ここには、<What's New>で定期的にトップに現れた、本ホームページの作成過程、試行版への反響、更新の苦労話、メールへのご返事、ちょっといい話、外国旅行記・滞在記などが、日誌風につづられます。趣味的なリンクガイドも兼ねます。ま、くつろぎのエッセイ集であり、対話のページであり、独白録です。日付けは下の方が古いので、逆読みしてください。
「つぎつぎになりゆくいきほひ」の帰結を暗示するのが、かつて自治大臣・国家公安委員長として警察のトップにあった弁護士白川勝彦さんが、東京・渋谷で実際に遭遇した「忍び寄る警察国家の影」です。「職務質問」のかたちで4人の警官に囲まれ、いきなりポケットを探られ拘束された体験談です。監視カメラがいたるところに次々に設置されているのも、この国の新しい姿。家電販売店に行くと、ダミーカメラが山積みされていました。犯罪予防であると共に、自分自身を安心させる機能のようです。転機は、1995年でしょうか。あの阪神大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件の頃から、この国に住む普通の人々は、「大いなる不安」に駆られ、「安全」(Safety)では足りず、「安全保障」(Security)を求める傾向が強くなりました。グーグルに「大いなる不安」とうちこんで、驚きました。形容詞つき一般名詞の日本語なのに、3000件以上が熟語としてヒットするのです。ウルリヒ・ベックのいう「危険社会」の内面化、リスク管理を求める心性の広がりです。「自己責任」がいわれはじめたのも、この頃でした。思えば1995年は、インターネットの生成期、日本におけるボランティア活動の揺籃期、野村一夫さんのいう「大公開時代」以前で、まだまだインターネット「先住民」が理性的に結びあう基盤がありました。それから10年のこの国は、バブル崩壊後の「失われた十年」とも重なって、冷戦が崩壊しグローバル化する世界の中で羅針盤を失い、ただただかつてのパートナー米国に従うばかりで、激動する世界の中を彷徨してきました。そこに2001年9月11日の衝撃、「テロの脅威」に加重された「不安」の帰結が、世界で孤立するアメリカにすがるばかりの、ずるずるべったりの軍事化=「つぎつぎになりゆくいきほひ」です。丸山真男が、あと十年長く生きていたら、どのように嘆いたでしょうか。
「大いなる不安」を増幅したのは、9.11ばかりではありません。9.11一年後の小泉首相訪朝による北朝鮮日本人拉致問題の外交イシュー化が、「安全より安全保障」の心性を強めたのは、疑いありません。当時の日本社会が受けた衝撃は、インターネット上の様々なデータベースで、確認できます。私の「ネチズン・カレッジ」でいえば、「Living Room 13」で、有田芳生さんらと共に「北朝鮮拉致問題でニューヨークタイムズに意見広告を出そう!」の運動を呼びかけ、2週間で1300万円もの募金が集まり、実際に12月23日に意見広告を掲載できました。その頃すでに、田中宇さんは、アメリカの準備していたイラク攻撃との関連を見出していました。李英和さんは、 「5人生存・8人死亡」金正日発表を「インチキでチープなトリック」と見抜いていました。その後の2年間は、「生存」が確認され帰国した5人の家族の奪還に費やされました。日朝交渉は、ようやく曽我ひとみさんが家族水入らずの正月を迎えるところまで、こぎつけました。だが、私たちが求めた拉致被害者全員の原状回復=日本帰還、横田めぐみさんや曽我ひとみさんのお母さんの帰国は実現せず、その確かな消息さえ、北朝鮮は提供しません。それどころか、小泉首相と金正日の2度のトップ会談で約束した国家的「調査」の結果が、横田めぐみさんを他人の遺骨で死亡したことにするという、ご家族へのこのうえない侮辱で、残酷な仕打ちでした。この問題への日本政府のその後の対応も、「つぎつぎになりゆくいきほひ」です。イラク戦争や自衛隊派遣に反対する平和勢力のなかにも、北朝鮮への批判は右派軍事化勢力を利するから控えるという、ためらいや無視・軽視が目立ちます。浅野健一さんのように「朝鮮時報」に登場して北朝鮮を擁護する論調は、まだ率直なだけましです。無関心ならぬ無関与・迂回の平和サイトが大勢です。本サイトは、白の反戦リボンと青の拉致被害者奪還リボンを掲げ続けてきましたが、それは第一に、拉致問題は、現代日本における普通の人々にとっての人権の、差し迫った最大の象徴的課題と考えるからです。第二に、北朝鮮金正日政権の現実の存在と動向が、どんな「反共攻撃」よりも雄弁かつ強力に、日本の社会運動とそれに大きな影響を与えてきた社会党・共産党など「護憲勢力」を窒息させる実際的効果を持ち、この問題での過去の言説の自己切開と現実的対応なしには、左派の「憲法擁護」の言説自体が説得力を失うと思われるからです。日本国憲法によってこそ、拉致被害者の人権は回復され、拉致問題は解決されるべきです。「活憲派」の主張する日本国憲法の世界史的意義――第9条のもとでの「平和に生きる権利」保障――の真価が、いまここで問われているのです。この点は、中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権――北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』(大村書店)書評などで繰り返し書いてきましたが、ミネソタ弁護士会国際人権委員会・アジアウォッチ編(小川晴久・川人博訳)『北朝鮮の人権』(連合出版)を読んで、いっそう確信しました。すでに1988年の時点で、アメリカの人権弁護士たちが、「世界人権宣言」の各条項に一つひとつ照らして、北朝鮮の国家犯罪を、詳しく暴いていました。日々テレビで放映される今日の状況は、これがさらに悪化したものです。もしも「社会主義国だから」「かつて日本が侵略した国だから」と、この現実から逃避してきたとすれば、それは、そうした社会主義思想・平和思想・憲法思想の人権感覚が問われるだけです。「日本と世界の人権・平和・共生の侵害・破壊と保護・回復の現実」中の「北朝鮮の人権・平和・共生の侵害・破壊と保護・回復の現実 」に膨大なデータが蓄積されています。朝鮮民主主義研究センターで日々報じられる現実に目をそむけず、救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク「RENK」や北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会「カルメギ」、「北朝鮮難民救援基金」の皆さんが命がけで続けている活動を支援することが、イラク問題の国際的解決や日本国憲法擁護にも連なると思われます。「家族の会」の皆さんが主張する経済制裁発動が唯一の道とは思われませんが、拉致犠牲者全員の消息追及と生存者の人権回復=帰還を正面から要求するのは、当然のことです。アムネスティ・インターナショナルと共に、アメリカばかりでなく、韓国・中国・ロシアにもヨーロッパ諸国にも、人権侵害の国際的問題として拉致問題を訴え、国際世論の力で金正日政権を追いつめていくことが、緊急に必要です。かつてのチュチェ思想のブレーン、黄ジョンヨブ氏の平和的崩壊論が、もっともっと注目さるべきです。
今年も最後の更新。年をとると、一年がどんどん短くなります。多くのかけがえのない知人・友人を喪いました。本だけで学恩を受けた方もいました。大変お世話になったのに、外国滞在等でお別れできなかった先輩もいました。 網野善彦さん、佐々木潤之介さん、永原慶二さん、高畠通敏さん、石川真澄さん、山代巴さん、ついに聞き取りができなかった吉井淳二さん、……。無名の方々も、かけがえのない人生を送りました。私の「旧ソ連日本人粛清犠牲者・候補者一覧」の関係者で協力者であった北海道の寺島親蔵さん、鹿児島の大町田安次さんの訃報を、ご親族からいただきました。更に証言をいただきたかった方々ですが、残念です。同年輩の友人の死は、まだまだ可能性があったはずですから、とりわけ無念です。中学の同級生の一人M・Cさんも喪いました。すべての方々に、合掌! 心からご冥福をお祈りいたします。共同通信配信記事が『東京新聞』『日経新聞』『サンケイ新聞』『京都新聞』ほか全国各紙に掲載された『世界』12月号掲載の論文「1942年6月米国『日本プラン』と象徴天皇制」は、岩波書店の許可を得て、次回新年1月1日の更新のさいに、インターネット特別版を発表します。『エコノミスト』11月16日号の書評、佐藤卓己『言論統制――情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』(中公新書)、加藤秀一『<恋愛結婚>は何をもたらしたか──性道徳と優性思想の百年間』(ちくま新書)に続いて、12月14日号に掲載した原秀成『日本国憲法制定の系譜 氈@戦争終結まで』(日本評論社)、下斗米伸夫『アジア冷戦史』(中公新書)を新規アップ。『文藝春秋』6月号に発表した「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(より詳しいインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」)や11月ゾルゲ・尾崎秀実没後60周年記念会での「イラク戦争から見たゾルゲ事件」、「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)、『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)書評、『図書新聞』10月9日号くらせ・みきお編著『小林多喜二を売った男――スパイ三舩留吉と特高警察』(白順社)書評などと共に、現代史研究の醍醐味をどうぞ。本HP「現代史研究」に入っている「新たに発見された『沖縄奄美非合法共産党資料』について(上)」(下)を基礎に、「非合法共産党資料に見る戦後沖縄の自立」「消し去ることのできない歴史の記憶」などで展開した1950年代沖縄の解放運動原資料を網羅した、国場幸太郎さんたちとの4年がかりの共同研究「戦後初期沖縄解放運動資料集」全3巻も発売されました(不二出版)、高価ですがぜひ図書館等に。書評は、立花隆『シベリア鎮魂歌──香月泰男の世界』(文藝春秋)、保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー──オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(御茶の水書房)、中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権――北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』(大村書店)、坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)、リチャード・オルドリッチ著・会田弘継訳『日・米・英「諜報機関」の太平洋戦争』(光文社)、小泉和子『洋裁の時代――日本人の衣服革命』(農文協)、法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英・高橋彦博・横関至著『協調会の研究』(柏書房)、などが図書館にあります。これらも、単行本『従軍のポリティクス』(青弓社)所収「グローバルな世界と<私たち>の従軍」や姉妹サイト「IMAGINE! イマジン」で展開しているグローバル平和のための情報戦の一環です。フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another World Is Possible )』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」とまとめられた運動の一つです。来年1月の第5回世界社会フォーラム(ブラジル・ポルトアレグレ市)にむけて、日本でも準備が進んでいます。「資本のグローバリズムに抗する人々の主権経済」「平和と脱軍事化の模索」「多様性・複数性を保証する世界とは」などのテーマも決まりあした。ブラジル・ポルトアレグレで、1月に開かれます。10月ロンドンのヨーロッパ社会フォーラムの様子をチェックし、京都社会フォーラムのように地域から準備しておけば、現地での活動もいっそう有意義でしょう。来年も、私は試験期で行けませんが、盛会を期待します。
中国は「社会主義」だといわれます。しかしそれは、共産党一党独裁が続き、共産党公認とは異なるイデオロギーが抑圧され、国有企業が残されているという以上の意味はないでしょう。「社会主義市場経済」などと言い換えても、実態は膨大な農村労働力・低賃金労働を基礎にした資本主義謳歌・格差拡大・グローバル市場参入以外の何ものでもありません。メキシコからの帰路に機内で読んだ、下斗米伸夫さんの新著『アジア冷戦史』(中公新書)は新鮮でした。中ソ関係を機軸としたイデオロギーに加え、地政学と核兵器開発・保有の視角を入れて、1945年以降のアジアの歴史を見ると、これまでの「アジア社会主義」「民族解放運動」のような視角では捉えられないソ連・中国・モンゴル・朝鮮半島・インドシナ・日本の関係が、見えてくるのです。1949年7月のスターリン・劉少奇会談が画期になりますが、それ以前の第二次世界戦争の戦後処理が、重要な意味を持ちました。中東欧には熱心だったスターリンも、アジアの戦後については明確な構想を持たず、蒋介石の中国国民党政権に期待を寄せていました。アメリカも同様だったことは、先日発表した「新史料発見 1942年6月米国『日本プラン』と象徴天皇制」(『世界』12月号)の周辺史料からうかがえます。この米ソによるアジアの戦後処理の未決が、中国内戦及び冷戦開始と重なったとき、毛沢東・劉少奇・周恩来も、金日成・朴憲永もホーチミンも、それぞれにスターリンのソ連に不満・不信を持ち、相互に疑心暗鬼になりながら、中華人民共和国と南北朝鮮が生まれ、朝鮮戦争・中ソ論争・ベトナム戦争へと展開していったのです。下斗米さんによると、1957年11月、スターリン批判後「平和共存」へと歩み始めたソ連指導部に対して、毛沢東が「地球人口27億人の半分が滅び、帝国主義が一掃されたとき、社会主義だけが生き残る」と発言した記録が、ソ連の新史料にあるそうです。恐ろしいことです。そんな「社会主義の核兵器」の評価をめぐって分裂した日本の原水爆禁止運動とは、いったい何だったのでしょうか。
その時代も今日も、アメリカにとってのアジアとは、中国を中心としたものです。いわゆる冷戦時代の末期、日本経済がバブルに浮かれていた頃、アメリカの「ジャパン・バッシング(bashing 日本たたき)」が言われた時期がありました。しかし、バブル崩壊と中国の「改革・開放」が重なり、アメリカ資本の関心は中国へと移り、日本は、中国市場への通過点(ジャパン・パッシングpassing)となりました。やがて日本企業も中国での現地生産と市場攻略へと動き、アメリカにとっては日本は無視してよい存在となり(ジャパン・ナッシングnothing)、日米摩擦は中国市場に内部化し、中国を生産基地にしてのグローバル市場へと移行しました。広州は、日米欧多国籍企業のひしめく「世界の工場」の中心です。そこでの象徴的出来事。宿舎近くの小さな銀行の窓口に中国人民元を買いにいったら、ユーロとドルならいいが、日本円は中国銀行の窓口に行ってくれと、換金を断られました。最近のドル安・円高が経済紙を賑わしていますが、実はそれは、一枚のコインの表裏です。ドル・円双方に対して強いユーロが、中国をはじめアジア諸国で、信用を高めています。かつての「円ブロック」は夢のまた夢、減価するばかりの米国ドル国債を買い続ける日本は、アメリカの財政赤字・貿易赤字の尻ぬぐいをしながら、アメリカと一緒に沈没し心中する道を歩んでいるのです。そんな世界資本主義システム深部の動きを追った田中宇さん「ドルの自滅」「中国人民元がドルを抜く日」、わずか1週間の中国滞在でしたが、中国資本主義の最先端広州では、さもありなんと実感できました。田中宇さんの言葉――「歴史的に見ると中国は、1600年代までは欧州より一人当たりの経済生産が大きく、その後はしだいに衰退しつつも、1820年時点でも世界経済の30%を占めていた。その後、欧米が産業革命によって急発展するのと反比例して中国は縮小混乱し、中国共産党が政権をとった直後の1950年には世界経済に占める割合は5%以下になっていた。中国が弱い国だったのは、人類の長い歴史の中で、わずかにこの200年間のことにすぎない。多くの日本人にとって、世界を認識するための「歴史」は黒船来航以降の150年間だけで、この間ずっと中国は弱い国だった。しかも日本人は60年前にアメリカに惨敗したため、アメリカが無限の強さを持っていると考える傾向が強い。近隣国の住人として「中国には巨大になってほしくない」という潜在的な願望もある。だから読者の中にも「中国がアメリカを抜くはずがない」と思う人が多いかもしれない。ところが欧米の知識界では、中国が今後再び勃興しそうだということが、半ば常識的な予測となっている。」 ――傾聴すべきです。
