に強くなる方法教えます」あたりから入って、「落選運動」HP、選挙専門サイト「Election」「国政選挙の歴史」「OVER80」などがまだ健在です。「無関心党」「老人党」なんてバーチャル政党もあります。「ザ・選挙」という立候補者データベースや、ヤフー・ニュースの選挙特集ページで、基本情報は追えます。ウィキペディアには「選挙」とか「選挙運動」「参政権」「政党」という項目もあります。ネチズン政治学入門を学ぶ、絶好の機会ですよ。本サイトと双璧をなす100万アクセス突破の政治学者サイト、五十嵐仁さんの毎日更新「転成仁語」は、勤務先の法政大学サイトの不具合を機に、ソネットのブログ方式に変身しました。同じくおなじみの有田芳生さん『酔醒漫録』は、本人が立候補者になって更新ストップ、せっかくの国政選挙参加記録なのに残念です。選挙後のご報告に期待します。
各党のマニフェストの比較も、いろいろなサイトに出ています。しかし「消えた年金」「浮いた年金」が焦点で、安倍内閣と与党が大変な苦戦を強いられていることは、各種世論調査で明瞭です。国会終盤の会期延長・強行採決で投票日が当初の予定より1週間遅れて29 日になったのも、夏休みの休暇で投票率が低くなるのを狙った与党の作戦といううがった見方もあります。もともと統一地方選挙と参院選が重なる亥年選挙で、地方組織が動きが鈍くなり投票率は下がる傾向があります。だからこそ今回の選挙は、政治にあきらめずに皆で投票所に行って、投票率を高めることです。政治の地殻変動をもたらす滅多にない機会ですから。期日前投票はすでに始まっています。29日になにかありそうな人は、最寄りの市区役所・町村役場に行って、投票してしまいましょう。世論に危機感を持った某政党などは、支持者にすでに期日前投票をさせて、全国へ運動員を配置したようです。おそらく投票率が、今回の選挙の帰趨を決します。私も29日は関西ですから、早めに投票しておきます。
ただ、気になるのは全体の選挙が内向きで、世界の大きな動きや外交・安全保障問題は棚上げになりそうなこと。イラク戦争もパレスチナ、パキスタンも、中国・インドの経済発展もヨーロッパの政権交代も、来年のアメリカ大統領選挙さえ、「対岸の火事」になりそうです。「2007年の尋ね人」として「<崎村茂樹の6つの謎>について、情報提供ありがとうございました!」と日本語版を一応まとめた「国際歴史探偵」について、英語版のよびかけと資料を更新しました。1943−44年の崎村茂樹スウェーデン亡命事件については、ドイツから『カレーナ・ニーホッフ伝記』 (Karena Niehoff. Feuilletgonistin und Kritikerin. Mit Aufsaetzen und Kritikenm von Karena Niehoff und einem Essay von Joerg Becker. FILM & SCHRIFT, Band 4. Muenchen ,Verlag edition text + kritik, 2007.1)が届き、また<大きな謎>であった1950年毛沢暗殺未遂事件についても、朱振才『建国初期北京反間諜大案紀実』(2006年 )が中国から届いて、1950年夏の北京で「毛沢東暗殺未遂事件」とは別の「崎村茂樹経済間諜事件」があったことが判明しました。しかしまだ(1)崎村茂樹の1943−44年のストックホルム亡命の動機と亡命生活の実際、(2)45年ドイツ敗戦時の崎村のベルリンから中国長春への渡航ルートと道案内人、(3)1950年間諜事件で崎村茂樹と一緒に検挙された「三沢赳」の謎等が残されています。この「日独同盟に風穴をあけた日本人<崎村茂樹>探索」は、昨夏90万ヒット記念で始めて多くの貴重な情報が寄せられ、<6つの謎>についてもおおまかな見通しがつきましたので、一応の打ち止めとしましたが、あとはスウェーデン、ドイツ、中国等からの情報を集めるためです。本サイト上でのまとめは、夏休みの補充調査を経てから、明らかにしていくことにします。関連資料として、英文 Personal Contacts in German--Japanese Cultural Relations during the 1920s and Early 1930s ( "Japanese-German Relations, 1895-1945 War, Diplomacy and Public Opinion" , edited by Christian W. Spang, & Rolf-Harald Wippich , Routledge, 2005)、『象徴天皇制の起源 アメリカの心理戦「日本計画」』(平凡社新書)、「戦争と革命---ロシア、中国、ベトナムの革命と日本」(『岩波講座 アジア・太平洋戦争』第8巻『20世紀の中のアジア・太平洋戦争』)、「体制変革と情報戦---社会民主党宣言から象徴天皇制まで」((岩波講座『「帝国」日本の学知』第4巻『メディアのなかの「帝国」』岩波書店、2006年)等をご参照下さい。
