ネチズン・カレッジ日誌にようこそ!

ある政治学者のホームページ奮戦記――わが家のできるまで、できてから(2019年1月ー12月

 ここには、<What's New>で定期的にトップに現れた、本ホームページの作成過程、試行版への反響、更新の苦労話、メールへのご返事、ちょっといい話、外国旅行記・滞在記、研究室からカレッジへの改装の記録が、日誌風につづられます。趣味的なリンクガイドも兼ねます。ま、くつろぎのエッセイ集であり、対話のページであり、独白録です。日付けは下の方が古いので、逆読みしてください。

古い記録は、「図書館特別室3 ネチズン・カレッジ生成記録」として、以下のようになっています。お好きなところへどうぞ。

世界の真ん中で萎縮しファッショ化する日本!

 

2020.1.1 かと  昨年末に予告したように、2020年から月1回、1日の更新です。といっても、正月だからめでたい話とはなりません。すでに数年前から、安倍晋三内閣を「忍び寄るファシズム」「ファシズムの初期症候」と述べてきた本サイトとしては、憂鬱な新年です。なにしろ「天皇陛下万歳」がテレビで繰り返し放映され、公共美術展の芸術作品が「御真影」を侮辱したと批判されて展示が中止されました。公金私消の権力私物化が国会で十分解明できず、その糸口になるはずの公文書の隠匿・改竄は、ついにシュレッダーで裁断されてなかったことにされるところまで進んだのですから。とても「おめでとう」を語る気分になれません。国際社会での地位はどんどん下落し、女性の政治参加では発展途上国以下なのに、この国の独裁者は「日本が世界の真ん中で輝いた年になった」という年末回顧、恐るべき自己愛(ナルシシズム)です。実際は、トランプの米国以外四面楚歌、萎縮する日本です。

かと もっとも「忍び寄るファシズム」は、日本だけの話ではありません。国際協調の崩れ、自国中心主義、移民・難民・外国人労働者の排斥は、いたるところで見られます。かつて冷戦崩壊時に夢見られた、グローバリズムによる越境の容易さと世界の平準化は、インターネットによるコミュニケーションの広域化に促されて世界平和へ進むかに見えましたが、実際には地球規模での多国籍企業による自然破壊と格差拡大、国民国家の再編と新たな国境の壁の構築でした。左右の全体主義と権威主義体制が終わって、「退屈な」自由と民主主義が広がるという「歴史の終焉」論もありましたが、宗教の違いや人種・民族問題が至る所で吹き出し、新たな対立と紛争、抑圧と抵抗、暴力と追放、そして戦争が日常化してきました。そして、それを統括する大国の指導者たちは、アメリカン・ファーストの大統領、EUから脱退するイギリス首相、強権的な中国とロシアのトップ、彼らの権力と統治技術に比べると、沈み行く日本の安倍晋三は、いかにも小物の貧弱な国家主義者にみえます。

かと かつて戦後西欧で、雇用と所得再分配を保障するケインズ主義的福祉国家は財政破綻をもたらしたとして「イギリス病」や「スウェーデン病」が叫ばれ、「小さくて強い政府」を掲げる英国サッチャー首相が登場したのが1979年、当時は、「鉄の女」の反共ポピュリズムと言われました。それが米国レーガン、西独コール、日本中曽根と広がったのが、1980年代でした。それから40年、新自由主義は、ソ連・東欧社会主義が自壊し、EUやアジアにも広がって、グローバリズムを牽引しました。同時に市場的自由競争、投機的マネーゲーム、私的自己責任の論理が世界に流され、中国やインドが国際社会のアクターとして台頭しました。科学技術の成果はグローバル企業の利益独占と核軍拡から宇宙へと広がった戦争準備につぎ込まれ、学術研究の世界もグローバルな人材確保競争と国家の産軍学協同推進の波に呑み込まれました。第二次次世界大戦後30年で西側に構築されたシステムが、その後の40年で新自由主義に再編されましたが、どうやらそのシステムも制度疲労が進み、内部矛盾が周辺部から吹き出しています。

かと 大国の市場と金融支配の競争の中で、東南アジアで、中東で、アフリカで、ラテンアメリカで、とりわけアメリカと中国の覇権競争に小国や地域が巻き込まれ、膨大な移民や難民が彷徨い、それがEU諸国や、新自由主義下でも福祉国家を保持した北欧諸国にまで流れ込みました。もともと移民国家として生まれた北米や豪州でも、既得権を奪われかねない下層の階級・階層からも、高い壁を作れという声があがります。40年前とは方向の違う、ナショナリズムと排外主義を動員したポピュリズムが新たな支配者を産み、ネオ・ナチ政党や極右政党が議会でも勢力を伸ばします。かつてのムッソリーニ、ヒトラー、東条=昭和天皇とは異なる形での、権力分立や選挙・議会を残してのファシズム化です。21世紀新自由主義下の独裁は、国軍の権威や直接的暴力を担保にしながらも、経済界の支持調達とメディア支配、プロパガンダと情報戦による対抗文化の周辺化・抹殺を特徴とするようです。もっともそれぞれの国情に応じて、一度は悲劇として、二度目は喜劇としての運命に終わらせる余地は、グローバル化をくぐった社会運動のネットワークと、インターネットの民衆メディアがある限りにおいて、残されていますが。

かと 日本が悲劇の国になるか、喜劇の国になるかは、2020年代の選択にかかります。1980年代に新自由主義の波に乗ったが、バブル崩壊と失われた30年で米中対立の狭間に沈没しつつある国が、国際社会の中で名誉を回復する道は、大きく二つあります。一つは、広島・長崎を経験した国として、核兵器の廃絶・違法化の先頭に立つこと、いま一つ、東日本大震災・福島原発事故の被災国として、度重なる地震・台風・風水害を過去も現在も幾度も繰り返してきた国として、地球的規模での温暖化・気候変動への対策、エネルギー転換、そのための科学技術転換、教育・学術研究への投資を率先して進めることです。その方向転換への障害となる、軍備拡張の対米従属や東アジア諸国への敵対とヘイトを改め、国内での格差と低賃金、女性・外国人労働者や沖縄への差別をなくしていくことです。初期ファシズム政権となった安倍晋三内閣は、当面の最大の国民的障害です。

かと トップページの月一回更新にあわせて、「ネチズンカレッジ」全体のカリキュラムを、組み替えました。一橋大学・早稲田大学での40年近い教職を勤め上げたのを機に、これまでの4年制大学・学士論文向けカリキュラムから、大学院修士課程・博士課程を想定した新総合カリキュラムで、専修コース、主題別分類を採りました。まだ参考文献、pptパワポ原稿 やyou tube 映像の追加等はこれからの暫定版ですが、おいおい進めていきます。なお、これまで「情報処理センター」として皆様にご愛顧頂いたリンクページは、グーグルやウィキペディアの精緻化、スマホ検索の普及を踏まえてトップページからは廃止し、情報学研究室に歴史的資料としてのみ、残しました。イマジンカレッジ日誌と共に、いわば本カレッジの公文書です。その代わりに、「今月のお勧め」として、個人的に参考になった書物・論文やTV番組、you tube映像等を、図書館書評ページや学術論文データベ ースとは別に、取り上げて紹介していきます。

かと [2020年1月のおすすめ] まずは本サイト・学術論文データベ ースの常連、神戸の弁護士深草徹さんの最近の寄稿「最近の日韓関係の危機の顛末と原因をつまびらかにし、その修復の道を論ずる」が加筆されて、市販の単行本になりました。『戦後最悪の日韓関係』というタイトルで、かもがわ出版から1月に刊行されます。世界の動きを、改めて人類史的に見るために、マルクス・ガブリエル、マイケル・ハート、ポール・メイソン『未来への大分岐ーー資本主義の終わりか、人間の終焉か?』(集英社新書)、編者・斎藤公平さんの発言を含め、考えるヒントが満載です。この間進めている、日本の科学技術と今日の大学・学問を考えるために読んでいる、谷川 建司、須藤 遙子『対米従属の起源 「1959年米機密文書」を読む』(大月書店)と志垣民郎『内閣調査室秘録ーー戦後思想を動かした男』(文春新書)、共に2019年の刊行ですが、前者は米国 USIS(広報文化交流局)の1950年代日本文化工作、後者は内閣調査室の1960年代日本知識人・学界工作を、実名入り第一次資料で明らかにする重要文献です。you tube を二本、共に今、香港民主化運動のなかで歌われている、「香港に栄光あれ」と「世情」ーー後者はもともと、日本の中島みゆきの名曲でシュプレヒコールが出てきます。

かと 2020年も、新装「ネチズンカレッジ」をよろしく。

中曽根康弘は没して、新自由主義日本を残した!

2019.12.1 かと元首相・中曽根康弘が亡くなりました。享年101歳、大往生でした。<功成り名遂げた>政治家の死に、マスコミは「強力なリーダーシップ」「世界の指導者と渡り合った」「ロン・ヤス関係で強固な日米同盟」「風見鶏は現実主義者の愛称」、果ては「彼こそ平和主義者だった」と惜別の辞。20世紀の政治経済を長く見てきたものとしては、大いなる違和感です。中曽根康弘は、1980年代に、日本の政治経済の基本構造を大きく変えました。一言で言えば、日本における新自由主義政策の導入であり、一時はバブル経済で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと浮かれましたが、90年代以降の「失われた30年」、今日の悲惨な日本衰退・頽廃への舵取り役となりました。もともとイギリスのサッチャー首相が始めた新自由主義を、アメリカのレーガン大統領、西ドイツのコール首相とともに、世界的な新自由主義グローバライゼーションへと牽引しました。「小さな政府」を掲げた臨調行革、国鉄・電電民営化は、その重要な一環でした。世界的に見れば、第二次世界大戦後のケインズ主義的福祉国家から、今日の市場礼賛・拝跪の新自由主義国家への、転換点に位置する政治家でした。

かと 中曽根康弘は、もともと戦時の内務省官僚でした。戦後は「青年将校」として保守政党を渡り歩き、日本国憲法改正・自主憲法制定の志向(憲法改正の歌!)を、米国の政治家たちにも隠さず、それを「戦後政治の総決算」と称しました。それは、一方で日本の国力の再建をめざし、天皇制に執着して靖国神社に公式参拝したり、防衛費の対GNP1%枠突破など、自衛隊の増強と国家主義教育を推進しました。他方で日本を「不沈空母」にすると公言したのは、西側同盟の一翼として米軍と「核の傘」に従い、経済政策も米国との調整で「一等国」になりあがろうとする、対米追随ナショナリズムでした。強烈な反共意識を持ち、国鉄民営化で総評型労働運動を衰弱させ、「プラザ合意」のようなドル基軸の国際協調には積極的に応じました。その西側資本主義全体の新自由主義再編圧力が、ソ連東欧の現存社会主義崩壊と「自由市場」参入の背景となり、欧州の「短い20世紀」の終焉を見届けました。渡辺恒雄・読売新聞主筆と組んだ露骨なメディア利用、自分に近い学者・文化人を呼んでの審議会政治でも、名を馳せました。今日のメディア翼賛化の先駆けです。

かと その国家主義と新自由主義の接点で、中曽根康弘は日本の核・原子力政策を主導し、牽引し、遂には福島原発事故の遠因を作りました。米国訪問で原子力の威力を知り、キッシンジャーの講義で権力均衡論と核抑止論を学んだ中曽根は、1954年3月、第五福竜丸ビキニ水爆被爆とほぼ同時に、「原子力の平和利用」の名目で、学界の反対を押し切り原子力予算を通過させ、議員立法で原子力基本法を作り、CIAエージェントで読売新聞社主の正力松太郎を担いで56年原子力委員会と科学技術庁を発足させました。これが、日本の原発の出発点になりましたが、当時の国会答弁等では、原発があれば「いつでも自前の原爆を持てる」とも公言していました。その後の科学技術庁長官、防衛庁長官、通産大臣等の閣僚歴は、日本の核政策・エネルギー政策の中枢で、地震に弱く狭い国土に原発を林立させ、同時に、アメリカの「核の傘」のもとでも原発=「潜在的核保有」を持続し肥大させるものでした。マスコミはあまり触れませんが、中曽根首相時代に、核燃サイクル用プルトニウム保有を認めさせる対米交渉が進展し、88年日米原子力協定に特例が書き込まれました。それらの中曽根核政策のつけが、多発した原発事故であり、3.11以後も再生エネルギーへの転換ができぬまま原発再稼働を許し、核兵器禁止条約に加わることもできない、今日の日本を形作りました。中曽根風「大統領型首相」を、うわべだけファッションとして受け継いだ軽薄な安倍晋三は、9月の国連気候変動サミットでは「美しい演説よりも具体的計画を」と演説を断られ、来日したローマ教皇から核政策をたしなめられる醜態を演じました。中曽根死すとも、中曽根流新自由主義・核政策は死なず、です。

かと 香港市民の民主主義、隠蔽と嘘に満ちた「桜を見る会」私物化など、時局的には触れたい問題が多々ありますが、この間のパソコン不調、更新トラブル、それに早稲田大学定年退職後2年の年齢と体調を考え、本サイトでの発言は、今回更新の「中曽根政治」のような、歴史的・大局的問題に絞り、全体をデータベース中心に切り替えていこうと思います。当面月2回だった更新を1回に減らし、過去の論文ばかりでなく、講演記録やパワポ資料もpdfやpptで保存し、「ネチズンカレッジ」カリキュラムを、きめ細かく再編成します。各種書評や、ゾルゲ事件・731部隊等も、イシューごとでまとめることを、計画しています。そのために、12月15日更新はパスし、次回更新は、新年1月1日の模様がえをめざします。常連の皆様には、ご不便をおかけしますが、ご容赦・ご期待ください。

11月9日は「ベルリンの壁」開放30年ですが…

 

2019.11.16 かと 昨日まで京都、ホテルは半分以上が外国人客で、夏からの足痛に加え、人混みの中で風邪気味。寺社めぐりはパスして帰京。コンピュータ不調もありますが、本格更新は断念します。もっとも国費での神道儀式と、「さくらを見る会」の公私混同・公金私消、外では香港の学生たちへの警察の横暴で、世界と日本の「ファシズム化」基調は続き、言論空間の「1984年化」は一層強まっています。

2019.11.1 かと 11月9日は、「ベルリンの壁」開放30年です。「崩壊」とするのが普通ですが、ここでは故西川正雄さんに従います。30年前の1989年、日本では、年初に皇位継承・改元があり、4月に消費税がスタートしました。春は中国の民主化運動が高揚し、5月の天安門広場は100万人のデモにまで広がりましたが、6月4日に戦車が出動して弾圧されました。その頃にはすでに、ポーランドやハンガリーの民主化が進んでおり、チェコから東ドイツでもソ連のペレストロイカに呼応した市民の動きが活発になり、11月9日の「ベルリンの壁」開放を導きました。すぐにチェコの「ビロード革命」が続き、年末には不可能と思われたルーマニアのチャウシェスク独裁打倒となりました。当時私は、「東欧の連鎖的市民革命」と名付けたものでした。東西冷戦が終わり、ソ連国家そのものがなくなりました。エリック・ホブズボームは、「短い20世紀」の終わりと特徴付けました。それは、21世紀の民主主義に希望を与えるものでした。この間、コミンテルン創立100年や大学闘争50周年の集いの誘いも受けましたが、私にとっては20世紀最大の「事件」でした。それは今日でも、香港や韓国の若者たちの声、地球温暖化に対する環境運動や格差に反対する社会運動に引き継がれています。

かと  それから30年、『思想』10月号が特集を組んでいるくらいで、日本では大きな催しはないようです。世界的にもそうで、キャロル・グラックは「希望の大半は打ち砕かれました」といいます。東欧諸国の現在は不安定です。「ベルリンの壁」を開放した民主化運動のリーダーの中から、一部はイスラム系移民反対の右派ポピュリストも出てきたといいます。一体、何があったのでしょうか。東欧革命は、それまでの共産党独裁、民主集中制型の国家・社会組織を「フォーラム型の民主主義」で打倒し、自由と民主主義の政治を求めました。冷戦の崩壊は、世界を一つにするグローバル化を促しました。しかし、そのグルーバリゼーションは、アメリカ主導で進みました。「小さな政府」「民営化」の名で公共政策が縮減され、私的競争と自己責任を奨励する新自由主義型資本主義が、世界に広がりました。インターネットの普及と「移動の自由」が結びつき、EUのような地域統合は進みましたが、やがて域内外での格差拡大と移民・難民・外国人労働者流入で、「市民」たちが分解し、既得権益を守ろうとする新たな「壁」が作られるようになりました。

かと 民主主義への懐疑が広がり、「強い指導者」が求められて、国によっては旧体制の中堅幹部だったエリート層が、私有化・民営化された企業の経営者になって政治権力をも奪回するようになりました。旧東欧に限らず、アメリカのトランプ大統領、イギリスのBrexit等々、各国政治の内部にも、大きな亀裂が走っています。しかも21世紀に入ると、民主化は抑えつけながら、市場的自由化で「世界の工場」になった中国をはじめ、アジアや中南米諸国 が世界市場に参入し、国際政治におけるアメリカ覇権の衰退と中東・アフリカ諸国の台頭とあわせ、不安定要因が拡大しました。東欧革命の条件を作った旧ソ連のペレストロイカは、ゴルバチョフによる情報公開のグラースノスチと、階級的問題よりも地球的・人類的課題を優先する「新思考」を伴っていましたが、当時の二大課題であった核戦争と環境問題は宇宙戦争と気候変動の問題にまで深化し、将来世代に、重くのしかかっています。それなのに「ファシズムの初期症候」は、世界中に溢れています。

かと その中での日本の変貌は、劇的です。1989年の日本は、バブル経済のさなかでした。当時、「東欧革命の日本的受容」という論文に書きましたが、長期の自民党政権のもとで、ハワイのホテルやニューヨークの高層ビルが日本資本に買収され、「24時間たたかえますか」というコマーシャルソングが流行っていました。世界市場が広がったとして、「今やわれわれは、とてつもないビジネスチャンスを迎えている」という大言壮語さえきかれました。それが、頂点でした。まもなくバブル経済が崩壊し、政治の「55年体制」も終わりを告げ、阪神大震災とオウム真理教事件を境に、21世紀の衰退の予兆が広がりました。そしてそれが、「失われた30年」へと連なりました。近年の世界経済の中での存在感喪失、内向きのナショナリズム、安倍ファシスト政権の長期化は、アメリカのみに頼って中東や中国の行方を読めず、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」に酔い奢っていた国の、落日の帰結なのです。東日本大震災も福島原発事故もなかったかのように「復興オリンピック」に興じ、気候変動による大きな住民被害には後手後手で閣僚ポスト分配の内閣改造を強行、旧植民地の隣国への排外主義的差別外交・経済制裁で韓国の法相辞任を嗤っているうちに、自国の経産相と法相のスキャンダル辞任。極めつけが、神話と神道儀式にもとづく「象徴天皇」代替わり儀式の最中に、もともと独立国であった琉球王朝の「象徴」首里城炎上の悲劇。「国民に寄り添って」の「国民」には、沖縄は入っていませんでした。米軍基地を押しつけられ、幾度もの選挙で辺野古基地反対の民意を示してきた沖縄県民の怒りと嘆きは、いかばかりでしょうか。1989年からの日本的30年は、メディアを統制して言論の自由を窒息させ、小選挙区制で自民党支配を復活させて、科学も教育もわからぬ文部科学大臣が教育勅語を奉じる、世界から見ても異様な国に成り下がった姿です。

かと コンピュータの不調と更新ソフトの不具合が重なり、今回も1日遅れです。11月1日は、本サイトが一時アクセス不能になったようです。一橋大学・早稲田大学の退職を機に、そろそろ時局サイトからデータベースサイトへの切り替えを考えています。私の11月9日は、ベルリンの壁開放30周年ではなく、ゾルゲ・尾崎秀実処刑75周年のゾルゲ事件講演になります。もともと10月12日に予定されていたものが台風で延期になり、11月9日午後2時、早稲田大学11号館8階819教室に変更されたインテリジェンス研究所・20世紀メディア研究所共催第29回諜報研究会です。鈴木規夫 (愛知大学教授) 「ゾルゲ事件への英国流視角ーーC・アンドリューの新著『秘密の世界:インテリジェンスの歴史』から」と共に、私が 「ゾルゲ事件研究の新段階ーー思想検事太田耐造と特高警察、天皇上奏、報道統制」を報告します。報告資料はできていましたので、ここに入れておきます。この報告は、昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられてきた国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした最新の編著『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)をもとにしたものです。すでに1・2巻は発売され、全巻のカタログも公開されています。ただし個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第1巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」も公開しておきます。ただし、第29回諜報研究会参加希望者は、「お名前と懇親会参加希望の有無を明記の上、npointelligence@gmail.comまでご連絡ください」とのことです。 もう一つの現在の研究テーマ、「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の731部隊についての記念講演は、you tube に入っています。その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」は、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。ご笑覧ください。11月14日(木)夕方には、京都大学人文科学研究所創立90周年記念公開セミナー「京大人文研と社会運動史研究」に出席します。

How Dare You!  原子力ムラの歴史的犯罪にメスを!

