日本民主法律家協会『法と民主主義2006年1月号、掲載

 

護憲・論憲・改憲の幅と収縮可能性

 

 

加藤哲郎(一橋大学・政治学)

 

 


 「小泉劇場」の次に「改憲劇場」が設定された

 2006年の政局は、昨年9月11日総選挙における小泉自民党圧勝のあおりを受けて、自由民主党新憲法草案を軸にしながら、国民投票法の制定と、民主党を含む改憲大連合の方向に向かう様相である。改憲をめぐる政治は、正念場に入った。

 編集部から与えられた論題は、「今回の改憲の動向は、いかなる政治勢力や経済的支配層によって企てられ、推進されてきたか」というものである。もとより1955年の自由民主党結成自体が、左右社会党の統一に対して危機感を抱いた財界の要請による保守合同であり、その創立綱領が「自主憲法の制定」を掲げていたことは、周知のことであろう。

 その自民党が、結党50周年にあたって、新憲法草案(第2次案)を発表した。前文を全面的に書き換え、自衛隊を自衛軍に昇格して「国際社会の平和と安全」のために海外活動を行い軍事裁判所を設置、国民の権利と共に義務を強調している。他方で個人情報保護や障害者の権利、国の環境保全義務を盛り込み、新しい人権を求める世論に配慮している。憲法改正手続きでは国会両院議員の過半数で発議を可能にし、現行憲法で60年間越えられなかった3分の2のハードルを低くし、一度変えればその後の改憲を容易にしている。

 連立与党公明党の加憲論も、最大野党民主党の論憲論から生まれた2005年10月「憲法提言」も、改憲に正面から反対していない。むしろ修正案・対案提示というかたちで自民党案の土俵にのる可能性が強い。国政レベルでは共産党、社民党、新社会党など弱小左派政党のみが護憲を掲げているが、圧倒的に少数派である。国民投票法案については、民主党も「いいものを早くつくる」(枝野党憲法調査会長)という態度であるから、「大連合」結成の条件づくりとなる。2006年の改憲論議は、いっそう加速するだろう。

 財界では、日本経団連の2005年意見書「わが国の基本問題を考える」が憲法9条2項と96条の改正を明言したのをはじめ、経済同友会、日本商工会議所など改憲提言が活発に出され、日本青年会議所は独自の改憲案をまとめている。自民党草案が、前文に「象徴天皇制は、これを維持する」「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し」と書き込み、具体的獲得目標を経団連提言の9条と96条に絞り込んで、公明党・民主党を取り込み国会議員3分の2の賛成による発議、国民投票での過半数による改憲実現の方向を明確にしたので、天皇元首制や愛国心を声高に唱える右翼の復古主義的改憲論は影響力を弱めた。護憲論を左翼イデオロギーとして裁断する際の相方としてのみ、動員されるだろう。「論憲・創憲・加憲」の政治勢力は、自民党草案の土俵上で個々の条文の修正・改廃に向かい、改憲のムード作りの役割を担わされることになる。自民党のポスト小泉総裁選挙とワンセットで演じられる「憲法劇場」という政治アリーナが生まれ、すでに、マスコミ用シナリオは作られているだろう。

 

 世論の「改憲ムード」は9条護憲派の奮闘次第で変わりうる

 世論調査の長期的流れを見ると、この「改憲ムード」は本物である。冷戦崩壊といわゆる「55年体制」終焉が背景にあるが、直接的には、1994年の読売新聞改憲試案発表が、政治化の始まりだった。2000年の読売新聞世論調査で初めて改憲賛成が6割を越え、全世代で過半数になった。2005年の各種世論調査では、改憲賛成が6割ム7割、反対が2割ム3割、9・11総選挙で選ばれた衆議院議員の中では8割が改憲派と出ている。国会とマスコミ世論レベルでは、完全に改憲への包囲網が敷かれたに見える。

 だが、仔細に見ると、改憲世論=「改憲ムード」には、いくつかの裂け目がある。

 第1に、改憲賛成世論の改憲を求める理由のトップ・スリーを見ると、2005年1月日本世論調査会調査で「憲法の制定が時代に合わなくなっているから」55.4%、「新たな権利や義務などを盛り込む必要があるから」18.8%、「制定以来、一度も改正されていないから」14.9%であった。3月NHK調査では、「時代が変わって対応できない問題が出てきたから」73.2%、「国際社会での役割を果たすために必要だから」15.2%、「アメリカに押しつけられた憲法だから」10.7%だった。

