『エコノミスト』 2001年6月26日号

(雑誌掲載は、以下の原題「小泉内閣とインターネット政治」に手を入れたもの)


小泉首相のメールマガジン、人気取りに走れば手痛いしっぺ返しも

 

加藤哲郎(一橋大学大学院教授・政治学)

 


 八%から八割へ──いかに国民の永田町政治への積年の恨み・つらみが鬱積し、森前内閣がひどすぎたとはいえ、世論調査での小泉内閣支持率は、異常である。ただし、『朝日新聞』五月二九日付の支持率八四%(四月の七八%から上昇)の中味を見ると、納得がゆく。最大の押し上げ要因は「政策面の評価」三六%で、その政策評価の目玉は「ハンセン病訴訟での控訴断念を評価する」八一%であった。同調査では、自民支持層の九三%、公明支持層の八一%はもとより、共産支持層でも七〇%が小泉内閣支持と出ている。しかし自民党の政党支持率は三四%で、「自民党が割れるなどの政界再編」期待が六二%。この内閣は、政治的には自公保連立を基盤としながらも、その社会的基盤ははるかに広く、政界再編の火種を抱えている。だからこそ、「小泉人気」の持続は至上命題である。

 小泉首相が所信表明演説で予告した「小泉内閣メールマガジン」が、いよいよ動き出した。六月九日に登録が開始され、一四日から配信される。筆者も早速登録したら、確認メールが届いた。「『小泉内閣メールマガジン』の読者登録ありがとうございました。皆様の声を反映して、良いメールマガジンを作っていきたいと考えております」と丁寧である。その内容は、すでに創刊準備号が出ていて、おおむね予測できる。首相は、くだけた口調で、若者によびかける。「小泉純一郎です。私のことを『変人』とかライオンのような髪型ぐらいしか知らない方も多いのではないでしょうか。この『小泉内閣メールマガジン』で、小泉内閣の素顔を知って頂きたいと思います。私の内閣は『改革断行内閣』です。この改革の成功には、皆さんとの対話が不可欠です。メルマガで、私の、そして小泉内閣の考えをお伝えし、また皆さんのご意見もうかがい、この国をどのような国にしていくのか、世界や子どもたちに誇れる国にするにはどうしたらよいのか、住みやすく、働きやすく、憩いのある国に向けて何をするべきなのか、是非、皆さんと一緒に考え、実現に向けて努力していきたい。……私は、改革の過程を皆さんに明らかにし、広く理解と問題意識を共有していきたい、『信頼の政治』を実現していきたいと考えています。情報をどんどん発信します。皆さんからのご意見、ご提案を歓迎します。」なかなかの出来栄えである。

 創刊準備号では、このメッセージを、職業柄ネットに手慣れた竹中経済財政担当大臣が「自分の言葉で語る内閣」と自画自賛し、石原行政改革担当相が「田中真紀子さんが提議されたもの」を寄せて、閣内「爆弾」になりかねない田中外相にエールを送る。安部晋三官房副長官が編集長で、「晋」署名のあとがきには「今回は小泉内閣の誇るヤングミニスターのお二人に登場頂きました。次号からも続々と大臣に登場して頂きます。我々の編集方針は、成長するメールマガジンです。皆様の声をどんどん反映し、小泉総理を、内閣を、政策を、身近に感じる、手応えのあるメールマガジンにしたいと思います」とある。

 首相官邸ホームページは、これまでも永田町・霞ヶ関ウォッチャーにとって、必須のブックマークサイトだった。アメリカ各州毎の財政効果まで具体的に示すホワイトハウスHPほどには洗練されていないが、首相の公式発言を追い、プロフィールを知るには便利で、海外の日本研究者も常用している。すでにプリントアウトすると毎日三〇センチ以上の激励・意見メールが寄せられているところに、「小泉メルマガ」の出現である。活況を呈するヤフー掲示板や二チャンネルの政治チャットにも、新しい話題を提供することだろう。

 小泉首相個人には、自民党総裁選直前に旗上げした「小泉純一郎と共に変革を実現する会」の「変革の人」HPという立派な応援団サイトがある。「小泉純一郎公認サイト」と銘打って小泉氏のメッセージが掲載され、寄せられた意見には「本人からの返事」もある。開設二か月で七五万アクセスを記録、インターネット募金も一一八万円に達している。