2019.10.9かと 緊急のお知らせです。ゾルゲ事件について、10月12日(土)午後、早稲田大学で予定されていたインテリジェンス研究所・20世紀メディア研究所共催の第29回諜報研究会は、台風19号直撃の可能性があるため、11月9日(土)に変更・延期となりました。緊急事態であり、11月はゾルゲ・尾崎秀実処刑75周年にあたりますので、ご了解ください。会場・時間等は、インテリジェンス研究所でご確認ください。

2019.10.15かと  10月12日の土曜日から13日日曜日は、超大型の台風19号の襲来で、甚大な被害を出しました。特に豪雨による河川の氾濫、堤防決壊で、広範囲の人的・物的被害が出ました。明らかに気候変動が作用しています。現在進行形ですが、住まいを失った方々、停電・断水で困っている方々、被災者の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。それなのに、自民党の二階幹事長は早々と「まずまずに収まった」といいました。本音でしょう。10月9日に吉野博士のノーベル化学賞受賞を祝っていた首相官邸メールマガジンは、10月13日になって関係閣僚会議と自衛隊の救援活動、それにラグビー日本代表の「勇姿」を宣伝、その間の10日から12日に安倍首相は何をしていたのかと「首相動静」を見ると、11日は夕方、北村滋国家安全保障局長、今井尚哉首相補佐官、秋葉剛男外務事務次官と20分ほど会った上で、東京・有楽町のフランス料理店「アピシウス」。谷内正太郎前国家安全保障局長、山内昌之東大名誉教授、辻慎吾森ビル社長らと3時間の優雅な食事です。以後は、12日も丸々「終日、公邸で過ごす」。13日も、午後4時に「台風19号非常災害対策本部」を1時間ほど開いただけで「5時34分、東京・富ケ谷の自宅」です。9月国連でのグレタ・トゥーンベリさんのスピーチを援用すれば、"How dare you! (よくもそんなことできたわね)"です。

かと ようやく始まった国会答弁を含め、なんとも緊張感のない、脳天気な首相です。10日のノーベル文学賞発表を「ノーベル文学賞は外国人に「日本人ではありませんでした」と報じて世界の笑いものになった共同通信をはじめ、メディアを抑え込んでいるから大丈夫、という驕りがみられます。そのマス・メディアは、韓国政治の内情報道には熱心ですが、関西電力の黒い闇、原子力ムラの構造汚職の本格的解明には、取り組みません。台風報道でも、福島での放射性物質を含む廃棄物を詰めた黒い袋の古道川への流出は、小さく報じられるだけです。国民の「知る権利」は、テレビをみられず電話も通じない被災者ばかりでなく、辛うじて被災をまねがれた人々にとっても、大きく制限され、統制されています。日韓問題については、学術論文データベ ースへの神戸の弁護士ka深草徹さんの久しぶりの寄稿「最近の日韓関係の危機の顛末と原因をつまびらかにし、その修復の道を論ずる」をアップしますので、熟慮を。

かと 東京でも、多摩川からは遠い自宅でも、万が一に備え、12日に予定されていたゾルゲ事件の講演が11月9日に延期になったのを機に、ハザードマップと飲料水・懐中電灯・非常食などの点検・準備。豪雨で閉じこもった自宅で、Mac の新OS、Catalina 10.15が出たというので、時間のかかるアップデートも。ところがこれが、ミニ台風ばりの大失敗。これまでのMojave 10.14で使っていた基本ソフトのいくつかが、使えなくなりました。このHPをつくっていたソフトもその一つで、あわててアップデートは1台で中止。Mac Book Air の方はそのままにして、古いソフトでの小さな画面による更新に切り替えました。ネットで確かめると、同じような不具合・不便や問題の指摘が報告されています。新しいものに飛びつくよりも、周辺機器やソフトの起こりうる問題をチェックしてからにしましょう。マック族の皆さんは、ご注意を。19日(土)午後、東京駒込での「日本の核開発」講演は予定通りですが、更新ソフトの不具合で今回はこの程度にとどめ、以下に、前回更新の長文をそのまま掲載しておきます。

 

改めて原子力ムラの歴史的犯罪とその背景にメスを!

2019.10.9かと 緊急のお知らせです。ゾルゲ事件について、10月12日(土)午後、早稲田大学で予定されていたインテリジェンス研究所・20世紀メディア研究所共催の第29回諜報研究会は、台風19号直撃の可能性があるため、11月9日(土)に変更・延期となりました。緊急事態であり、11月はゾルゲ・尾崎秀実処刑75周年にあたりますので、ご了解ください。会場・時間等は、インテリジェンス研究所でご確認ください。

2019.10.1 かと 前回安倍内閣改造をチェックしたローレンス・ブリット「14のファシズムの初期症候」には、「人権の軽視」「団結のための敵国づくり」「マスメディアのコントロール」「身びいきの横行と腐敗」に加えて、「企業の保護」「労働者の抑圧」という経済的指標がありました。そこに、とんでもないニュースが飛び込んできました。今日の政治情勢の発端となった2011年3月日東日本大震災・大津波・福島第一原発メルトダウンに関わる二つの問題。本来とっくに塀の中にいるべき事故当時の東京電力旧経営陣に対する業務上過失致死罪での東京地裁判決は「無罪」。「巨大津波を予見できなかった」という、幾度も繰り返されてきた東電側の弁明が、裁判所によって認められました。安全担当の勇気ある労働者が、事故の三年前に「最大津波15.7メートル」という予測値が東電経営陣に提示されていたと証言したにもかかわらず。その判決の10日後には、 東電に代わって原発再稼働の中心になってきた関西電力のスキャンダル発覚。関西電力の社長・会長等役員20人が、高浜原子力発電所が立地する福井県高浜町の原発推進派元助役(今年3月に90歳で死去)から、3.11後に計3億2千万円相当を受領していたという汚職・背任・原発マネー疑獄です。全容解明はこれからですが、関電は3.11後に2度も電力料金を値上げして消費者にしわ寄せしながら、その経営陣は、安全対策名目の原発関連工事の受注先から「地元のドン」を通じて、個々の役員の個人銀行口座まで知らせて、マネーを環流していたことになります。すでに関電会長は、この構図が3.11前から行われていたと認めていますが、もともと3.11後の反原発・脱原発の運動が、原発立地段階からずっと続いていた「原子力ムラ」の構造として指摘し告発してきた問題の氷山の一角が、たまたま税務調査でオモテに出たものです。東電とフクシマの関係も、再チェックが必要です。あいだに政治家や御用学者が介在しないかどうかを含め、すべての電力会社について、徹底解明すべき問題です。

かと 労働者・庶民の経済生活の環境は最悪なのに、今日から消費税 10%、テレビが報じるのは、5円・10円の値上げからいかに逃れるかのポイント還元など「生活の知恵」ばかり、日経新聞によれば、「ニンジンの皮もおいしく! 増税に勝つ食べ切り術」だとか。なぜ消費税が必要なのか、それは本当に社会保障や年金・医療に使われるのかの議論は、ほとんどありません。他方で安倍首相は、千葉の台風被害長期化・停電断水を斜めに見たまま、恒例9月国連総会へ。現代のファシズム化の指標には、第15番目として、「自然環境と国民に対する科学技術による操作と支配」を加えるべきでしょう。グレタ・トゥーンベリさんのスピーチと、世界160ヵ国400万人の若者のデモでもっとも注目された気候変動サミットには、安倍首相は出席できませんでした。石炭火力の大量使用で地球温暖化の元凶とされ、BBCによれば、日本とオーストラリアの首相は、出席も認められませんでした。かといって、福島原発事故の「前科」がありますから、「再稼働した原子力はクリーンで安全」と開き直ることもできません。国連総会での首相演説は、聴衆もまばらの閑古鳥、「令和」の新元号など無内容な話ですから、関心も持たれません。まだ韓国文大統領の南北国境線非武装化構想の方が、国連演説にふさわしいものでした。イランと北朝鮮の核問題でも、仲介どころか期待もされませんでした。そして、日本の公共放送では「Win-Win」と唯一の「成果」のはずの日米貿易協定締結も、アメリカ側の発表によれば、「自動車のために農産物やデジタルを差し出した日本」という不平等条約です。

かと 国際社会での存在感喪失と日本経済の長期の衰退・沈没は、いつまで続くのでしょうか。国際的には韓国批判に典型的な排外的「強情なナショナリズム」、国内的には「軍事の優先」「国家の治安に対する執着」が強まるでしょう。それを読み解くヒントのいくつかを、今夏の読書から。一つは、日本の核兵器保有への環境作りが、着々と進んでいるらしいこと。志垣民郎『内閣調査室秘録』(文春新書)岸俊光『核武装と知識人ーー内閣調査室でつくられた非核政策』(勁草書房)は、1960年代後半の佐藤栄作内閣が、中国核実験核拡散防止条約(NPT) に対抗して自主的核開発を秘かに検討し、そのため当時の内閣調査室は、「現実主義」知識人・科学者127人を「委託研究」名目の資金援助等で組織化していたことを、明らかにしました。ちょうど「原子力の平和利用」による原発稼働開始期でもあり、「核兵器製造の経済的・技術的ポテンシャル保持」を決めた上で、当面「アメリカの核の傘」に入ることを柱にした「核4政策」を採りました。その一部として「非核3原則」を作って沖縄返還を実現し、佐藤栄作のノーベル平和賞受賞に導きましたが、その裏では、内調御用達学者の中核にいた若泉敬を使った沖縄核密約を結んでいました。『内閣調査室秘録』では、その127人の実名入りで、核政策の内調主導での継続、3.11後も「国策」として原発を持ち続ける背景が示唆されています。つまり、原発は「潜在的核兵器」で、原爆保有と原発推進は、早くから日本の核政策の両輪でした。東電や関電は、その国策のエンジンであり、その膨大な利権に寄生する地域・企業・政治家・学者・メディアを育成してきました。

かと もう一冊、ロバート・ウィルコックス『成功していた日本の原爆実験ーー隠蔽された核開発史』が、ついに翻訳され、日本語訳が出ました(勉誠出版)。「ついに」というのは、広島・長崎原爆の直後、昭和天皇「玉音放送」直前の1945年8月12日、日本軍は朝鮮興南の日本窒素(後の水俣病のチッソ)で秘かに核開発を成功させ核実験を行った、という、アメリカでは1946年以来繰り返し現れるフェイクニュース・陰謀史観の日本上陸だからです。米国政府の否定やジョン・ダワー等の学術的批判にもかかわらず、こうしたトンデモ本が出るのは、米国国内では、マンハッタン計画による原爆製造を正当化し、戦時日本の核技術と朝鮮北部のウラン鉱石が戦後ソ連の核開発に連なり、ひいては北朝鮮の核保有につながった、という陰謀説を導くためでした。日本でも、時々ニュースになりましたが、学術的には、ほとんど相手にされませんでした。私は、今年2月の講演で、こうしたトンデモ本が繰り返し現れる「米国の神話」を批判しましたが、日本語版翻訳者たちは、歴史的事実と考え現代日本でも核を作れるという根拠の一つ、日本核武装論の世論作りに使うつもりのようです。こうした日本の核開発については、拙著『日本の社会主義ー原爆反対・原発推進の論理』(岩波書店、2013年)で一部述べ、you tube の講演もありますが、10月19日(土)午後、東京駒込で「日本の核開発ーー原爆反対・原発推進の論理」と題して講演します。この問題に関心のある方はどうぞ。
かと 核政策も、対中・対韓政策も、憲法改正をめざす現代のファシスト・安倍晋三にとっては、「国体護持」の一環です。官邸主導のメディア操作と統制、言論の不自由、文化の萎縮、人権意識の後退は、多くの人々が指摘しています。治安維持法研究の内田博文教授は、「改憲すれば戦時体制完成 今は『昭和3年』と酷似」という談話を、毎日新聞に寄せています。昭和3年=1928年とは、第一回普通選挙結果を踏まえ、25年制定の治安維持法に、共産党を念頭に置いた「国体の変革及び私有財産の否定」に「結社の目的の為にする行為」=目的遂行罪を加えて、労働運動・学生運動・女性運動から文化サークルまであらゆる疑わしい団体を監視し検挙しうるようにし、最高刑に死刑を加えて厳罰を課す、緊急勅令による治安維持法「改正」がなされた年です。この間、特定秘密保護法組織的犯罪処罰法改正による共謀罪に反対しながら成立を許してきた法学者の危惧は、当然のことです。しかし私は、「ファシズムの初期症候」が「中期」に入ったと前回指摘した立場から、満州事変につながる1928年よりも、むしろ日中戦争から「紀元2600年」=1940年につながる1930年代後半の日本の国内体制に、相似性を見ます。国際社会から孤立して、「いだてん」が描く40年東京オリンピックは「返上」され、同じ年に決まっていた東京万国博覧会は「無期延期」となりました。治安維持法でいえば、28年改正よりもさらに徹底した1941年改正ーー「予防拘禁」が入り「国防保安法」制定とセットになったーーの、戦争前夜を想起します。当時の日独同盟は、いまや日米同盟に変わっていますが。前回更新で新内閣の「マスメディアのコントロール」の元凶として挙げた、「官邸のアイヒマン」こと北村滋内閣情報官国家安全保障局(NSS)局長への登用を調べてみて、ちょうどゾルゲ事件時に治安維持法41年改正、国防保安法制定に関わった思想検事・太田耐造の影を見出しました。

かと その直接の典拠は、高級警察官僚北村滋が内閣情報官時代に書いた「外事警察史素描」という論文を、『講座警察法』第3巻(立花書房、2014年)という、地味な専門書中に見出したことです。ちょうど特定秘密保護法制定国家安全保障会議成立の時期に書かれ、どうやら「国益・国策護持の安全保障」を基軸にした現代的法体系を構想しているようです。その高等安倍ブレーンが、日本版NSC=NSS局長に上り詰めたのです。この問題については、10月12日(土)午後2時から、早稲田大学3号館5階502教室で開かれるインテリジェンス研究所・20世紀メディア研究所共催の第29回諜報研究会で、報告する予定です。鈴木規夫 (愛知大学教授) 「ゾルゲ事件への英国流視角ーーC・アンドリューの新著『秘密の世界:インテリジェンスの歴史』から」と共に、私が 「ゾルゲ事件研究の新段階ーー思想検事太田耐造と特高警察、天皇上奏、報道統制」を報告する際に、イントロとします。報告資料はできましたので、ここに入れておきます。無論、この報告は、昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられてきた国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした最新の編著『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)をもとにしたものです。すでに1・2巻は発売され、全巻のカタログも公開されています。ただし個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第1巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」も公開しておきます。ただし、第29回諜報研究会参加希望者は、「お名前と懇親会参加希望の有無を明記の上、npointelligence@gmail.comまでご連絡ください。 準備の関係上、10月9日(水)を締切とさせていただきます」とのことです。 もう一つの現在の研究テーマ、「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の731部隊についての記念講演は、you tube に入っています。その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」は、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。ご笑覧ください。

中期症候に入った日本のファシズム化

2019.9.15かと「人権の軽視」 台風15号による千葉県や新島の被害は、深刻です。家屋や田畑が破壊され、電気が通ぜず、水道もエアコンも使えず、電話もスマホも不通。一人暮らしの老人に助けも届かず、孤独死が増えそうです。商店ばかりか、病院も学校も開けず。今月27日まで電気が復旧できない地域も。多くの人のいのちとくらしが、内閣改造イベントの裏側で、見捨てられました。東電は、福島第一原発事故後の経営再建を電柱・配電維持費等のコストダウンで進めてきて、電柱の倒壊や倒木による復旧工事の要員不足でお手上げ、政府も千葉県も、当初対策本部さえ作りませんでした。台風後の首相や政治家の対応を追うと、 この国の政治が、いかに人命と人権をおろそかにし、老人やこどものくらしに無関心であったかがわかります。

かと「団結のための敵国づくり」 安倍首相は、プーチン大統領との27回目の会談を終えたところで、首都圏直撃台風に遭遇しました。「ウラジミール」への最大限のおべっかを使ったにもかかわらず、北方領土問題では全く進展できず、ロシア側はスターリン時代にまで立論を遡る、醜態外交でした。対米・対中外交もうまくいかず、「外交の安倍」を演出するには、隣国韓国を「約束を守らない」「無礼」な敵国に仕立て上げ、徴用工請求権問題・慰安婦問題から経済制裁・安全保障にまでエスカレートして、反韓・嫌韓世論を煽り続けました。台風下での組閣では、「無礼」な外相を防衛大臣に横滑りさせ、FTA交渉と余剰とうもろこし買付で対米忠誠度を示した前経済再生相を外相に、「対韓最強タッグ」となるとか。かつての植民地、朝鮮半島の民族統一への流れを阻止するために、戦後の歴史教育では未だに払拭できない宗主国感覚・差別意識を掘り起こし、侵略の象徴「旭日旗」を国際舞台でも復活させる算段です。

かと「マスメディアのコントロール」 そうした排外ナショナリズム高揚=嫌韓世論づくりを演出したのは、内閣府と首相官邸でした。この夏の日本における韓国バッシング報道は、戦時大本営発表にいたる内務省・司法省の思想統制を想起させる、新聞雑誌・テレビ・インターネット総動員体制でした。その総元締めであった「影の総理」今井首相秘書官は留任し、「官邸のアイヒマン」北村内閣情報官国家安全保障局(NSS)の局長へと上り詰めました。ジャーナリズムの魂をほとんど喪失したテレビ・メディアは、千葉県や新島の甚大災害報道には役立たず、韓国バッシングから内閣改造の目玉・環境相の芸能ニュース風追っかけに終始しました。首相に近いメディア幹部が定期的に「裸の王様」と会食し、政府批判の報道が次々とスポイルされ消えていきます。国境なき記者団が毎年発表する「言論の自由度ランキング」で、2019年は日本はG7最下位の67位、この夏日本のメディアが嗤いとばした韓国は41位でアジア最高、「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」展示中止で、この国の言論の自由度は、世界に嗤われ軽蔑されるものとなりました。