しばらくぶりで帰国してみると、日本の変化も急です。ただし、いっそうアメリカと無理心中・沈没する方向で。自衛隊のイラク駐留は、本格的論議もないまま、一年延長されそうです。ファルージャの5000人虐殺、「21世紀のゲルニカ」の後のサマワがどうなっているか、誰も詳しく検証しないままで。「もし日本がイラクだったら」の想像力もないまま、「自衛隊のいるところは非戦闘地域」と開き直る政府の本末転倒。神浦元影さん、山本史郎さん、ブナ林便りさん、自衛隊ニュースに、日々注目。「護憲・活憲・論憲・加憲・創憲・改憲」の憲法論議は、自民党改憲案の骨子が固まり、改憲手続き法となる国民投票法案が与党により具体化される局面に。新潟中越地震のその後は、「にいがたNPO情報ネット」、「東京災害ボランティアセンター」、「中越元気村」、「新潟震災ボランティア日記――あなたにもできるネット支援」のほか、色平哲郎さんサイトで後追いを。「健康で文化的に生きる権利」の問題です。「1942年6月米国『日本プラン』と象徴天皇制」発表のニュースは、共同通信配信記事が『東京新聞』『日経新聞』『サンケイ新聞』『京都新聞』ほか全国各紙に掲載されたようです。英字新聞でもJapan Timesほかで大きく取り上げられ、読者の活発な議論も掲載されています。天木直人さんHP「マス・メディアの裏を読む」が11月8日号で取り上げてくれたのは嬉しいのですが、もともとこのニュースは、雑誌論文として発表するにあたって、資料収集で協力してもらった通信社に流したかたちのものですので、歴史的評価等は、中村政則さん・五百旗頭真さんのコメントとあわせ、詳しく論じた論文の方で議論していただければ幸いです。もっとも、これから「OSSドノヴァン長官文書」をさらに読み込み、本格的な書物にする予定ですが。
『エコノミスト』11月16日号の書評、佐藤卓己『言論統制――情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』(中公新書)、加藤秀一『<恋愛結婚>は何をもたらしたか──性道徳と優性思想の百年間』(ちくま新書)を新規アップ。『文藝春秋』6月号に発表した「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(より詳しいインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」)や「イラク戦争から見たゾルゲ事件」、「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)、『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)書評、『図書新聞』10月9日号くらせ・みきお編著『小林多喜二を売った男――スパイ三舩留吉と特高警察』(白順社)書評などと共に、現代史研究の醍醐味をどうぞ。留守中に、本HP「現代史研究」に入っている「新たに発見された『沖縄奄美非合法共産党資料』について(上)」(下)を基礎に、「非合法共産党資料に見る戦後沖縄の自立」「消し去ることのできない歴史の記憶」などで展開した1950年代沖縄の解放運動原資料を網羅した4年がかりの共同研究「戦後初期沖縄解放運動資料集」全3巻も発売されました(不二出版)。書評は、立花隆『シベリア鎮魂歌──香月泰男の世界』(文藝春秋)と保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー──オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(御茶の水書房)、中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権――北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』(大村書店)、坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)、リチャード・オルドリッチ著・会田弘継訳『日・米・英「諜報機関」の太平洋戦争』(光文社)、小泉和子『洋裁の時代――日本人の衣服革命』(農文協)、法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英・高橋彦博・横関至著『協調会の研究』(柏書房)、など。もっともこうした歴史研究も、単行本『従軍のポリティクス』(青弓社)所収「グローバルな世界と<私たち>の従軍」や姉妹サイト「IMAGINE! イマジン」で展開しているグローバル平和のための情報戦の一環です。フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another World Is Possible )』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」とまとめられた運動の端末です。来年1月の第5回世界社会フォーラム(ブラジル・ポルトアレグレ市)にむけて、ようやく日本でも動き出し、「資本のグローバリズムに抗する人々の主権経済」「平和と脱軍事化の模索」「多様性・複数性を保証する世界とは」などのテーマも決まりましたが、10月の地方選で開催地ポルトアレグレの労働者党が敗北したり、運動内部の意見の違いも出てきて、心配です。この点は年末に。
2004/11/15 68万ヒットは、メキシコ・シティで迎えました。ホテルの窓からの眺めは、気流のなる音のようにゆっくり。それにあわせてか、ホテルの電話経由のインターネットは遅く、もどかしい限り。メールは通じますが、スローライフ実践中ですので、今回更新は最小限にとどめます。当地の日本研究国際会議でも、「新史料発見 1942年6月米国『日本プラン』と象徴天皇制」のニュースが、話題になりました。8日のJapan Times等に詳しい外電英語ニュースとして載ったためで、初日冒頭、司会のメキシコ大学院大学ギエルモ・クアルトリッチ教授から、インターネットで見つけたといって紹介されました。あわてて憲法改正問題が主題の翌日報告草稿に、この日本プラン紹介部分を追加。私の報告は「現代日本の護憲・活憲・論憲・加憲・創憲・改憲」で、まあまあ英語で一時間、いいたいことは伝えました。困ったのは、メキシコ1917年憲法の改正手続きも、日本国憲法と同じ国会で3分の2の賛成、国民投票過半数で、同じくいわゆる「硬性憲法」ですから、メキシコでは何度も改正されてきたのに、日本では改訂されなかった理由を、説明しなければなりません。メキシコにおける制度的革命党(PRI)の長期支配と日本の自民党支配の違い、メキシコ憲法の焦点27条(土地国有化条項)と日本国憲法の核心第9条(戦争放棄)の共通性と特殊性を入れて、何とか切り抜けました。在中国メキシコ大使だったオマール・リゴレッタ教授から、「日本プラン」と当時の米国の対中国政策・計画との関連について鋭い質問。さすがです。実は「日本プラン」は対中国「ドラゴン・プラン」の一環であったろうと答えておきました。日本でも7日の『東京新聞』『日経新聞』『京都新聞』等の外8日付け『サンケイ新聞』にも出たというメール。私も知らなかった共同通信配信記事の全文はこれらしく、中村政則さん・五百旗頭真さんのコメントも載っています。でももともと『世界』12月号の解読論文の紹介ですから、ぜひとも論文の方を読んでいただきたいと思います。
パレスチナのアラファト議長死亡、イラクのファルージャ大虐殺のニュースは、インターネットだけが便り。ラテンアメリカから見ると、中東は極東よりも遠い国で、スペイン語のテレビや新聞では、情報収集が思うようにいきません。ブッシュ=ブレア=コイズミ連合が、世界の大多数の人々の希望に反した単独行動主義の方向を暴走していることだけは、実感できます。メキシコ行きのトランジットなのに、米国ロスアンゼルス空港では人差し指の指紋押捺と顔写真撮影を強制されました。最高の収穫は、会議にきていた在メキシコ日本人2世・3世の方々からの聞き取り。同じ会議に出席した袖井林二郎さんと共に、第二次世界大戦中に親と離れて日本に行っていて(アメリカの「キベイ=帰米」にならって、「キボク=帰墨」というそうです)学徒出陣で日本軍に組み込まれ、音信不通の家族のいる連合軍(メキシコも米国の側です)とたたかって、戦後メキシコの親元に帰国したマツモトさんの波乱の体験を、詳しくうかがいました。戦争は、人間の生きる希望や人生計画を大きく変えてしまう、最高の国家的暴力です。『エコノミスト』最新11月16日号には、佐藤卓己『言論統制――情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』(中公新書)と加藤秀一『<恋愛結婚>は何をもたらしたか──性道徳と優性思想の百年間』(ちくま新書)の書評が載っているはずですが、アップは帰国後に。これから米国西海岸を経て、中国広州に入ります。
2004/11/7 アメリカ大統領選挙は、世界の希望に反して、共和党ブッシュ・ジュニアを、あと4年ホワイトハウスに留めることになりました。「内向きのアメリカ」という論評もありますが、私にはむしろ、「戦時体制のアメリカ」の表出に見えます。地域的分裂も深刻です。さらにその裏に、「時代に取り残されていく不安心理」「世界の中で孤立している恐怖感」を見る冷泉彰彦さんのJMM現地報告「分裂の果てに」に注目。「何度ケリーを押してもブッシュが出る」
投票機械情報や「イギリスのブレア首相は、ひそかにケリーの勝利を望んでいた」と指摘する田中宇さん「ブッシュ再選の意味」は、先の「CIAの反乱」と共に必読。4年後の候補者を詮索したり、次期ホワイトハウス人事やリベラル派有権者のカナダ逃亡を報じる前に、冷静な分析を。最大の勝者は、投票直前のビデオで「反テロ戦争泥沼化」を引きだしたオサマ・ビンラディンと、どちらが勝ってもいいように保険をかけていたイエール大学生クラブ「スカル・エンド・ボーンズ」出身者をはじめとした米国政財界VIPたちかもしれません。「ベトナム化」しつつあるイラクの戦争状態継続が決まり、脳天気に喜ぶ小泉内閣、しかしグローバル世界では、国連アナン事務総長がファルージャ掃討作戦中止を訴えたように、「戦時」米英日枢軸は、世界の孤児になりつつあります。12月14日に期限切れを控えたイラクの自衛隊、香田証生さんが殺害され、先日着弾した迫撃砲の2倍の威力を持つロケット弾が宿営地に打ち込まれて施設の被害を受けたというのに、公式発表は18時間後、まるで大本営発表です。さらに日本が寄贈した警察のパトカーが爆破され、米軍ファルージャ殲滅作戦で暫定政府の「非常事態宣言」下に入り、どうみても「非戦闘地域」とはいえなくなったサマワに、小泉内閣はブッシュ当選の勢いを得て、延長を見越した第4次派遣隊の編成に早くも着手。「臨戦・従軍」体勢です。なにしろ経済力は第2位でも、「国境なき記者団」報道の自由度世界第42位の国です。現地の状況は、大本営風公式発表とネット上の自衛隊ニュースでぐらいしかつかめません。それでも注意深く読むと、さまざまな問題が、ウラからうかがえますよ。マスコミが特派員をおけず無力なら、「ブナ林だより」さんや神浦元影さんのような、ネチズン監視団が必要です。来年1月の第5回世界社会フォーラム(ポルトアレグレ)にむけて、平和ネットの再構築が求められます。
昨6日の「リヒアルト・ゾルゲ、尾崎秀実処刑60周年記念 現代の情報戦とゾルゲ事件」講演会は、満員御礼の大盛況でした。若い人が少ないのは残念でしたが。本7日朝刊の共同通信配信で、明日11月8日発売の雑誌『世界』12月号に掲載される「新史料発見 1942年6月米国『日本プラン』と象徴天皇制」発表のニュースが、「天皇を『平和の象徴』に 米国機密文書で判明」という見出しで、『東京新聞』『日経新聞』『京都新聞』等に掲載されました。そこで、その原資料の一部である、私がこの夏見つけた「OSSドノヴァン長官文書」(米国国立公文書館所蔵RG226、1990年マイクロ化)マイクロフィルムReel 62 中の機密公文書、1942年6月3日付米国陸軍省軍事情報局心理作戦部「日本プラン(最終草稿)」全32頁のダイジェスト版3頁の写真版及び重要関連資料を本サイトにアップ。太平洋戦争開戦半年後、ミッドウェー海戦時にマッカーサーも読んだ機密文書で、ちょっと読みにくいですが、2頁目の(d)項に、「日本の天皇を(慎重に、名前を挙げずに)、平和のシンボルとして利用すること[To use the Japanese Emperor (with caution and not by name) as a peace symbol]」とあります。「象徴」という表現よりも、「利用」のニュアンスに注目。戦時体制の米国の原型が透けて見えます。ただし、『東京新聞』等新聞記事には「2001年に解禁されたOSS史料の中から発見」とありますが、正確には「全面解禁」で、当サイト9/15版トップで紹介したように、OSS史料全体は段階的に公開されてきており(ローレンス・マクドナルド「アメリカ国立公文書館のOSS史料ガイド」『インテリジェンス』創刊号、2002)、「日本プラン(最終草稿)」の入っている「ドノヴァン長官文書」自体は1990年に公開され、132リール・17万5000頁の大部のマイクロフィルムなため、日本の研究者が誰も見ていなかっただけのものです。なお、これを解読した『世界』12月号論文134頁で、「天皇は国民の代表であり、国民統合の象徴である[The Emperor is the representative of the nation and the symbol of its unity]」と明記した新渡戸稲造の英文著書『日本――その問題と発展の諸局面』の刊行年を「1930年」と書きましたが、原書はInazo NITOBE,JAPAN: Some phases of her Problems and Development, Ernst Benn Limited, London,1931, p.171で、正しくは「1931年」でした。ついでに訂正しておきます。しばらく日本を離れます。この件でのお問い合わせ等は、E-mail: katote@ff.iij4u.or.jp またはcs00231@srv.cc.hit-u.ac.jpへ。IT環境が悪いメキシコ・中国ですので、15日にちゃんと次回更新できるかどうかわかりません。悪しからず。
昨6日の「リヒアルト・ゾルゲ、尾崎秀実処刑60周年記念 現代の情報戦とゾルゲ事件」講演会は、満員御礼の大盛況でした。若い人が少ないのは残念でしたが。本7日朝刊の共同通信配信で、明日11月8日発売の雑誌『世界』12月号に掲載される「新史料発見 1942年6月米国『日本プラン』と象徴天皇制」発表のニュースが、「天皇を『平和の象徴』に 米国機密文書で判明」という見出しで、『東京新聞』『日経新聞』『京都新聞』等に掲載されました。そこで、その原資料の一部である、私がこの夏見つけた「OSSドノヴァン長官文書」(米国国立公文書館所蔵RG226、1990年マイクロ化)マイクロフィルムReel
62
中の機密公文書、1942年6月3日付米国陸軍省軍事情報局心理作戦部「日本プラン(最終草稿)」全32頁のダイジェスト版3頁の写真版及び重要関連資料を本サイトにアップ。太平洋戦争開戦半年後、ミッドウェー海戦時にマッカーサーも読んだ機密文書で、ちょっと読みにくいですが、2頁目の(d)項に、「日本の天皇を(慎重に、名前を挙げずに)、平和のシンボルとして利用すること[To
use the Japanese Emperor (with caution and not by name) as a peace
symbol]」とあります。「象徴」という表現よりも、「利用」のニュアンスに注目。戦時体制の米国の原型が透けて見えます。ただし、『東京新聞』等新聞記事には「2001年に解禁されたOSS史料の中から発見」とありますが、正確には「全面解禁」で、当サイト9/15版トップで紹介したように、OSS史料全体は段階的に公開されてきており(ローレンス・マクドナルド「アメリカ国立公文書館のOSS史料ガイド」『インテリジェンス』創刊号、2002)、「日本プラン(最終草稿)」の入っている「ドノヴァン長官文書」自体は1990年に公開され、132リール・17万5000頁の大部のマイクロフィルムなため、日本の研究者が誰も見ていなかっただけのものです。なお、これを解読した『世界』12月号論文134頁で、「天皇は国民の代表であり、国民統合の象徴である[The
Emperor is the representative of the nation and the symbol of its
unity]」と明記した新渡戸稲造の英文著書『日本――その問題と発展の諸局面』の刊行年を「1930年」と書きましたが、原書はInazo
NITOBE,JAPAN: Some phases of her Problems and Development,
Ernst Benn Limited, London,1931,
p.171で、正しくは「1931年」でした。ついでに訂正しておきます。しばらく日本を離れます。この件でのお問い合わせ等は、E-mail:
katote@ff.iij4u.or.jp
またはcs00231@srv.cc.hit-u.ac.jpへ。IT環境が悪いメキシコ・中国ですので、15日にちゃんと次回更新できるかどうかわかりません。悪しからず。
2004/11/1
