(2005/2追記) 2004ムンバイ世界社会フォーラムで発売された姉妹編『帝国への挑戦』の日本語訳が、ついに発売されました!(ジャイ・セン+アニタ・アナンド+アルトゥーロ・エスコバル+ピーター・ウォーターマン編、武藤一羊+小倉利丸+戸田清+大屋定晴監訳、3,200円、作品社

 ウィリアム ・フィッシャー、トーマス・ポニア編

加藤哲郎監修、大屋定晴、山口響、白井聡、木下ちがや監訳 (日本経済評論社刊、460頁、2500円)

『もうひとつの世界は可能だ――世界社会フォーラムと

グローバル化への民衆のオルタナティブ』

 

原著者フィッシャー教授=ポニア青年からのメッセージ

 

私たちは、本書を、日本の政治的活動家の皆さんにささげる。あなたがたの日本におけるたたかいの成功は、新自由主義的グローバル化と帝国主義に反対するグローバルなたたかいにおける、決定的な一部である。私たちは、あなたがたの尽力が私たちを奮い立たせ、本書があなたがたを勇気づけることを、心から望んでいる。

 

              ウィリアム・フィッシャー、トーマス・ポニア

 

 


凡  例

一、本書の翻訳にあたって、原書中の「謝辞」および「付録2 連絡先」「索引」は、省略した。

一、原書の注及び参考文献は、本文の該当箇所に番号を付し、各章末尾に一括した。訳者による訳注は カギ括弧[   ]で示し、各種社会運動団体名などで参照しうるものについては、読者の便宜のため、インターネット上のURLを付した。

一、原文のゴチック体及びイタリック体は、原則としてゴチック体および太字体にしたが、長文で続き煩瑣になる場合は、そのまま本文として扱った。

一、翻訳は、一橋大学大学院博士課程在学中の大学院生有志で、翻訳者グループを組織し、集団的に行った。その原訳者名は各章末に記したが、可能な限り、複数で目を通しあうようにした。各部の監訳は、第一部 大屋定晴、第二部 山口響、第三部 白井聡、第四部 木下ちがやであるが、相互に校閲して、本書の趣旨にあう日本語にするよう努めた。ただし、統一及び監修の全体的責任は、加藤哲郎にある。


目  次

 

 

編者序        トーマス・ポニア、ウィリアム・フィッシャー     (木下ちがや訳)

序文         マイケル・ハート、アントニオ・ネグリ        (加藤哲郎監訳)

序論――世界社会フォーラムと民主主義の新たな創造 トーマス・ポニア、ウィリアム・フィッシャー     (木下ちがや訳)

 

第一部 富の生産と社会的再生産                     (監訳 大屋定晴)

 

概観――主要な問いと緊要な論点(フィッシャー、ポニア)            (大屋定晴訳)

第一章 対外債務――自由な開発のために債務帳消しを(エリック・トゥーサン、アルノー・ザシャリー)    (深井英喜訳)

第二章 アフリカ/ブラジル――会議総括文書(ジャック・ダデスキー)    (大屋定晴訳)

第三章 金融資本――金融資本の規制(ATTAC、フランス)          (大屋定晴訳)

第四章 国際貿易――会議総括文書(ベルナール・カッセン)     (大屋定晴訳)    

第五章 多国籍企業――論点と提案(ジョシュア・カーリナー[コープ・ウォッチ]、カロロ・アパリシオ[グローバル・エクスチェンジ])  (深井英喜訳)

第六章 労働                                 (深井英喜訳)

 (i)二一世紀の国際労働組合運動のための戦略的展望(南アフリカ労働組合会議)

 (ii)労働のためのグローバルな戦略(ジェフ・フォ[経済政策研究所])

第七章 連帯経済                               (大屋定晴訳)

 (i)抵抗と建設(ケベック連帯経済グループ)

 (ii)会議総括文書(サンドラ・キンテーラ[南米南部オルタナティブ政策研究所])

 

第二部 富の入手と持続可能性                     (監訳 山口 響)

 

概観――主要な問いと緊要な課題(フィッシャー、ポニア)             (山口響訳)

第八章 環境と持続可能性                           (中村好孝訳)

 (i) 生命系民主主義運動――グローバル化の破綻に対するオルタナティブ(ヴァンダナ・シヴァ[科学・技術・エコロジー財団])