 その「ホームページ開設までのストーリー」が、インターネット上での「小泉人気」の秘密を示唆している。曰く、「もとはといえばサラリーマンや自営業者、OL、会社経営者、学生等十人ほどが気が合うというだけで集まったグループでした。特に政治的な思想を持った会でもなく、日々それぞれの趣味やくだらない話題で盛り上がっていたわけです。ある時、総理大臣の資質という話題に熱い論争が繰り広げられました。そして多くのメンバーの賛同を得たのが、次に総理大臣を選ぶなら『小泉純一郎』さんしかいないという意見でした。その時点では、なぜ小泉さんなのか、彼の掲げる政策の内容もわからないまま、イメージだけで『小泉さんなら日本を良くしてくれるのではないか』という漠然とした理由からでした」「次にみんなで集まった時には、小泉さんのプロフィールやこれまでの政策や主張を調べてきたメンバーがいました。その彼が繰り返す小泉さんへの賛辞を聞くうちに、もしかしたら日本を変えてくれるのは小泉さんだけなのかもしれないと思いはじめていたのです。『小泉さん応援してみようか』というあるメンバーの一言にもう誰も反対を唱えるものはいませんでした。そして、どのような形で応援するかを話し合ったのです。……あるメンバーの発案で応援サイトを開くことを決意。小泉さんがホームページを持っていないことから、どうせならダメもとで『公認をもらえないか』、『質問に応えてくれないか』という電話を事務所にかけました。驚いたことに国民と直接対話の場所を探していた小泉さんから、小泉さんと国民の皆さんのパイプ役となるようなホームページだったら意見を聞いて返事を出すよ、という返事が秘書の方を通して返ってきたのです。」──この「イメージだけの、ただ漠然とした期待」から勝手連風応援団が生まれ、それを小泉事務所がキャッチし提携して力を発揮するようになるいきさつは、先の長野県知事選挙を想起させる。「小泉メルマガ」は、「変革の人」以上のユーザーを組織するだろう。

 インターネットを活用する政治家は数多い。加藤紘一のようにそれを過信して失敗した例もあれば、宮崎学や白川勝彦のようにネット上にバーチャル政党をつくった例もある。アメリカ大統領選挙や韓国落選運動に比べれば、日本のインターネット政治はなおスタートラインだが、「変革の人」のような政治資金調達を自民党HPが始め、公職選挙法改正も日程に上っている。ホームページ作成やメーリングリストによる組織化は、いまや候補者の必須条件になりつつあるが、「小泉メルマガ」が、こうした動きを促進することはまちがいない。一六日から始まる「タウンミーティング」も、インターネットで中継される。

 だが、対抗サイトも多い。市民連帯「落選運動」HPは三五万ヒットで「参院選候補者鑑定団」が活動している。小泉人気を皮肉るマッド・アマノのパロディ・サイト「週刊蜃気楼 間違いだらけの政治家選び」は二一万ヒットを記録し、有田芳生HP内掲示板「憂国至情」も二〇万近い若者の声を集め、冷静な政談サイトになっている。インターネット政治を論じる筆者の個人HP「加藤哲郎のネチズン・カレッジ」へのアクセスも、一八万に達する。つまり、インターネット市民=ネチズンたちの方も成熟してきている。テレビとちがって双方向の「メルマガ」では、ちょっとした失言や応答ミスが、たちまち大きな「失望」へと転化しかねない。九九年の東芝ビデオ・クレーマー事件のように、無名の市民との一問一答が、「観客民主主義」を超えた巨大な政治的効果を持つこともありうる。

 「小泉メルマガ」が、宣伝文句通りに首相との「対話」可能なネット空間になるならば、それは「改革」政策策定・遂行にもインパクトをもつ「公共の広場」になるだろうが、それが「人気取り」や「世論操作」に走って、情報を隠蔽したり歪曲したり無視したりすると、ネチズンたちのしっぺ返しを受けるであろう。「イメージだけの、ただ漠然とした期待」は、移ろいやすい。自民党のような閉鎖的組織はハイジャックできても、「個人情報保護法」のようなインターネット空間を管理・統制する政策は、ネチズンたちの逆襲に遭うにちがいない。舞台はつくられた。今度は、ネチズンたちが技を競う番である。



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