めっきり寒くなりました。すっかり冬物に着替え、部屋にはガスストーブ。でも、新潟中越地震の被災者の皆さんのことを考えると、心が痛みます。まだ余震が続き、狭いクルマの中や、体育館の木の床のうえで、ゆっくり足も伸ばせない暮らし。そこに冷たい雨、朝方の冷え込み。昔、田中角栄の選挙区調査でまわりましたが、融雪道路整備が越山会角栄票の基盤となった、豪雪地帯です。震度7の強震に地滑り・土砂崩れで、ずたずたにされた生活道路とライフライン。その中で、「生きる希望」を与えたのは、土砂崩れ現場の自動車から90時間ぶりで見つかった、皆川優太ちゃんの救出ドラマ。車中のお母さん・お姉さんは残念でしたが、奇跡としかいいようのない生命力、人間の本源的力です。そこで決死の活動で優太くんの人命を救った、東京消防庁ハイパー・レスキュー部隊の皆さん、脱帽です。阪神大震災の教訓として設立され、台湾大地震でも活躍した最新鋭人命救助部隊とか。国際貢献のうえでも、頼もしい限りです。ボランティアの皆さんも、続々新潟に向かっています。政府やヤフー情報ばかりでなく、「にいがたNPO情報ネット」、「東京災害ボランティアセンター」などが動き出し、「中越元気村」「新潟震災ボランティア日記――あなたにもできるネット支援」も立ち上がりました。この10年の、日本の市民社会の成熟度が、試されています。
消防庁レスキュー隊の皆さんにくらべ、イラク・サマワに派遣された自衛隊員の皆さんはお気の毒です。おそらくレスキュー隊員以上の体力・訓練と装備を持ち、一人一人の隊員の現地の人々に貢献したいという気持ちは、消防レスキューの皆さんに決して劣らないのでしょうが、出番がありません。彼らが悪いわけではありません。ブッシュ政権に追随し、小泉首相の命令で送られたイラクの地サマワは、「非戦闘地域」どころか迫撃砲が着弾する戦場、現地住民の当初の期待が大きかっただけに失望も大きく、護衛してくれるはずのオランダ軍来年3月撤退は本決まり。ハリネズミのようにキャンプに立てこもり続けるか、12月14日の期限切れに政治判断して撤退するかの選択を、迫られています。そこに日本人旅行者香田証生さんの人質・殺害確認のニュース。 Raed Jarrar のオープンレターが行き渡る前に、痛ましい結末です。イラク民衆の歓迎しない自衛隊を派遣した国の一員というだけで、いのちを奪われたのですから。しかも、またぞろ「自己責任」「自業自得」論が出てきそうな雰囲気。その香田さん死亡確認にさいしての、日本政府の米軍情報頼みのどたばた劇。もともと「イラクの大量破壊兵器」も、「フセインとアルカイダのつながり」も、「非戦闘地域」への自衛隊派遣も、米国のみに情報を頼った小泉内閣の失政です。犯人側との交渉の手がかりさえつかめなかった政府に、香田さんの「何でもみてやろう」を非難する資格はありません。イラク戦争の犠牲者数も、怪しくなってきました。本サイトも、これまで米英日軍犠牲者は「Iraq Coalition Casualty 」の1千人超、イラク市民犠牲者は「イラク・ボディ・カウント」(Iraq Body Count)や「IRAQI CIVILIAN WAR CASUALTIES」の1万5千人ほどと見積もってきました。しかし、最近医学誌『ランセット』から英紙『ガーディアン』に掲載された記事は、イラクの死者「10万人以上」というこれまでの10倍の数字をあげています。米英軍情報が信頼できないだけ、こちらの情報が説得力を持ちます。情報戦は、こんなレベルでも展開されているのです。そして、もうすぐ米国大統領選挙の投票結果が出ます。国際世論の動向は明らかですが、米国内では接戦ですから、また投票後の訴訟合戦で、結論は長引くかも知れません。悲しいことに、日本国民の意見を聞かない小泉内閣の決断は、おそらく、この米国大統領選挙結果と、公明党の態度によって、大きく左右されます。いろいろ問題は残っても、香田証生さんは、日本政府の情報無策による自衛隊派兵の犠牲者です。イラクにではなく、台風と地震の現場にこそ、自衛隊員の活躍の場があったのです。軍事評論家神浦元影さんの巧みな比喩。
地震による死者にも、避難所での犠牲者にも、お年寄りが目立ちます。突然の過酷な環境変化に、身体がついていかないのでしょう。新潟の皆さんに、ぜひともお届けしたい阪神淡路大震災の経験があります。ちょうど、中越地震の前の日、阪神大震災の被災地尼崎で、すばらしい女性とお会いしたばかりでした。2003年度朝日社会福祉賞受賞者で尼崎老人福祉会理事長、「けま喜楽苑」苑長の市川禮子さんです。1985年のアウシュヴィッツへの旅が、市川さんを、ハンディキャップを持つ人々への福祉に導きました。「ノーマライゼーション」のための新型特別養護老人ホームとして、いまや全国から見学者がたえない「けま喜楽苑」。「心豊かな老い」をめざして、全室個室のユニット型ケアハウス、各室にマンションのように表札があり、プライバシーも保たれます。廊下は公共ストリートで、要所要所にたまり場、隅々に花がいっぱい飾られ、各階に数カ所の食堂があって食事時間も自由。それぞれのお年寄りのライフスタイルにあわせた暮らしが、熱心な職員の皆さんに支援されています。「ノーマライゼーション」の基本理念を支えるのが、「人権を守る」と「民主的運営」という二つの実践的理念。市川さんと職員の皆さんに案内して頂きましたが、入居者の人権と自立を尊重し、若い職員の皆さんが活発に議論していました。この理念が生きたのが、阪神大震災の時。被災仲間の小田実さんの慶応大「現代思想」講義が「神戸で老人介護をやってらっしゃる素晴らしい女性」と絶賛したように、市川さんは、身体ばかりでなく心も深く傷ついた被災者たちのために、小人数がそれぞれ個室を持ち、共同で住む「グループホーム型ケア付き仮設住宅」を提案し、自治体の協力で実現しました。この経験は、新潟でも、ぜひ生かしてほしいものです。雪の季節を控えて、お年寄りや病人のための仮設住宅は急務です。公営住宅の空き部屋でも、借り上げマンションでも、あの悪名高き年金保養協会が作ったグリーンピア新潟でも使って、ぜひとも被災された皆さんの、暖かい住まいを確保したいものです。
私の情報戦も、本カレッジ内「IMAGINE! イマジン」が、おかげさまで20万ヒット、正念場です。11月8日発売の雑誌『世界』12月号に、夏休みのOSS史料探索の成果、「新史料発見 1942年6月米国『日本プラン』と象徴天皇制」を発表します。その新史料の中核的部分は、発売直前に、本サイトでも公開します。春に『文藝春秋』6月号に発表した「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(より詳しいインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」)に続く、現代史歴史探偵の副産物で、「毛沢東書簡」と同様、新聞でも取り上げられるはずです。その解析で痛感したのは、戦時情報戦と戦後の情報戦の違い、特に戦時米国の最高意志決定における国務省と軍・情報機関の関係の問題です。もう一つ、第二次世界大戦中に発足した米国初の本格的情報機関米国戦略情報局=OSSと、その後継とされるCIAの違いも痛感させられました。情報分析能力が、OSSに比してCIAははるかに貧弱なのです。こちらの方の問題は、夏の『世界』7月号「大義の摩滅した戦争、平和の道徳的攻勢――『アブグレイブの拷問』をめぐる情報戦」を引き継ぐかたちで、11月6日(土)の「リヒアルト・ゾルゲ、尾崎秀実処刑60周年記念 現代の情報戦とゾルゲ事件」という日露歴史研究センター主催の一般向け国際集会(午後1−6時、東京・目黒・杉野学園)で発表します。私の話のタイトルは「イラク戦争から見たゾルゲ事件」ですが、時局の話はイントロと結語のみです。案内プログラム用ということで書いたのに他の講演者が遅れて当日配布になったらしい短文に書きましたが、ゾルゲ事件を含む第二次世界大戦中の情報戦を、ソ連のゾルゲ=尾崎諜報団の手工業型と、米国の学者・研究者総動員の米国戦略情報局(OSS)=機械制大工業型との対比で、論じるものです。その中で、これもこの夏休みのデンバー調査の成果、デンバー大学同級生であった日本人留学生鬼頭銀一・ジョー小出(本名鵜飼宣道)が、共に米国共産党に加わり、鬼頭は1930年上海でゾルゲを尾崎秀実に紹介、小出は同年モスクワ・レーニン大学留学後野坂参三の滞米活動の助手になります。「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」にも出てきた米国共産党書記長アール・ブラウダーを介して、ゾルゲ=尾崎グループと、野坂参三=ジョー小出グループの、1930年代後半の反ファシズム情報戦が、間接的につながります。さらにいえば、この流れは、対日独伊の連合軍の情報戦において、野坂・小出グループが毛沢東・蒋介石も介した米ソの争奪戦になり、最終的に野坂はソ連に、小出は米国に協力していくことになります。こうした「国際歴史探偵」にご関心の方は、ぜひ会場へ。
単行本『従軍のポリティクス』(青弓社)所収「グローバルな世界と<私たち>の従軍」を、論集で発売3ヶ月がすぎましたのて新規アップします。ゾルゲ事件に惹かれる方には、『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)書評と共に、『図書新聞』10月9日号くらせ・みきお編著『小林多喜二を売った男――スパイ三舩留吉と特高警察』(白順社)書評をどうぞ。ついでに、上記新資料発表直後に刊行される予定の資料集「戦後初期沖縄解放運動資料集」全3巻も。本HP「現代史研究」に入っている「新たに発見された『沖縄奄美非合法共産党資料』について(上)」(下)を基礎に、「非合法共産党資料に見る戦後沖縄の自立」「消し去ることのできない歴史の記憶」などで展開した1950年代沖縄の解放運動原資料を網羅した4年がかりの共同研究(不二出版)、1冊28000円と高価ですが、ぜひ図書館や研究室等に入れていただけると幸いです。関連する書評が、『エコノミスト』「歴史書の棚」9月21日号脇田憲一『朝鮮戦争と吹田・枚方事件――戦後史の空白を埋める』(明石書店)と西村秀樹『大阪で闘った朝鮮戦争――吹田枚方事件の青春群像』(岩波書店)。同連載10月19日号には、立花隆『シベリア鎮魂歌──香月泰男の世界』(文藝春秋)と保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー──オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』(御茶の水書房) をアップしました。中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権――北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』(大村書店)への長めの書評もどうぞ(『労働運動研究』8月号)。『週刊 エコノミスト』「歴史書の棚」には、坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)、リチャード・オルドリッチ著・会田弘継訳『日・米・英「諜報機関」の太平洋戦争』(光文社)、小泉和子『洋裁の時代――日本人の衣服革命』(農文協)、法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英・高橋彦博・横関至著『協調会の研究』(柏書房)、大島幹雄『虚業成れり――「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)、大井浩一『メディアは知識人をどう使ったか――戦後「論壇」の出発』(勁草書房)、クラウス・レゲヴィー著、斉藤寿雄訳『ナチスからの「回心」――ある大学学長の欺瞞の人生』(現代書館)、桜井哲夫『戦間期の思想家たち――レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』(平凡社新書)等々、たくさん入ってます。「国際歴史探偵」は、前掲「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(『文藝春秋』6月号)のインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」と「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)も。久しぶりで英語の本に、英語の論文が収録されました。デリー大学のSushila Narsimhan & G.Balatchandirane eds., INDIA AND EAST ASIA: LEARNING FROM EACH OTHER, Manak, Delhi 2004, で、私はJapanese Political Economy in Restructuring: Lessons for Indian Development という論文を寄せています。ちょうど昨年イラク戦争開始時の国際シンポジウムの記録で、Japanese Regulation and Governance in Restructuring: Ten Years after the 'Post-fordist Japan' Debate, Hitotsubashi Journal of Social Studies, No.34, No.1, July 2002 のインド向け改訂版です。フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another World Is Possible )』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」も、ぜひ味わってください。なお、11月8日の現代の情報戦とゾルゲ事件講演直後に、メキシコ、中国の国際会議に旅立ちますますので、次回11月15日更新の可能性は、IT環境次第で不透明です。
2004/10/25 台風に続く、新潟中越地方の直下型地震。被災地の皆さんに、心から御見舞い申し上げます。テレビやインターネットが次々に報じる情報も、停電の続く被災地の人々には、十分届いていません。水も食糧も足りません。クルマが無事でも、ガソリンが確保できません。夜の寒さの中で、車中やビニール栽培小屋で休む人々。阪神淡路大震災の時も、「生きる希望」は、人々の絆でもたらされました。家族の、地域隣人の、友人・知人の絆が一時的に分断され、ネットワークの回復を求めています。阪神大震災時のボランティア活動が、日本におけるネチズン文化誕生のきっかけになりました。ネチズンは何ができるか、自分のできることから始めましょう。サマワの自衛隊宿営地に初めて迫撃砲が着弾したニュースは、文明の利器新幹線さえ脱線する地震情報で、かき消されたかたち。自衛隊はどちらに力を割くべきか。どちらも世界の現実です。
2004/10/15 なんとも迫力のない第2次小泉内閣改造の余波を受けて、国会の首相施政方針演説も、野党の代表質問も、盛り上がりに欠けます。一方いよいよ11月2日に投票日の迫ったアメリカ大統領選挙の方は最後のテレビ討論を受けて何とも 予測の難しい白熱戦です。国際世論の動向は明らかですが、ブッシュ大統領の背広の裏に何か隠されているんじゃないかとか、前回ゴアvsブッシュ選挙の教訓で有権者登録をめぐる不正が投票前から問題になるとか、メディア戦が激化しています。日本の小泉首相は相変わらずのブッシュ一辺倒ですが、イギリス政府まで「イラクに大量破壊兵器はなかった」を公式に認めざるをえなくなりました。こちらは世界を動かすにふさわしい迫力です。日本でもマッド・アマノさんのパロディ政治が冴えわたっていますが、そんな情報戦の中では、時に虚報が地球上をかけめぐったり、その真偽をめぐってまた情報戦が行われたりという、オモテに現れない情報政治の駆け引きが続きます。まずは、テレビや新聞でダイエーの産業再生機構利用や大リーグのヤンキース松井の活躍、オマーンのサッカー戦が報じられていた頃、ウラで実際に進んでいた恐ろしい情報戦の話。13日深夜から14日午前にかけて、こんなニュースがインターネット上の、主として平和を求めるメーリングリスト上をかけめぐりました。
マスコミも政府も動きましたが、結局確認できず。テレビでも新聞でも報じられなかったようです。14日昼には、同じルートで、こんな訂正情報が流れました。
しかし、このインターネット上の誤報騒動で興味深いのは、だれも「荒唐無稽」とか「意外」とは受け止めず、むしろ「やっぱり」「ついにその日がきたのか」と受け止め、「防衛庁内局報道担当および陸上幕僚幹部報道担当に問い合わせました。双方とも『死亡』情報を否定。陸上幕僚幹部報道担当はそういう情報がでていることは知っていて、すぐに現地に確認した。まったくそういうことはない、との返答を得ている。メディア各社からも問い合わせが殺到している模様。留守家族に与える影響も考えると心配、だと話しています。とりあえず、現在確認できている点です」と中間報告されていること。つまり、この誤報に注目し、実際に動いた人々は、このニュースがきわめて蓋然性の高い状況を知っていて、その確認にあたったことです。いいかえれば、今回は誤報であっても、いつ現実になるかを関係者が固唾をのんで見守っている、情報戦だったことです。新聞社は予定稿を準備し、防衛庁も沈痛な顔つきで発表するはずの声明を作っているかも知れません。サマワの自衛隊の現実は、それだけ切迫しているのです。情報戦では、真偽だけが問題ではありません。いつどんなタイミングでニュースが流され、それがどのように受け止められ、どのような行動をつくり出すかも重要です。こんな虚実こもごもの世界の、気の滅入る噂。アメリカ大統領選挙投票直前に、どんなバーチャル情報が流れるでしょうか? 大規模テロ再現説とか、オサマ・ビンラディンの所在を諜報機関はつかんでいて投票日直前につかまえるとか、アドバルーンが、いくつもあがっています。かつて米国戦略情報局=OSSが天皇死亡デマを流した場合の日本人の行動パターンを「科学的に」分析して日本に対する「心理作戦」を準備したように、虚報やデマも、政治的意味・機能を持つのです。