 (ii)会議総括文書(サラ・ラレイン[グローバル化に関する国際フォーラム、チリ]) 

 第九章 水――公共財   会議総括文書(グレン・スウィトクス[国際河川ネットワーク、アメリカ]、エリアス・ディアズ・ペーニャ) (中村好孝訳)

 第一〇章 知識・著作権・特許                           (白井聡訳)                                  

 (i)知的所有権と知的格差(オックスファム、イギリス)

 (ii)会議総括文書(フランソワ・フタール[三大陸センター])

第一一章 医薬品・保健・エイズ――会議総括文書(ソニア・コレア[国境なき医師団]) (二宮元訳)

第一二章 食糧――生産し、自給し、食糧主権を行使する民衆の権利(APM世界ネットワーク)

                                       (石田隆至訳)

第一三章 都市とその住民――会議総括文書(エルニミア・マリカト)       (中村好孝訳)

第一四章 先住民                               (石田隆至訳)

 (i)先住民委員会の声明(ディオニート・マクシ、ピナ・テンベ、シミャン・ワピサナ、ジョエル・パタショー、ルル・タパジョス、ルイス・チチア・パタショー・ハンハンハンエ)

 (ii)会議総括文書(パウロ・マルドス[民衆教育センター、ブラジル])

 

第三部 市民社会の主張と公共圏                (監訳 白井 聡)

 

概観――主要な問いと緊要な課題(フィッシャー、ポニア)             (白井聡訳)

第一五章 メディア――コミュニケーションの民主化とメディア(オズワルド・レオン)(白井聡訳)

第一六章 教育――会議総括文書(ベルナルド・シャルロ[教育に関する世界フォーラム]、ポール・ベランゲール[国際成人教育協議会]  (中村好孝訳)

第一七章 文化――文化の多様性、文化の生産とアイデンティティ(ファトマ・アルー、ルイザ・モンテイロ、オーレリ・アルゲミ、イムルー・バカリ、ハヴィ・ペレス) (白井聡訳)

第一八章 暴力                                (松田洋介訳)

 (i)女性に対する暴力――「来るべき世界」が行動すべきこと(世界女性行進)

 (ii)暴力の文化と家庭内暴力に関する会議総括文書(ファティマ・メロ[ブラジル非政府組織協会])

第一九章 差別と不寛容                            (石田隆至訳)

 (i)差別と不寛容とのたたかい(ダリットの人権に関する全国運動、インド)

 (ii)会議総括文書(リリアン・セリベルティ[南米南部フェミニスト連盟])

第二〇章 移民と人身売買――グローバル化の矛盾(ロレンゾ・ブランシップ[国際移民に関する文書・研究センター、パリ])   (徳永理彩訳)

第二一章 グローバルな市民社会運動                   (徳永理彩・白井聡訳)                            

 (i)討議文書(ラテンアメリカの社会を監視する会、ラテンアメリカ社会科学協議会)

 (ii)会議総括文書(ヴィトリオ・アニョレット[ジェノバ社会フォーラム])

 

第四部 新しい社会における政治権力と倫理            (監訳 木下ちがや)

 

概観――主要な問いと緊要な課題(フィッシャー、ポニア)               (山口響訳)

第二二章 国際権力構造                              (山口響訳)

 (i)国際組織と世界権力の構造(ウォルデン・ベロ[FOCUS])

 (ii)会議総括文書(テイポ・テイパイネン[グローバル民主化ネットワーク])

第二三章 軍国主義とグローバル化――会議総括文書(マルセラ・エスクリバノ[オルタナティブス、カナダ])           (山口響訳)

第二四章 人権――経済的・社会的・文化的権利に関する会議総括文書(マリア・ルイザ・メンドンサ[正義と人権を求める社会的ネットワーク])  {二宮元訳}                      

第二五章 主権・国民・帝国(ダニエル・ベンサイド[パリ大学])           (山口響訳)                  

第二六章 民主主義――参加民主主義(M・P・パラメスワラン)           (二宮元訳)

第二七章 価値                                  (二宮元訳) 

 (i)新しい文明の価値(ミシェル・レヴィ[全国科学研究センター、パリ]、フレイ・ベット[神学者・作家])

 (ii)フェミニズムと三つの啓蒙理念(セリア・アモロス[コンプルテンス大学、マドリード]