最新の仕事は、花伝社論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』、渡辺雅男・渡辺治編『「現代」という環境』(旬報社)所収のビギナー向け講演「インターネットーー情報という疑似環境」をどうぞ。図書館の『エコノミスト』誌連載書評「歴史書の棚」に、「写真という複製芸術が 親米の受け皿を準備した」と題して5月29日号に掲載した柴岡信一郎『報道写真と対外宣伝 15年戦争期の写真界』(日本経済評論社)、吉見俊哉『親米と反米 戦後日本の政治的無意識』(岩波新書)に続いて、「東アジアでの大国間暗闘に 翻弄されたモンゴル民族」と題した6月26日号の細川呉港『草原のラーゲリ』(文藝春秋)、徳本栄一郎『英国機密ファイルの昭和天皇』(新潮社) をアップしてあります。この書評を楽しみに、繰り返しアクセスして頂いている皆さんも、多いようです。2月27日号の鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創『日米交換船』(新潮社)と『コルナイ・ヤーノシュ自伝』(盛田常 夫訳、日本評論社)を取り上げた「『敵性人』の体験こそが知の巨人のルーツだった」、3月27日号で安田敏朗『「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち』(中公新書)と太田愛人『「武士道」を読む 新渡戸稲造と「敗者」の精神史』(平凡社新書) を書評した「美しい日本語は「国語」とは違う、『武士道』だって方言で読める」、4月23日号で「海外の知的エリートは、日本近代をどう学ぶか」としたアンドルー・ゴードン(森谷文昭訳)『日本の200年 徳川時代から現代まで』上下(みすず書俣)、アンドリュー・E・バーシェイ(山田鋭夫訳)『近代日本の社会科学 丸山眞男と宇野弘蔵の射程』(NTT出版)等と共に、今後も御贔屓ください。
図書館内「ネチズンカレッジ:学術論文データベース」に、ジョルダン・サンドさん「アメリカよりみた『靖国問題』−ドーク氏に反論する」、高坂邦彦さん「筐底拾遺」中「戦前日本の外交評論と憲法解釈
―清澤洌と植原悦二郎―評伝・植原悦二郎 」及び姉妹編「評伝・清澤洌」、「ポパー哲学入門
― 科学的・合理的なものの見方・考え方
」もリンクのかたちで採用してあります。岩波書店から3月に刊行された、昨年夏の慶應大学経済学部の公開講座の記録、松村高夫・高草木光一編『連続講義 東アジア 日本が問われていること』で、私は「<天皇制民主主義>論」を報告し、鈴木邦男さんと「天皇制と民主主義」を対論しています。ぜひご笑覧を。新年にアップした論文「グローバリゼーションと国民国家」は、2005年社会理論学会第13回大会の基調報告です。『情況』5/6月号のインタビュー「ポスト国民国家時代における労働市場の変容と男性性」をアップ、最近はあまり追いかけておらず、得意領域ではないインタビュー記録ですので、
2007.7.1 国会は、にわか仕立ての法案を次々と強行採決したあげく、会期延長までして、参議院選挙を1週間延ばしました。しかし強行採決でも採択されれば法は法、教育3法もイラク復興支援特措法も政治資金規正法も、効力を発揮します。政治史用語に、日本政治に特有の「強行採決」が定着したのは、1960年5月19日、岸信介首相の安保条約論議打ち切りの時でした。それから1か月、空前の反政府運動が国会を包囲し、樺美智子さんという犠牲者も出ました。岸首相の孫、安倍首相の場合は、異常な強行採決を通常化することで、民主主義を「多数決」に置き換えようとしています。立法府の決定の前提である「討論を尽くす」機能を最小限にして。民主主義の危機です。年金問題での国民的怒りを少しでも先延ばしして、沈静化を待っています。29日投票なら夏休みで、投票率が下がり、与党公明党の組織票が生きて来るという、うがった見方さえあります。一昨年夏の衆議院選挙は、郵政民営化のシングルイシュー作りが効いて、小泉自民党の圧勝でした。安倍自民党は、参院選での「消えた年金」シングルイシュー化をおそれています。かといって当初の予定であった改憲問題を争点にしても守勢は歴然、かつてないほどに野党にとっては攻勢に出る条件が整っています。なにしろ、年金問題の途方もない失政の被害者数と被害額の全貌は、まだわかっていません。きっかけを作った民主党ホームページは元気ですが、ABCニュースのように具体的ケースを知ることが重要です。世論調査の投票予定では自民・民主は拮抗、無党派層の流れと投票率が鍵を握ります。若い有権者の心をどの党がつかむことができるか。暑い7月になりそうです。