かと「身びいきの横行と腐敗」 おまけに内閣に入ったのは、ご存じ日本会議系「オトモダチ」と、派閥推薦の待機組。韓国法相任命の「身体検査」を面白おかしく報じてきたのに、とっくに解任されるべきだった財務相は留任で、日本会議国会議員懇談会幹事長がなぜか「一億総活躍担当」大臣で沖縄・北方領土担当を兼任、文部科学大臣は、かのモリカケ問題で名を馳せた教育勅語信奉者、セクハラ・パワハラからヘイトスピーチ、「反社会的勢力」がらみの金銭スキャンダル関係者まで、まともな大臣を見つけるのに苦労する腐敗と差別主義者のオンパレードです。そういえば、首相自身が昨夏は西日本豪雨の最中にゴルフ三昧、その前の7月豪雨のさいに「赤坂自民亭」写真をツイッターに投稿した張本人が、経済再生担当大臣で初入閣というブラック。懲りない知性なき面々の、厚顔無恥内閣です。

かとと、ここまで書いてきたのは、本サイトが長く掲げるローレンス・ブリット「14のファシズムの初期症候」による安倍新内閣の項目別チェック。「国家の治安に対する執着」「軍事の優先」「企業の保護」など、いくらでも診断できます。問題は、ここまで長く続き、反対意見や弱者の人権が無視され続けると、これはもはや「初期症候」ではなく、中期から完成期へのファシズムの行進ではないか、ということ。消費増税を控えて、日本経済の衰退はいっそう進みます。今年は秋の神道儀礼を含む「宗教と政治の癒着」が続き、「学問と芸術の軽視」「強情なナショナリズム」が、来年のオリンピックに向けて、いっそう強まりそうです。そればかりではありません。新内閣の第一の役割は、当面の災害対策でも、世論の求める景気回復や社会政策でもなく、世論調査ではほとんど期待のない「改憲」だと、「裸の王様」は公言しています。こういう言論状況・強圧政治を、どこかでストップさせなければなりません。韓国朴槿恵政権打倒のキャンドル・デモでは、『これが国か』というプロテスト・ソングが、100万人によって歌われました。いま香港の自由を求める人々は、「願栄光帰香港(香港に再び栄光あれ)」という歌で、抵抗を続けていますyou tube にありますが格調高いプロテスト・ソングです。ファシズムに抗するには、反ファシズムの文化と運動が必要です。

かと 夏に松谷みよ子『屋根裏部屋の秘密』(偕成社、1988年)を読みました。こども向けの童話ですが、731部隊の隊員だった「祖父たちが償おうとしなかった罪を、孫の世代が引き受ける物語」です。関東大震災時の朝鮮人虐殺でも、広島・長崎原爆時の朝鮮人被爆者でもいいです。このような歴史認識が、被害者だった韓国・中国では引き継がれ、加害国日本では忘れ去られようとしていることこそ、韓国や香港から学ぶべきです。「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の731部隊についての記念講演は、you tube に入っています。その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられてきた、国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした私の最新の編纂書『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)が発売されました。カタログが公開されています。個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第一巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」を公開します。関心のある方は、これをご覧のうえ、大学図書館・公共図書館等に購入希望を出して頂けると幸いです。

香港や韓国は「対岸の火事」か?

2019.9.1かと   いま地球は、病んでいます。異常気象はグローバルに進んで、熱波や温暖化、それに台風やハリケーンの膨大な被害者を産み出しています。そこに、アマゾン開発・森林伐採による熱帯雨林の大火、プラスチックゴミによる海洋生態系の変化。本来地球全体で扱うべき問題が、なかなか前に進みません。核兵器の問題は、地球的課題の最たるものですが、核廃絶は一進一退です。一方で核兵器禁止条約国連総会で採択され、署名国・批准国も着々と増えているのに、米国をはじめとする核大国は反対しています。トランプ米大統領は、逆に冷戦崩壊時の緊張緩和の象徴だった中距離核戦力(INF)全廃条約を廃棄し、「宇宙統合軍」を正式に発足、使える核兵器」に前のめりです。デンマークの自治政府がある戦略的要地グリーンランドを、マネーの力で購入したいと公言し、中東や中南米から北欧まで紛争の火種を拡げようとしています。トランプの「最も親しい友人」を公言する日本国安倍政権は、「唯一の被爆国」でも核兵器禁止条約に背を向け、広島・長崎市長・被爆者からも抗議される始末。アメリカの「宇宙軍」設置にあわせて自衛隊「宇宙領域専門部隊」を設ける従属ぶり。米国製兵器ばかりでなく、中国に輸出できなくなった米国産余剰トウモロコシも満額購入。この間のG20、G7サミットでも米国の自国中心主義・国際協調破壊をいさめるどころか、もっぱら米国の忠犬に徹しています。グローバルに重要なのは、核兵器禁止条約を国連で通過させた力、ブラジルで「自国のトランプ」に抗議する民衆香港で「民主主義の空気」を死守しようとする市民の抵抗、そして韓国で、日本の安倍政権の不当な歴史認識や経済制裁についてばかりでなく、自国権力の腐敗や民主主義破壊にも声をあげて行動する人々と、連帯することです。残念ながら、香港に似た言論状況下にある日本のメディアと世論は、「引きこもり国家」「自警団国家」の様相ですが。

かと  第二次世界大戦後、国際舞台での米国に忠実な従属国は、日本だけではありませんでした、東アジアの冷戦では、中国に対立する台湾、北朝鮮に対する韓国が、かつて台湾と朝鮮半島を植民地としてきた帝国日本と共に、ソ連・中国共産主義に対抗する西側資本主義の反共防衛線でした。ただしアメリカは、ヨーロッパのようにNATO(北大西洋条約機構)という多国間軍事同盟を作らず、多角的ネットワークになりました。朝鮮戦争のさなか、サンフランシスコ講和条約でようやく独立した日本は、同時に日米安保条約を結んで、1952年から米軍基地を恒久化しました。1950年の米韓軍事協定にもかかわらず朝鮮戦争の戦場となった韓国との間には、53年の休戦協定を受けて、米韓相互防衛条約が結ばれました。台湾との間には、54年に米華相互防衛条約が個別に結ばれ、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランド等を含む同年の東南アジア条約機構(SEATO)と合わせて、米国によるアジア太平洋反共包囲網がつくられます。しかし、日本は多くの国に対する加害者・侵略者でしたから、同じアメリカ核軍事力の傘のもとで共産主義と対抗していても、日本とそれぞれの国との関係は、賠償・経済援助を通じて個別に再構築せざるを 得ませんでした。インドネシア等東南アジア諸国への賠償は50年代後半に進められましたが、米国にとっての安全保障上きわめて重要な日韓両国は、1952年から7次の日韓会談を経て、1965年にようやく基本条約が結ばれました。李承晩ラインと漁業権、竹島問題、韓国併合の問題などは幾度も議論され、韓国でばかりでなく日本においても激しい反対運動がありました。

かと 私自身の生まれて初めて参加したデモは、大学入学直後の日韓条約反対闘争でした。「朴正煕軍事独裁政権と日本の保守支配層のヤミ取引」というのが当時の反対の論理で、野党ばかりでなく学生たちの多くも、そう感じていました。60年安保後の、日本では珍しかった加害体験を踏まえた社会運動で、ベトナム反戦運動につながりました。韓国の反対運動はより切実で激しく、日本陸軍士官学校出身の朴政権は、戒厳令を布いて反対運動を抑え込み、日本から無償3億ドル・有償2億ドル供与・3億ドル民間借款を取り付け、ようやく調印に持ち込みました。その詳しい交渉記録は日本ではまだまだ未公開ですが、韓国では、民主化後の21世紀に入って一部公開され、「政府や旧日本軍が関与した反人道的不法行為は、請求権協定で解決されたとみられず、日本の法的責任が残っている」と見なされました。この間の日韓対立の激化の中で、かつて金大中拉致事件時に日本の国会でも問題にされたソウル地下鉄疑獄事件が再燃し、韓国のテレビ局JTBCは、改めて日本国会図書館等で当時の「日本の経済援助」の内実を追跡、岸信介らに環流した利権構造を暴いています。また、日韓会談の当初から「影の主役」米国が介在し、日韓基本条約締結とほぼ同時に韓国軍は米韓相互防衛条約にもとづき米国のベトナム戦争に派兵、日米安保にもとづく佐藤内閣の米軍基地提供・後方支援とならんで、SEATOに支えられた南ベトナム独裁政権を支援、しかし米国のベトナム戦争は敗北しました。ベトナム戦争・中国文化大革命中のニクソン訪中で、米華相互防衛条約日本と台湾の日華条約も無効になり、米国も日本も中国との関係を回復し、米日韓関係は、冷戦後期には対北朝鮮を中心とした三国軍事統合体制に機能転換しました。そこに、冷戦崩壊期に経済成長を遂げた韓国自身も民主化し、1964年日韓基本条約時の国際環境は一変しました。日本の加害者責任を認め反省した93年河野談話、95年村山談話で関係再構築の条件が作られ、98年小渕首相と金大中大統領の日韓共同宣言の頃に、21世紀の文化交流・スポーツ交流を含めた両国のパートナーシップが確立するかに見えました。

かと その流れを逆転させたのは、歴史修正主義者安倍晋三の政権復帰と、アメリカにおけるトランプ大統領の就任にありました。中国の経済的外交的台頭、北朝鮮の核実験を背景に、米日韓関係が組み替えられたのです。日本語版『ニューズウイーク』が、重要な調査報道を続けています。8月28日の「日本と韓国の対立を激化させたアメリカ覇権の衰退」がグローバルな背景を、前日8月27日の「日本はもはや後進国であると認める勇気を持とう」が、「アベノミクス」のまやかしや反韓反中ナショナリズム台頭、ヘイトスピーチ氾濫の深層心理を、的確に報じています、後者では、「数字で見ると今の日本は惨憺たる状況」として「日本の労働生産性は先進各国で最下位(日本生産性本部)となっており、世界競争力ランキングは30位と1997年以降では最低となっている(IMD)。平均賃金はOECD加盟35カ国中18位でしかなく、相対的貧困率は38カ国中27位、教育に対する公的支出のGDP比は43カ国中40位、年金の所得代替率は50カ国中41位、障害者への公的支出のGDP費は37カ国中32位、失業に対する公的支出のGDP比は34カ国中31位(いずれもOECD)など、これでもかというくらいひどい有様だ。日本はかつて豊かな国だったが、近年は競争力の低下や人口減少によって経済力が低下しているというのが一般的なイメージかもしれない。だが、現実は違う」「2017年における世界輸出に占める日本のシェアは3.8%しかなく、1位の中国(10.6%)、2位の米国(10.2%)、3位のドイツ(7.7%)と比較するとかなり小さい。中国は今や世界の工場なので、輸出シェアが大きいのは当然かもしれないが、実は米国も輸出大国であることが分かる。驚くべきなのはドイツで、GDPの大きさが日本より2割小さいにもかかわらず、輸出の絶対量が日本の2倍以上もある」「ドイツは過去40年間、輸出における世界シェアをほぼ同じ水準でキープしているが、日本はそうではない。1960年代における日本の輸出シェアはかなり低く、まだ「安かろう悪かろう」のイメージを引きずっていた。1970年代からシェアの上昇が始まり、1980年代には一時、ドイツに肉薄したものの、その後は一貫してシェアを落とし続けている」と、ストレートに「弱小国家の生き残る道」を説いています。経済社会指標なら、このほかにもいくらでも加えることができるでしょう。格差と低賃金、社会福祉や教育の貧困も、「後進国化」の証しです。日韓関係悪化の理由の大半は、どうやら日本国内の閉塞状況のようです。香港や韓国の民衆の動きを「対岸の火事」と眺めるのではなく、日本の市民と民主主義の自立した力を示すべき時です。

かと 夏に松谷みよ子『屋根裏部屋の秘密』(偕成社、1988年)を読みました。こども向けの童話ですが、731部隊の隊員だった「祖父たちが償おうとしなかった罪を、孫の世代が引き受ける物語」です。関東大震災時の朝鮮人虐殺でも、広島・長崎原爆時の朝鮮人被爆者でもいいです。このような歴史認識が、被害者だった韓国・中国では引き継がれ、加害国日本では忘れ去られようとしていることこそ、韓国や香港から学ぶべきです。「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の731部隊についての記念講演は、you tube に入っています。その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられてきた、国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした私の最新の編纂書『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)が発売されました。カタログが公開されています。個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第一巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」を公開します。関心のある方は、これをご覧のうえ、大学図書館・公共図書館等に購入希望を出して頂けると幸いです。

こんな国で8月の国策オリンピックは大丈夫か?

2019.8.15かと   猛暑に続いて、台風です。外国人観光客には、航空機の欠航も新幹線の運休も十分伝わっていないようです。大丈夫でしょうか? 来年の東京オリンピックは、7月24日から8月9日、パラリンピックは8月25日から9月6日なそうです。207か国・地域から12000人を越える選手団がやってきて、33競技339種目を競うとか。晴れても東京で30度以上、暑い日は40度になるでしょう。アスリートの健康をベストに保てるでしょうか? 外国人客は年間4000万人、オリンピック期間中は前回1964年東京が5万人でも、2012年ロンドンは59万人だったからと見積もり、来日80万人という皮算用とか。でも、多くは台風も地震も経験したことのない人々でしょう。母国語の旅行ガイドとホテル・民泊の英語・中国語・韓国語案内ぐらいが頼りで、いざ地震・台風となると、ほとんどパニックでしょう。早朝競技開始にしたうえで、暑さ対策が「打ち水」「傘かぶり」に「朝顔の鉢植え」では、「死のオリンピック」になりかねません。

かと この過酷な猛暑の季節の日程が、巨大NGOである国際オリンピック委員会IOCの主要な財源である、アメリカのテレビ局の放映権を優先させていることは、よく知られています。その商業主義の出発点は、1984年の米国ロスアンゼルス大会でした。だがそれ以前から、「世界平和の祭典」とはいえ、もともと都市単位のアスリート競技会であるオリンピックは、開催国の国威発揚・対外示威プロパガンダに利用されてきました。1936年、ヒトラー総統下のベルリン・オリンピックが知られています。1964年の第一回東京オリンピックや、80年モスクワ・オリンピック88年ソウル・オリンピック2008年北京オリンピックなどは「国策」としての性格が強いものでした。

かと 実は高度経済成長期の1964年の前に、1940年の「幻の東京オリンピック」が一度は決まっていました。ナチス・ドイツの「民族の祭典」にならって、1936年ベルリン・オリンピック開催時のIOC総会で決まったものです。大河ドラマは見ないので、「いだてん」でどう描かれたかは知りませんが、当時のライバル都市はローマとヘルシンキで、33年に国際連盟を脱退していた日本は、ヒトラーへのギフト攻勢と仲裁で、ムッソリーニのイタリアとの間で1940年東京、44年ローマの密約調停を受け、ヘルシンキ27票に対し36票を得て決まりました。後の日独伊三国枢軸の一つの原型ですが、日本側は、「初の有色人種国家開催」と共に、「1940年=神武天皇奉祝紀元2600年建国祭」の目玉とすることに、こだわりました。もっとも主催都市東京と財界・商工省には別の思惑もあり、もともと関東大震災からの「帝都復興」と世界恐慌・不況からの脱出を世界に示す勧業ビジネス「一等国化」、外国客誘致・外貨獲得の狙いがあって、博覧会国際事務局に申請して1940年「東京万博」も一緒に開催することになっていました。

かと 詳しくは、私自身が『近代日本博覧会資料集成 紀元2600年記念日本万国博覧会』(国書刊行会、2016)を監修し、解説「幻の紀元2600年万国博覧会ーー東京オリンピック、国際ペン大会と共に消えた『東西文化の融合』」を書いていますので、そちらを参照してもらいますが、1940年オリンピック・万博は、共に幻に終わりました。1938年7月近衛内閣の閣議で、東京オリンピックはIOCに「返上」、日本万博は「延期」と決定されました。理由は明らかです。37年盧溝橋事件による日中戦争の泥沼化が、国際社会からの批判と孤立、参加ボイコットを招きました。国内的には、戦争遂行・軍備拡張を最優先する軍部の反対に、オリンピックによる国威発揚・「国民体育」を狙った文部省も、勧業・観光ビジネスを狙った商工省も、さからえなかったのです。しかし、それよりも本質的なのは、国体明徴・国民精神総動員から八紘一宇・大東亜共栄圏へと神がかる内務省神社局・神道勢力主導の「紀元2600年祭」に、「平和の祭典」オリンピックや「東西文化の融合」を謳った万博を合体させる国策の構想自体に、国際社会で信頼される上での無理があったのです。「紀元2600年建国祭典」自体は開かれましたが、昭和天皇の神格化と「大東亜戦争」準備の動員イベントのみになりました。外国人10万人誘致・外貨獲得計画も、もちろん挫折しました。

かと 敗戦後74年の8・15にこんなことを書くのは、酷暑と台風のオリンピックを危惧するばかりではありません。「平和の祭典」オリンピックの開催には、国際社会の中での信頼と協調が不可欠です。ところが安倍内閣の「おもてなし」外交は、弱体化したトランプのアメリカへの貢ぎ物ばかりで、近隣諸国とは協調できません。隣国韓国への傲慢で「無礼」な態度は、かつての植民地時代・侵略戦争を世界に想起させるばかりです。新元号・即位での数々のイベント・神道儀式・国民動員は、「いつか来た道」を思わせます。ちなみにオリンピックの開会宣言は、開催国「国家元首」がつとめます。64年は昭和天皇でした。「失われた30年」からの脱出を狙った「復興オリンピック」は、激化する米中・日韓対立の中で、経済的効果も怪しくなりました。もともと財政的・政治的コストに比してのイベント効果は衰退し、世界の多くの大都市は立候補を敬遠・辞退しています。64年東京も88年ソウルも、翌年は大不況でした。すでに年間3000万人を越えた「外国人観光客」の過半は、韓国と中国からです。台湾・香港を加えると75%です。世界経済・通貨は不安定です。円高は輸出ばかりでなく観光客も減らします。中東や東アジアの情勢次第で、国際テロや犯罪もありえます。誘致のさいに「アンダーコントロール」と国際公約した3・11の後始末、原発廃炉も汚染水処理も深刻なままで先が見えません。本来被災者救援にまわさるべき復興財源と建設資材・人材が、東京オリンピックに集中され高騰しています。何よりも批判的言論・思想と文化の自由が衰退し、「ファシズムの初期症候」の重要な一部である「強情なナショナリズム」「人権の軽視」「団結のための敵国づくり」「メディア統制」が進行しています。「敵国づくり」「軍事の優先」が国際ボイコットにつながった「紀元2600年」の教訓とは、日本国憲法前文「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」を再確認し、政府が実行することです。もっとも「加害と反省」を認めない安倍首相は、お盆の先祖の墓前で「紀元2680年の改憲」のみを誓ったのでしょうが。