 4月の読売新聞調査(複数回答)で「国際貢献など今の憲法では対応できない新たな問題が出じているから」51.2%、「憲法の解釈や運用だけで対応すると混乱するから」33.9%、「アメリカに押しつけられた憲法だから」31.5%、同じ4月の日経新聞調査で「新しい考え方を盛り込む必要があるから」48%、「現実とかけ離れた条文が目立つから」26%、「占領下で制定された憲法だから」「国の仕組みを、改革を進めやすいように変える必要があるから」各12%となっている。10月の毎日新聞調査には男女別データがあり、「今の憲法が時代に合っていないから」全体56%(男55%、女57%)、「制定以来、一度も改正されていないから」18%(男15%、女22%)、「米国から押しつけられたものだから」10%(男12%、女9%)となっている。

 各社の設問・選択回答項目の設定の仕方にそれぞれ特徴があり興味深いが、世論に共通する改憲必要の理由は、憲法が制定された敗戦・占領下の日本と60年を経た今日の時代環境に大きなギャップを認めた「時代に合わないから」「一度も改正されていないから」という消極的理由が強く、改正の方向性については必ずしも明確ではない。

 第2に、自民党憲法草案に代表される改憲勢力の主要なターゲットが、憲法第9条の戦争放棄・戦力放棄にあることは明らかである。改憲反対の護憲世論の方は、前文と憲法9条の平和主義が歴史的に果たした役割を認め、それを守るべきだという点で一致している。

 ところが世論における改憲賛成派は、必ずしも9条改正に熱心なわけではなく、9条改正のあり方も定まっていない。1月日本世論調査会調査では、「現在の自衛隊の存在を明記すべきだ」30.7%、「国際貢献を行う規定を設けるべきだ」26.3%、「解釈が拡大しすぎないよう厳しくすべきだ」24.8%で、9条の扱いは分かれる。

 3月NHK調査で、「憲法第9条は、戦争を放棄し、戦力を持たないことを決めています。あなたは、この第9条は、日本の平和と安全に、どの程度役立っているとお考えですか」に対し、「非常に役に立っている」18.8%、「ある程度役に立っている」50.9%、「あまり役に立っていない」19.8%、「まったく役に立っていない」3.5%で、7割がその意義を認め、歴史的評価は高い。5月の朝日新聞調査では「平和と安全」ではなく「平和と繁栄」への貢献度を問い、76%が「役立ってきた」と答えた。

 問題は、その歴史的意義を認める人々が「賞味期限切れ」と見るかどうかである。同じNHK調査で「いわゆる『戦争の放棄』を定めた第9条を改正する必要があると思いますか。それとも改正する必要はないと思いますか」の問いに「改正する必要がある」39.4%、「改正する必要はない」39.0%と拮抗する。そのうえで「第9条を改正する必要があると思う最大の理由は何ですか」と問われると、「自衛力を持てることを憲法に明記すべきだから」35.7%、「国連を中心とする軍事活動にも貢献できるようにすべきだから」37.7%、「同盟国とともに海外での武力行使が行えるようにすべきだから」10.1%と微妙に分かれる。「自衛隊を含めた軍事力を放棄することを明確にすべきだから」という絶対平和主義からの改憲派も11.1%いる。解釈改憲の後遺症である。

 だから、「改憲ムード」をリードしてきた読売新聞4月調査でさえ、「戦争を放棄し、戦力を持たないとした憲法第9条をめぐる問題について、政府はこれまで、その解釈と運用によって対応してきました。あなたは、憲法第9条について、今後、どうすればよいと思いますか」という問いに対して、「解釈や運用で対応するのは限界なので、憲法第9条を改正する」43.6%が多数派ではあるが、「これまで通り、解釈や運用で対応する」が27.6%、「憲法第9条を厳密に守り、解釈や運用では対応しない」18.1%と、解釈改憲への不信は、論理的には改憲にも護憲にも向かいうることを示している。

 5月3日憲法記念日の朝日新聞調査では、憲法全体では「改正する必要がある」56%、「改正する必要はない」33%なのに、「憲法第9条を変える方がよいと思いますか。変えない方がよいと思いますか」には「変える方がよい」36%。「変えない方がよい」51%と、9条では護憲派が多数になった。毎日新聞は4月に、憲法全体について「改正すべきだ」60%(男63%、女57%)、「改正すべきでない」30%(男30%、女30%)を抽出し、その「改正すべきだ」とした60%の回答者に、憲法第9条1項と2項に分けて条文変更の必要を質問したところ、9条1項「戦争の放棄」については「変更すべきだ」37%(男49%、女27%)、「変更すべきでない」60%(男51%、女69%)、9条2項「陸海空軍その他の戦力を保持しない」について「変更すべきだ」58%(男73%、女45%)、「変更すべきでない」37%(男26%、女48%)と出た。自民党草案も1項には手をつけず、2項改正に狙いを定めた所以である。毎日新聞10月調査では、「戦争放棄や戦力の不保持を定めた憲法9条を変えるべきだと思いますか」という問いに、「変えるべきだ」30%(男38%、女23%)、「変えるべきではない」62%(男57%、女67%)で、特に女性には2項の戦力不保持を含む絶対平和主義派が多い。