とはいえ世界は動いています。フランスに続いてイギリスでも新内閣、中国は秋に党大会を控え、12月韓国と来年アメリカの次期大統領選挙も重要です。来年は日本で北海道サミットです。そこで安倍首相を世界のホストにするのかどうかも、重要な争点です。北朝鮮6者協議での核問題の進展と拉致問題の膠着もさることながら、米国議会下院での従軍慰安婦問題の決議は、日本が世界に対してどんな発言をしてはならないかを示しています。下院外交委員会決議は賛成39,反対2で圧倒的です。決議案は、旧日本軍が若い女性を「慰安婦という性奴隷制」のもとに強要したと非難し、日本政府に「明瞭(めいりょう)かつ明確な方法での公式謝罪」などを求めています。実は、6月14日に、米国メディアでこの問題の急先鋒だった『ワシントンポスト』紙に、日本の国会議員平沼赳夫元経済産業相(無所属)、島村宜伸元農水相(自民)、河村たかし衆院議員(民主)ら超党派の議員グループのほか、政治評論家の屋山太郎氏やジャーナリストの桜井よしこ氏ら言論人が賛同者として名を連ねて、「慰安婦動員に日本政府や軍隊の強圧はなかった」と主張する全面意見広告を出しました。これが逆に米国議会や世論を硬化させ、21世紀の日本が未だにこんな歴史観を持っているのかと、世界を驚かせたのです。賛同者の名簿は、ここに出ています。自民党が29名で多数ですが、民主党も13名います。なぜか衆議院議員が圧倒的で、参院議員がほとんどいないのは、さすがに選挙向けに名前を出すのはまずいと思ったのでしょうか。大学教授もテレビでおなじみの評論家もいますから、しっかり記憶を。
私が最新刊の花伝社論集『情報戦の時代ーーインターネットと劇場政治』、渡辺雅男・渡辺治編『「現代」という環境』(旬報社)所収のビギナー向け講演「インターネットーー情報という疑似環境」で主張したひとつは、デモクラシーにおけるインターネット活用の可能性でした。9.11以後の非戦ポータルサイト「IMAGINE! イマジン」に収録された記録は、その世界的規模での証です。でも私の書物で使った事例は、もっぱらヨーロッパの平和運動やアメリカ大統領選挙、韓国落選運動の成果を紹介しながら、日本についてもきっとインターネット民主主義の花開くときがくるだろうという、潜在的可能性と期待でした。政治情報の収集手段としては、すでに日本でも、新聞・テレビと匹敵する、あるいはマスコミでは得られない情報をも得られるという意味で、成熟してきています。たとえば田中宇さん「国際ニュース解説」は、イラク戦争や中東情勢を今日でもホットに報道しています。『日刊ベリタ』は、世界中から日本のマスコミでは読めない情報を伝えてきます。冷泉彰彦さんのJMM連載『from 911/USAレポート』はもう第309回、今回もアメリカ在住者ならでの切り口で、従軍慰安婦問題を解説してくれます。
問題は日本政府の持っている価値観にあるのではなくて、価値観というものそのものへの姿勢にあるのだと思います。それは「公式」と「非公式」を区分けして、それぞれに全く異なる価値観や全く異なる問題解決を当てはめて、場合によっては対外的には「公式」の顔を見せながら、国内的には「非公式」の基準で問題を処理する、そのようなアプローチそのものにあるのだと思います。例えば、安倍首相の姿勢に関して言えば、訪米時のブッシュ大統領やペロシ下院議長に対する「説明」や外務省当局の姿勢は「公式」のものだとしても、同じ安倍首相を支持している(らしい)勢力から「ワシントンポストへの意見広告」のようなものが飛び出したり、安倍首相自身の著書『美しい国へ』を読むと第二次大戦の戦後処理に対する精神的な異議申し立ての宣言のようなことが書いてある、こうした「非公式」の姿勢と「公式」の文言の乖離をどう理解したら良いのか、そんな苛立ちが大きいのだと思います。
アメリカの「知日派」という人たちの間では、日本政府の姿勢にみられる「公式」と「非公式」の使い分けというのは良く知られています。例えば政策に関して影響力を行使しようとすれば「ホウリツ」ではなく「ギョウセイシドウ」という「非公式のレギュレーション」に目をつけて、そこに「ガイアツ」をかけていけば突破できるというような感覚はあるのです。また「イエス」という「公式の回答」が霞が関から出てきても決して信用してはならず「タテワリギョウセイ」の弊害でどうせ時間がかかるから裏から攻めた方が早い、そんな議論も「対日政策立案のシンクタンク」などでは語られているのです。……今回のいわゆる「従軍慰安婦問題」のように明らかに名誉を傷つけられた被害者がおり、それが女性の尊厳に関わる性的な問題を含んでいる、そのような真剣な論議において「タテマエ」では謝罪するが、「ホンネ」の部分では「声高に非難に屈するのはイヤ」というような姿勢を見せていては、理解のしようがないのだと思います。