かと 昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられてきた、国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした私の最新の編纂書『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)が発売されました。すでにカタログが公開されています。個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第一巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」を公開します。関心のある方は、これをご覧のうえ、大学図書館・公共図書館等に購入希望を出して頂けると幸いです。「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の記念講演はyou tube に入っていますが、その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。著作権の関係ですぐにはアップロードできませんが、ご関心の向きは、戦医研の方にお問い合わせ下さい。

 

深刻な日韓関係のなかでの「自警団国家ニッポン」の内向と孤立

2019.8.1  かと次回更新予定の8月15日は、日本では「終戦記念日」ですが、隣国韓国では「光復節」です。1945年8月15日は、日本にとってはポツダム宣言受諾による日米戦争の敗北と連合国軍GHQの占領開始でしたが、軍国日本の植民地であった朝鮮半島の人々にとっては、「解放」でした。「光復」とは、「奪われた主権を取り戻す」という意味です。この20世紀前半の歴史を踏まえないと、今日深刻な日韓関係を、たんなるナショナリズムの衝突と見てしまいます。「侵略した側」が忘れても、「侵略された側」の記憶は、長く何世代に渡って残ります。日本のいわゆる嫌韓・反韓意識は、若者の問題のように語られますが、実際には植民地時代の民族差別の延長上で、戦中・戦後世代に引き継がれています。1965年の日韓条約で過去の問題は決着済みとか、戦後50年の村山談話で「謝罪」は済んだというのも、「侵略した側」の傲慢な論理です。「侵略された側」にしてみれば、1965年段階の独裁政権の結んだ条約は、すべてを解決したものではなく、個人レベルの人権・補償問題は未解決です。

かと 日本にも韓国にも、戦後はアメリカの軍事基地がおかれ、「主権」が制限されてきました。米国トランプ政権は、両国に安全保障上の経費負担増、日本に対しては「思いやり予算」の5倍増を求めています。その観点での日韓関係「仲裁」はありえますが、それは、両国にとって、外交的にも経済的にもいっそうの米国への従属・依存を強いるもので、両国の自主的交渉よりも高くつくものになるでしょう。両国には既に、米国からホルムズ海峡安全航行確保の「有志連合」参加の圧力が加えられています。同じく米軍基地があっても、ドイツは参加に難色を示しました。かつてベトナム戦争への派兵も余儀なくされた徴兵制の韓国は、海軍部隊派遣に前向きです。トランプとの同盟ばかりを頼りにしてきた安倍の日本は、参院選が終わって、自衛隊派遣に前のめりです。当然、安倍の野望である憲法改正と一体です。参院選中も選挙後も、ファシスト安倍の改憲策謀は続いており、発議権を持つ立法府の長=衆院議長交替まで側近が公言する始末です。

かと 歴史認識に関わる徴用工問題をからめた日本政府の対韓輸出規制強化は、韓国では大きな反発と市民の抗議運動不買運動まで招いています。韓国国内での文大統領の孤立と韓国経済への打撃を狙った安倍政権の狙いは裏目に出て、国際世論も日本に厳しく、文化交流東京オリンピックへの影響も危惧されています。米国でも、ブルームバーグ社説ニューヨークタイムズは自由貿易主義の観点から日本を批判し、外交誌『フォーリン・ポリシー』は「今回の問題の原因は戦前の戦争犯罪に無反省な安倍政権にある」と見抜いています。そんな日韓関係を追ってみつけた、韓国の市民運動が「反日」ではなく「No Abe」なことに注目した徐台教さんの「韓国『安倍糾弾デモ』のメカニズム」、日本の若者の「第3次韓国ブーム」に注目した毎日新聞「日韓政治対立と韓国ブーム」。どうも、先の参院選結果にも応用できそうです。参院選表層での大きな論点にはなりませんでしたが、明らかに今回の「韓国叩き」は、17年衆院選での「北朝鮮の脅威」と同じ効果を持ったと思われます。結果は第1に、50%以下という深刻な低投票率。アベ長期政権下での深刻な政治不信・政党離れ、主権者の「ファシズムの初期症候」慣れと生活苦の中での諦観をも示します。第2に、マスコミ統制ばかりでなく、ブラック政商企業である電通吉本興業をも使っての自公過半数確保。改憲に必要な3分の2議席に届かなかったとは言え、憂鬱なファシスト政治は続きます。第3に、非力な既成野党が軒並み得票数を減らすもとでの、山本太郎新党のSNS・街頭エンターテインメントを使った2議席獲得。4億円の寄付金集めと重度身障者議員を送り込んでの国会バリアフリー化は、かつてバブル経済崩壊期の日本新党発足時を思わせる、格差社会での作戦勝ちです。行く末は、なお未知数ですが。深層での構造的論点、日米安保と象徴天皇制は問題にならず、表層での年金・福祉・消費税も、大きな論点になりませんでした。東本高志さんのブログ「みずき」がツイッターから拾ってきた、「ある韓国人と日本人の対話」ーー韓国人『軍事政権下の韓国でも、デモの鎮圧に際して銃口をデモ隊に向けた、そして沢山の血が流れた。沢山の血を流してもなお屈せず、結果的に韓国の民は民主主義を手にした。しかし仮に日本で同じようなことが起きても、果たして韓国のように立ち上がるのかがかなり疑問だ』vs.日本人『軍より前に、「国民」が起ち上ろうとする民衆を弾圧する。そんな自警団国家がニッポンです』ーーという閉塞状況は変わりません。投票所に足を運ばなかった50%の「文化的成熟」によってしか、かの関東大震災時を想起させる内向きの「自警団国家ニッポン」は、変わらないのかもしれません。韓国ばかりでなく香港も台湾も、私たちの歴史認識の内省の契機となる「東アジア」なのに。

かと 昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられてきた、国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした私の最新の編纂書『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)が発売されました。すでにカタログが公開されています。個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第一巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」を公開します。関心のある方は、これをご覧のうえ、大学図書館・公共図書館等に購入希望を出して頂けると幸いです。「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の記念講演はyou tube に入っていますが、その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。著作権の関係ですぐにはアップロードできませんが、ご関心の向きは、戦医研の方にお問い合わせ下さい。

参院選の深層の争点は日米安保と天皇制なのだが、表層では…

2019.7.15 かと まだ参院選が続いており、東京は天候不順が続き体調も思わしくないので、マイナーチェンジにとどめ、前回更新を残しておきます。現在すすんでいる国政選挙の光景は、この国の民主主義の悲しい現実です。特に権力を監視し批判するジャーナリズムの衰退、政治を考える余裕も時間も奪われた人々、自分の生活感覚にフィットした候補者・政党を見出すことができず投票日の天気と気分次第とあきらめている人々、野党攻撃と憲法改正だけ威勢のいい首相と官邸の情報操作に主権者の一票を委ねてしまいそうな若者ーーもとより「深層の争点」=日米安保と象徴天皇制を正面から取り上げる政党・候補者は見られません。いや、いたとしても、テレビや新聞には出てきません。内政で国民から不満や不安が寄せられ批判にさらされた時、国外に「仮想敵」を作って批判をそらし、支持を調達しようとするのは、権力者の常道です。そのスケープゴートが、3年前の前回参院選では北朝鮮、今回は韓国です。より深刻なホルムズ海峡「有志連合」自衛隊派遣の問題は、表層の争点にもならず。世界から見れば異様な差別的反韓・嫌韓報道・言説が溢れていますが、心ある人には、テレビでも新聞でも宣伝されない最新の劇場映画「新聞記者」をオススメします。「この国の民主主義は形だけでいい」という台詞の問いかける意味、なぜこの映画がマスコミで取り上げられないかも分かります。

かと ハンセン病家族訴訟に賠償を命じた熊本地裁判決に、国が控訴を断念したのは明るいニュース。しかし「おわびと反省」の「首相談話」と共に出された「政府声明」を合わせて見ると、どう読んでも「心からの反省」どころか、選挙戦最中のパフォーマンスの仕掛けが透けてみえます。旧優生保護法強制不妊手術の被害者裁判等への波及をあらかじめ法的にガードし、むしろ「首相談話」前日に一面トップで控訴の見通しを報じた某大新聞に「誤報」の打撃を与えるための情報戦があった可能性大です。投票日直前には、首相がハンセン病家族訴訟原告団と会見して「見せ場」を作る可能性もあります。かつての2001年ハンセン病国家賠償訴訟で、当時の小泉首相の控訴断念が参院選大勝を用意したのにあやかって。沖縄米軍基地・地位協定の問題も、ローカルな争点にされてしまいました。この問題を「深層の争点」から考えるために、岩波現代文庫の新刊、国場幸太郎『沖縄の歩み』をオススメします。かつて一緒に仕事をした故・国場幸太郎さんが、青少年向けに書いた本で、「本土」と沖縄の選挙の違い、なぜ沖縄には自立した抵抗運動とジャーナリズムが今日まで続いているのかを、考えさせられます。

参院選の深層の争点は、日米安保と天皇制!

2019.7.1 かと まわりもちで回ってきた大阪G20、もともとリーマンショック後の国際金融危機回避のためにG7がよびかけて作ったサミットで、例年G7・G8後に開かれてきましたが、今年はなぜか、G7より前にG20でした。これも、安倍晋三の参院選向けパフォーマンスと思われますが、実質的には米中をはじめとした多角的な二国間協議の場、議長国ホストの出番は「和食でのおもてなし」程度でしか、ありませんでした。その「おもてなし」の場で、ジョークのつもりで発した「大阪城天守閣復元の大きなミスはエレベーターをつけたこと」が、障碍者や高齢者のためのバリアフリーに対する配慮の欠如・逆行として、ネット上では炎上です。「外交の安倍」で参院選に突入のはずだったのに、中国習近平を来春に国賓として招待する話ぐらいで、もともと2島返還の調印儀式まで狙っていたロシアのプーチンとの会談は成果なし。米国以外の国々の首脳が期待した「保護主義反対」も首脳宣言に書き込めず。というより、そもそも議長国日本が「自由貿易」のために努力した気配なし。世界が注目した米中会談は決裂を回避できたが、双方の国内事情があってのことで日本の出番はなし。直近でイランの首脳に会ってきたはずなのに、目玉に狙ったハメネイ氏招待などもちろんできず、中東・欧州の当事国からもお呼びはなし。隣国韓国とは首脳会談もできない醜態ぶり。

かと 何度会っても米国兵器爆買いばかりで、日米地位協定についても自由貿易協定(FTA)についても異議を述べない安倍晋三の国で、米国トランプ大統領は、傍若無人に言い放題。出発前にホルムズ海峡の日本タンカーは自前で守れとジャブを入れ、ブルームバーグは日米安保条約破棄の持論を大きく報道、懸命に火消しに回る安倍官邸をよそに、G20会場でも日米防衛義務の不平等、米国側負担軽減に言及。米国大統領選挙向けのブラフとはいえ、「日米同盟」一本できた「トランプ命」の忠犬ポチ=アベ・シンゾーにとっては、屈辱の国際舞台での日本叩きです。

かと 6月29日の大阪記者会見では、こんな問答がありました。

Q:ボイス・オブ・アメリカのスティーブ・ハーマンです。大阪での安倍晋三首相との会談後、日米安保条約の破棄についてまだ考えていますか。また、首相はそれについて何を語りましたか。 A:トランプ大統領「いいえ、それについては全く考えていない。不公平な合意であると私は言っているだけだ。そして、それについては彼(安倍首相)に過去6カ月間、話してきた。私が語ったのは『仮に誰かが日本を攻撃すれば、われわれは彼らに続いて戦闘に加わり、実際に全力で臨む』ということだ。われわれは四つに組んで戦い、日本のための戦闘にコミットする。誰かが米国を攻撃しても、彼ら(日本)はそうする必要がない。これは不公平だ」「私は彼(安倍首相)に対し、われわれとしてそれを変えなければならないと話した。なぜなら、誰もわれわれを攻撃することのないよう望むが、仮にそのようなことが起これば(その逆になる可能性の方がずっと大きいが)、誰かがわれわれを攻撃するなら、われわれが彼ら(日本)を助けるのであれば彼らはわれわれを助けるべきだからだ。そして彼(安倍首相)はそれを分かっている。それについて、彼には何の問題もないだろう」と。ーーつまり、「破棄」までいかなくとも「安保改定」は当然と考えており、安倍晋三にも幾度も伝えてあるというのです。安倍首相は「日米同盟は盤石」が口癖、してみると、日本国民には隠して、トランプのご機嫌取りと爆買いを繰り返してきたもののようです。

かと そのうえ、トランプ大統領が大阪のホテルで演出したとされる、総仕上げの米朝会談のビッグニュースが、G20閉会直後に待っていました。トランプに袖にされたうえ、安倍首相が袖にしたつもりだった韓国文大統領が米国と組んで、なんと、ツイッターで金正恩北朝鮮委員長を板門店に呼び出し、3回目になる米朝会談、史上初めて米国大統領が北朝鮮の土を踏む一大情報戦イベントが実現しました。朝鮮戦争終戦宣言への劇的な急旋回です。無論、トランプにも金正恩にも国内向けの思惑があり、大きくはトランプ大統領の再選戦略の一環です。とはいえ、拉致問題についての無条件日朝交渉を求める日本にとっては、寝耳に水の蚊帳の外、75回外遊し、延べ150か国以上を巡ったという安倍首相の「スタンプラリー外交」の浪費・無力を、白日に晒しました。参院選後に先送りされた日米FTA貿易交渉で、日本の農産物から自動車まで、株価や財界ばかりでなく、国民生活が大きな打撃を受けることは、目に見えています。

かと 久しく聞くことのなかった「アンポ破棄」「安保改定」が、思わぬ方向から、しかも「アメリカン・ファースト」の流れで、米国大統領の口から流れてきました。日本の野党・平和運動、ナショナリスト右翼も、久しく「日米同盟」を所与の前提にしてきましたから、 面食らっていることでしょう。日米安保と朝鮮戦争は、もともと一対でした。1950年代はじめの占領終了からサンフランシスコ講和条約の時期、東西冷戦が朝鮮半島で局地的熱戦になり、西側陣営に日本を組み込み全土を米軍基地にするために、日米安保条約は結ばれました。今日の自衛隊の前身、警察予備隊は、駐留米軍が朝鮮半島に入った間隙での国内治安維持を名目に発足しました。再軍備の第一歩でした。いわゆる1960年安保闘争は、まさに「安保改定反対」「安保破棄」が国民的社会運動になり、安倍晋三の祖父・岸信介首相を退陣に追い込んだものです。日本経済の高度成長自体、朝鮮戦争特需を重要な出発点にしていました。日本の経済大国化も、米国経済との一体化を土台にしていました。「日米安保」が「日米同盟」と言い換えられるようになったのは、安全保障ばかりでなく、外交・内政・貿易・金融・教育・文化・社会にまで「日米安保」が浸透・内在化して「失われた30年」に引き継がれたためです。

かと その歴史的出発点の朝鮮戦争の終結のきざしが見え、「日米安保の破棄」が米国側から語られるようになったことこそ、安倍首相がG20全体会議で世界の首脳に繰り返しスピーチした「令和=beautiful harmonyの新時代」の裏声の意味でしょう。北朝鮮・金委員長が昨日「過去を清算し未来へ」と述べたのは、アメリカおよび韓国との関係では、朝鮮戦争終結の決意と考えられます。参院選の内政問題での争点、景気回復・社会保障・福祉・消費税・最低賃金・教育・格差貧困・外国人労働者問題等々の底に流れる深層の争点が、実は、これまでのような米国一辺倒の国づくりでいいのか、日本経済・社会をどう主体的に作れるのかという問題です。「日米安保破棄」とは、それほどの重みのある核心的論点です。もちろん、トランプの提起しているのは、よりいっそうの日本の軍事的従属と日本経済の「米国のサイフ」化をめざすもので、1960年に日本国民が願った「安保反対」「安保破棄」とは、正反対のものですが。

かと 日本と東アジアの人々にとっての「過去の清算」は、1950年代まで戻ればいいというものではありません。北朝鮮は、トランプを歓迎して「朝鮮戦争の清算」を述べましたが、日本に対しては、「日本の過去の犯罪は決して闇に消えない」とする労働新聞論評(6月11日)で、朝鮮半島の植民地化とアジア・太平洋戦争期まで遡ってでなければ、首脳会談などありえない、と主張しています。中東イランやホルムズ海峡に向かう前に、まずは「令和」以前の大正・昭和・平成、いや天皇が代わっても不透明な「日本の新時代」の中身を、警戒しているのです。安倍首相の言う「令和の新時代」に、天皇の名のもとに進められた日本の軍事化・侵略の過去を想起し、オーバーラップしているのです。よく、平成天皇の言動を見て、左派の中でも、「日本国憲法の象徴」 にふさわしく「戦後民主主義を体現」とまで評価する議論が聞かれます。しかし、諸外国、とりわけアジアの隣国の人々にとっては、天皇に「平成の時代、戦争はなかった」といわれても、イラクにもカンボジアにも自衛隊は出ていました。日本の一人あたりGDPはいまや世界第26位で羨望の対象ではありませんが、軍事力については世界第7位の軍事大国です。天皇個人ではなく、天皇制と戦争が結びついていたのです。

かと  平成天皇は、即位後「皆さんとともに日本国憲法を守り」と明言しましたが、「令和」の新天皇は、単に「憲法にのっとり」だけでした。先日専修大学現代史研究会での私の講演太田耐造文書昭和天皇へのゾルゲ事件上奏文と新聞発表ーー思想検察のインテリジェンス」(当日配付資料は、ちきゅう座で公開)を準備するさい、1935年の天皇機関説事件、37年日中戦争開始後の「憲法」の軍部・官僚・学界による扱いを調べたのですが、「国体の本義」「日本精神」「大東亜共栄圏」「八紘一宇」を基礎づけるためには、大日本帝国憲法の天皇主権と統帥権の明文規定では足りず、「日本法理」により「憲法」を「憲法の精神」と読み替え、「みことのり」「かみながら」の建国神話と聖徳太子の「17条憲法」にまで遡って「天皇の聖戦」を根拠づけるものでした。言論統制とメディア支配が著しい安倍ファッショ政権のもとでは、こんな「立憲主義」の読み替えが現れても、不思議ではありません。今日、7月1日に、商業捕鯨の問題とはいえ、戦後初めての国際組織(IWC)からの脱退韓国に対する経済制裁の実行が行われました。参院選の深部の争点には、政権にとって格好の操作・利用対象となった天皇制の問題、「象徴天皇制」の是非をめぐる討論の不在があるように、思われてなりません。近刊『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)については、カタログが公開されています。昨年末に「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の記念講演はyou tube に入っていますが、その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。著作権の関係ですぐにはアップロードできませんが、ご関心の向きは、戦医研の方にお問い合わせ下さい。

無残な安倍外交とアベノミクスに歴史的審判を!