 第3に、3月のNHK調査には、「あなたは、日本国憲法を読んだことがありますか」という質問項目があった。「よく読んでいる」2.7%、「たまに読んでいる」5.9%、「何度か読んだことがある」19.1%、「一度は読んだことがある」28.7%に対して、実は「読んだことがない」という回答が42.8%もあった。改憲論議は、世論レベルでは「ムード」が先行しており、「賞味期限」を論ずるよりも、まずは立憲主義と現行憲法の中身を知る「知憲」こそが、国民的規模で必要なのである。逆に言えば、護憲勢力の主張も、「昔の名前で出ています」風の保守的イメージでしか浸透していない。

 また、5月の朝日新聞調査で「あなたは、『改憲』という言葉にどんなイメージを持っていますか」という問いに、「現実的」29%、「未来志向」28%、「自主独立」14%、「軍拡」10%、「復古的」8%と答えた。かつての「護憲=恒久平和、改憲=軍拡・復古」という構図では、今日の「改憲ムード」の流れを変えられない。民主党の10月「憲法提言」は、明らかにこれを受けて「未来志向の憲法を構想する」を第一に掲げた。

 朝日新聞調査の「日本は、これからどんな国を目指していくのがよいと思いますか(2つまで選択)」では、「福祉が充実した国」47%、「教育や文化を大切にする国」46%、「自然や環境を守る国」37%、「経済がさらに発展した国」23%、「住宅など生活基盤が整った国」15%、「国際貢献に積極的な国」10%、「科学技術に力を入れる国」9%、だった。自民党草案もこうした動向に配慮しているから、現行憲法の活用で福祉や教育の充実した未来に向かう「活憲」の道筋が納得されれば、「ムード」は転換可能なのである。

 

 テレビやインターネットの情報戦が主戦場に

 だが、改憲は「ムード」だから危険はない、従来型の護憲運動を地道に続けていけば憲法は安泰だというわけではない。逆である。筆者は、19世紀の機動戦・街頭戦、20世紀の陣地戦・組織戦から、21世紀の情報戦・言説戦への戦争と政治アリーナの転換という文脈で、政治の劇場化、マスコミの争点設定や政治家のパフォーマンスの意味を論じてきた(『20世紀を超えて』花伝社など)。昨年9・11総選挙に典型的なように、世論調査やテレビ、インターネットが作り出すイメージやムードが、今日の政治では決定的な役割を果たす。自民党憲法草案に環境保全や「何人も、自己に関する情報を不当に取得され、保有され、又は利用されない」が加えられ、文語調の「よつて」が「よって」、「責任を負ふ」が「責務を負う」となることに、「時代に合う」新鮮さを見出す人も多いのである。

 靖国神社や北朝鮮問題でのプチ・ナショナリズム、格差拡大のなかでの年金・福祉の不安、景気回復がいわれながらフリーター・ニートが増大し地元の商店街はさびれていく現状、凶悪犯罪やこどもの安全、マンションの耐震性といった危険社会への不安不満――時代閉塞の状況下で生活に根付いた「変化」への願望を、小泉風「改革」「強いリーダーシップ」に流し込む情報操作、「改革には改憲が必要」という世論誘導が進んでいる。

 かつて、帝国日本が満州侵略に踏み出す時期、反戦や天皇制打倒を叫ぶ勢力を孤立させたものは、治安維持法による政治弾圧と共に、「天皇をただなんとなく国民的誇りとする」大衆的心性だった。日本国憲法を「読んだことはない」が生活に不満を持ち「変化」を求めている人々、「護憲は時代遅れ」と受けとめ「改憲ムード」に「ただなんとなく」惹かれている人々にどう働きかけ多数派世論に転換するかが、「知憲・活憲・護憲」勢力の課題である。ましてや、その内部でいがみあい、主導権を奪いあっている時ではない。

 筆者自身は「知憲」「活憲」の立場から、インターネット個人ホームページ「ネチズン・カレッジ」の中に、通算80万アクセス記念の「護憲・活憲・知憲・論憲・加憲・創憲・改憲というコーナーを設けた(http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Link.html)。松山大学田村譲教授「たむ・たむページ」、早稲田大学水島朝穂教授「平和憲法のメッセージ」、伊藤塾「法学館憲法研究所」サイト等と共に、参照していただければ幸いである。


図書館に戻る

ホームページに戻る