しかし、情報収集は、インターネット政治の初歩的・端緒的段階にすぎません。梅田望夫・茂木健一郎『フューチャリスト宣言』(ちくま新書)に出てくるような未来の多様な可能性を考えれば、政治の争点をつくりだし、政党活動のみならず選挙運動でも大いに活用され、若者を投票所に向かわせて投票率を押し上げ、政治の地殻変動に及んで、初めて「テレビ政治」時代から「Eポリティクス」に移行するのです。私のいう「陣地戦から情報戦へ」の政治舞台の変容、「言力政治」や「ソフトパワー」の威力が発揮できるのです。その意味で、立候補表明から毎日選挙活動を自分の目線で伝えている有田芳生さん『酔醒漫録』連載は、貴著なインターネット政治の実験。参院選で、どこまで日本政治が情報化できるのか、見守っていきましょう。私自身の情報戦では、「ネチズンカレッジ」の百万ヒットに合わせて、9.11以後の非戦ポータルサイト「IMAGINE! イマジン」も、30万ヒットを記録しました。皆様の日頃のご愛顧に、心から感謝いたします。
「2007年の尋ね人」として「<崎村茂樹の6つの謎>について、情報をお寄せ下さい!」とよびかけた「国際歴史探偵」は、ドイツから『カレーナ・ニーホッフ伝記』 (Karena Niehoff. Feuilletgonistin und Kritikerin. Mit Aufsaetzen und Kritikenm von Karena Niehoff und einem Essay von Joerg Becker. FILM & SCHRIFT, Band 4. Muenchen ,Verlag edition text + kritik, 2007.1)が届き、<大きな謎>であった1950年毛沢暗殺未遂事件についても、朱振才『建国初期北京反間諜大案紀実』(2006年 )が中国から届いて、1950年夏の北京で「毛沢東暗殺未遂事件」とは別の「崎村茂樹経済間諜事件」があったことが判明しました。まだ(1)崎村茂樹の1943−44年の亡命地ストックホルムでの実際、(2)45年ドイツ敗戦時の崎村のベルリンから中国長春への渡航ルートと道案内人、(3)1950年間諜事件で崎村茂樹と一緒に検挙された「三沢赳」の謎等が残りますが、この「日独同盟に風穴をあけた日本人<崎村茂樹>探索」は、昨夏90万ヒット記念で始めて多くの貴重な情報が寄せられ、<6つの謎>についてもおおまかな見通しがつきましたので、一応の打ち止めとします。ただし本サイト上でのまとめは、夏休みの補充調査を経てから、明らかにしていくことにします。関連資料として、英文 Personal Contacts in German--Japanese Cultural Relations during the 1920s and Early 1930s ( "Japanese-German Relations, 1895-1945 War, Diplomacy and Public Opinion" , edited by Christian W. Spang, & Rolf-Harald Wippich , Routledge, 2005)、『象徴天皇制の起源 アメリカの心理戦「日本計画」』(平凡社新書)、「戦争と革命---ロシア、中国、ベトナムの革命と日本」(『岩波講座 アジア・太平洋戦争』第8巻『20世紀の中のアジア・太平洋戦争』)、「体制変革と情報戦---社会民主党宣言から象徴天皇制まで」((岩波講座『「帝国」日本の学知』第4巻『メディアのなかの「帝国」』岩波書店、2006年)等をご参照下さい。
図書館の『エコノミスト』誌連載書評「歴史書の棚」に、「写真という複製芸術が 親米の受け皿を準備した」と題して5月29日号に掲載した柴岡信一郎『報道写真と対外宣伝 15年戦争期の写真界』(日本経済評論社)、吉見俊哉『親米と反米 戦後日本の政治的無意識』(岩波新書)をアップしてあります。この書評を楽しみに、繰り返しアクセスして頂いている皆さんも、多いようです。2月27日号の鶴見俊輔・加藤典洋・黒川創『日米交換船』(新潮社)と『コルナイ・ヤーノシュ自伝』(盛田常 夫訳、日本評論社)を取り上げた「『敵性人』の体験こそが知の巨人のルーツだった」、3月27日号で安田敏朗『「国語」の近代史 帝国日本と国語学者たち』(中公新書)と太田愛人『「武士道」を読む 新渡戸稲造と「敗者」の精神史』(平凡社新書) を書評した「美しい日本語は「国語」とは違う、『武士道』だって方言で読める」、4月23日号で「海外の知的エリートは、日本近代をどう学ぶか」としたアンドルー・ゴードン(森谷文昭訳)『日本の200年 徳川時代から現代まで』上下(みすず書俣)、アンドリュー・E・バーシェイ(山田鋭夫訳)『近代日本の社会科学 丸山眞男と宇野弘蔵の射程』(NTT出版)等と共に、今後も御贔屓ください。