 

エピローグ――社会運動宣言 新自由主義と戦争、軍国主義に抗して――平和と社会正義のために      (木下ちがや訳)

付録  世界社会フォーラム原則憲章                     (木下ちがや訳)

 

 

反グローバル化から「もうひとつのグローバル化」運動へ――第2回欧州社会フォーラム参加記   大屋定晴・木下ちがや

 

監修者あとがき                                  加藤哲郎


編者 序

 

 

 本書は、私たちが共有する、もうひとつのグローバル化を構想する現代の社会運動のさまざまなあり方への、問題関心とかかわりから生まれた。本書のプランは、グローバルな社会運動を研究することについての方法論的・理論的な挑戦をめぐる議論から、まさに生まれたのである。私たちは、ローカルを越えた巨大な運動の参加のあり方や多様な声を、どのように検討し分析し表現するかについて、またグローバル化時代の社会変革の全体的な理論を伝える上で適切な事例研究を、どのように選択するかという難題に、取り組んだ。私たちの検討は、サパティスタ[メキシコ南部チアパス州に展開する主に先住民による武装組織。正式名称は、Ejercito Zapatista de Liberacion Nacional, EZLNサパティスタ民族解放軍という。一九九四年一月一日に北米自由貿易協定NAFTAの発効に合わせて武装蜂起した。構造的な差別を糾弾し、農民の生活向上を訴える。「自由・正義・民主主義」をスローガンとし、メキシコ政府および新自由主義に対してラディカルな闘争を展開している。組織の名称は、二〇世紀初めのメキシコ革命で農民運動を指導した伝説的英雄、エミリアーノ・サパタにちなむ。今日「反グローバル化」運動の象徴的存在と見なされるようになった]やキューバの新しい革新、ナルマダ運動〔インド政府はナルマダ川にダムの建設を計画しているが、灌漑、水力発電用のダム建設によって、二四五の村が水没することになり、環境、また先住民の権利という見地からの反対運動がインド国内外で現在も続いている〕を含む豊富な事例を対象としたが、あれこれの理由で、それぞれの運動を取り上げることはしなかった

 世界社会フォーラムに焦点をあてる最初の力は、トーマス・ポニアが、偉大な反アパルトヘイト運動の活動家であり詩人でもあるデニス・ブルータスと議論したなかから、生じたものである。デニスは、ウォーセスター州立大学の客員教員職を引き受ける前の二〇〇〇年秋のうちから、ウォーセスターに住んでいた。デニスのアイデアと、彼の世界社会フォーラムについての説明を討議していくなかで、明らかになったことは、世界社会フォーラムは、私たちが重視する研究と政治的な関与との結合のための、魅力的かつ刺激的な機会を提供してくれた、ということだった。

 デニスの説明によれば、世界社会フォーラムは、もうひとつの世界を構想するプロセスを刷新するために、世界中から急進派を結集しようとする試みである。このプロセスは、ソビエト共産主義の崩壊により生じた右派攻勢の開始によって、中断されてきた。だが、歴史的なかたちで、帝国システムの本質的に搾取的な性格と、政治的経済的エリートの自己破壊性、政治活動家の創造性は、新たな対抗的ヘゲモニー構想を打ち立てるための条件を、再び確立したのである。不可能が、突如として可能なように見え始めたのである。

 私たちのいずれもが、第一回のフォーラムには参加できなかったが、私たちは、それを綿密に追った。フォーラムが終わったとき、そこで提案され、議論され、合意され、論評されたことの概略が、出版物として出されることを、心待ちにしていた。だが、残念なことに、英語で編集されたものが、出されることはなかった。トーマスは、博士論文の研究に着手するため、次回の世界社会フォーラムに行くことを計画し、第二回フォーラムで議論されることになるであろう重要な記録文書を、私たち二人で編集しようという提案を行った。私たちは、当初から、この本で得られる利益は、これからのフォーラムを組織していくことに向けられるべきだ、ということで合意している。

 二〇〇一年一月一〇日、トーマスは、ポルトアレグレに到着し、最初の一ヶ月は、世界社会フォーラムの事務局で働いた。二月末、彼は、世界社会フォーラム組織委員会に、出版計画を公式に提案した。委員会は、私たちが本を出すことを激励し、すべての記録文書を英語に翻訳することを、約束してくれた。また、私たちが必要とするあらゆる援助を行うために、委員会は、二人のメンバーを割いてくれたのである。委員会は、また、私たちがフォーラム、組織委員会ならびに国際評議会の名義を使って発言することはできない、ということを明らかにした。私たちが執筆した記録文書に関するいかなる分析も、厳格に、私たちの責任のもとでなされた。