もっと気の滅入るのが、日本で現実のものとなっている「インターネットを使った集団自殺」の話。現実から離れた情報が一人歩きをして、人間の生死をも左右するようになると、「バーチャルとリアル」という二分法自体が、無意味になってきます。「自殺予防サイト」や「身の上相談サイト」では、焼け石に水でしょう。インターネットの問題として考えるよりも、「自殺願望」の生まれる社会にメスを入れなければ、テレビや新聞の報道自体が「自殺サイト」を増幅していく可能性大です。インターネットの方が「匿名性が高く、本音を出しやすい」というコミュニケーションのあり方――「対面コミュニケーションでは本音を出しにくい社会」――を問題にしないで、インターネット規制や情報統制を急ぐと、ますます閉鎖的な社会になります。「自殺願望社会」とは「生きる希望の失われる社会」にほかなりません。若者の「生きる希望」の方に、「もうひとつの世界」の可能性の方に、目を向け、耳を傾け、開いていきたいものです。最近拾ったちょっといい言葉――「髪の色や肌の手入れはごまかせても、眼の輝きは、化粧できません」。読書の秋、美術の秋、食欲の秋に、「希望の眼」を育てていきたいものです。
アメリカ大統領選の結果が出る頃、11月6日(土)に、情報戦関連で講演します。それも、「リヒアルト・ゾルゲ、尾崎秀実処刑60周年記念 現代の情報戦とゾルゲ事件」という日露歴史研究センター主催の一般向け国際集会(午後1−6時、東京・目黒・杉野学園)。この間モスクワ、ベルリン等で実績をあげてきた国際シンポジウムの延長で、例年日程が合わず辞退してきたのですが、今回は、なんとかスケジュールを合わせました。私は「イラク戦争から見たゾルゲ事件」という、「国際歴史探偵」風の話をします。もともと『世界』7月号「大義の摩滅した戦争、平和の道徳的攻勢――『アブグレイブの拷問』をめぐる情報戦」、『従軍のポリティクス』(青弓社)所収「グローバルな世界と<私たち>の従軍」の流れで頼まれたのですが、実はゾルゲ事件そのものについての新事実をいくつか、そこで発表します。乞ご期待! ゾルゲ事件に惹かれる方には、『図書新聞』10月9日号掲載くらせ・みきお編著『小林多喜二を売った男――スパイ三舩留吉と特高警察』(白順社)書評をアップ。なんだか「スパイ」づいてますね。ついでに、その講演直後に刊行される予定の資料集の宣伝。本HP「現代史研究」に入っている「新たに発見された『沖縄奄美非合法共産党資料』について(上)」(下)を基礎に、「非合法共産党資料に見る戦後沖縄の自立」「消し去ることのできない歴史の記憶」などで展開した1950年代沖縄の解放運動原資料を網羅した4年がかりの共同研究の仕事、「戦後初期沖縄解放運動資料集」全3巻が、ようやく刊行にこぎつけました(不二出版)、1冊28000円と高価ですが、ぜひ図書館や研究室等に入れていただけると幸いです。関連する書評が、前回アップした『エコノミスト』「歴史書の棚」9月21日号脇田憲一『朝鮮戦争と吹田・枚方事件――戦後史の空白を埋める』(明石書店)と西村秀樹『大阪で闘った朝鮮戦争――吹田枚方事件の青春群像』(岩波書店)。連載10月19日号には、前回本サイトでオススメした立花隆さん『シベリア鎮魂歌――香月泰男の世界』(文藝春秋)と保苅実さん『ラディカル・オーラル・ヒストリー』(御茶の水書房)が出ていますが、まだ発売中ですので、次回アップ。
北朝鮮からの拉致被害者第一次帰国2周年です。本サイトの歴史研究と、トップ左上の北朝鮮拉致問題「青いリボン」は連動しています。中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権――北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』(大村書店)への長めの書評をどうぞ(『労働運動研究』8月号)。『週刊 エコノミスト』「歴史書の棚」には、坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)、リチャード・オルドリッチ著・会田弘継訳『日・米・英「諜報機関」の太平洋戦争』(光文社)、小泉和子『洋裁の時代――日本人の衣服革命』(農文協)、法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英・高橋彦博・横関至著『協調会の研究』(柏書房)、大島幹雄『虚業成れり――「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)、大井浩一『メディアは知識人をどう使ったか――戦後「論壇」の出発』(勁草書房)、クラウス・レゲヴィー著、斉藤寿雄訳『ナチスからの「回心」――ある大学学長の欺瞞の人生』(現代書館)、桜井哲夫『戦間期の思想家たち――レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』(平凡社新書、女子学院中学校「祖父母の戦争体験」編集委員会編『15歳が受け継ぐ平和のバトン――祖父母に聞いた235の戦争体験』(高文研)、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社)、大門正克・安田常雄・天野正子編『近代社会を生きる』(吉川弘文館)、安丸良夫『現代日本思想論』(岩波書店)等々も入ってます。「国際歴史探偵」関係では、「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(『文藝春秋』6月号)のインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」と「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)。『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)、も関係しています。久しぶりで英語の本に、英語の論文が収録されました。デリー大学のSushila Narsimhan & G.Balatchandirane eds., INDIA AND EAST ASIA: LEARNING FROM EACH OTHER, Manak, Delhi 2004, で、私はJapanese Political Economy in Restructuring: Lessons for Indian Development という論文を寄せています。ちょうど昨年イラク戦争開始時の国際シンポジウムの記録で、Japanese Regulation and Governance in Restructuring: Ten Years after the 'Post-fordist Japan' Debate, Hitotsubashi Journal of Social Studies, No.34, No.1, July 2002 のインド向け改訂版です。英文からの翻訳書ですが、フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another World Is Possible )』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」も、ぜひ味わってください。その延長上で、上記講演会直後に、今度はメキシコ、中国に旅立ちます。
考えるべきは、「代表」という原理です。日本国憲法では主権者は国民です。国民の選挙で選ばれた政党・政治家が「国権の最高機関」立法府を構成します。2003年衆院選比例区で言えば、投票率は59.86%、自民党得票率は34.96%、つまり全有権者の20%の支持(絶対得票率)しかありませんでした。その自民党内のお家の事情で、同じく絶対得票率8.5%の公明党の力を借りて(足しても30%以下!)、「議院内閣制」に従い成立しているのが、今日の行政府=小泉内閣です。ここで民意の7割が切り捨てられています。その自民党・公明党内にも不満の多い今回の内閣改造、週刊誌は「変態補佐官、BSE幹事長」なんて書いてますが、くだいて言えば、首相の人事権を行使しての政権の私物化です。別の角度から、考えてみましょう。直近の参院選の争点は「郵政民営化」ではありませんでした。圧倒的に年金改革や景気回復、それにイラク戦争への自衛隊派遣や北朝鮮拉致問題の解決が、国民的関心事でした。国会議員が「国民代表」(選挙区の利害でなく国民全体の利害を代表!)であり、政府が民意を反映しようとすれば、年金の厚生労働大臣や、イラクの自衛隊を動かす防衛庁長官は、クリティカルなポストだったはずです。そこに誰が就いたか、皆さんご存じですか? カシオの計算機を手に「絶対得票率」の概念を政治学の世界に導入し、国民と政府の距離を浮き彫りにした石川真澄さんのご逝去が惜しまれます。
こんな内閣であるからこそ、ウラの自民党幹事長で、オモテで「首相補佐官」になった山崎拓ホームページは必読です。「改革エンジン」と自称し、「今なぜ憲法改正か」や「道義国家」の「国のかたち」を、よく読んでおきましょう。ついでにその子分である「武部勤 この大地に生きる」ホームページも覗いてみては。趣味の「音楽鑑賞(モーツアルト)」は眉唾ですが、好物の「ラーメン、お酒(焼酎党)、NHKの連続テレビ小説」は本当でしょう。カラオケと浪花節が似合いそうですね。BSE問題で「感染源の解明は大きな問題なのか」と本音で語った農水大臣であり、不信任決議も出されたヒトなことは、ご存じでしょう。要するに「打たれ強い」ヒトのようです。この手の政治家によって、強引な国会運営や強行採決が進みそうです。要注意! 日本の政権政党の「代表」として海外にも行くでしょうから、最小限の節度と気品だけは保ってほしいものです。もっとも小泉首相の宗主国アメリカでは、今のところ、似たようなヒトがトップをつとめてます。意外と話が合うのかもしれません。嗚呼、この「道義国家」! 30%内閣を「民意」に近づけるために、次の総選挙を、早めなければなりません。アメリカ大統領選挙は、いよいよ情報戦の正念場、両候補のテレビ討論が始まります。
読書の秋です。前回トップで押した保苅実さんの『ラディカル・オーラル・ヒストリー』、「もうひとつの世界」へと想像力を広めるために、ぜひ広く読まれてほしいものです。夏に多くの友人の皆様から、ご著書や論文を送っていただいたのですが、米国戦略情報局=OSS文書のマイクロフィルム読みでまとまった時間がとれず、御礼もできないまま失礼しています。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。私自身が『世界』7月号に「大義の摩滅した戦争、平和の道徳的攻勢――『アブグレイブの拷問』をめぐる情報戦」を発表し、『従軍のポリティクス』(青弓社)の巻頭「グローバルな世界と<私たち>の従軍」を書いたためか、戦争と平和に関する本が気になります。もうすっかり色褪せた「小泉メルマガ」最新9月23日号で、ようやく内閣改造で退いた「戦争を知らない」武闘派石破前防衛庁長官が、「日本がイラクの復興を支援するのは(1)イラクを含む中東地域に石油資源の9割を依存する日本にとってイラクの安定は国益確保の観点から死活的に重要、(2)国連安保理において全会一致で採択された決議を誠実に履行することは国連における日本の発言力を高める上で極めて重要、(3)酷暑の中で水・医療・学校などといった社会的インフラの欠乏に苦しむ人たちの願いに応えることが人道上からも重要、(4)わが国にとって唯一の同盟国である合衆国との信頼関係を強化することは日本の独立と平和の維持に大きく寄与――以上4つの理由に基づくものであり、現時点でこれをなし得る組織は日本において自衛隊の他に存在しておりません」と胸を張っています。本当でしょうか? いや「自衛隊は日本多国籍企業によるイラク進出の“先兵”“先遣隊”だった」という森哲志さんのイラク現地報告『自衛隊がサマワに行った本当の理由 テロを呼ぶ「復興利権」の行方』(情報センタ−出版局)をぜひ。ある読後感に、「この本を読んだあと、意識の中に次のことが鮮明に浮かび上がってくるはずだ。−−自衛隊の派兵は何も小泉首相の独断や野心だけではない。政治的軍事的理由だけではない。我々が想像する以上に日本の巨大多国籍企業がイラクに関心を持ち、その総本山である日本経団連、外務省や経済産業省と一体となって、戦後イラクの石油と復興利権を確保・略奪するために、ある種の計画性を持って進出しようとしていること。そしてその企業進出の“先兵”“先遣隊”として自衛隊が送り込まれたことを」とあります。マイケル・ムーア監督映画「華氏911」の日本自衛隊版です。
今の戦争を理解するには、過去の戦争を知らなければなりません。読み応えという点で、立花隆さん『シベリア鎮魂歌――香月泰男の世界』(文藝春秋)と佐藤卓巳さん『言論統制――情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』(中公新書)がオススメ。共に重い内容ですが、戦争が人間をどう変えるか、その体験がいかに生涯つきまとうかを、深く教えてくれます。香月泰男の絵のあのシベリアの黒は、彼なりの戦後の情報戦でした。絵画も音楽も文学も、戦争では動員されます。その文学者世界でつくられた情報官・鈴木庫三の「悪名伝説」を俎上にのせ真相に迫ったのが『言論統制』、情報戦の奥深さを堪能しました。情報戦には、虚報も雑音(ノイズ)も総動員されます。米国戦略情報局=OSSの日本に対する、原爆人工地震作戦、天皇死亡デマ作戦、沖縄人スパイ作戦等々を、前回紹介しました。だからこそ、批判的ジャーナリズムは重要です。危険な兆候は、イラクのベトナム化。イラクから、各国ジャーナリストが次々と撤退しています。「拉致」されたイタリア人女性二人は釈放されましたが、なにしろイラク国民の圧倒的多数が、「占領に抵抗するため、人質を拉致する権利を持つ」と考えています。ファルージャの爆撃はやまず、ニュージーランド軍が撤退を決め、ブレア首相のお膝元イギリス労働党大会でも撤退決議が出され、ブレアも部分的謝罪とか。警察幹部の殺害やオランダ軍車両襲撃が頻発するサマワで、日本の自衛隊は何をやっているのでしょう? 頼みのオランダ軍は、来年3月撤退が決まっています。ジャーナリストがいなくなった見えない戦場で、はたして何が起こるのでしょうか? 情報戦のもうひとつの焦点にも注意。アメリカの情報戦体制再編・国家情報長官新設の動きです。CIAなど米国の情報・諜報機関は、9.11を防げなかったばかりか、イラクの大量破壊兵器など誤った情報でアメリカを戦争に導きました。大統領選挙でも候補者の軍歴情報をめぐるメディア戦が焦点になっていますが、もともとCIAはイラク戦争の泥沼化もシミュレーションしてあったそうです。そこで、政府の各種情報・諜報機関を統合して、強力な国家情報体制を作る構想が具体化されつつあります。米国渡航のさいの指紋押捺はホンの序の口。しかしこれが、第二次世界大戦時ドノヴァン将軍のOSSのように機能できるかどうかは、疑問です。第1に、OSSには「反ファシズム・反軍国主義」という大義があり、その大義にはせ参じた優秀な要員がいました。今日のアメリカのイラク戦争には、大義も国際世論の支持もありません。第2に、OSSには「手足」になる 情報収集・秘密工作部門のみならず、「頭脳」というべき優秀な情報分析部門(R&A)がありました。これも、反ナチ・反日本軍国主義の大義で、世界中から優秀な学者・研究者を集めることができたからです。ところが第二次世界大戦後、OSSからCIAに改組される際に、「手足」の諜報・秘密工作部門はそのまま受け継がれましたが、「頭脳」は大学に戻ったりシンクタンクに入ったりで、解体されました。戦後のCIAは、そのツケがまわって、米国市民からさえ遊離し、ついには失態を繰り返すようになったのです。この辺のことは、フリーマントル『CIA』(新潮選書)あたりを入門に、いくらでも書物がありますから、まあ秋の夜長のお楽しみに。20世紀の情報戦をじっくり振り返ると、今日と21世紀が見えてきますよ。