2019.6.15かと この国がいま、世界の中でどのように見られているのかの新しい事例が、6月13日イランで起こりました。ちょうど日本の安倍首相がイランの最高指導者ハメネイ師と会談しているときに、ホルムズ海峡で日本籍のタンカーが攻撃を受けました。イラン・米国の仲介どころか、一歩間違えば戦争の引き金をひくところでした。「安倍外交」の無残な失敗です。アメリカのポンペオ国務長官は、いち早くハメネイ師の親衛隊である「革命亡命隊」の攻撃だと明言しました。これだけでもトランプの忠犬安倍晋三にとっては屈辱です。逆に米国CIAなど諜報機関の陰謀説もあり、機雷や魚雷なのか、空中飛来物なのかも、はっきりしません。イランと米国の緊張は、いっそう厳しくなりました。紛糾する国会への出席を避け、高価な政府専用機を使って、何のためにイランまででかけたのでしょうか。今後の展開によっては、新安保法制・集団的自衛権にもとづく自衛隊のホルムズ海峡派遣を可能にする「存立危機事態」を誘引したという陰謀論さえ現れるでしょう。もともと「仲介」など無理だったのです。

かと 6月7日に発表された、参院選に向けての自民党の選挙公約の第1は、「世界の真ん中で、力強い日本外交。国際社会の結束・ルールづくりを主導する外交」です。そのとば口で、「世界の中心」どころかトランプの使い走りとして孤立し、「力強い」どころか無力な対外関係を露呈しました。もっとも公営放送ばかりか大手メディアの大半を、官邸主導のフェイクニュース・プロパガンダ機関に代えることにより、かの東京オリンピック誘致の「フクシマはアンダーコントロール」演説と同じように、現実を糊塗し、事実を隠蔽してきました。プーチン首相との「北方領土」交渉北朝鮮との拉致問題隣国韓国との歴史認識問題が再燃し、選挙目当ての目玉はありません。そこで失点挽回のつもりのイラン訪問で、親分トランプにも手みやげを出せない大失態です。もともと親分トランプも、来年大統領選挙をかかえ、手強い中国との覇権争いのさなかで、日本の仲介外交など当てにしていません。「中東外交の初心者」忠犬シンゾーは、高価な武器と米国産品を日本に売りつけて、「アメリカン・ファースト」の効果を米国民に示すための道具にすぎません。ゴルフ・相撲接待でもてなした子分安倍晋三にとっての見返りは、せいぜいFTA(自由貿易協定)締結を参院選後の8月まで延ばして貰う程度でした。自民党の「世界の真ん中で、力強い日本外交」とは、こういうものです。最も重要な中国との関係を修復できないまま、膨大な税金を首相官邸の「地球儀を俯瞰する外交」につぎこみ、自民党どころか、外務省・外務大臣さえ影が薄い、独裁者の独善外交です。

かと 自民党参院選公約の第2の柱は、「強い経済で所得を増やす」です。「若者の就職内定率過去最高」以下「アベノミクス6年の実績」が絵解きで示され、「GDP600兆円経済の実現」以下「AI、IoT、ビッグデータで少子高齢化・ 人口減少を強みに転換し、 しなやかで強い経済をつくります」とありますが、その政策立案・GDP計算のもとになる金や労働時間や家計消費、景気判断の実態把握がいかにいい加減であったかが、この間の統計不正問題で暴かれました。金子勝さんの新著が多角的に解析した「アベノミクスの失敗・機能不全」こそが本来の選挙争点です。

かと  嗤えることに、自民党選挙公約の第3の柱が「誰もが安心、活躍できる人生100年社会を作る」であったことが、この間ワイドシューを揺るがせる「年金2000万円不足問題」麻生財務相が自ら答申を求めた金融審議会「市場ワーキンググループ報告書」(まだ読めます!)を「受け取らない」という醜態を示した真相です。こうした安倍内閣の失態と10月消費税10%は、本来なら野党にとってのチャンス。しかし世論調査選挙予想のデータは、まだまだ「よりましな内閣」継続に傾いています。社会全体のファシズム化の進行は否めませんから、こういう時こそ、歴史的で原理的な考察が必要です。小倉利丸さんがG20サミットについての本格的批判を発表していますが、冷戦崩壊とグローバリズム、新自由主義経済とナショナリズム、中国の台頭による世界史的変化、無論、日本における小選挙区制導入の功罪や象徴天皇制の存在意義ーーこうした問題を原理的に考えた上で、安倍晋三のファッショ政治に、歴史的審判を下したいものです。

かと6月8日専修大学現代史研究会での私の講演太田耐造文書昭和天皇へのゾルゲ事件上奏文と新聞発表ーー思想検察のインテリジェンス」の当日配付資料は、ちきゅう座で公開されました。そのもとになった不二出版の近刊『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻については、カタログが公開されています。昨年末に「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の記念講演はyou tube に入っていますが、その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。著作権の関係ですぐにはアップロードできませんが、ご関心の向きは、戦医研の方にお問い合わせ下さい。

 

天安門事件・東欧革命30周年の年の「希望」とは

2019.6.1かと 6月4日は、中国天安門事件30周年です。 いまやアメリカと拮抗する大国となった中国では、wikipedia の接続遮断など情報統制が強まっていますが、世界中で問題を回顧し、その意味を考えようという動きがみられます。日本でも30周年のホームページが作られ、さまざまなイベントが行われています。1989年当時の中国民主化運動の学生リーダー王丹氏らが来日し、集会が開かれます。6月4日には、中国大使館への抗議と渋谷でキャンドルナイトとか。今日、日本で働いている多くの中国籍の人々や、中国人留学生、訪日中の中国人観光客の皆さんは、どのように受け止め、どんな感想を抱くのでしょうか、台湾香港米国などとの比較で、気になります。当時、私も一橋大学で何人かの中国人留学生を教えており、大学の同僚100人以上と中国政府への抗議文を作り、記者会見で発表すると共に、北京飯店ほか分かる限りの中国本土の電話番号に、手当たり次第にファクスで送信しました。まだインターネットがなかった時代の、 海外へのコミュニケーション手段でした。抗議文の末尾は、確か「6月4日を忘れない」でした。

かと その時の留学生の一人とは、昨年夏に再会して、昨年8・15の本トップで書きました。「かつて大学院の政治学ゼミに在籍した中国人S君から電話、いま日本にきているので会いたい、という話。早速打ち合わせて、久しぶりの再会。S君が 日本に留学してきたのは、1980年代の末、ちょうどベルリンの壁崩壊・ソ連邦解体の時期でした。中国の青春時代が文化大革命と重なり、4年の下放=農村生活を体験したS君は、文革終了期に猛勉強して大学を卒業、中国社会科学院の優秀な若手エリート研究者として、日本に派遣されました。ところが、ちょうど中国では天安門事件、日本に留学していた多くの中国人留学生が、民主化を求めて本国天安門広場の学生・民衆に連帯しました。留学生のリーダーの一人であったS君は、在日中国大使館前の抗議行動に加わり、それが日本のテレビ・ニュースに映っていたことで、6・4弾圧後に本国政府・中国大使館にマークされ、奨学金・ヴィザも止められました。本国に帰れば厳しい弾圧にさらされるので、友人たちと共に台湾に脱出、すぐれた日本語能力・知識が買われて台湾の日系企業に就職、その統率力も認められ、中国・台湾に工場を持つ日本企業の大阪本社で日中経済交流の発展に尽力ました。10年ほどで日本企業の上海支社勤務のかたちで故国の土を踏み、日本と中国をつなぐビジネスマンとして活躍してきました。研究者への道は閉ざされましたが、歴史と政治への関心は失わず、私が中国に行く際にはしばしば会って、日中両国の未来を語り合いました」。S君のように、民主化運動に加わり、天安門事件で人生設計を狂わされた学生は、おそらく数万人はいたでしょう。

かと そこからさらに遡ること33年、1956年の旧東独で起こった高校生たちの抵抗の物語が、映画になって、日本でも公開されました。日本での公開名は「僕たちは希望という名の列車に乗った」ですが、ドイツ語原題はDas Schweigende Klassenzimmer(沈黙の教室) 、 英語版はThe Silent Revolution (静かなる革命)です。東欧ハンガリーで1956年に起きた民主化運動とソ連の戦車による弾圧を、西側ラジオで知った東独の模範的高校生たちが、ソ連に抗議しハンガリーの若者に連帯して歴史の授業で2分間の黙祷をして、校長から教育大臣まで出てくる大問題に発展した、実話にもとづく映画です。高校生たちの青春と恋愛・家族・進学問題とうまく組み合わされ、天安門事件時の中国民主化学生たちとも共通する、現存した社会主義のもとでの自由と正義、友情と連帯の問題が、生活感のあるかたちで描かれていました。大学卒業直後の1970年代に旧東独に滞在して現存社会主義を体験し、それを土台に研究生活に入った私にとっては、1989年の「ベルリンの壁」崩壊後に見た泣き笑いの『グッバイ・レーニン』と、超監視国家としての東独をシリアスに描いた『善き人のためのソナタ』の双方の流れを想起させる、青春ノスタルジア映画でした。

かと ただし今回は、現在の若い日本人学生たちと一緒に見ました。学生時代からの友人川人博弁護士が、東大教養学部で長く「法と社会と人権ゼミ」を開いていて、その受講学生有志と1956年の東独を描いた「僕たちは希望という名の列車に乗った」を見て、鑑賞後の感想会でコメントしてくれと言う誘いに乗って、喜んででかけました。まずは大学1・2年の学生たちの感想を聞き、私なりに映画の歴史的背景や1950年代・70年代・89年崩壊期の東独について補足しました。学生たちは、何しろ21世紀生まれが多く、素直にドイツの青春映画の一つとして受け止めていました。東独の秘密警察シュタージによる監視国家も、現代の中国や北朝鮮の言論の自由とダブらせて、やっぱりあんなものだっただろうという学生もいました。むしろ、ソ連に抗議する2分間の黙祷の目的を校長らに追及され、当時のハンガリーのサッカー選手プスカシュが犠牲になったので追悼したという若者たちの機転の利いた口裏合わせに、共感していました。私はプスカシュの名を知らなかったので、あの部分はフィクションではと言ったら、すぐに女子学生がスマホで調べて、いやフェレンツ・プスカシュは実在のプロサッカー選手で2006年まで生きていた、と調べてくれました。そもそも「社会主義」と「ファシズム」の関係がわかりにくかったらしく、なぜ東独では「反ファシズムの闘士」というだけで党幹部や指導者・教育者になれたのかという疑問が出されました。映画には描かれなかった1956年ソ連での「スターリン批判」の衝撃、日本では当時「ハンガリー動乱」と呼ばれ、今は「革命」とよばれていることの説明は、時間切れで舌足らずに終わったようです。でも、そうした問題を自由に屈託なく話す、若い学生たちの感性に、希望を感じました。映画で東独の学生たちが乗った「希望という名の列車」は、黙祷事件で退学になり家族とも切り離されて西側に逃れるための、やむなき逃避行でしたが、現代日本の学生たちにとっては、そうした自由や権利は、インターネットを通じて当たり前の空気のようになったようです。

かと その東独時代の体験は、講演「『国際歴史探偵』の20年」で簡単に述べましたが、数年前に中部大学『アリーナ』誌に発表した長いインタビュー記録を、本「ネチズンカレッジ」にも入れてあります。聞き手は、他ならぬ1956年ハンガリーについての名著『ハンガリー事件と日本』(中公新書)の著者・小島亮教授です。川人弁護士が、人権を学ぶ学生たちに、さらに関心あれば本「ネチズンカレッジ」へと紹介してくれたので、天安門事件と「ベルリンの壁」崩壊時の私の同時代の著作『東欧革命と社会主義』のプロローグとエピローグを、今回アップしました。そこで巻頭においたポーランドの哲学者コラコフスキーの詩「なにが社会主義ではないか」は、当時は話題になりました。でも「あとがき」の「ベルリンーー1973年春」に書いた、現地の友人ディーター・フクスとの秘密の交流こそが、私の現存社会主義批判の原点で、「希望という名の列車」体験でした。そしてその連帯は、1945年以前のナチス・ドイツと天皇制日本は、ファシズムと呼ばれた同盟国で、旧ソ連や東独の一党独裁・監視国家と同じような自由の欠如と人権の抑圧が当たり前だった過去を共有することで、裏付けられていました。日本における戦前の「治安維持法体制」の一端については、その支配の重要な一翼であった思想検事太田耐造関係文書」中のゾルゲ事件関係新史料にもとづいて、6月8日(土)午後、専修大学での大きな講演会で、「昭和天皇へのゾルゲ事件上奏文ーー思想検察のインテリジェンス」と題して報告します。 ご関心の方はどうぞ。

 

神がかった儀式に覆われた不況の国

2019.5.15かと 憂鬱な2週間でした。どう考えても安倍首相による象徴天皇制の政治利用としか思えない元号フィーバー、神道儀式・儀礼のオンパレードで、メディアは埋め尽くされていました。そうした喧噪から逃れて読んでいたのが、戦時1940年に提唱され真剣に議論された「日本法理研究会」の諸文献。昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられている国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を解読し、史料集を編纂・解説するための仕事ですが、「三種の神器」から「亀の甲羅占い」まで復活した巷の喧噪と神道儀式のテレビ中継は、「日本国憲法」ではなく「17条憲法」の時代の「象徴」を想起させるものでした。「天皇機関説」事件・「国体明徴」から「国体の本義」「国民精神総動員」「大東亜共栄圏」「八紘一宇」へと突きすすむ時代の「空気」と、ダブって見えました。

かと 日中戦争から日米戦争に拡大するにあたって、「大日本帝国憲法」のもとにあった日本の「法治国家」は、「法の支配」ならぬ「法治主義」の運用の根拠を、「17条憲法」を貫く「国体の本義」「日本精神」に求めました。「国体の本義に則り、国民の思想、感情及び生活の基調を討えて、日本法理を闡明し、以て新日本法の確立及び其の実践に資し、延いて大東亜法秩序の建設並びに世界法律文化の展開に貢献する」が、日本法理研究会の「目的」でした。当代日本の帝大教授等が総動員され、憲法・公法学では筧克彦の「かみながらの道」、神道にもとづく「祭政一致」が、刑法・治安法では小野清一郎の「日本法理の自覚的展開」で、天皇の命令である「みことのり」「のり」「むすび」が唱えられました。その主体的直観「さとり」こそ、「西洋法」に対抗する「日本法理」「日本精神」で、その法源を「聖徳太子の17条憲法」に求め、それを植民地から「大東亜法秩序」にまで拡げることが、真剣に議論されていました。

かと 太田耐造は、この時期の「思想検察」を指揮した司法省官僚で「思想検事」でした。ゾルゲ事件の被告たちに適用された治安維持法(1925年制定、1928年及び41年3月10日改正)、国防保安法(1941年5月10日施行)、軍機保護法(1899年施行、1937年及び41年3月10日改正)、軍用資源秘密保護法(1939年3月25日施行)という4つの法律の制定及び直近の改正に加わり、同時に、その解釈・運用を総指揮しました。その太田耐造が蒐集し2017年に国会図書館で公開された「太田耐造関係文書」のなかに、「日本法理研究会」の史資料が、大量に含まれていました(史料番号90以下)。ちょうど「紀元2600年」で、天皇制と元号による神話的時間・空間支配、欧米とは異なる「日本的なるもの」の礼賛が最高潮に達した時期でした。当然、治安弾圧法規の制定・解釈・運用にも「日本法理」が用いられました。典型的には治安維持法の28年改正「目的遂行罪」を更に改悪した1941年法です。その「精神」は、今日の「特定秘密保護法」にも受け継がれています。

かと 「日本国憲法」があるので象徴天皇制は民主主義と両立する、先代象徴天皇は「戦後民主主義」の護り手であった、という類の議論があります。しかし、歴史の教訓は、天皇個人ではなく制度としての天皇制、民衆への天皇の象徴性とその「権威」の時の権力による政治的利用にあります。君主主権の「大日本帝国憲法」さえ、それが「17条憲法」「日本法理」まで遡って解釈・運用されると、それまで長く通説だった「天皇機関説」など簡単に排除され、新聞・ラジオと帝大教授等が総動員されて、戦時体制に突入しました。丸山真男のいう歴史意識の古層つぎつぎとなりゆくいきほい」が想起されます。いよいよ深刻化する長期不況、「失われた30年」による世界経済の「中心」からの脱落、米国にすがるしかない国際外交秩序の中での孤立、「ファシズムの初期症候」指標に照らした政治と社会の閉塞からすると、すでに、「いつか来た道」に大きく踏み込んでいるのかもしれません。

上述「太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新史料については、6月8日(土)午後、専修大学での大きな講演会があり、私も「昭和天皇へのゾルゲ事件上奏文」について報告します。

5月1日はやっぱりメーデー、天皇制民主主義と国際連帯を考える時!

2019.5.1かと 二つの理由から、今回更新は、前回のマイナーチェンジにとどめます。一つは、世界史上の5月1日=メーデーを考え、日本でのみ仕切られた「新元号」の狂騒曲と、安倍首相と日本会議演出による神話復活の神道儀式に乗らないため。いまひとつは、ようやく更新できたドメインサイトへのFTPが、あいかわらず不具合なため。天皇天皇制についてのみ一言。wikipedia日本語版にもありますが、不正確なものも含まれています。むしろ、英語版wilipediaの方が、世界史的な理解ができます。21世紀の初めに、岩波講座『天皇と王権を考える』全10巻が出ています。「天皇を広く世界史的連関のもとに置き、多角的な考察と問題提起」をしたもので、その第1巻で、故網野善彦・安丸良夫らが述べていたことが、今日の「象徴天皇制」「平成→令和」論議でも、出発点になりうるでしょう。「日本」という国号と王の称号「天皇」は異なります。共に7世紀に確定されたとはいえ、中国の朝貢冊封体制の中にありました。日常語では「天皇」は「オオキミ」で、「天皇」の和訓にあたる「スメラミコト」は万葉集では一度も用いられていないようです。中世・近世でも、天皇号はほとんど用いられませんでした(安丸良夫)。つまり、「権威としての天皇」さえ、伝統ではありません。幕末以降の政治的産物で、神話でした。「天皇制」にいたっては、1928年以降の日本共産党の「君主制打倒」のための政治スローガンで、それが1945年以降に学術用語として定着し、左右両派により使われるようになったものです。それも、日米戦争期に米国側が「天皇を平和のシンボルとして利用する」戦略を確立し、占領支配をスムーズに進めるために、「象徴天皇制」を残し利用したためでした。こうした天皇と天皇制を歴史的に考えるためにこそ、連休を使いたいものです。

かと 政治的に作られた神話の暦を離れれば、5月1日はメーデー、世界的には労働者の祭典です。ウィキには、「労働者の日」としてのメーデーは、「1886年5月1日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟AFL)が、シカゴを中心に8時間労働制要求8-hour day movement)の統一ストライキを行ったのが起源で、1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行われた。1888年AFLは引き続き8時間労働制要求のため、1890年5月1日にゼネラル・ストライキを行うことを決定したが、1886年の統一スト後にヘイマーケットの虐殺Haymarket massacre)といわれる弾圧を受けていたため、AFL会長ゴンパース1889年第二インターナショナル創立大会でAFLのゼネスト実施に合わせて労働者の国際的連帯としてデモを行うことを要請、これが決議され、1890年の当日、ヨーロッパ各国やアメリカなどで第1回国際メーデーが実行された」とあります。8時間労働制は、1919年の国際労働機関(ILO)創設などで、世界中に広がり、定着しました。