 一ヶ月以上のインターンシップの間に、トーマスは、組織委員会や国際評議会に参加する、たくさんの活動家や知識人の話を聞き、対話をする特権を得た。トーマスは、彼らに要約と分析を配布し、多くの見識深い説明や、コメント、重要な質問を、受け取ったのである。また、彼は、国際評議会内での多くの討論を、聞く機会も得た。連帯の意を表して、私たちは、この本を、より公正で民主的な持続可能な世界に、そして、フォーラム組織委員会、国際評議会、さらに、そうした世界を熱望しているデニス・ブルータスのような活動家たちに捧げる。

 

                          ウィリアム・フィッシャー

                          トーマス・ポニア

                             

                                                                                    [木下ちがや訳]


「もうひとつの世界は可能だ」 監修者あとがき

 

 本書は、「世界社会フォーラムについての初めての書物」と銘打った、"Another World is Possible: Popular Alternative to Globalization at the World Social Forum" edited by William F Fisher and Thomas Ponniahを、日本語にしたものである。原書は、二〇〇三年春に、ロンドン・ニューヨークのZed Books、カナダのFernwood Publishing、マレーシアのSird、南アフリカのDavid Philipという世界の四つの出版社から、同時に発売された。

 本書は、現代世界で進行するグローバル化の問題点を、世界の知性と抵抗運動が一同に会して討論した希有な記録であり、二一世紀の人類の希望と夢を、「もうひとつの世界」というオルタナティブに託して、多様な根拠と分析から方向づけたものである。

 「世界社会フォーラム」(WSF)については、本書の序論や第21章に詳しいので、それらを参照し、読者の関心のある問題から、読みはじめてほしい。どの章からも、二一世紀の「もうひとつの世界」についての、豊かなイマジネーションが得られるであろう。

 編者の一人であるウィリアム・F・フィッシャーは、インターネット上での本書の紹介ページに見られるように、アメリカ・クラーク大学の人類学助教授で国際開発・コミュニティ・環境学部長であるが、もう一人の編者であるトーマス・ポニアは、クラーク大学でまだ博士論文を準備中の地理学専攻の大学院生であり、このポニア君こそ、本書編纂の発案者である。つまり、本書は、二〇〇一年に生まれたばかりの世界社会フォーラムに、自らの学問と社会参加の可能性・有意性を見出した、一人の無名の青年のアイデアと挑戦から、生まれたものである。

 そのフィッシャー教授とポニア青年に、日本語版を翻訳中である旨の電子メールを送ったところ、早速、連帯のメッセージが送られてきた。

 私たちは、本書を、日本の政治的活動家の皆さんにささげる。あなたがたの日本におけるたたかいの成功は、新自由主義的グローバル化と帝国主義に反対するグローバルなたたかいにおける、決定的な一部である。私たちは、あなたがたの尽力が私たちを奮い立たせ、本書があなたがたを勇気づけることを、心から望んでいる。
               ウィリアム・F・フィッシャー、トーマス・ポニア

 監修者である私自身は、二〇世紀の社会主義・共産主義運動の問題を長く研究し、一九八九年東欧市民革命以来「フォーラム型」社会運動を提唱してきた経験から、今や通算五〇万アクセスを越えたインターネット上の個人ホームページ「加藤哲郎のネチズン・カレッジ」や非戦平和サイト「イマジン」で、たびたび世界社会フォーラムを、日本に紹介してきた。たまたま二〇〇三年三月、米英軍のイラク攻撃が始まった日からインドのハイデラバードに滞在し、その地で一月に開かれたアジア社会フォーラムの関係者に出会い、本書の存在を知らされた。ただし、インドの書店では原書はみつからず、マレーシアのクアラルンプールの大きな書店で手に入れた。一読して刺激的な内容であったため、帰国後の寄稿を約束していた週刊『エコノミスト』誌に、「反ダボス会議のグローバリズム」と題して、私なりにダボスの「世界経済フォーラム」(WEF)対ポルトアレグレの「世界社会フォーラム」(WSF)というわかりやすい二一世紀の対立の構図を、本書を紹介しつつ簡単に論じた(二〇〇三年五月一三日号)。すると間もなく、日本経済評論社編集部谷口京延さんから、本書翻訳の打診があった。