10月2日(土)・3日(日)は札幌大学で日本政治学会、今年の共通論題のひとつは「日本の左翼――過去・現在・未来」で、私の同僚渡辺治さんや地元北大の山口二郎さんが報告します。それに先立ち、本日10月1日(金)午後2時半、第30回全国政治研究会が、札幌学院大学で開かれます。田口富久治さんが「50年の研究生活を振り返って、いま思うこと」と題して報告しますので、詳しくは暫定ホームページで。非会員の飛び入り出席も大歓迎です。情報戦ともからんで、恒例『エコノミスト』「歴史書の棚」9月21日号には、脇田憲一『朝鮮戦争と吹田・枚方事件――戦後史の空白を埋める』(明石書店)と西村秀樹『大阪で闘った朝鮮戦争――吹田枚方事件の青春群像』(岩波書店)を取り上げました。この2書を併読すると、日本は朝鮮戦争にはっきり組み込まれていたこと、南北両軍に日本人が入っており、少なくとも50人以上の犠牲者も出たことがわかります。当時は報道されませんでしたが、海上保安庁員の「名誉の戦死」もありました。関連して中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権――北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』(大村書店)への長めの書評もどうぞ(『労働運動研究』8月号)。『週刊 エコノミスト』「歴史書の棚」には、坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)とリチャード・オルドリッチ著・会田弘継訳『日・米・英「諜報機関」の太平洋戦争』(光文社)、小泉和子『洋裁の時代――日本人の衣服革命』(農文協)、法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英・高橋彦博・横関至著『協調会の研究』(柏書房)、大島幹雄『虚業成れり――「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)、大井浩一『メディアは知識人をどう使ったか――戦後「論壇」の出発』(勁草書房)、クラウス・レゲヴィー著、斉藤寿雄訳『ナチスからの「回心」――ある大学学長の欺瞞の人生』(現代書館)、桜井哲夫『戦間期の思想家たち――レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』(平凡社新書、女子学院中学校「祖父母の戦争体験」編集委員会編『15歳が受け継ぐ平和のバトン――祖父母に聞いた235の戦争体験』(高文研)、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社)、大門正克・安田常雄・天野正子編『近代社会を生きる』(吉川弘文館)、安丸良夫『現代日本思想論』(岩波書店)等々も入ってます。「国際歴史探偵」関係では、「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(『文藝春秋』6月号)のインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」と「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)。『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)、も関係しています。久しぶりで英語の本に、英語の論文が収録されました。デリー大学のSushila Narsimhan & G.Balatchandirane eds., INDIA AND EAST ASIA: LEARNING FROM EACH OTHER, Manak, Delhi 2004, で、私はJapanese Political Economy in Restructuring: Lessons for Indian Development という論文を寄せています。ちょうど昨年イラク戦争開始時の国際シンポジウムの記録で、Japanese Regulation and Governance in Restructuring: Ten Years after the 'Post-fordist Japan' Debate, Hitotsubashi Journal of Social Studies, No.34, No.1, July 2002 のインド向け改訂版です。英文からの翻訳書ですが、フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another World Is Possible )』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」も、ぜひ味わってください。。
2004/9/15 素晴らしい本ができました。『ラディカル・オーラル・ヒストリー』という、若き歴史学徒の処女作(御茶の水書房)。本を開くといきなり、「ども、はじめまして、ほかりみのると申します。この本を手にとってくださって、ありがとうございます」と語りかけてきます。先住民の歴史を、先住民の話に耳を傾けて、「大地の声」を一緒に聞く。それが聞こえなくても、彼らに聞こえているとすれば、彼らこそ歴史をつくっているのではないか。そんな問いかけから始まる、文字通りの「もうひとつの世界」の学問的・思想的探求です。でも、「歴史は楽しくなくちゃ」と言っていたその著者保苅実さんは、現世にはいません。この5月、この本を完成させてすぐ、33歳で亡くなりました。5月の本サイト・トップでもお伝えしたように、オーストラリアと日本でお別れの会が開かれ、その仕事を偲び永遠に保存するサイトと、その志を引き継ぐ若者たちへの記念奨学基金サイトが、日英両語で開かれました。そして、今度は、本です。叙述の形式や表現方法でも新鮮です。もうすぐ、読書の秋です。対話のできる本と出会いましょう。
この夏休みは、アメリカでも日本でも、毎日が英文マイクロフィルムとの格闘。パソコン以上に疲れ、活字の本に向かうとホッとします。でも、米国戦略情報局=OSS文書の奥行きは、想像以上、ネット上であたっただけでも、第二次世界大戦期米国の日本に対する、原爆を使った人工地震作戦とか、天皇死亡の噂を流す作戦とか、沖縄民衆の反「本土」感情を利用する作戦とかが、次々に出てきます。それもそのはず、林博史さんが注目したように、「2000年12月27日クリントン大統領が署名して日本帝国政府情報公開法が成立し、翌2001年3月27日に発効した。これはすでに1998年10月に成立していたナチス戦争犯罪情報公開法に日本関係資料が付け加わったものである。つまり国防総省や国務省、CIA、国立公文書館など米政府機関が機密指定のままに保持している、日本との戦争・戦争犯罪に関するすべての資料(1931年9月18日から1948年12月31日まで)を調査し、リストを作成し、機密解除を勧告し、国立公文書館で閲覧できるようにするという法律である。若干の例外規定が付けられているが、日本との戦争については基本的に洗いざらい機密解除し公表しようとするものである。ナチスに関しては1999年1月に省庁間作業部会が設置されて以来、2000年5月までに約150万ページ分が機密指定を解除され、最終的には1000万ページ以上が機密解除・公開される見通しである。日本関係については、2002年3月の議会への報告によると2000万ページにのぼる資料を調査し(未調査は約1200万ページ)、うち約8万ページが関連する資料と認定され、そのうち1万8000ページをすでに機密解除した。関連する資料は最終的には20万ページにのぼると推定されている。たとえば戦略情報局OSS(CIAの前身)については、ナチス戦争犯罪情報公開法により2000年6月に約120万ページが公開されているが、それ以前にも膨大な記録が公開されている。そこには、特に中国での日本軍・特務機関関係の資料が多く含まれており、日本軍の戦争犯罪や対日協力者関係の資料が多い。また陸軍参謀部の組織・個人情報ファイルはすでに約8000件が公開されていたが、2001年11月にさらに約1400件がまとめて公開された。この中には辻政信、岸信介、石井四郎、児玉誉士夫といった戦犯(容疑者)の個人情報が含まれているほかに、ナチスの各種組織や個人、日本の軍人や政治家、戦争犯罪人(容疑者含む)、世界各地の共産主義者個人や組織などについての情報もあり、1940年代から1960年代の研究にとって貴重な資料の宝庫である。ほかにも国務省、CIA、FBIなどからも関連資料が出てきている。アメリカではすでに膨大な戦争犯罪に関する資料が公表されているが、それに加えて日本帝国政府情報公開法により、各省庁が機密として保持していた資料まで国立公文書館に移管して公開しつつある」――実際OSS文書のほとんどは、「Top Secret」「Secret 」「Confidential」「Restricted」の、これまで非公開だった国家機密文書ばかりです。第二次世界大戦の真相は、ようやく見え始めてきたばかりだと言っても、過言ではありません。それにしても、日米の歴史資料保存の落差。9月15日の日経新聞に載った高山正也慶大教授「公文書の管理充実必要」によれば、米国国立公文書館は2500人、日本の国立公文書館はたった42人なそうです。
9.11の3周年が過ぎました。マイケル・ムーア監督の映画「華氏911」はまだでも、テレビ朝日の「ビートたけしのこんなはずでは!! 世界を震撼9.11同時多発テロ!! ブッシュは全てを知っていた!?」とか、NHKスペシャル「情報聖戦」をご覧になった方は多いでしょう。田中宇さんの「国際ニュース解説」や、江原元さんの「ジェラス・ゲイ」に入ると、謎はますます深まります、9.11の真相が明らかになるのは、これからまた半世紀を要するのでしょうか。でも、いったん始まった戦争は、報復と殺伐の論理で、次々とエスカレートしていきます。イラクの米国軍死者は、ついに千人をこえました。英国の高級経済紙『ファイナンシャル・タイムズ』が、9月10日の社説で「イラクからの撤退を検討すべき」と述べました。外国人人質事件はいっそう激しくなり、自衛隊の滞在するサマワで警察幹部が暗殺されたのも、つい最近のことです。そんな時に、人は、つい「強い人」に頼りたくなり、武器の力を借りたくなります。でも、力に力で対抗したら、チェチェンの悲劇が繰り返されます。すでに第二次世界大戦も、爆弾や戦艦だけの戦争ではなくなっていました。「言葉の力」「文化の力」を動員した情報戦・心理戦が、激しく展開されていました。この情報戦のために、米国史上初めて作られたのが、ほかならぬドノヴァン将軍のOSSで、CIAの前身となりました。正式発足はちょうど、自然科学の最先端を組織した原爆の「マンハッタン計画」の頃でした。そこには1943-45年の最盛期、全米から2000人の最優秀の社会科学者・人文科学者・研究者が組織されて、世界中の地域・国々の地理・政治・経済・社会が、地域・国ごとに研究・分析されていました。地理学者や人類学者・心理学者が重用され、ルース・ベネディクトの「菊と刀」が生まれたのは、よく知られています。当時の日本についての米国側分析を、今夏たくさん読みましたが、日本は、パールハーバー以前に、完全に負けていました。たとえば日米開戦時のアメリカのベストセラー、ヒュー・バイアスの『敵国日本』、戦後の雑誌『世界』創刊号に翻訳され、丸山真男も1948年のノートに要約を記しました(『自己内対話』)。「情報の力」は、戦争の拡大にも、平和の創造にも、使えます。武力や経済力と違って、庶民も発信し、主張することができます。素朴な直感でいいのです。政治評論家森田実さんHPの「Q君への手紙」に、こんな風に書かれています。「21世紀がわれわれ人類にとって平和で安定した時代になればよいと皆が願っていますが、しかし現実は悪い方向へ進んでいます。残念ながらこれは認めざるを得ないことです。 その一つは戦争です。ブッシュの米国はアフガン戦争をやり、さらにイラク戦争を始めました。唯一の超大国の米国が遠慮することなく軍事行動を行うようになりました。こんな危ないことはありません。 その二は、競争経済です。自由競争、市場万能主義です。これによって社会は勝者と敗者に分裂させられます。弱肉強食です。これを推進しているのが米国です。米国は日本にこれを強く求めています。日本政府と一部中央官庁と経済界と学界は、愚かにもこれに従っています。…… 政府が国民を不幸にしているのです。このままでは日本はつぶれてしまいます。われわれ国民は早く目を覚まさなければなりません」と。 World Peace Nowのホームページから、「戦争はいらない」のさまざまな行動に旅たてます。
10月2日(土)・3日(日)は札幌大学で日本政治学会、今年の共通論題のひとつは「日本の左翼――過去・現在・未来」で、私の同僚渡辺治さんや地元北大の山口二郎さんが報告します。それに先立ち、10月1日(金)午後2時半、第30回全国政治研究会が、札幌学院大学で開かれます。田口富久治さんが「50年の研究生活を振り返って、いま思うこと」と題して報告しますが、詳しくは暫定ホームページで。私も暫定世話人、非会員の出席も大歓迎です。8・15の『日本経済新聞』書評欄で大きく取り上げられた、TBS金平茂紀さんたちと一緒の青弓社『従軍のポリティクス』、私は巻頭「グローバルな世界と<私たち>の従軍」を書いています。3ヶ月後に本HPに入れます。『世界』7月号「大義の摩滅した戦争、平和の道徳的攻勢――『アブグレイブの拷問』をめぐる情報戦」とあわせ、ぜひご笑覧下さい。中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権――北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』(大村書店)への長めの書評が、『労働運動研究』8月号に掲載されたので収録。英語版Global Netizen Collegeの Special Joke Lecture,"World Ideologies Explained by Cows"が、9/11以降世界中から投稿が多く、「詠み人知らず」で更新されています。『週刊 エコノミスト』「歴史書の棚」の7月20日号書評、小泉和子『洋裁の時代――日本人の衣服革命』(農文協)、法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英・高橋彦博・横関至著『協調会の研究』(柏書房)に、同8月24日号掲載書評坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)とリチャード・オルドリッチ著・会田弘継訳『日・米・英「諜報機関」の太平洋戦争』(光文社)をどうぞ。後者は、上述OSS文書の本格的研究です。「国際歴史探偵」最新は、「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(『文藝春秋』6月号)のインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」と、「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)。図書館の書評は、「歴史書の棚」の大島幹雄『虚業成れり――「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)、大井浩一『メディアは知識人をどう使ったか――戦後「論壇」の出発』(勁草書房)、クラウス・レゲヴィー著、斉藤寿雄訳『ナチスからの「回心」――ある大学学長の欺瞞の人生』(現代書館)、桜井哲夫『戦間期の思想家たち――レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』(平凡社新書、女子学院中学校「祖父母の戦争体験」編集委員会編『15歳が受け継ぐ平和のバトン――祖父母に聞いた235の戦争体験』(高文研)、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社)、大門正克・安田常雄・天野正子編『近代社会を生きる』(吉川弘文館)、安丸良夫『現代日本思想論』(岩波書店)等々、それに、『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)、法政大学『大原社会問題研究所雑誌』4月号掲載遠州尋美さん『グローバル時代をどう生きるか』等々もどうぞ。
翻訳書ですが、フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another World Is Possible )』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」も、ぜひ味わってください。「国際歴史探偵」関連は、「1922年9月の日本共産党綱領」(大原社会問題研究所雑誌,1998/12,1999/1)および「第一次共産党のモスクワ報告書」(大原社会問題研究所雑誌、1999/8 ・10)をもとにした講演記録「20世紀日本の社会主義と第一次共産党」(『社会主義』2004年2月号掲載)に牧原憲夫編『山代巴獄中手記書簡集──模索の軌跡』(平凡社)書評。現代史研究室には、「21世紀から『戦後史』研究を考える」(『静岡県近代史研究』29号、2003年10月)、地方史ファン向け「ある文教都市の戦後史──東京都国立市の場合」(非公式インターネット版)。『もうひとつの世界は可能だ!』に序文を寄せたネグリ=ハートの大著『帝国 EMPIRE』の批判論文、「マルチチュードは国境を越えるか?──政治学から『帝国』を読む」(『情況』2003年6月号)、「グローバリゼーションは福祉国家の終焉か――ネグリ=ハート『帝国』への批判的評注」(『一橋論叢』130巻4号、2003年10月)、「グローバル情報戦時代の戦争と平和――ネグリ=ハート『帝国』に裏返しの世界政府を見る」(日本平和学会『世界政府の展望(平和研究第28号)』、2003年11月)等をどうぞ。世界社会フォーラム(WSF)系列は、「反ダボス会議のグローバリズム」、「情報戦時代の世界平和運動」、「現代日本社会における「平和」──情報戦時代の国境を越えた「非戦」」、「国家論」、「9.11以後の情報戦とインターネット・デモクラシー」、「情報戦時代の『帝国』アメリカ包囲網──インドで世界社会フォーラムを考える」等で。