かと  そうです。今年はメーデーを世界に広めた第2インターナショナル結成130年、8時間労働制100年です。第2インターナショナルは、ヨーロッパの社会党・労働党・社会民主党、それに各国労働組合の代表がパリに集まり、完成したばかりのエッフェル塔の下で、国境を越えた労働者の団結と連帯を決議しました。エッフェル塔は、フランス革命100周年を記念したパリ万国博覧会のために建てられた鉄塔で、夜には、三色のアーク灯によるサーチライトでライトアップされ、エジソン発明の白熱電灯で光を放っていました。つまり、20世紀の科学技術の発展を、天まで届く300メートルの鉄塔と電気で象徴し、そうした工業文化を担う労働者階級が、国境を越えて多数派・主権者になると見通されていました。第二インター結成大会は、20ヵ国400名で7月14日、パリ祭の日に開かれました。会場で歌われたのは、フランス革命行進曲「ラ・マルセイエーズ」でした。第3共和制下のフランス国歌でしたが、同時に、労働者の国際連帯でフランス革命の理念「自由・平等・友愛」が世界に広まる時代を夢見ていました。

かと その第2インターナショナルのなかの急進派が、ILOと同じ1919年、第3インターナショナル=コミンテルンを創設しました。レーニンの指導するロシア革命の勝利を受けて、共産主義を信奉する各国のグループが、「鉄の規律」で結ばれた各国支部=各国共産党をつくり、「プロレタリア独裁」の計画経済による労働者国家樹立を目指しました。創立大会で歌われたのは、もともとフランスの1871年パリ・コミューン時に作られた革命歌「インターナショナル」、アカデミー賞受賞のハリウッド映画レッズ」が、時代の雰囲気を伝えています。もっとも「インターナショナル」がソ連国歌になって、レーニン死後にスターリンが指導者になって以降、労働時間短縮・8時間労働制は、第2インターナショナルを継承した社会民主主義の労働社会主義インター、戦後社会主義インターをも通じて世界に定着しますが、第3インター=コミンテルンの方は、ソ連共産党とその指導者を頂点とするピラミッド型の組織となりました。労働組合ばかりでなく農民・女性・青年などの国際組織が作られましたが、事実上ソ連の衛星機関・外交的道具となって、戦後の各国共産党と系列下の伝導ベルト型大衆運動組織に受け継がれました。30年前の1989年東欧革命・91年ソ連解体で、コミンテルン型国際連帯は崩壊し、多くの国の共産党は解党して、戦後欧州各国で政権につきケインズ主義的福祉国家を広めてきた社会民主主義の社会主義インターナショナルに、再吸収されました。国際連帯歌「インターナショナル」も、コミンテルンの残滓を受け継ぐ中国や北朝鮮などでは生きていますが、21世紀の世界では、ほとんど歌われなくなりました。

かと 20世紀の「自由・平等・友愛」理念と8時間労働制の定着のもとで、世界では環境運動・女性運動・人権運動・平和運動・市民運動も広がり、21世紀に入ると、新自由主義的グローバリゼーションに抵抗する、新たな水平的・ネットワーク型国際連帯が生まれました。イラク戦争に反対する世界社会フォーラムなどで、国籍・宗教・言語・人種民族を越えて歌われるようになったのは、ジョン・レノンの「イマジン」でした。19世紀「ラ・マルセイエーズ」の「暴君を倒せ」「武器をとれ」でも、20世紀「インターナショナル」の「起て飢えたる者よ」でもなく、国境なんてないと思ってごらん」「Imagine all the people  Living life in peace」というバラードでした。9.11同時多発テロの時期には、それがインターネットでつながり、世界同時キャンドルデモなどで歌われました。

かと ただし、こうした世界の歩みと、時間的・空間的に区切られた島国日本の歩みは、大筋では似ていても、やや異なるものでした。1922年に政労使でILOに加入した日本の労働側要求は、8時間労働以前の「労働者の人格承認」、まずは人間として扱ってほしいというものでした。その年第3回メーデーから長く歌われたメーデー歌聞け万国の労働者」は、軍歌「アムール河の流血や」の替え歌でした。ソ連・コミンテルン型「インターナショナル」が崩壊した頃、「大正生まれ」の長時間労働で経済成長を成し遂げ「過労死」を世界語にした日本で流行ったのは、「24時間たたかえますか」というCMソングでした。そして、「失われた30年」を経た今日でも、日本は、国際労働機関(ILO)条約の1号条約(1日8時間・週48時間労働)も、47号(週40時間制)、132号(最低2週間以上の連続した年次有給休暇)・140号(有給教育休暇)」など労働時間の国際基準条約を批准していません。他国では「セブン・イレブン」なのに24時間営業のコンビニが常態化し、この4月に始まった「働き方改革」でも残業や職種による労働時間規制が抜け穴だらけの、異様な国なのです。そこに、外国人単純労働者を引き入れようとしています。つまり、世界で130年近いメーデーには、まずは厳格な8時間労働制と労働時間短縮・最低賃金底上げ・実質賃金引上げが必要なのに、この国の労働組合は、新たな日本固有の時間的・空間的仕切りの年号ができる5月1日をはずして、4月末に第90回メーデーを開催し、「新元号フィーバー」の連休に突入しました。その10連休をまともにとれるのは、働く人びとの3分の1だけ、非正規の日給が減って収入減の人たち、保育所が休みでも働かざるをえないワーキングママ。労働者の国際連帯からも、「イマジン」型社会運動からも隔離され、遠ざかる、悲しい現実です。

かと 世界とつながるメーデーに、新元号などいりません。せめて連休用に、「ファシズムの初期症候」に抵抗する各種イベントへの参加や、自分の労働についてのまとまった学習・読書を準備しましょう。4月18日(木)に東京神田・如水会館で新三木会講演会日本の社会主義ーー戦前日本の思想・運動と群像」、4月27日(土)早稲田大学戸山キャンパスで桑野塾731部隊と戦後日本ーー民族優生思想から『不幸な子供を産まない運動』へ」、5月3日(金)岐阜市長良川国際会議場で「731部隊と戦後日本ーー東アジアの平和のために」を、それぞれ公開で講演します。後2者は、 you tube に入っている「731部隊と旧優生保護法強制不妊手術を結ぶ優生思想」と関連する「イマジン」型社会運動の一部です。ご関心の向きは、ぜひどうぞ。昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられている、国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料については、6月8日(土)午後、専修大学での大きな講演会が予定されています。

5月1日は「メーデー」、8時間労働と国際連帯の日!

2019.4.15かと 次回更新予定の5月1日はメーデー、世界的には労働者の祭典です。ウィキには、「労働者の日」としてのメーデーは、「1886年5月1日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟AFL)が、シカゴを中心に8時間労働制要求8-hour day movement)の統一ストライキを行ったのが起源で、1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行われた。1888年AFLは引き続き8時間労働制要求のため、1890年5月1日にゼネラル・ストライキを行うことを決定したが、1886年の統一スト後にヘイマーケットの虐殺Haymarket massacre)といわれる弾圧を受けていたため、AFL会長ゴンパース1889年第二インターナショナル創立大会でAFLのゼネスト実施に合わせて労働者の国際的連帯としてデモを行うことを要請、これが決議され、1890年の当日、ヨーロッパ各国やアメリカなどで第1回国際メーデーが実行された」とあります。8時間労働制は、1919年の国際労働機関(ILO)創設などで、世界中に広がり、定着しました。

かと  そうです。今年はメーデーを世界に広めた第2インターナショナル結成130年、8時間労働制100年です。第2インターナショナルは、ヨーロッパの社会党・労働党・社会民主党、それに各国労働組合の代表がパリに集まり、完成したばかりのエッフェル塔の下で、国境を越えた労働者の団結と連帯を決議しました。エッフェル塔は、フランス革命100周年を記念したパリ万国博覧会のために建てられた鉄塔で、夜には、三色のアーク灯によるサーチライトでライトアップされ、エジソン発明の白熱電灯で光を放っていました。つまり、20世紀の科学技術の発展を、天まで届く300メートルの鉄塔と電気で象徴し、そうした工業文化を担う労働者階級が、国境を越えて多数派・主権者になると見通されていました。第二インター結成大会は、20ヵ国400名で7月14日、パリ祭の日に開かれました。会場で歌われたのは、フランス革命行進曲「ラ・マルセイエーズ」でした。第3共和制下のフランス国歌でしたが、同時に、労働者の国際連帯でフランス革命の理念「自由・平等・友愛」が世界に広まる時代を夢見ていました。

かと その第2インターナショナルのなかの急進派が、ILOと同じ1919年、第3インターナショナル=コミンテルンを創設しました。レーニンの指導するロシア革命の勝利を受けて、共産主義を信奉する各国のグループが、「鉄の規律」で結ばれた各国支部=各国共産党をつくり、「プロレタリア独裁」の計画経済による労働者国家樹立を目指しました。創立大会で歌われたのは、もともとフランスの1871年パリ・コミューン時に作られた革命歌「インターナショナル」、アカデミー賞受賞のハリウッド映画レッズ」が、時代の雰囲気を伝えています。もっとも「インターナショナル」がソ連国歌になって、レーニン死後にスターリンが指導者になって以降、労働時間短縮・8時間労働制は、第2インターナショナルを継承した社会民主主義の労働社会主義インター、戦後社会主義インターをも通じて世界に定着しますが、第3インター=コミンテルンの方は、ソ連共産党とその指導者を頂点とするピラミッド型の組織となりました。労働組合ばかりでなく農民・女性・青年などの国際組織が作られましたが、事実上ソ連の衛星機関・外交的道具となって、戦後の各国共産党と系列下の伝導ベルト型大衆運動組織に受け継がれました。30年前の1989年東欧革命・91年ソ連解体で、コミンテルン型国際連帯は崩壊し、多くの国の共産党は解党して、戦後欧州各国で政権につきケインズ主義的福祉国家を広めてきた社会民主主義の社会主義インターナショナルに、再吸収されました。国際連帯歌「インターナショナル」も、コミンテルンの残滓を受け継ぐ中国や北朝鮮などでは生きていますが、21世紀の世界では、ほとんど歌われなくなりました。

かと 20世紀の「自由・平等・友愛」理念と8時間労働制の定着のもとで、世界では環境運動・女性運動・人権運動・平和運動・市民運動も広がり、21世紀に入ると、新自由主義的グローバリゼーションに抵抗する、新たな水平的・ネットワーク型国際連帯が生まれました。イラク戦争に反対する世界社会フォーラムなどで、国籍・宗教・言語・人種民族を越えて歌われるようになったのは、ジョン・レノンの「イマジン」でした。19世紀「ラ・マルセイエーズ」の「暴君を倒せ」「武器をとれ」でも、20世紀「インターナショナル」の「起て飢えたる者よ」でもなく、国境なんてないと思ってごらん」「Imagine all the people  Living life in peace」というバラードでした。9.11同時多発テロの時期には、それがインターネットでつながり、世界同時キャンドルデモなどで歌われました。

かと ただし、こうした世界の歩みと、時間的・空間的に区切られた島国日本の歩みは、大筋では似ていても、やや異なるものでした。1922年に政労使でILOに加入した日本の労働側要求は、8時間労働以前の「労働者の人格承認」、まずは人間として扱ってほしいというものでした。その年第3回メーデーから長く歌われたメーデー歌聞け万国の労働者」は、軍歌「アムール河の流血や」の替え歌でした。ソ連・コミンテルン型「インターナショナル」が崩壊した頃、「大正生まれ」の長時間労働で経済成長を成し遂げ「過労死」を世界語にした日本で流行ったのは、「24時間たたかえますか」というCMソングでした。そして、「失われた30年」を経た今日でも、日本は、国際労働機関(ILO)条約の1号条約(1日8時間・週48時間労働)も、47号(週40時間制)、132号(最低2週間以上の連続した年次有給休暇)・140号(有給教育休暇)」など労働時間の国際基準条約を批准していません。他国では「セブン・イレブン」なのに24時間営業のコンビニが常態化し、この4月に始まった「働き方改革」でも残業や職種による労働時間規制が抜け穴だらけの、異様な国なのです。そこに、外国人単純労働者を引き入れようとしています。つまり、世界で130年近いメーデーには、まずは厳格な8時間労働制と労働時間短縮・最低賃金底上げ・実質賃金引上げが必要なのに、この国の労働組合は、新たな日本固有の時間的・空間的仕切りの年号ができる5月1日をはずして、4月末に第90回メーデーを開催し、「新元号フィーバー」の連休に臨もうとしています。その10連休をまともにとれるのは、働く人びとの3分の1だけ、非正規の日給が減って収入減の人たち、保育所が休みでも働かざるをえないワーキングママ。労働者の国際連帯からも、「イマジン」型社会運動からも隔離され、遠ざかる、悲しい現実です。

かと 今回更新は、4月15日にできていたのですが、どうしてもFTPがつながらず、大幅に遅れました。ドメイン提供のプロバイダーのメールをチェックしてみると、4月契約自動更新のはずなのに、自動引き落としのクレジットカードの方が期限切れになって、ストップされたことがわかりました。キャッシュッレス社会の、落とし穴です。世界とつながるメーデーに、新元号などいりません。せめて連休用に、「ファシズムの初期症候」に抵抗する各種イベントへの参加や、自分の労働についてのまとまった学習・読書を準備しましょう。統一地方選挙では、「主権者たる国民」の選択が問われます。私も、4月18日(木)に東京神田・如水会館で新三木会講演会日本の社会主義ーー戦前日本の思想・運動と群像」、4月27日(土)早稲田大学戸山キャンパスで桑野塾731部隊と戦後日本ーー民族優生思想から『不幸な子供を産まない運動』へ」、5月3日(金)岐阜市長良川国際会議場で「731部隊と戦後日本ーー東アジアの平和のために」を、それぞれ公開で講演します。後2者は、 you tube に入っている「731部隊と旧優生保護法強制不妊手術を結ぶ優生思想」と関連する「イマジン」型社会運動の一部です。ご関心の向きは、ぜひどうぞ。昨年から毎日新聞朝日新聞で大きく報じられている、国会図書館憲政資料室太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料については、6月8日(土)午後、専修大学での大きな講演会が予定されています。

「令和」の元号はいらない、米軍基地もオスプレイもいらない!

2019.4.1かと  4月1日は、世界的にはエイプリルフールです。由来については各国に諸説がありますが、現代日本にふさわしいのは、最も有力な、16世紀フランス起源説でしょう。曰く、<昔々、ヨーロッパの新年は3月25日で、4月1日まで春の祭りをしていました。しかし、1564フランスの絶対君主シャルル9世1月1日を新年にします。それに怒った民衆は、4月1日に「嘘の新年」とし、ばか騒ぎを始めました。この反発に納得いかないシャルル9世は、町で嘘の新年を祝っていた人々を逮捕し処刑してしまいました。この事件にショックを受けたフランス国民は、この事を忘れない為と、フランス王への抗議として、その後も毎年4月1日に「嘘の新年」として祝うようになったのが、エイプリルフールの始まりだと言われています>ーーこれも世界に溢れる偽情報・フェイクニュースとされかねませんから、今回の更新は、明日2日零時過ぎに行います。

かと  新元号は「令和」でしたーー漢字ペディアで見ても、「」の意味は、@いいつける。命じる。いいつけ。「令状」「命令」、 Aのり。きまり。おきて。「訓令」「法令」、 Bおさ。長官。「県令」、です。 Cよい。りっぱな。「令色」「令名」、はその後です。君主や政府の「命令」「訓令」で時間が仕切られ、「」が演出されるのは、まっぴらです。強固な支持基盤の日本会議系右翼・ナショナリストへの弁明として、中国の漢籍からではなく、日本の古典「万葉集」が出典に選ばれました。もっともそれにも、漢籍の典拠・タネ本がありました。他の候補名、「令和」起案者も、1日でほぼ特定されました。時の権力者の「安」「晋」が入らなかったことだけが、マスコミ「元号フィーバー」のなかでの、ささやかな救いでした。

かと もともと4月は、4年に一度の統一地方選挙が決まっていました。7月には参院選があります。しかし国会での政府による基本統計や公文書の改竄疑惑は、なぜかあわだだしい予算審議で、うやむやにされました。沖縄では、県民投票の民意が全く無視され、軟弱地盤の米軍辺野古基地埋め立てが続けられています。絶滅寸前のジュゴンの死骸が見つかりました。4月は沖縄では1945年沖縄戦を想起する季節です。今朝の東京新聞スクープは、防衛省が宮古島住民を欺して弾薬庫を作った設計図偽造でした。「令和」騒動の最中に、あの悪名高い米軍機オスプレイが、伊丹空港に緊急着陸です。例(令!)によって「原因については申し上げられない」です。ましてや海外では、イギリスのBrexitが目前に迫り、アメリカでは気まぐれトランプが中東の火薬庫ゴラン高原のイスラエル主権を認めて国連決議違反の暴挙、米中・米朝関係も波乱含みですが、日本の出番はなし。日韓関係は更に深刻で、ヘイトスピーチの厚生省官僚が韓国の空港で泥酔トラブルで現行犯逮捕される始末。4月−7月の「選挙の季節」に向けて用意した外交の目玉、ロシアとの領土交渉は暗礁にのりあげ、北朝鮮との拉致問題交渉も遠のくばかり。そして、最も深刻なのは、内閣支持率維持の生命線である「アベノミクス」の化けの皮が次々に剥がれて、実質賃金低下ばかりでなく、景気後退も深刻で、消費税増税が政治的ギャンブルになりそうな様相。その四面楚歌のなかで、政権維持のためのイベントに使われているのが、この象徴天皇制代替わり・改元騒動であるように思われてなりません。5月の10連休から11月の神道儀式「大嘗祭」まで、広い意味での天皇制の政治利用が続きます。キリスト教団体が安倍首相に憲法違反の疑義を申し立て、抗議したのは当然です。

かと それにしても、この間のマスコミの新元号フィーバー、特に公共放送NHKのプロパガンダ・官邸迎合は異様です。夜9時のニュースを安倍首相がハイジャックし、オスプレイ不時着は、ついに報じられませんでした。一方で中高年「引きこもり」失業者61万人が放置されたまま、今日から外国人単純労働者35万人の受入が始まりました。準備も受入環境づくりも全く不十分です。簡単に報じられたが、すぐに忘れられたニュース。3月20日に発表された国連の「世界幸福度ランキング」。世界の156カ国中、日本は58位でした。無論、軒並み上位の北欧諸国ばかりでなく、先進資本主義国では最下位、コソボ、ルーマニアよりも下位で、ジャマイカ、ホンジュラス、カザフスタン並みです。2018年の54位から4つ順位を下げ、アジアでは25位台湾、34位シンガポール、52位タイ、54位韓国にも追いぬかれました。さらに深刻なのは、不透明な世界経済のなかでの「ジャパン・リスク」。これも「令和」の狂騒にかき消されましたが、4月1日の日銀短観は6年3か月ぶりの大幅な景況悪化。「アベノミクスの失敗」ばかりでなく、福島原発事故の81兆円コスト巨大地震被害見積もり100兆円が世界の投資家に知られて、100兆円予算の効果が国債暴落で帳消しになる悪夢。「ファシズムの初期症候」は、深刻化しています。これは、エイプリルフールではありません。「主権者たる国民」の選択が問われています。

かと 4月18日(土)に東京神田・如水会館で新三木会講演会日本の社会主義ーー戦前日本の思想・運動と群像」、4月27日(土)早稲田大学戸山キャンパスで桑野塾731部隊と戦後日本ーー民族優生思想から『不幸な子供を産まない運動』へ」、5月3日(金)岐阜市長良川国際会議場で「731部隊と戦後日本ーー東アジアの平和のために」を、それぞれ公開で講演します。後2者は you tube に入っている「731部隊と旧優生保護法強制不妊手術を結ぶ優生思想」と関連するものですので、ご関心の向きはどうぞ。

元号はいらない、「平成生れ」が「大正生れ」 の悲劇を繰り返さないように!