 もともと私は、インターネット上ではともかく、学問的仕事での翻訳は労多くして実り少ないと考えるところがあり、当初はやや躊躇したのだが、ひとつのアイデアが浮かび、承諾する旨の返事をだした。それは、大学院生ポニア君がフィッシャー教授を口説いて本書を実現したように、アメリカの若き比較文学研究者マイケル・ハートがパリでアントニオ・ネグリの思索に出会い英語で書かれた『帝国Empire』を世界のベストセラーにしたように、社会的に有意味な学問研究を志す大学院学生たちのなかに、本書をぜひ日本でも紹介したいという若者がいれば、彼らの力を最大限借りて出版しよう、というものだった。

 幸いその構想は、なんなく実現した。本書の実質的訳者である私の勤務先の大学院学生たちのなかに、二〇〇三年一月初めのハイデラバード・アジア社会フォーラムに報告を寄せた山口響君や、一月末のブラジル・ポルトアレグレ第三回世界社会フォーラムに出席した大屋定晴君がいて、あっという間に、一〇人の翻訳者チームを作り上げてくれた。その翻訳作業もフォーラム型で、インターネット上でネットワークを作り、訳文のファイルを相互に交換し批判しあってひとつの文章に仕上げてゆく、「多様な運動体によるひとつの運動」「多様なネットワークによるひとつのネットワーク」――本書の主張のひとつ――の実験となった。かくして監修者の私自身は、夏休みはアメリカ国立公文書館で第二次世界大戦期の歴史資料に沈潜しているあいだに、大学院生の訳者の皆さんが、それぞれの創意を生かして、訳文に仕上げてくれていた。

 もっとも本書の主要な主張である「差異を解放した収斂」「多様性に満ちた統一」の実践は、たやすいものではなかった。本書の目玉であるネグリ=ハートによる序文についてはとりわけで、ひとつひとつの訳語・訳文について、訳者ネットワークの中でも意見が分かれた。たとえば、ネグリ=ハート『帝国』(水嶋一憲ほか訳、以文社、二〇〇三年)の論理からすれば「マルチチュード」は何者によっても「代表」されえないはずなのに、「世界社会フォーラム」がそれをrepresentationしているという文章はどう訳すべきか、といった論点である。けっきょくこの序文のみ、年長者の特権で私の監訳としたが、いずれの章についても、複数以上の訳者プラス監修者が目を通してひとつの訳文に「収斂」する、文字通りのフォーラム風翻訳になった。さしずめ私の役割は、本書に生き生きと描かれた各セッション討議で用いられた表現を借りれば、facilitator=「進行役」にすぎない。

 この意味で、本書は、二一世紀の地球変革の担い手である、多様な関心と政治志向をもつ若者たちの共同制作による、ひとつの作品である。したがって、私自身は、インターネット上のみならず、さまざまな論文・エッセイで世界社会フォーラム及び本書の理論的・実践的意味を説いてきたこともあり、通常の訳書の「訳者解説」に相当する部分はそれらに譲り[前掲「反ダボス会議のグローバリズム」のほか、「情報戦時代の世界平和運動」『世界』二〇〇三年六月増刊号、「マルチチュードは国境を越えるか?」『情況』六月号、「情報戦時代の『帝国』アメリカ包囲網ムムインドで世界社会フォーラムを考える」『葦牙』七月・第二九号]、残りのスペースを、二〇〇三年一一月にパリで開かれた第二回ヨーロッパ社会フォーラムに出席した監訳者大屋定晴君・木下ちがや君の最新参加記「反グローバル化から『もうひとつのグローバル化』運動へ」に委ねることにした。

 本書が、二〇〇四年一月インドで開かれるムンバイ(旧ボンベイ)第四回世界社会フォーラムにはじまる新しい運動増殖の糧になり、また、本書に示された世界の動きに比すればやや立ち遅れ気味な、日本におけるフォーラム型社会運動の発展に資することができれば、訳者一同、大きな喜びとするものである。

                    晩秋の国立にて  加藤 哲郎



Back to Home