しかし、国際オリンピック委員会(IOC)のめざした古代オリンピックの伝統=「聖なる停戦」は、実現しませんでした。アメリカは、IOCの打診したオリンピック停戦声明も拒否、イラクでは、サドル派武装民兵征伐の名目で空爆を続行、閉会式に予定されていたパウエル米国務長官のギリシャ訪問は、反対デモを恐れて急遽キャンセルされました。イラク・ボディ・アカウントの掲げるイラク文民犠牲者数は、最低でも1万1千名をこえました。9・11の3倍以上です。いやイラクの犠牲者は昨年半年間でも3万7千人以上だという、アル・ジャジーラ報道もあります。米英有志連合軍の死者も千名を越えて、米国兵だけで4桁になるのも時間の問題、 イラクで学者の暗殺続発、251人死亡という不気味なニュースもあります。「イラクのベトナム化」は止まらないばかりか、深化しています。この期に及んでも「イラク戦争は成功だった」と強弁するブッシュとチェイニー――そうです、50万人の反戦デモに囲まれながら、ニューヨークで米国共和党大会が始まりました。初日のマイケル・ムーア監督へのブーイングの後は、たぶんブッシュの双子の娘を登場させて「良きパパ」を演出し、もっぱら民主党ケリー候補への「非愛国」ネガティヴ・キャンペーンで、ネオコン=ブッシュイズムの戦争継続・単独一極支配・先制攻撃主義追認を狙っています。そのとばっちりは、イラクやパレスチナばかりではありません。ロシアのチェチェンにもテロが広がりました。沖縄では、あの普天間基地に隣接する沖縄国際大学構内に米軍ヘリコプターが墜落、稲嶺知事以下沖縄の皆さんは、現場検証もできないまま、基地撤去・日米地位協定見直しを切実に訴えています。ところが外務省や小泉首相は米国に何も言えず、在日米海兵隊基地副司令官のジェームズ・フロック准将は墜落を「緊急着陸」と開き直って説明し、「テロとのたたかい」のため飛行再開を通告、マイケル・ムーア「華氏911」風に観察すれば、その時、日本の小泉首相は、六本木ヒルズを散策して映画鑑賞、翌日は終日オリンピックをテレビ観戦だったとか。沖縄は、イラクと直結しています。
米軍ヘリコプターが墜落した沖縄宜野湾市役所のホームページには、基地対策部基地渉外課の皆さんが作った「普天間基地返還アクションプログラム」という大論文があり、その第4節「米国における基地閉鎖・再編の動き」は、外務省よりずっとまともで切実な、自治体による米国の世界戦略分析になっています。ローカルな問題を自分の身体にひきつけて真剣に考えていけば、グローバルな「もうひとつの世界」に行き着かざるをえない、証左です。このペンタゴン(国防総省)の世界的な米軍再配備計画がらみで重要なのは、最近のアーミテージ米国務次官、パウエル国務長官の、日本の国連常任理事国入りには憲法第九条再検討が必要、という相次ぐ発言です。その解読を、田中宇さんの「自立を求められる日本」に従うならば、今日のアメリカ支配層は、日本は「過去50年間、アメリカに頼る体制下で小さく生きてきたため、国家としての意志や自信を欠いている」と指摘し、「今後はアメリカとの同盟関係から脱して自前の戦略を持つ」ことを期待しているのだそうです。「アメリカは日本など友好国との間に非公式な同盟関係を築くことを希望している。これは、指導者どうしが密室で話し合って両国の関係を決め、国家の上層部だけが真の関係性を知っている外交関係のことで、米英、米中、米露、中露など、世界の大国どうしの関係は大体が、公開された部分より非公式の部分が重要な状態である。 これに対し、戦後の日本政府は、アメリカとの間に日米安保体制という明文化された関係を築き、安保条約やガイドラインといった公式文書に基づく関係性のみを重視し、非公式な関係を重視しないですまそうとしてきた。だがアメリカは、今後の日米関係を他の大国との関係と同様、指導者どうしの非公式関係を基礎に置く同盟に変質させたいと考えている。……日米安保条約や憲法9条は破棄されず、条文解釈で切り抜けられるかもしれないが、そもそも条文が現実を取り仕切る時代は終わり、指導者間の非公式な関係が重要な時代になるのかもしれない。そして、その状態に移行していること自体、非公式なのでほとんど報じられず、日本人の多くは変化に気づかない、という事態がおこり得る」と。21世紀世界の構造的変化に脳天気な首相官邸・外務省・与野党に警告する、不気味なシナリオです。もちろん、ブッシュかケリーかの大統領選挙を超える、米国世界戦略の歴史的再編の問題です。だからこそ、明文憲法をもとにしたオープンでパブリックな関係が、いっそう重要になります。森田実さんHP「Q君への手紙」が、日本政治に即して、読み応えがあります。
こんなことが気になるもう一つの根拠、国立公文書館についての朝日新聞8月19日社説――「重要な公文書を保存し、公開するのが国立公文書館の役目である。ところが、そこに集まる公文書の数が激減している。各省庁が手元の公文書を公文書館に出さなくなっているためだ。このままでは、現代史を研究するにも、過去の政策決定を検証するにも、ろくに役立たない施設となってしまう。こういう現象が起きたのは、公文書館が独立行政法人に衣替えした01年度からだ。(中略)小泉首相は全省庁に抜本的な方針転換を命じるべきだ。文書の保存について公務員教育のやり直しも必要だ。さもないと、貴重な資料が散逸し、破棄され、役所のロッカーで眠ったままになる。」――この日本的官僚組織の貧困・愚行は、情報戦の時代に、いっそう際だちます。現代の情報戦について、京大の核武装論者中西輝政さんが『諸君』に連載した「国家情報論」が、大変刺激的です。私は政治的には逆の立場ですが、田中宇さんのいう米国のシナリオを理解する、格好の素材となるからです。特に「国家情報論」第5回「知性の結集」・第6回「異質な知性の活用」の第二次世界戦争期米国戦略情報局(OSS)研究分析部(R&A)の分析は圧巻、アメリカに亡命したドイツの知識人、かの『ビヒモス』のフランツ・ノイマンや68年学生運動の教祖ヘルベルト・マルクーゼが、連合軍のナチス打倒戦略策定・戦後ヨーロッパ民主化構想に深く関与していた話、戦時アメリカの新世界秩序構想にあたって米国アカデミズムの総動員体制がとられた話がでてきます。米国にとって地球はどのように見えていたか、その中で日本はどんな大きさだったのかが、よく分かります。また国公立大学独立法人化や21世紀COEのような、最近の日本の大学・学術体制再編の深奥の根拠も見えてきます。だからこそ中西さんは、「力と国益」の立場から小泉外交を批判し、日本核武装を主張するわけです。実はここ数年、米国国立公文書館でようやく機密指定が解除され、世界の研究者に公開されているのが、ここで中西さんが紹介した、60年前のOSS文書なのです。それが日本の現代史研究にとっても画期的であることは、林博史さんや山本武利さんが、詳しく述べています。要するに、ナチスのニュルンベルグ裁判や日本の占領・東京裁判にも関わる、米国の世界戦略の最高軍事・外交機密資料がようやく全面公開され、20世紀後半「冷戦」の起源が、ようやく本格的に研究可能になったのです。しかもそれが、旧ソ連の国家・党機密資料公開(8月から「コミンテルン・オンライン」稼働!)や旧東西資料をまとめたドイツ連邦公文書館資料一括公開と軌を一にしているので、いっそう有意義なのです。私のこの10年の「国際歴史探偵」も、ドイツ、ロシア、米国、メキシコ、インド等の公文書館めぐりでした。その経験からしても、公開情報・史資料が一番貧弱で、しかも利用しにくいのが、日本の国立公文書館や外務省外交史料館です。そこに公文書が集まらなくなるとすれば、この国の歴史と未来は、やせ細っていくばかりです。今年の夏の私の収穫も、米国国立公文書館のOSS文書探索が中心です。現代グローバリズムの科学技術総動員体制の遠い起源を、F・D・ルーズベルト大統領の戦時情報戦システムに見出してきました。
10月2日(土)・3日(日)は札幌大学で日本政治学会、今年の共通論題のひとつは「日本の左翼――過去・現在・未来」で、私の同僚渡辺治さんや地元北大の山口二郎さんが報告します。それに先立ち、10月1日(金)午後2時半、第30回全国政治研究会が、札幌学院大学で開かれます。田口富久治さんが「最近の丸山真男研究について」を報告しますが、詳しくは暫定ホームページで。実は私が暫定世話人、非会員の出席も大歓迎です。8・15の『日本経済新聞』書評欄で大きく取り上げられた、TBS金平茂紀さんたちと一緒の青弓社『従軍のポリティクス』、私は巻頭「グローバルな世界と<私たち>の従軍」を書いています。『世界』7月号「大義の摩滅した戦争、平和の道徳的攻勢――『アブグレイブの拷問』をめぐる情報戦」とあわせて、ぜひご笑覧下さい。中野徹三・藤井一行編著『拉致・国家・人権――北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』(大村書店)への長めの書評が、『労働運動研究』8月号に掲載されたので収録、拉致問題解決はまだまだですが、本HPトップの「青いリボン」は健在です。英語版Global Netizen Collegeの Special Joke Lecture,"World Ideologies Explained by Cows"が、9/11以降世界中から投稿が多く、「詠み人知らず」で更新されています。『週刊 エコノミスト』「歴史書の棚」の7月20日号書評、小泉和子『洋裁の時代――日本人の衣服革命』(農文協)、法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英・高橋彦博・横関至著『協調会の研究』(柏書房)に続いて、同誌8月24日号掲載書評、坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)とリチャード・オルドリッチ著・会田弘継訳『日・米・英「諜報機関」の太平洋戦争』(光文社)をアップしました。後者は、上述したOSS文書の本格的研究です。「国際歴史探偵」最新は、「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(『文藝春秋』6月号)のインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」と、「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)。図書館の書評は、「歴史書の棚」の大島幹雄『虚業成れり――「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)、大井浩一『メディアは知識人をどう使ったか――戦後「論壇」の出発』(勁草書房)、クラウス・レゲヴィー著、斉藤寿雄訳『ナチスからの「回心」――ある大学学長の欺瞞の人生』(現代書館)、桜井哲夫『戦間期の思想家たち――レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』(平凡社新書、女子学院中学校「祖父母の戦争体験」編集委員会編『15歳が受け継ぐ平和のバトン――祖父母に聞いた235の戦争体験』(高文研)、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社)、大門正克・安田常雄・天野正子編『近代社会を生きる』(吉川弘文館)、安丸良夫『現代日本思想論』(岩波書店)等々、それに、『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)、法政大学『大原社会問題研究所雑誌』4月号掲載遠州尋美さん『グローバル時代をどう生きるか』等々もどうぞ。
翻訳書ですが、フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another
World Is Possible
)』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」も、ぜひ味わってください。「国際歴史探偵」関連は、「1922年9月の日本共産党綱領」(大原社会問題研究所雑誌,1998/12,1999/1)および「第一次共産党のモスクワ報告書」(大原社会問題研究所雑誌、1999/8
・10)をもとにした講演記録「20世紀日本の社会主義と第一次共産党」(『社会主義』2004年2月号掲載)に牧原憲夫編『山代巴獄中手記書簡集──模索の軌跡』(平凡社)書評。現代史研究室には、「21世紀から『戦後史』研究を考える」(『静岡県近代史研究』29号、2003年10月)、地方史ファン向け「ある文教都市の戦後史──東京都国立市の場合」(非公式インターネット版)。『もうひとつの世界は可能だ!』に序文を寄せたネグリ=ハートの大著『帝国
EMPIRE』の批判論文、「マルチチュードは国境を越えるか?──政治学から『帝国』を読む」(『情況』2003年6月号)、「グローバリゼーションは福祉国家の終焉か――ネグリ=ハート『帝国』への批判的評注」(『一橋論叢』130巻4号、2003年10月)、「グローバル情報戦時代の戦争と平和――ネグリ=ハート『帝国』に裏返しの世界政府を見る」(日本平和学会『世界政府の展望(平和研究第28号)』、2003年11月)等をどうぞ。世界社会フォーラム(WSF)系列は、「反ダボス会議のグローバリズム」、「情報戦時代の世界平和運動」、「現代日本社会における「平和」──情報戦時代の国境を越えた「非戦」」、「国家論」、「9.11以後の情報戦とインターネット・デモクラシー」、「情報戦時代の『帝国』アメリカ包囲網──インドで世界社会フォーラムを考える」等で。
2004/8/15 時差ぼけが直りません。日本に戻ったら、東京の日中は灼熱地獄、外に出るのがこわくなり、時差ぼけをいいことに、そのまま夜型の生活に。そこにオリンピックが始まりましたから、3週間の旅行のツケの原稿もはかどらず。暑い、暑い、とにかく日本の夏は異常です。この間、メールを出したのに返事がこないとか、こちらがメールで返事を催促したら、とっくに返答したのに届いていませんか、といったメールの行き違い・苦情が、多数現れました。アメリカ旅行中にも、ワシントンの新聞特派員の教え子が返事をくれたのに届かず、あやうく民主党大会の様子をきけないところでした。帰国してチェックしたところ、旅行中のダイヤルアップ接続をスムーズにするため、スパン・メール撃退のためのメイン・アドレスE-mail: katote@ff.iij4u.or.jp のプロヴァイダー・セキュリティ・チェックを強化したのが原因かと思われ、元の設定へ。自分はメールしたのに返事がこないとお心当たりのある方は、念のため、別アドレスcs00231@srv.cc.hit-u.ac.jpにもCcして、再送してみてください。ご迷惑をかけた方々には、心からおわびいたします。
このサイトは、7年前の8・15に、その前年没した丸山真男の一周忌に立ち上がりました。その頃から使ってきたのが、このトップページを含む日本IT界の老舗IIJのホームページのほかに、もうひとつの老舗Niftyのホームページでした。つまり、二つを併用し、IIJで最新情報を追い、Niftyの方は論文やデータベースをおく倉庫にしてきました。当時はホームページの容量も小さく、論文や写真を入れ続けると、入らなくなる可能性があったためです。それから7年で、プロヴァイダーの容量は大きくなりましたが、本「ネチズン・カレッジ」の方が急成長し65万ヒット、二つの老舗サイトでも容量が足りなくなり、ケーブルテレビを含むさらに二つの大容量ホームページを併用して、なんとか9/11以降のデータベース作りに対応してきました。このトップページだけは一貫してIIJですが、ご愛用いただいている方々は、研究室や図書館の論文・書評はNifty、IMAGINE! イマジン関係は別の倉庫にリンクされているのに、お気づきだったでしょう。ところが、そのNifty から、帰国したら理不尽な知らせ。「メンバーズホームページ移行に伴う@homepageへの移行のお願い」というもので、8月末で「メンバーズホームページ」を閉鎖するから、すべてのファイルを同じNifty内の別のホームページに移し、自分でURLを変更せよ、との一方的通告です。容量はこれまでの10MBから20MBまで無料で増やすとはいいますが、本サイトのように、4つのプロヴァイダーと10以上のHP=URLを蛸足状につないだ「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」サイトでは、すべてのURL変更は至難のわざです。とりあえず、Nifty内をFTPでファイルを一つづつ移動させ、研究室や図書館や刊行物一覧のURLは一応変更しました。しかし、移動のさいの入力ミスがありえますし、過去ログカレッジ日誌や論文内の参照リンク等はそのままで、全面改訂とはいきません。なんとも釈然としないプロヴァイダー都合のしわ寄せですが、不具合について、利用者の方々に、おわび申し上げます。Niftyメンバーズサイトに、自分史や自分の美術館を設けて更新せずにきた人々は、そのままウェブ上から消されてしまうことになります。ネチズンにとって、インターネットは、本当に恒久的なデータベースとなりうるか、という学術的な問題にも連なります。