2019.3.15かと  1 月の運転免許書き換えに続いて、今日締切の確定申告で、またまた憂鬱な体験。マイナンバーカードなど持ち合わせていないのですが、ナンバーのコピーを付けないと受理されないとのことです。ほとんど使ったことのないマイナンバー通知なるものをコピーしたら、これも運転免許と同じく西暦年号なし、元号のみの表記です。運転免許証は西暦併記に決まったそうですが、「国民の義務」なる納税書式は、来年から新元号で出さなくてはならないようです。「象徴天皇」と「新元号」の話題が、東京オリンピックと共に、3.11震災・原発事故8周年を押しのけた、メディア・ジャックです。「新元号」に「安」の字が入るかどうか、中国の漢籍ではなく日本の古典文学や記紀神話の世界が入るかどうかの喧噪、興ざめです。そもそも天皇制の時間支配にすぎない元号を残す必要があるのか、いや空間支配でもある「ナショナリズムの仕切り」を、なぜ公的に強制するのか、改めて、天皇個人の言行や人格ではなく、国家制度としての象徴天皇制の意味を、考えるべき時です。「法の支配」は、時の権力の定義・解釈と運用次第で、「人の支配」になりうるのですから。

かと 象徴天皇制自体が、占領支配をスムーズに進めるための米国の発案で、戦争・戦力放棄の第9条とひき換えに、日本国憲法に刺さった棘です。日本国憲法制定時には、初めて許された言論・出版・思想・表現の自由のもとで、メディアも活性化し百家争鳴でした。占領軍のプレス・コードで原爆や占領政策・連合国批判は検閲されましたが、天皇制や旧軍批判は相対的に自由でした。日本側には、君主主権の神権天皇制絶対護持論から共産党の天皇制廃止論の間に、それなりの言説空間があり、昭和天皇退位・譲位論もあれば、尾崎行雄のような「人心一新のための改元」論もありました。そして、占領軍GHQの絶対的権力のもとで認められたのが、「象徴」としての天皇制維持、天皇の「人間宣言」でした。今日、安倍晋三をはじめ新元号制定権を持つ改憲勢力は、「押しつけ憲法」をいいながら、9条改訂・集団的自衛権明記とともに、大日本帝国時代に戻る「元首」復活を目標としています。政治制度としての利用価値を高めるためです。「押しつけ」られたのは、憲法第9条ではなく、第1条の象徴天皇制でした。

かと 改憲勢力は、対米依存のもとでの「民族」「伝統文化」の最後の砦として、天皇制を死守どころか強化しようとしています。グローバリズムのもとで、外交的にも経済的にも「トランプのポチ」としてしか評価されていないのに、むしろそれを奇貨として、もともと中国起源なのに元号が残された「世界唯一の元号国」として、「ジャパン・ファースト」の文化的シンボルにしようとしています。国内では元号でしか公文書に表現できないイージス・アショア予算が、米国から購入する契約時には西暦で公文書になる、二枚舌です。「平成生れ」で安倍首相の「強いリーダーシップ」を支持している若い皆さんに、苦い歴史的教訓を一つ。「平成には戦争がなかった」などと、浮かれている時ではありません。大正生れの歌」を探索してわかった「大正生れ」世代の共通のアイデンティティとは、「アジア・太平洋戦争の最大の犠牲者」「同級生・戦友を失った世代」でした。なぜならば、次の年号「昭和」で戦争が始まった時、ちょうど10代後半から30代で徴兵制で最前線に送られる最大の犠牲者世代=コホートになったのが、「大正生れでした。核保有徴兵制さえタブーでなくなった21世紀の日本で、「新元号」キャンペーン・便乗ビジネスに乗り、「大正生れの歌」の悪夢を繰り返してはなりません。若い皆さん自身の問題です。

かと 日本国憲法全体は護るべきとして、不本意ながら象徴天皇制の存在は認める場合でも、時の権力による政治的利用には、敏感で厳格であるべきです。「そもそも政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法法令及び詔勅を排除する」「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」ーー前文を素直に読めば、日本国憲法の全体は、国民主権と基本的人権の普遍主義で貫かれています。だからそれに原理的に矛盾する、特殊な象徴天皇制も、第1条「天皇は、日本の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」、第3条「天皇の事に関するすべての行為には、内閣の助言承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」と厳しく規定されています。第4条「天皇は、この憲法の定める事に関する行為のみを行ひ、政に関する権能を有しない」と、「国事行為」の内容も第7条で限定されています。平成天皇の被災地慰問も、自らの意志による退位表明も、厳密には「法の支配」からの逸脱になり、時の内閣の政治利用と、それに便乗したビジネスを許すことになります。かつての「昭和」から「平成」への代替わり時以上に、「新元号」は、政治的にも経済的にも、すでに利用されています。

かと 新元号に「安」を入れたり、官房長官ではなくファシスト安倍首相自らが国民に発表する政治的利用にも要注意ですが、安倍官邸による権力一元化=独裁は、まだ完成したものではありません。いくら本人が「森羅万象全てを担当」「私が国家です」「立法府の長」とフェイクに自称しても、国家の権力分立制度が機能すれば、ブレーキがかかります。たとえば「立法府の長」発言に、野党議員が質問し、答弁させることができます。「アベノミクスによる戦後最大の景気拡大」を前提とする消費増税は、基礎となる統計数字が賃金でも家計消費でもGDPでも揺らいできて、庶民の実感を顧慮せざるを得なくなってきました。今日のニュースで言えば、旧優生保護法のもとでの強制不妊手術の犠牲者を救済する法案が、立法府=国会の与野党合意でまとめられる方向が確認されました。「反省とおわび」が国家でなく「われわれ」とぼかされ、被害者自身の声が届かず、損害賠償が少額の一時金にとどまるにしても、「朕が国家なり」への風穴です。ただし、私が解明しつつある、細菌戦・人体実験の元731部隊軍医・長友浪男が戦後厚生省に潜り込み、強制不妊手術実行の全国的運用責任者であった問題や、「らい予防法」や「北海道旧土人保護法」と同様の20世紀優生思想の産物であった問題等は、手つかずです。

かと 司法部=裁判所でも、森友学園問題での政府の資料隠蔽、福島原発事故での千葉県避難者の損害賠償訴訟では、ごく一部の地裁レベルではあっても、原告の主張を認める判決がでています。つまり、「森羅万象」の森には風が抜ける風穴はあるのです。ましてや象徴天皇や元号で仕切られた時間・空間は、その「仕切り」の外の外国=「横からの圧力」に弱いのが特徴です。中国・韓国・ロシア・ヨーロッパで「新元号」が歓迎されることはありえません。安倍晋三の宗主国アメリカでさえ、「代替わり」など無視して、FTA圧力をかけてくるでしょう。トランプの「アメリカン・ファースト」のもとで、従僕安倍晋三のノーベル平和賞トランプ推薦7つの日本企業大工場の米国移転の約束の秘密が、トランプ自身の口から暴かれてきたことは、「ジャパン・ファースト」の無力を示しています。旧皇室関係者をトップに据えた東京オリンピックは、「象徴」の招致汚職疑惑が浮上して、国際的イメージを下げました。「新元号」に浮かれている時ではありません。まずは、沖縄県民の民意を受けて、辺野古基地の非正義・不合理を米国に訴え撤回させることこそが、「主権者国民」とその政府のなすべきことです。「安」の字の入った国内公文書用「新元号」決定が、次回更新日4月1日の「エープリル・フール」であることを願います。

侵略国だった日本の、東アジアへの「向き合い」方

2019.3.1かと  一回パスして、ひと月ぶりの更新です。国内では、基本統計改竄の仕組みが次々に明るみに出ても、安倍首相は、官僚の責任にして涼しい顔。沖縄の辺野古基地についての民意が、これ以上ないかたちで県民投票で表明されたのに、政府は投票当日も翌日も工事続行。この国は、もはや民主国家ではありません。外交では、四面楚歌です。北朝鮮問題では長く蚊帳の外、ロシアとの「北方領土」交渉は完全に手詰まり状態、中国からは声がかからず、アメリカから次々に高額武器を買ってもFTA 交渉では更に貢ぎ物を出さなければならない忠犬ポチの悲哀。そして、今日三・一独立運動100周年を迎えた韓国との間は最悪です。この国は、グローバルな海を、漂流しています。その責任は明確です。舵取りは「森羅万象すべてを担当」と公言する独裁者、安倍晋三です。改めて、昨年たびたび本サイトで掲げてきた、「ファシズムの初期症状」の進行度を確認しておきましょう。

かと 3月1日です。日本ではビキニデーです。65年前のこの日、アメリカの水爆実験による「死の灰」により、静岡のマグロ漁船第5福竜丸が被曝しました。後に無線長・久保山愛吉さんが亡くなり、また第5福竜丸以外にも700隻以上の漁船が操業していて、実験場近くのロンゲラップ島民は人体実験の標本とされました。被曝者2万人と見積もられています。久保山さんの辞世の言葉は、「原水爆の犠牲者は、わたしを最後にしてほしい」でした。ところが当時の新聞を調べると、1954年の3月は、前年末の米国アイゼンハワー大統領の国連演説「Atoms for Peace(原子力を平和のために)」を受けて、日本の国会に中曽根康弘が「原子力予算」を提出して採択、正力松太郎と共に原子力発電を開始する時期でした。新聞報道では「原子力を平和に、モルモットにはなりたくない」と、むしろ「原子力の平和利用」という名の原爆反対・原発推進の方向に踏み出す第一歩となりました。米国政府は賠償には応ぜず、日本政府への200万ドルの「好意の見舞金」で決着しました。それが、2011年の3.11フクシマ原発事故への出発点でした。在日米国人詩人アーサー・ビナードさん言葉「『久保山さんのことを わすれない』と ひとびとは いった。けれど わすれるのを じっと まっている ひとたちもいる」ーーその現代日本の代表が安倍晋三であることは、まちがいありません。

かと 3月1日は、朝鮮半島の人々にとって、現代史の出発点ともいうべき三・一独立運動・万歳事件の100周年記念日です。日本の植民地支配からの解放を求め、ソウルのパゴダ公園に集った宗教者等33人が「吾らはここに、我が朝鮮が独立国であり朝鮮人が自由民である事を宣言する。これを以て世界万邦に告げ人類平等の大義を克明にし、これを以て子孫万代に告げ民族自存の正当な権利を永久に所有せしむる」という「独立宣言」を起草し、万歳三唱をしました。支持するデモは全朝鮮にひろがり、1542回、205万人が参加したと言います。「死者7509名、負傷者1万5849名、逮捕された者4万6303名、焼かれた家屋715戸、焼かれた教会47、焼かれた学校2」という韓国側記録もありますが、朝鮮総督府警察・軍隊の弾圧で、日本側司法記録でも、1万2668名逮捕・3967人有罪でした。日本本土に留学や求職で滞在していた多くの朝鮮人も、加わっていました。この時の経験を踏まえて、日本では1925年「治安維持法」に「国体変革・私有財産否定」の運動参加と共に「結社の目的遂行のためにする行為」の罪が書き込まれました。治安維持法は、もともと共産党取締りのはずだったのに、朝鮮独立運動にもこの「目的遂行罪」が適用されました。1925-45年の検挙記録をビッグデータにして分析すると、1928-33年の共産党弾圧時でも共産党員はわずか3.4% 、それも80%が「転向」します。20年間の検挙者は、日本人6万8332人ですが、労働運動・農民運動・文化運動から戦争に反対する自由主義者・宗教者、読書会・同人雑誌にまで「目的遂行罪」が拡大適用されました。しかも「目的遂行罪」は、植民地の独立運動・宗教運動にも適用され、朝鮮人2万6543人など3万3322人が検挙されました。本土・植民地の総計は10万1654人で、日本人被告には死刑が適用されませんでしたが、朝鮮では59人が死刑になりました。昨年夏のNHK/ETV特集自由はこうして奪われたーー治安維持法10万人の記録」が、ようやくビッグデータから割り出した歴史の実態です。

かと こうした植民地時代の経験が、伝統として受け継がれ、今日韓国での従軍慰安婦問題、徴用工問題、象徴天皇制日本への態度にもつながるのですが、日本でのメディア報道は、もっぱら「韓国の反日」の文脈で、3.1独立運動100周年を見ようとします。書店やウェブ上では、反韓・嫌韓のヘイト言説が溢れています。国際的孤立のなかで、とりわけ東アジアの平和のアクターに加わるには、何よりも、20世紀日本の植民地支配、経済侵略の反省が必要なのですが、安倍政権は、1965年日韓条約の5億ドル援助で決着済みという態度で、侵略された側の歴史の記憶、民衆の歴史観に、眼が届きません。ちょうど、ビキニ水爆被曝に対する米国の「見舞金」の屈辱に対して、日本政府はともかく、日本の民衆が原水爆禁止運動を始めた歴史など、忘れてしまったようです。トランプ米国大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長の第2回会談は、最終合意にいたりませんでしたが、安倍首相は、歓迎のようです。「親分」トランプに「次は私が向き合う」と伝えたそうです。ところが、米朝の対立は、核廃棄問題です。安倍首相は、トランプが米朝会談で日本の拉致問題をとりあげてくれたと浮かれていますが、北朝鮮にしてみれば、大国が自国本位で核兵器を独占し、宇宙軍まで創設しようという動きに、20世紀の歴史を重ね合わせているのでしょう。米国に追従するだけの日本に対しては、米朝会談当日『労働新聞』に、「日本は謝罪と賠償だけしていろ」と挑発してきました。北朝鮮との間では、まだ植民地支配の問題を、まともに議論したことさえないのです。自国の歴史を知らず、足元の民意さえ汲めない安倍晋三が、トランプの米国と経済力のみを頼りに「向き合う」ことで、東アジア民衆との間の溝を、更に広げることになるのではと危惧します。私自身の20世紀歴史認識は、昨年上梓した『731部隊と戦後日本』(花伝社)の延長上で、元731部隊軍医少佐であった長友浪男が、軍歴を隠して旧優生保護法強制不妊手術を担当する厚生省高官になり、北海道副知事に上り詰める問題等を引き続き探求し、民衆レベルの対話に、参加していきます。

「大国」意識を捨てて、身の丈の国と生活を!

 

2019.2.1(FTP不良で3日にアップ)かと  厚生労働省の「毎月勤労統計調査」に続いて、「賃金構造基本統計」にも不正が見つかりました。国の現況を統計的にあらわす「基幹統計」56の内、四割の23統計が法令通りに調査されていなかった、とわかりました。例えば、「国土交通省の「建設工事統計」では、1事業者が施工高などを「百万円単位」で書くべきところ、「万円単位で記入したため、公表した全体の値が実態よりも大きかった」、新たに判明した「小売物価統計調査」では、大阪府の調査員が実際の調査をせず過去データを提出していた、という具合ですから、お話になりません。「毎月勤労統計調査」や「賃金構造基本統計」は、別に経済学者・統計学者でなくても、労働時間や賃金格差など社会労働問題を扱うさいには、誰でもベーシックなデータとするものです。景気・投資動向や国際比較の分析でも、欠かせないものです。そうした分析や議論の土台となる数字がいい加減で、「アベノミクスの成功」や「3%賃上げ」の根拠が、土台から揺らいでいます。それが安倍首相の時局発言を「忖度」したものであったかどうかはともあれ、問題を隠蔽し、秘かに内部で処理しようとし、あまつさえ過去の基本データを紛失したとする厚生労働省及び安倍政権の対応は、大問題です。統計法違反として、立件すべきです。この虚偽データが、消費増税や「働き方改革」のもととなり、国連やOECD・ILOなどの国際機関に送られていました。恥ずかしいことです。それを承知しながら、また右の東京新聞記事の言う公文書・データ改竄の数々を重ねていながら、安倍晋三首相は、1月23日のダボス会議で、世界の政財界エリートを前に「世界的なデータ・ガバナンス」の必要、国際的なデジタルデータの流通ルール策定を提唱」したのですから、厚顔無恥もきわまれりです。

かと  統計数字が正しいとしても、その解釈・意味づけは、さまざまです。国会で「毎月勤労統計調査」で「実質賃金のマイナス」が問題にされているのは、いくら公共放送が「景気回復」を繰り返しても、安倍内閣のいう「戦後最長の好景気」が庶民には実感できずその恩恵を得ているのは、一握りの大企業と個人に限られているからです。世界的なグローバル経済の効果では、より問題が鮮明になります。国際NGO「オックスファム」は、2018年の報告書で、世界で1年間に生み出された富(保有資産の増加分)のうち82%を世界で最も豊かな上位1%が独占し、経済的に恵まれない下から半分(37億人)は財産が増えなかった、といいます。その2019年版が、ダボス会議に向けて1月に発表され、「世界のお金持ち上位26人が、世界のボトム・ハーフ(貧しい半数)の38億人と同じ額の資産を保有している」とされました。「昨年1年間でボトム・ハーフの資産は11%も縮小する一方で、ビリオネアの資産は12%も拡大。1日に25億ドルずつ増えていた」「十分な医療を受けられないため、推定約1万人が毎日亡くなっています。貧しい国々では貧困家庭の子供は裕福な家庭の子供より5歳までに死ぬ割合が平均で倍近く高い」「両親が学費や制服、教科書代を負担できないことなどを理由に、学校に行けない子供は2億6200万人。貧富の格差は教育格差も広げていきます。世界トップ1%のお金持ちが資産の0.5%に相当する税金を納めれば年4180億ドルが集まります。これを元手に学校に行けない子供たちを救い、医療サービスの提供で330万人の死を防ぐことができる」等々、具体的な現実が見えてきます。かつてマイクロソフトのビル・ゲイツは、マクロデータから「世界から貧困が減っている」と述べたのに対して、ロンドン大学のジェイソン・ヒッカー博士は、典拠となった同じデータを読み替えました。「貧困ライン」の線引きの仕方で、同じ数字の意味が異なってきます。「貧困」や「格差」の評価では、統計数字の信頼性と共に、賃金・所得・資産と性別・人種民族・学歴・居住地域等をクロスした現実生活の実態こそが、問題にさるべきです。

