『反改憲運動通信』第15号(2005/12/7)掲載エッセイ

 

中国・韓国頼みでは憲法は守れない

 

 

加藤 哲郎

 

 


 2005年10月末から11月の10日余り、上海の華東師範大学に、集中講義に行ってきた。首相靖国参拝、第3次小泉内閣組閣直後で、国際関係専攻の学生・院生が相手なため、冷え切った日中関係、憲法問題にも触れざるをえなかった。もっとも講義では、1964年東京オリンピックから70年大阪万博の時代の「高度経済成長の光と陰」を、2008年北京オリンピックから10年上海万博に向かう中国とダブらせて話したので、中国人学生の質問は所得倍増計画、過労死、公害、元切上げ等が中心で、全体としては有益だった。

 日本への関心は、あまり高くない。日本政治や日中関係を専攻する学生は、新防衛庁長官の名前も沖縄米軍基地再編も知っているが、アメリカやEUを専攻する学生は、大学院生でも日本国憲法第9条などほとんど知らない。英語で条文を読み上げると、びっくりしたりする。共感というより、現実とのギャップに驚いて。一般学生の関心は、歴史の清算よりも経済発展、日本製品やJポップである。「100人の地球村」をイントロに使い、21世紀の中国とインドの意味から論じたのが効いてか、インターネットやアニメによる相互理解、環境問題や女性の地位向上での相互交流・連帯という前向きの話は受けた。

 正確に言うと、くっきりと世代差がある。教育が崩壊した文化大革命体験が、分岐点である。長老教授クラスは毛沢東の申し子で、文革も経験している。第二外国語はロシア語、旧ソ連・東欧留学のエリートもいる。彼らは「日本帝国主義の侵略戦争」「アメリカ帝国主義の世界支配」を自明の前提に「小泉内閣の右傾化」を語るが、改憲世論が過半数なことや自民党憲法草案の中身は知らない。もちろん公式党史で育ったから、私が帰国後読んで衝撃を受けた 旧ソ連秘密資料を用いた最新の研究、ジョン・ハリディ(かつての英語圏日本 帝国主義研究の第一人者)、ユン・チアン(『ワイルド・スワン』著者)夫妻『マオ:誰も知らなかった毛沢東』(講談社)の描くような、自国の歴史の真実も学んではいない。文革以降に大学に入り、改革開放の波に乗って英語を勉強してきた世代は、自国の経済発展に引きつけた関心を持つ。靖国参拝や「つくる会」教科書はニュースで知っているが、「反日」というほど強くはない。せいぜい「嫌日」気 分で、靖国参拝は有人宇宙船「神舟6号」帰還日に合わせたのが侮辱だという。若い世代の関心は、今や日本よりアメリカだから、日中関係も背後のアメリカとの関係で見る。中国市場への進出著しいEU諸国や韓国、将来のライバ ルのインドや中東も視野におき、日中政府の対応を醒めた眼で見ている。

 実はこれが、問題である。自国が強大な人民解放軍を持ち、共産党一党支配 のもとにあるから、自衛隊の存在の違憲性よりも、アメリカの対中・台湾政策との関係を問題にする。日米安保条約を説明すると、あっけなく納得したりす る。民主党の論憲論や公明党の加憲論を紹介すると、メディアやインターネットで憲法を自由に論じること自体が「民主化」「法治」の証しに映るらしい。うらやましいという学生まで出てくる。新世代は「中国の大国化」は信じているが、「社会主義の優位性」はほとんど信じていない。国の運営や外交は共産党に委ねてきて、市場経済への憧憬が素朴なだけ、新自由主義への免疫はできていない。日本の一部にある、中国や 韓国の「外圧」に依拠して改憲に対抗するかたちは、どこかでしっぺ返しを喰 うだろう。9条を世界に広めることは大切だが、日本国憲法は、日本で国民多数の支持を得ることによってしか、守ることはできない


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