アメリカで、マイケル・ムーア監督のカンヌ映画祭パルムドール「華氏911」を、2回もみてしまいました。デンバー郊外と、ワシントンのダウンタウンで。確かに面白いのですが、現地で見ていると、どうしても大統領選挙戦とダブってしまいます。事実、民主党びいきらしい観客は、ポップコーン片手の笑いだけではなく、「その通り」とか「もっとやれ」と勇ましいかけ声をかけます。日本ではようやく封切りで、政治家の皆さんでもチケットをとれない人気なようですが、私が見た2回は、当日10分前でも席がとれ、半分程度の入りでした。映画もいいですが、まずはイラクの現実を、というのが正直な気持ち。暫定政府とやらは、イラクの民衆から「アメリカの傀儡政権」扱いで、一日170人以上が殺されるといった悲劇が続いています。「ワシントン・ポスト」紙はこの間のイラク報道のあり方を検証し自己批判しましたが、日本のマスコミは、果たしてどうだったでしょうか? 系統的自己批判どころか、その日ぐらしの争点移動の方に忙しく、アメリカから帰国してまとめて目を通すと、イラク報道そのものが減っている印象を受けます。実は、自衛隊派遣先のサマワはいよいよ正念場で、焦点のサドル師から名指しで非難され、イラク特措法のいう「戦闘状態」そのものなのですが、どうやら「自己責任」騒動以来、日本のマスコミ記者はバグダッドからの電話取材程度らしく、自衛隊基地内に着弾があったという朝日の特ダネも、防衛庁に抗議・否定されてまともに反論できない体たらく。こちらの実状は、インターネットで追うしかありません。8月15日は、戦争と平和を考える日です。パウエル国務長官の日本の国連常任理事国入りには憲法第九条再検討が必要という発言、この程度の扱いでいいんでしょうか? 「9条の会」サイトに、もっと機動性が望まれます。
日本のマスコミは、イラクや北朝鮮から、オリンピックに乗り換えました。読売巨人軍ナベツネ・オーナーの裏金スキャンダル辞任は、まるで開会式の日を狙ったかのようです。なるほどオリンピックは面白いです。なにしろ古代ポリス発祥の地ですから、開会式のピタゴラスのパフォーマンスもギリシャ史の行進も、十分楽しめました。6月の本サイトで注目した日本スポーツ学会の「オリンピック休戦」の呼びかけは、確かアメリカで報道を見ましたから、何とか主催地アテネにも届いたようです。この機会に、関隆志さんの「オリンピック物語」で古代ギリシャ文化を知るだけでなく、JOC公式サイトの近代オリンピック史をひもといてみるのも一興。1896年の第一回アテネ大会で、モンロー政策を続けてきたアメリカが、花の陸上競技で圧倒的強さを見せ、「パクス・アメリカーナ」を予感させたというのもいいですが、1900年の第2回パリ大会、1904年の第3回セントルイス大会が万国博覧会の一環だったというのは、ご存じですか? 実は、1851年ロンドンに始まる万国博覧会の歴史と、1896年からのオリンピックの歴史を重ねてみると、「近代」が見えてきますよ。つまり、文明の地ヨーロッパにおいても、貴族や渡り職人など少数の人々を除けば、ようやく19世紀の後半になって、普通の人々が国境を越えて広がる「世界」を実感できるようになりました。万国博覧会には、世界各地からの技術やモノばかりでなく、皮膚の色や顔つきの違うヒトビトもやってきました。1862年のロンドン万博フランス館建設にやってきたパリの労働者とロンドン労働者の出会いが、2年後の第一インタナショナル(国際労働者協会)の始まりでした。だから、ヴァルター・ベンヤミンは「パサージュ論」で、インターナショナルをフーリエのユートピアを介して万博=解放の祝祭になぞらえました。福沢諭吉が「文明開化」を実感したのが、このロンドン万博です。いま、東京国立博物館では、「世紀の祭典 万国博覧会の美術」が開かれていますが、まなざしを介した異文化との出会いは、文化や芸術の世界では、大変重要でした。建築史のうえでも、万博は革命・革新を導いてきました。
フランス革命百周年、1889年のパリ万博は、モニュメントのエッフェル塔がエジソンの電球で飾られ、万博は「より早く、より高く、より強く」の象徴でした。この時パリに世界から集まった人々のなかに、世紀末の流行思想となった社会主義や労働組合の指導者たちがいました。第二インタナショナルを結成したのです。創立にあたって歌われたのはフランス革命歌ラ・マルセイエイズでしたが、5月1日を各国そろって8時間労働日のためにたたかう祝祭メーデーとしました。ヨーロッパ・ナショナリズムの連合としての、インタナショナリズムです。だから、帝国主義列強の出そろった世紀末、「万国博覧会は平和時の国家間戦争」とよばれる世界に、モノの技術や商品の競争ばかりでなく、ヒトの身体の力や技能の競争が組み込まれたのは、理由のあることでした。万博に組み込まれた第2回・第3回オリンピックは、競技が半年近く続く、長期の「見せ物」でした。1908年ロンドン大会から、各国オリンピック委員会が主宰する「参加することに意義がある」かたちに変わりましたが、オリンピックの万博的性格は、20世紀にも受け継がれます。二つの世界戦争は、オリンピックにもつきまといました。「資本主義対社会主義」「ファシズム対民主主義」の構図から、1936年のベルリン・オリンピックでは、ナチスに対抗する人民オリンピックが構想されました。それに続くはずだった1940年東京オリンピックは、第二次世界大戦で幻に終わりました。階級闘争を強調し、社会主義と共産主義が分裂した第三インタナショナル=コミンテルンの時代です。「競技であるゆえの出会い」を、敵対的関係ではなく、友誼的関係に組み替えるのが、20世紀後半の人類的努力でした。母胎の万博の方は、資本主義世界システムが地球の隅々までゆきわたり、大量生産・大量模倣型消費の時代も終わって、会場まで行かなくても、テレビやインターネットで「博覧」できるようになって、全盛期を過ぎ、領域別博覧会化していきました。もちろんオリンピックにも、商業化・グローバル化の波が入ってきましたが、20世紀初めの「帝国主義対植民地」的な関係は、弱まりました。フォード主義的一元化の時代から、マイノリティや多様なものの価値が認められるようになって、ようやく、政治や資本の制約をミニマムにして、身体の平和的競争を「博覧」できるようになりました。今大会には、イラクもアフガニスタンも、北朝鮮も台湾も香港も、一つのチームとして参加しています。国連加盟国より、参加チームは多いのです。黒い肌が輝き、アジアもがんばっています。しかもその舞台は、かのポリスとアゴラの公共広場=「フォーラム」発祥の地ギリシャです。戦争や貝殻追放のような局面もありましたが、ふだんの公共広場=「フォーラム」は、オリーブが売買され、ヒトビトが討論・交感する場でした。そうです。世界社会フォーラムの掲げる「もうひとつの世界は可能だ!」を構想するさいに、国際政治やグローバル経済の世界よりも、アテネのオリンピックは、はるかに近いところにあるのです。ですから、日本ばっかり応援しないで、テレビでいいですから、異質なものとの出会いを味わい楽しむ夏にしましょう。
TBSワシントン特派員金平茂紀さんたちと、青弓社の最新刊『従軍のポリティクス』という本を作りましたが、早速本日8・15の『日本経済新聞』書評欄で注目してくれたようです。『世界』7月号に書いた「大義の摩滅した戦争、平和の道徳的攻勢――『アブグレイブの拷問』をめぐる情報戦」とあわせて、ぜひご笑覧下さい。そうそう、英語版Global Netizen Collegeの Special Joke Lecture,"World Ideologies Explained by Cows"が、9/11以降世界中から投稿が多く、またまた「詠み人知らず」で更新されています。本来前回収録するだった『週刊 エコノミスト』「歴史書の棚」の7月20日号書評、小泉和子『洋裁の時代――日本人の衣服革命』(農文協)、法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英・高橋彦博・横関至著『協調会の研究』(柏書房)を、今回アップ。もっとも、発売中の同誌8月24日号には、渡米前に書いた坂野潤治『昭和史の決定的瞬間』(ちくま新書)とリチャード・オルドリッチ著・会田弘継訳『日・米・英「諜報機関」の太平洋戦争』(光文社)の書評が、すでに掲載されました。「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(『文藝春秋』6月号)のインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」や、前回アップした「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)との関連でのアメリカみやげは、暑さとNiftyに勝てず、またまたおあずけです。大発見もありますから、乞うご期待。図書館の書評は、8・15ですから、「歴史書の棚」の大島幹雄『虚業成れり――「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)、大井浩一『メディアは知識人をどう使ったか――戦後「論壇」の出発』(勁草書房)、クラウス・レゲヴィー著、斉藤寿雄訳『ナチスからの「回心」――ある大学学長の欺瞞の人生』(現代書館)、桜井哲夫『戦間期の思想家たち――レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』(平凡社新書、女子学院中学校「祖父母の戦争体験」編集委員会編『15歳が受け継ぐ平和のバトン――祖父母に聞いた235の戦争体験』(高文研)、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社)、大門正克・安田常雄・天野正子編『近代社会を生きる』(吉川弘文館)、安丸良夫『現代日本思想論』(岩波書店)等々を、それに、『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)、法政大学『大原社会問題研究所雑誌』4月号掲載遠州尋美さん『グローバル時代をどう生きるか』等々もどうぞ。
翻訳書ですが、フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another
World Is Possible
)』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」も、ぜひ味わってください。「国際歴史探偵」関連は、「1922年9月の日本共産党綱領」(大原社会問題研究所雑誌,1998/12,1999/1)および「第一次共産党のモスクワ報告書」(大原社会問題研究所雑誌、1999/8
・10)をもとにした講演記録「20世紀日本の社会主義と第一次共産党」(『社会主義』2004年2月号掲載)に牧原憲夫編『山代巴獄中手記書簡集──模索の軌跡』(平凡社)書評。現代史研究室には、「21世紀から『戦後史』研究を考える」(『静岡県近代史研究』29号、2003年10月)、地方史ファン向け「ある文教都市の戦後史──東京都国立市の場合」(非公式インターネット版)。『もうひとつの世界は可能だ!』に序文を寄せたネグリ=ハートの大著『帝国
EMPIRE』の批判論文、「マルチチュードは国境を越えるか?──政治学から『帝国』を読む」(『情況』2003年6月号)、「グローバリゼーションは福祉国家の終焉か――ネグリ=ハート『帝国』への批判的評注」(『一橋論叢』130巻4号、2003年10月)、「グローバル情報戦時代の戦争と平和――ネグリ=ハート『帝国』に裏返しの世界政府を見る」(日本平和学会『世界政府の展望(平和研究第28号)』、2003年11月)等をどうぞ。世界社会フォーラム(WSF)系列は、「反ダボス会議のグローバリズム」、「情報戦時代の世界平和運動」、「現代日本社会における「平和」──情報戦時代の国境を越えた「非戦」」、「国家論」、「9.11以後の情報戦とインターネット・デモクラシー」、「情報戦時代の『帝国』アメリカ包囲網──インドで世界社会フォーラムを考える」等で。それにしても、暑い夏です。
異常気象にドメスティック・バイオレンス、地球にいま何が起こっているのでしょう?
もっとも民主党大会自体はお祭り。毎日の演説のどこかにクリントン・ヒラリー夫妻、レーガン大統領令息といったスターを配し、正副大統領候補自体は夫人ばかりでなく父母・子供まで動員して懸命に「家族の絆」を売り込んでいる印象。CNNテレビで見ていても、政策の中身よりも、演説技術とブッシュ=ネオコン批判でもたせている感じ。ワシントンにきたらしい日本の民主党岡田代表は、この「世界から尊敬されるアメリカ」の雰囲気に飲まれて、憲法改正・自衛隊の海外武力行使容認発言をしたとか。ドイツ首相はワルシャワ蜂起60周年記念集会に出席したそうですが、中国でのサッカー試合でさえ過去を問われ続けている国ですから、軽率な便乗は危険です。共和党パウエル国務長官が中道で、それよりリベラルはレフトで、ブッシュ自身を含むライトと対抗している構図にみえますが、実はそんなに単純でないというのが、冷泉彰彦さん「民主党と日米関係」の分析、必読です。飛行機での移動や博物館に入るたびの、厳重なセキュリティ・チェックには、うんざり。基本的に、アメリカン・ナショナリズムは持続しています。7月末の民主党大会でケリー人気はブッシュ大統領をオーバーしたそうですが、8月末に今度は共和党大会があります。共和党大会では、ブッシュ夫妻の双子の娘たちが登場して、同じタイプのイベント=情報戦を展開するでしょう。マイケル・ムーア監督のカンヌ映画祭パルムドール「華氏911」をデンバーで見ましたが、観客は5分入りで、民主党支持者らしい人々の拍手と笑い。その深層にも、田中宇さん「華氏911とイスラエル」「キリストの再臨とアメリカの政治 」の論じるネオコン=イスラエル派の深謀がありそうです。アメリカ大統領選挙は、開票まで目をはなせません。『世界』7月号に書いた「大義の摩滅した戦争、平和の道徳的攻勢――『アブグレイブの拷問』をめぐる情報戦」に続いて、民主党大会のメディア・ショーを報告したTBSワシントン特派員金平茂紀さんたちと、青弓社の最新刊『従軍のポリティクス』という本を作りました。ぜひご覧下さい。「9条の会」オフィシャルサイトも、ようやく動き始めたようです。
ダイヤルアップ接続環境ですので、今回は更新もリンクも最小限。ひとつだけ、 『ル・モンド・ディプロマティーク』7月号のイニャシオ・ラモネ「男性が振るう暴力」をお勧めしておきます。フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another World Is Possible )』の「世界女性行進」論文などを使いながら、家庭内暴力による「静かな戦争」の増大を警告しています。20世紀世界史の埋もれた記録を発掘する「国際歴史探偵」が旅の主目的ですが、こちらは米国国立公文書館や米国議会図書館の調査で成果大。詳しくは次回以降に。もちろん、2月に「東京新聞」「朝日新聞」「ジャパン・タイムズ」「中文導報」等で大きく報じられた「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(『文藝春秋』6月号)のインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」や、前回アップした「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)とも関連しています。最新の書評は、『週刊 エコノミスト』の7月20日号に、小泉和子『洋装の時代――日本人の衣服革命』(農文協)と、法政大学大原社会問題研究所編、梅田俊英・高橋彦博・横関至著『協調会の研究』(柏書房)が出たはずですが、収録は次回。6月22日号に寄せた大島幹雄『虚業成れり――「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)と大井浩一『メディアは知識人をどう使ったか――戦後「論壇」の出発』(勁草書房) 、『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)の方をご笑覧下さい。法政大学『大原社会問題研究所雑誌』4月号掲載遠州尋美さん『グローバル時代をどう生きるか』書評、『エコノミスト』連載「歴史書の棚」クラウス・レゲヴィー著、斉藤寿雄訳『ナチスからの「回心」――ある大学学長の欺瞞の人生』(現代書館)、桜井哲夫『戦間期の思想家たち――レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』(平凡社新書)女子学院中学校「祖父母の戦争体験」編集委員会編『15歳が受け継ぐ平和のバトン――祖父母に聞いた235の戦争体験』(高文研)、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社)、大門正克・安田常雄・天野正子編『近代社会を生きる』(吉川弘文館)、安丸良夫『現代日本思想論』(岩波書店)以下、屋名池誠『横書き登場――日本語表記の近代』(岩波新書)、速水融・小嶋美代子『大正デモグラフィ――歴史人口学で見た狭間の時代』(文春新書)、古賀牧人編著『「ゾルゲ・尾崎」事典』(アピアランス工房)、太田昌国『「拉致」異論』(太田出版)、 安田寛『「唱歌」という奇跡 十二の物語――讃美歌と近代化の間で』(文春新書)、上田浩二・荒井訓『戦時下日本のドイツ人たち』(集英社新書)、小倉和夫『吉田茂の自問――敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』(藤原書店)、山口二郎・石川真澄編『日本社会党――戦後革新の思想と行動』(日本経済評論社)、等々もどうぞ。
翻訳書ですが、フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another
World Is Possible