かと この点からすると、「日本が大国である」という前提そのものを、疑ってかかった方がいいでしょう。国際統計で日本の名目GDPが、1位アメリカ、2位の中国にどんどん引き離されながらも、なお世界3位だというのは、その通りでしょう。しかし一人あたりにすると、名目でもOECDで20位(2017年)、最新IMF統計では25位、購買力平価の実質では30位(2018年10月)です。ちなみに、サッカー・アジアカップの優勝国カタールは、一人あたり名目GDPで日本の1.5倍、アメリカ以上の7位購買力平価なら世界一です。どちらが「ハングリー」かは、AI風の世界の眼からは明らかです。公的教育費の対GDP比較では、ユネスコ統計(2017年)で114番目です。経済的参加度に経済機会、教育達成度、健康と生存、政治的エンパワーメントを加味したダボス会議(世界経済フォーラム)の「男女平等(ジェンダーギャップ)ランキング」でも、114位です。「アベノミクス」の肝である経済成長率で言えば、統計偽造でかさ上げの可能性がありますが、2017年は世界147位アジア25ヵ国中では下から3番目の23位です。少子高齢化がありますから、大きな躍進はありえません。衰退と格差拡大が続きます。発展「途上国」ではありませんが、落日の「衰退国」です。21世紀世界におけるこの客観的位置と、国内の階級・階層構造を前提にした将来像こそが、求められます。かつて日本がGDP第2位、一人あたりでもアメリカを凌駕したバブル経済の時代でさえ、日本は、世界から「経済一流、政治は三流」と揶揄されました。「政治は三流だが、官僚は一流」といわれた時代もありました。その頃、日本の外務省に招かれたアメリカのジョン・ダワー教授は、近隣アジアに「友人を作れなかった経済大国」の中味を、「5つの欠如」としてあげました。@喜びの欠如した富、A真の自由の欠如した平等社会、B創造性の欠如した教育、C真の家庭生活の欠如した家族主義、Dリーダーシップの欠如した超大国、と特徴づけました。私のブックレット戦後意識の変貌』(1989年)末尾に入っています(J・ダワー「日米関係における恐怖と偏見」『昭和』みすず書房、2010所収)。それから30年、@は富そのものの摩耗で貧困と格差に、Aは集団主義的企業社会や年功賃金を言っていたのですが、日本的経営も過去のものとなって、非正規労働が蔓延する自由も平等も欠如した社会に。Bのつめこみ教育は変わりませんが、いじめや貧困児童の増大で、教育そのものの危機に、Cは家庭も持てない若者の増大、Dはアメリカ・トランプ政権に頼るだけでいっそう衰退し、いまや国際社会から孤立する「外交五流国」です。核廃絶にも、米中ソ関係にも、能動的影響力を持てないのです。

かと  そうした現実を認めることができない、ノスタルジアの「大国」意識が、安倍内閣を支えています。いまや「官僚も三流」で、官邸ファシスト政権に権力が集中し、景気回復・「大国」再来を夢見る狭隘なナショナリズム、反中・嫌韓排外主義が蔓延しています。冷戦終焉・バブル崩壊の時代よりも深刻な、2世・3世政治家が跋扈する、「経済も政治も三流」の国です。かつて石橋湛山の唱えた戦前「小日本主義」、戦後の竹内好の「アジア主義」、30年前で言えば「河野談話」「村山談話」のような、身の丈に合わせた謙虚な国に、立ち戻ることはできないのでしょうか。私個人は、2018年春に上梓した『731部隊と戦後日本』(花伝社)の延長上で、元731部隊軍医少佐であった長友浪男が、軍歴を隠して旧優生保護法強制不妊手術を担当する厚生省高官になり、北海道副知事に上り詰める問題等を具体的に探求していきますが、若い「想像力」「洞察力」と「創造力」を持った「有機的知識人」(グラムシサイード)の出現を、期待します。昨年11月八王子12月東大での731部隊講演は、どちらもyou tubeに収録されています。30年前の戦後意識の変貌』、昨年末にウェブ公開が解禁になった、中部大学年報『アリーナ』誌第20号(2017年11月)に発表された長大論文「米国共産党日本人部研究序説」(藤井一行教授追悼寄稿)を、そのきっかけとなった、インタビュー「エピローグとなった『序説』への研究序説ーー『スターリン問題研究序説』と70年代後期の思潮」(中部大学年報『アリーナ』第16号、2013)とともに、歴史の記憶と記録として、残しておきます。FTP不良で、更新は3日になりました。2月は体調と執筆の遅れを回復したいので、次回更新は3月1日とさせていただきます。

 

安倍内閣「真理省」が日本を壊している!

 

2019.1.15かと この国は、壊れている。いや、壊されつつある、というのが、2019年に入って2週間の印象です。私たちの生活は、政府の作成する公的統計資料と、それにもとづく施策を国民に示す公文書のうえに成り立っています。そのうち国勢調査等とならぶ「基幹統計」の一部である厚生労働省の「毎月勤労統計調査」が、なんと、データが改竄されていました。「毎月勤労統計」は、500人以上の規模の事業所は全数調査を行うことになっていますが、1996年から4半世紀にわたって恣意的に扱われてきました。2004年以降、東京都だけ全数ではなく、3分の1程度の抽出調査を行っていました。昨2018年は全1464事業所のうち、491事業所だけの調査でした。11日の国民民主党のヒアリングで、厚労省の屋敷次郎参事官は「東京で500人以上の会社は賃金が高い。そこの3分の2が抜けると、全体の賃金は押し下げられるのです」と説明しました。金額ベースで、平均0.6%引き下げられたと認めています。これは、賃金が実態より低く出て、雇用保険労災保険の算定基礎になり、本来支払われるべき額が低くなることを意味します。@失業給付など雇用保険で約280億円(延べ1900万人)、A年金給付と休業補償の労災保険で約241億5000万円(同72万人)、B船員保険で約16億円(同1万人)、C事業主向けの雇用調整助成金で約30億円(延べ30万事業所)が過少に見積もられ、延べ1973万人・30万事業所で総額は約567億5000万円といいます。経済分析や景気動向指数も、歪められます。そのうえ、アベノミクスの失敗を覆い隠し、「働き方改革」を進めるためか、意図的操作も行われてきました。安倍首相は2014年春闘から企業に賃上げを求めてきましたが、思ったように上がりませんでした。シビレを切らした安倍首相は、2018年春闘に向けて、初めて「3%」という具体的な数値目標まで口にしました。これを「忖度」してか、厚労省は、「基幹統計」を操作して、抽出した調査結果を全数検査に近づけるための統計処理をしました。3分の1の抽出調査結果を3倍にし、計算上、賃金額はアップするようにしたのです。GDPや国際賃金比較など国際統計の基礎にも使われていますから、日本の統計全体の信頼性を、著しく損ねるものになります。

かと 賃金についてのみではありません。労働時間についても、「毎月勤労統計調査」は、最もよく使われる「基幹統計」でした。例えば先の国会で大きな争点となり、今また医療従事者の労働時間規制の焦点になっている「過労死」を考える前提が、「毎月勤労統計調査」でした。もともと「毎月勤労統計調査」自体、労働現場の実態把握としては、問題の多い統計でした。昨年なくなった森岡孝二さんの表現を借りれば、賃金および労働時間の基幹統計である「毎月勤労統計調査」には「二つの不備」があります。第一に,同調査は事業者側の申告によるもので,事業所の賃金台帳に記載された賃金の支払われた労働時間を集計し ていて,男性の正社員に多い長時間の賃金不払残業(サービス残業)を把握していない。第二に, 同調査の月次データは,調査の目的である賃金,労働時間および雇用の変動の把握に関して不可欠 な、数字の性別による集計を欠いている。 そのため森岡さんは、早出や居残りを含め労働者が゛実際に就業した時間を世帯毎で集計した総務省「労働力調査」の就業時間統計 を用い、女性労働者やパートタイム労働者、何よりも「サービス残業」を含む実態を把握しようとしました。私自身、かつて「過労死とサービス残業の政治経済学」という英語・フランス語・ドイツ語・中国語・韓国語に訳された1994年の論文で、「サービス残業の統計学」という一章を設け、(当時は労働省)「毎月勤労統計調査」と総務庁「労働力調査」を比較し、その差の年間約350時間が、サービス残業にあたると論じました。しかし当時も現在も、日本政府の公式労働時間統計は、サービス残業は反映されない「基幹統計」である「毎月勤労統計調査」で、それがそのまま国際比較でも用いられていました。

かと それでもまさか、統計の基礎数字と集計には改竄はないだろうと思っていたのですが、21世紀の「毎月勤労統計」は、そもそも本来の調査対象を都内大企業の3分の1に減らし、いっそう実態との乖離を拡大していたというのですから、話になりません。一民間企業内の有価証券報告書虚偽記載や特別背任より、はるかに重大な、公的犯罪です。安倍首相に媚びて「賃上げ」を演出したとすれば、ジョージ・オーウェル『1984』の真理省さながらです。しかも問題は、「毎月勤労統計」に留まらないことです。古くは旧社会保険庁の「消えた年金」がありました。安倍内閣のもとで、モリカケ問題など公文書の隠蔽ばかりでなく改竄まで行われたこと、しかもその責任者である財務大臣はじめ官僚たちはだれも責任をとらず、首相官邸の差配でか「栄転」や「天下り」を繰り返しています。現代日本の「真理省」は、全官僚の人事権を握った首相官邸です。新年の更新でかかげたGDP国際統計も、一人あたり名目GDP各国ランキングも、どうも統計の信憑性から疑ってかかる必要が出てきました。それらに比べれば、橋本健二さん作成の「日本の階級社会」の構成図は、その所得額や厳密な構成比は別として、現実の縮図としての意味を持っているでしょう。安倍官邸=「真理省」にとっては、森岡孝二さんや橋本健二さんのような、政府統計を組みかえて女性差別や格差社会の実態に迫る研究が、目の上のたんこぶだったのです。安倍官邸=「真理省」の情報操作と改竄は、内政ばかりでなく、外交にも及びます。オーウェル『1984』には、 調査局や記録局を持ちプロパガンダを担当する真理省のほかに、War is Peace を公言する「平和省」があります。集団的自衛権を認め海外派兵を可能にした「安保法制」は、すでに動き始めました。韓国との間の従軍慰安婦徴用工問題自衛隊機レーダー照射問題でも、虚実とりまぜた「平和省」風情報操作が目立ちます。安倍首相は特に必要性もないのに膨大な税金を使って「外遊」していますが、ロシアでもアメリカでも最近のイギリスでも、フェイクな「成果」が「真理省」経由でプロパガンダされます。自国に都合の悪い国際機関(IWC)は脱退。このままでは、新元号に「安」の字が入れられたり、カネまみれのオリンピックにヒトラーばりの演出がとられても、おかしくはありません。

かと 年初に風邪をこじらせ、幸先の良くないスタートですが、本サイトは引き続き、「改元」以前の西暦の20世紀にこだわり、戦争と平和、科学技術「進歩」と人権の問題を追究していきます。その一端である、2018年春に上梓した『731部隊と戦後日本』(花伝社)の延長上で、元731部隊軍医少佐であった長友浪男が、軍歴を隠して旧優生保護法強制不妊手術を担当する厚生省高官になり、北海道副知事に上り詰める問題等を、探求していきます。昨年11月八王子12月東大での講演は、どちらもyou tubeに収録されています。昨年末にウェブ公開が解禁になった、中部大学年報『アリーナ』誌第20号(2017年11月)に発表された長大論文「米国共産党日本人部研究序説」(藤井一行教授追悼寄稿)を、そのきっかけとなった、インタビュー1970年代「エピローグとなった『序説』への研究序説ーー『スターリン問題研究序説』と70年代後期の思潮」(中部大学年報『アリーナ』第16号、2013)とともに、歴史の記憶と記録として残しておきます。新年には、さらに遡った戦時思想検察資料太田耐造関係文書」(昨年クリスマスの『朝日新聞』記事参照)及び懸案戦時在独日本大使館員崎村茂樹の問題にも取り組んでいきます。本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

「平成時代とは何であったか」を考える2019年に!

2019.1.1 かと  目出度さもちゅう位なりおらが春 (一茶)

かと 新年ですが、明るい気分にはなれません。久しぶりで親族の不幸がなく、年賀状を書けますが、返事だけにします。ちょうど運転免許の更新時期で、いつもの運転免許試験場に出かけたところ、70歳以上には「高齢者講習」が必要とのことでした。それは試験場では受けられず、指定された民間の自動車教習所で予約の上、2時間受講必須とのことです。この予約がまた大変で、多くの教習所では2ヶ月、3ヶ月先まで満席です。ようやく小さなドライブスクールで、年内の予約が取れました。朝8時45分集合、5100円です。早起きは苦手ですが何とかでかけ、3人一組のコースをなんとか受講。高齢者の交通事故や道交法改正の一般的説明、車庫入れ駐車や一時停止の簡単な実技で受講終了証明書をもらい、ようやく改めて試験場へ。こちらは視力検査と写真だけで、なんとか更新ができました。ところが、できあがった真新しい免許証を見て、びっくり。「平成34年の誕生日まで有効」とあります。どこにも西暦年号はありません。国内の身分証明書としては始終使うので、今まで気にしなかったのですが、どうやら完全に日本国籍者向けのようです。そういえば受け取るときに、戸籍の確認もありました。要するに、完璧にドメスティックです。海外ではパスポートと国際免許を使ってきましたが、いまさらながら「元号」いや「天皇制の時間の仕切り」の拘束に驚き、憤りました。何しろ「平成34年」なんて永遠にこないことは、誰でも知ってることですから。

かと 先の国会で強行成立させた改正入管難民法との整合性を気にしてか、新年3月以降の運転免許証には西暦表示も併記することにしたそうですが、今年は、平成天皇の「退位=譲位」がらみで、天皇制の時間・空間への拘束が、いっそう強まることでしょう。もっとも平成天皇が「個人として」生前退位の希望を述べた「おきもち」や、自然災害被害者慰問や「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵」という85歳誕生日の「おことば」に、それ自体が日本国憲法の「象徴」規定を逸脱する政治的発言ではないか、という疑いの声がある一方、特に安倍内閣のファシスト化や軍事化への歯止めとして、「おことば」を「戦後民主主義の最後の砦」風に歓迎する声も強くあります。しかも、ややこしいことは、かつての「右翼=天皇制支持・国体護持」「左翼=天皇制反対・共和主義」という図式があてはまらず、逸脱論が右からも左からも出る一方、世論と左派・リベラル派に歓迎論が溢れていることです。 「天皇制廃絶」を戦前・戦後と長くアイデンティティとしてきた日本共産党が、象徴天皇制容認論に「変節」「転向」したことが 背景にありますが、「平成が戦争のない時代」という「おことば」自体、日本という「時間的・空間的仕切り」の中での、しかも沖縄や自衛隊海外派兵を捨象した話です。「平成時代」は、日本経済・外交にとっては「失われた30年」でした。「平成」の通用する国境の仕切りを離れると、ベルリンの壁開放・冷戦終焉・ソ連解体後の世界の再編期で、湾岸戦争・イラク戦争他地域紛争が頻発し、「平和」とは言えない時代でした。そこで日本が依拠し自衛隊まで派遣した米国の国際的孤立と衰退が深まり、中国やインドが大国になる過程でした。「戦争のない時代」とは到底いえません。日本の「平成時代」を象徴するものは、バブル景気でも政権交代でもありません。「もう一つの核戦争」ともいうべき世界史的災禍、2011年3月の東日本大震災・フクシマ原発事故です。

かと 私自身は長く天皇制に反対し、象徴天皇制が米国の世界戦略から導かれた対日占領政策の一部として成立し、日本国憲法の中で戦後も政治的に利用されうる「天皇制民主主義」の問題性を指摘してきました。無論、天皇制と天皇個人は区別さるべきであり、天皇家の人々の基本的人権も考慮さるべきです。にもかかわらず、平成天皇の活動に戦後民主主義を投影させ、被災地訪問や戦争犠牲者慰霊の旅を国民の多くが歓迎するのは、昭和天皇の戦争責任が米国と日本の支配層によって曖昧にされ、安倍内閣のような強権的政治が続いているからです。政府は年末に、国会の議論もなく、IWC(国際捕鯨委員会)からの脱退を決定しました。共に選挙区に捕鯨基地を抱える二階自民党幹事長と安倍首相の謀議によるものといわれますが、世界全体が米中対立を軸に揺らいでいる状況下の国際機関からの脱退は、米国トランプ政権にならった、孤立主義への一里塚です。韓国との自衛隊機レーダー照射をめぐる対立も、従軍慰安婦問題、南北朝鮮接近、徴用工裁判の流れで見ると、反韓嫌韓世論喚起の情報戦の一環に見えてきます。一時安倍外交の「成果」に見えたロシアとの平和条約交渉も、ロシア側の「日本の主権」への疑いから、暗礁にのりあげたようです。その根拠とされたのが、沖縄県民の度重なる民意表明を無視した辺野古米軍基地埋め立て工事強行であり、米国中間選挙結果を「トランプ大統領の歴史的勝利」と祝い高価な武器を押し売りされた安倍首相の対米追従が、国際的に不信を買い、嘲笑されている事態です。その米国では、中国との経済摩擦から株価が乱高下し、日本とのFTA交渉での自動車・農業・サービスを含む強硬な態度が見え見えです。「強固な日米同盟」など日本の片想いにすぎないことが、年初には明るみになるでしょう。安倍内閣の高支持率を支えてきた「アベノミクス」という言葉さえ、聞こえなくなりました。国債に依存した100兆円を超えた予算案には、増大する防衛費5兆円など、日銀の株買いによる財政破綻につながりかねないリスクも、透けてみえます。「いざなぎ越えの好景気」など誰も実感できず「毎月勤労統計調査」の労働・賃金統計さえ改竄されて、格差は拡大しています。

かと そこに天皇制の「改元」が入って、2019年4−5月には、一大国家イベントが挙行されます。新元号や新天皇がどうなろうと、巨大な「象徴天皇制の政治利用」が、4月統一地方選挙と7月参院選をはさんで、進められます。10連休で悲鳴をあげる日給非正規労働者や、金融信用システムの予期せぬトラブルもありうるでしょう。またしても、消費税を口実にした、衆参ダブル選挙さえささやかれています。安倍内閣によって仕上げられる「平成時代」とは、平和でも豊かでもなく、局地戦争と核軍拡が進む世界の中で、日本が米国の忠犬・財布としてしか存在感をなくし、少子高齢化と非正規雇用増大・貧困格差拡大のもとで、立憲主義も権力分立も専守防衛も壊され、安倍内閣のもとで「忍びよるファシズム」が進行する時代でした。政治改革も財政再建も幻に終わりました。2019年は、この「平成時代」を深く解析し反省しない限り、「失われた30年」を40年、50年と引き継ぎ続けるか、近隣諸国との戦争や軍事国家へのギャンブルに出る端緒になるでしょう。憂鬱な年明けで、「おめでとう」とは言えません。

かと 2019年も、本サイトは引き続き、政府のいう「Society5.0」や「第4次産業革命」「AI革命」などに幻惑されず、「改元」以前の西暦の20世紀にこだわり、戦争と平和、科学技術「進歩」と人権の問題を追究していきます。その一端である、2018年春に上梓した『731部隊と戦後日本』(花伝社)の延長上で、元731部隊軍医少佐であった長友浪男が、軍歴を隠して旧優生保護法強制不妊手術を担当する厚生省高官になり、北海道副知事に上り詰める問題等を、探求していきます。昨年11月八王子12月東大での講演は、どちらもyou tubeに収録されています。昨年末にウェブ公開が解禁になった、中部大学年報『アリーナ』誌第20号(2017年11月)に発表された長大論文「米国共産党日本人部研究序説」(藤井一行教授追悼寄稿)を、そのきっかけとなった、インタビュー1970年代「エピローグとなった『序説』への研究序説ーー『スターリン問題研究序説』と70年代後期の思潮」(中部大学年報『アリーナ』第16号、2013)とともに、歴史の記憶と記録として残しておきます。新年には、さらに遡った戦時思想検察資料太田耐造関係文書」(クリスマスの『朝日新聞』記事)及び懸案戦時在独日本大使館員崎村茂樹の問題にも取り組んでいきます。