)』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」も、ぜひ味わってください。図書館「書評の部屋」には、他にもアラン・ブロック『対比列伝 ヒトラーとスターリン』(全3冊、草思社)、松野仁貞『毛沢東を超えたかった女』(新潮社)、野村一夫『インフォアーツ論──ネットワーク的知性とはなにか?』(洋泉社新書)等々が入っています。「国際歴史探偵」関連は、「1922年9月の日本共産党綱領」(大原社会問題研究所雑誌,1998/12,1999/1)および「第一次共産党のモスクワ報告書」(大原社会問題研究所雑誌、1999/8
・10)をもとにした講演記録「20世紀日本の社会主義と第一次共産党」(『社会主義』2004年2月号掲載)に牧原憲夫編『山代巴獄中手記書簡集──模索の軌跡』(平凡社)書評。現代史研究室には、「21世紀から『戦後史』研究を考える」(『静岡県近代史研究』29号、2003年10月)、地方史ファン向け「ある文教都市の戦後史──東京都国立市の場合」(非公式インターネット版)。『もうひとつの世界は可能だ!』に序文を寄せたネグリ=ハートの大著『帝国
EMPIRE』の批判論文、、「マルチチュードは国境を越えるか?──政治学から『帝国』を読む」(『情況』2003年6月号)、「グローバリゼーションは福祉国家の終焉か――ネグリ=ハート『帝国』への批判的評注」(『一橋論叢』130巻4号、2003年10月)、「グローバル情報戦時代の戦争と平和――ネグリ=ハート『帝国』に裏返しの世界政府を見る」(日本平和学会『世界政府の展望(平和研究第28号)』、2003年11月)等もどうぞ。世界社会フォーラム(WSF)系列は、「反ダボス会議のグローバリズム」、「情報戦時代の世界平和運動」、「現代日本社会における「平和」──情報戦時代の国境を越えた「非戦」」、「国家論」、「9.11以後の情報戦とインターネット・デモクラシー」、「情報戦時代の『帝国』アメリカ包囲網──インドで世界社会フォーラムを考える」等で。
寺島隆吉さんの研究室が、ノーム・チョムスキー教授の最新のインタビュー「アメリカ帝国主義とイギリス同伴主義」を翻訳・紹介しています。「同伴主義」の原語は、「Me too-ism」。「パートナー」とは、その上品な言い換えなそうです。
「Me too-ism」は、イギリスよりも、日本の方が深刻かもしれません。イギリスは一応EUにも加盟していますから。日本は「有志連合」が「多国籍軍」になるにあたって、アメリカから通知を受けたかどうかさえ、わかりませんから。先月、雑誌『世界』7月号に書いた「大義の摩滅した戦争、平和の道徳的攻勢――『アブグレイブの拷問』をめぐる情報戦」は、インターネット版をアップ。相変わらずきまぐれな日本のマスコミは、参院選や曽我ひとみさん家族再会のニュースで、「多国籍軍」になっても現地の知事から「がっかり」されているサマワの自衛隊の危機的状況やフィリピン軍のイラク撤退、パレスチナの憎しみの分離壁には関心が弱く、選挙中にWorld Peace Nowの非暴力のデモが不当に弾圧された事件は無視されて、次はUFJ・三菱東京銀行大型合併で景気回復がイシューだとばかり。忘れてはなりません。このグローバルな時代には、私たちの一票は、日本政治ばかりでなく、世界の行方をも動かしていることを。「もうひとつの世界」への動きは、秋の米国大統領選挙でブッシュ=ネオコンを敗北させることが大前提。いま、アイルランドの女性記者の突撃インタビューの記録「ブッシュが国民に見て欲しくないインタビュー」が、マイケル・ムーアのカンヌ映画祭パルムドール「華氏911」と共に、世界を揺るがしています。選挙の投票日前日に放映されたNHK教育ETV特集「チョンウォルソン・海峡を越えた歌姫――在日コリアン声楽家の二十年」が感動的でした。ぜひ再放送してほしいものです。
「水に落ちた犬を打て」とは、魯迅の言葉。ブッシュ=ブレア=小泉純一郎の「Me too-ism」トリオは、打たれ強いところも似ていますから、世論調査で支持率4割を割ったぐらいでは、反省しないでしょう。陣地戦の参院選は3年に一度ですが、幸い情報戦は、日々是戦場、どこでもいつでも参戦できます。実は来週からアメリカです。次回更新では「もうひとつの世界」への主戦場で、早速「華氏911」を見て、冷泉彰彦さんや金平茂紀さんに学び定点観測してきたアメリカの変化を、お伝えできるかもしれません。もっともいつものように、20世紀世界史の埋もれた記録を発掘する「国際歴史探偵」の旅が主たる目的ですが。2月に「東京新聞」「朝日新聞」「ジャパン・タイムズ」「中文導報」等で大きく報じられた「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」(『文藝春秋』6月号)のインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」や、前回アップした「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)の延長戦です。最新の書評は、『週刊 エコノミスト』6月22日号に寄せた大島幹雄『虚業成れり――「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)と大井浩一『メディアは知識人をどう使ったか――戦後「論壇」の出発』(勁草書房) 、『週刊読書人』4月23日号米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)。法政大学『大原社会問題研究所雑誌』4月号掲載遠州尋美さん『グローバル時代をどう生きるか』書評、『エコノミスト』連載「歴史書の棚」クラウス・レゲヴィー著、斉藤寿雄訳『ナチスからの「回心」――ある大学学長の欺瞞の人生』(現代書館)、桜井哲夫『戦間期の思想家たち――レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』(平凡社新書)女子学院中学校「祖父母の戦争体験」編集委員会編『15歳が受け継ぐ平和のバトン――祖父母に聞いた235の戦争体験』(高文研)、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社)、大門正克・安田常雄・天野正子編『近代社会を生きる』(吉川弘文館)、安丸良夫『現代日本思想論』(岩波書店)以下、屋名池誠『横書き登場――日本語表記の近代』(岩波新書)、速水融・小嶋美代子『大正デモグラフィ――歴史人口学で見た狭間の時代』(文春新書)、古賀牧人編著『「ゾルゲ・尾崎」事典』(アピアランス工房)、太田昌国『「拉致」異論』(太田出版)、 安田寛『「唱歌」という奇跡 十二の物語――讃美歌と近代化の間で』(文春新書)、上田浩二・荒井訓『戦時下日本のドイツ人たち』(集英社新書)、小倉和夫『吉田茂の自問――敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』(藤原書店)、山口二郎・石川真澄編『日本社会党――戦後革新の思想と行動』(日本経済評論社)、等々もどうぞ。
私たち政治学者の扱う政治は、Politicsの訳語で、古代ギリシャのポリスが語源、そこでは、政治参加が市民の崇高な義務でした。あいにく女性たちや生産活動に従事する奴隷は排除されていましたが。それに対して日本の政治は、マツリゴトの系譜。タテマツル型の天皇への奉仕や儀礼が、市民の政治参加どころか、市民とかけ離れた政治の伝統をつくってきました。それでも19世紀から20世紀は、普通選挙権の拡大と女性や若者の政治参加の時代、世界でも日本でも、政治の裾野は飛躍的に広がりました。ところがだんだん、産業先進国で現れてきたのが投票率の漸次的低下、つまり権利としての参加を行使しない市民の増大です。したり顔でいわれるのは、大衆の政治参加で1票の価値が下がり、投票の効用が逓減してきたという数量的説明。でも、そればかりではないでしょう。普通選挙や女性選挙権導入直後はどの国でも高投票率です。何度か選挙を繰り返し、政治制度や政党制が安定してくると、選挙への過大な期待が醒めて、政治のあり方もパターン化し、投票率は低下します。政治不信・政党不信・政治的無関心が広まった帰結です。ところが日本の参院選に関する限り、ここ数回の投票率の動きはジグザグで、なかなか面白いです。95年に44.52%の史上最低を記録してから、98年に58.84%にはねあがって橋本内閣を倒しました。前回2001年また56.44%まで下がりましたが、これが今回60%まで回復したら、おそらく小泉内閣が倒れるほどの劇的変化をもたらすでしょう。ちなみに、投票率1%はほぼ百万票、ちょうど比例区候補一人が確実に当選できる数です。投票率80%をめざす「OVER80」をはじめ、選挙に参考になるサイトは、「情報処理センタ(リンク集)」の●永田町・霞ヶ関方面にまとめてあります。「落選運動」、選挙情報専門サイト「Election」「世界の選挙のしくみ」「各国の選挙と政党」「国政選挙の歴史」「選挙に行こう勢」「SEIRON」「インターネットと選挙関連リンク集」「インターネットで政治に強くなる方法教えます」「サイレント・マジョリティ」「無関心党」「老人党」「投票率アップ仕掛人プロジェクト」などをどうぞ。
イラクの主権が、29日に突然、アメリカ主導の暫定政府に移管されました。内戦状態は続き、占領軍CPAのプレマー代表は逃げるようにイラクを離れ、以前からチョムスキーが問題にしているネグロポンテ前国連大使が1700人の職員を擁する世界最大のアメリカ大使館の主としてイラクを指揮し、事実上暫定傀儡政府を操縦することになりました。その間にも、米軍兵士が武装抵抗勢力に処刑され、治安が安定する気配はありません。 サマワ中心部でも自動車爆発です。「多国籍軍」と名前を変えても、実質的指揮権は国連ならぬ米軍、あのアブグレイブの拷問の傷跡もそのままです。そして、日本の自衛隊は、なんと国会の議論も閣議の討論さえなく、「持ち回り閣議」とやらでいつのまにやら多国籍軍の一員になるという日本史上の重大事が小泉流無責任で実現されました。もともと憲法違反の自衛隊が、海外派兵の一歩を踏み出し、さらに国連多国籍軍に入って、もう一歩外に踏み出したかたちです。このため、3月のスペイン総選挙の経験から、いっそう米国と一体化した日本が、次のテロルの標的になるという噂も流れています。スペインでは、総選挙投票日直前に列車テロに遭い、選挙では「勇気の一票」が野党に集中、テロの標的になる米英「有志連合」軍からの撤兵を決めました。7月11日まで、東京は超厳戒態勢です。
雑誌『世界』7月号に、「大義の摩滅した戦争、平和の道徳的攻勢――『アブグレイブの拷問』をめぐる情報戦」を寄稿しました(ネット公開は次回更新時)。本HPで展開してきた情報戦の、この一年の総括。4−5月の「ファルージャの虐殺」「アブグレイブの拷問」を、メディアとインターネットはどう伝え、いかに世界の世論を動かしたかを分析しました。『もうひとつの世界は可能だ』――世界社会フォーラムを特徴づける「多様なネットワークによる一つのネットワーク」「多様な運動体による一つの運動」の組織原理を、当初の原稿に、「差異の増殖と解放」と書いたのですが、編集部にもっとやさしくと言われて考え、最終的に「小異を捨てて大同につく」ではなく「差異を尊重して大義につく」と表現しました。「小異を生かして大同につく」という読者の提案もありました。日本で使われてきた「統一戦線」とか「革新共同」ではない、「平和への結集」の多様性・重層性のニャアンスを大切にするためです。他者の政治的・宗教的信条との差異を認めるだけではなく、その差異を大切にし、尊重できるような境地、しかもそのうえで、差異を捨てての共通性やアイデンティティを他者に求めるのではなく、大義(justice, a great cause)という価値判断をしての運動上での連帯、政治的アリーナでの接合、などという説明をしなければならないのですが、それを「差異を尊重して大義につく」というかたちにしておきました。そういう力は、参院選では沖縄選挙区でしか生かされないのでしょうか。
2月に「東京新聞」「朝日新聞」「ジャパン・タイムズ」「中文導報」等で大きく報じられた「野坂参三・毛沢東・蒋介石」往復書簡」の全文が『文藝春秋』6月号に掲載され初公開されましたが、すでに7月号が発売されましたので、今回文藝春秋社の了解を得て、そのインターネット版「戦後天皇制をめぐる毛沢東、野坂参三、蒋介石」を収録します。原資料スキャナー版写真は、世界初公開で、解説部分も、文春版より長くなっています。ただし学術研究等での引用は、文春活字版でお願いします。また、長文の「国際歴史探偵」の成果、「反骨の在米ジャーナリスト岡繁樹の1936年来日と偽装転向」(20世紀メディア研究所『インテリジェンス(INTELLIGENCE)』第4号、紀伊国屋書店、2004年5月)をアップロード。こちらも専門的ですが、20世紀の通説的見方に挑戦するものです。最新の書評は、『週刊 エコノミスト』6月22日号に寄せた大島幹雄『虚業成れり――「呼び屋」神彰の生涯』(岩波書店)と大井浩一『メディアは知識人をどう使ったか――戦後「論壇」の出発』(勁草書房) と、『週刊読書人』4月23日号掲載米谷匡史篇『尾崎秀実時評集――日中戦争期の東アジア』(平凡社、東洋文庫)。法政大学『大原社会問題研究所雑誌』4月号掲載遠州尋美さん『グローバル時代をどう生きるか』書評、『エコノミスト』連載「歴史書の棚」クラウス・レゲヴィー著、斉藤寿雄訳『ナチスからの「回心」――ある大学学長の欺瞞の人生』(現代書館)、桜井哲夫『戦間期の思想家たち――レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』(平凡社新書)女子学院中学校「祖父母の戦争体験」編集委員会編『15歳が受け継ぐ平和のバトン――祖父母に聞いた235の戦争体験』(高文研)、鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの――鶴見俊輔に戦後世代が聞く』(新曜社)、大門正克・安田常雄・天野正子編『近代社会を生きる』(吉川弘文館)、安丸良夫『現代日本思想論』(岩波書店)以下、屋名池誠『横書き登場――日本語表記の近代』(岩波新書)、速水融・小嶋美代子『大正デモグラフィ――歴史人口学で見た狭間の時代』(文春新書)、古賀牧人編著『「ゾルゲ・尾崎」事典』(アピアランス工房)、太田昌国『「拉致」異論』(太田出版)、 安田寛『「唱歌」という奇跡 十二の物語――讃美歌と近代化の間で』(文春新書)、上田浩二・荒井訓『戦時下日本のドイツ人たち』(集英社新書)、小倉和夫『吉田茂の自問――敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』(藤原書店)、山口二郎・石川真澄編『日本社会党――戦後革新の思想と行動』(日本経済評論社)、等々もどうぞ。
翻訳書ですが、フィッシャー=ポニア編、ネグリ=ハート序文世界社会フォーラム記録集『もうひとつの世界は可能だ!(Another World Is Possible )』で、「差異の増殖と解放」をもとにした「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」を、ぜひ味わってください。図書館「書評の部屋」には、他にもアラン・ブロック『対比列伝 ヒトラーとスターリン』(全3冊、草思社)、牧原憲夫編『山代巴獄中手記書簡集──模索の軌跡』(平凡社)、松野仁貞『毛沢東を超えたかった女』(新潮社)、野村一夫『インフォアーツ論──ネットワーク的知性とはなにか?』(洋泉社新書)等々が入っています。「国際歴史探偵」関連は、「1922年9月の日本共産党綱領」(大原社会問題研究所雑誌,1998/12,1999/1)および「第一次共産党のモスクワ報告書」(大原社会問題研究所雑誌、1999/8 ・10)をもとにした講演記録「20世紀日本の社会主義と第一次共産党」(『社会主義』2004年2月号掲載)に、本邦初公開の資料「1926年の22年綱領日本語文」が入ってます。現代史研究室には、「21世紀から『戦後史』研究を考える」(『静岡県近代史研究』29号、2003年10月)、地方史ファン向け「ある文教都市の戦後史──東京都国立市の場合」(非公式インターネット版)。『もうひとつの世界は可能だ!』に序文を寄せたネグリ=ハートの大著『帝国 EMPIRE』の批判論文、、「マルチチュードは国境を越えるか?──政治学から『帝国』を読む」(『情況』2003年6月号)、「グローバリゼーションは福祉国家の終焉か――ネグリ=ハート『帝国』への批判的評注」(『一橋論叢』130巻4号、2003年10月)、「グローバル情報戦時代の戦争と平和――ネグリ=ハート『帝国』に裏返しの世界政府を見る」(日本平和学会『世界政府の展望(平和研究第28号)』、2003年11月)等もどうぞ。世界社会フォーラム(WSF)系列は、「反ダボス会議のグローバリズム」、「情報戦時代の世界平和運動」、「現代日本社会における「平和」──情報戦時代の国境を越えた「非戦」」、「国家論」、「9.11以後の情報戦とインターネット・デモクラシー」、「情報戦時代の『帝国』アメリカ包囲網──インドで世界社会フォーラムを考える」等で。教育センター内の一橋大学関係に、今年3月に卒業したゼミナール学生たちの卒業学士論文が、新たに加わりました。ジャンク・スパムメールとウィルスが荒れ狂っています。たとえ私の名前のメールでも、件名が不明確で怪しげなファイルが添付されていたら、絶対に開かずにゴミ箱に入れてくださるようお願いします