60万ヒットを超えた評者のインターネット・ホームページ「ネチズンカレッジ」のトップには、もう2年ほど前から、白いリボンと青いリボンが、左右に配置されている。白は9.11以来のテロと報復戦争の連鎖に反対するリボンであり、青は北朝鮮に拉致された被害者たちの人権を守り早期の日本帰国を願うリボンである。
その反応が面白い。白のリボンに対しては、国立大学の教員が政府の派遣した自衛隊に反対するのかとか、護憲をいうのは保守的共産主義者だといった、右からの脅迫やいやがらせのメールが多い。青いリボンに対しては、逆に右翼の脅迫に屈したのかとか、民族差別が根底にあるのではといった、左からの批判が寄せられる。「北朝鮮」と書くと「共和国」と直せという抗議メールも必ず届く。評者にとっては、イラク戦争・自衛隊派兵反対と拉致被害者救援・北朝鮮独裁体制批判は一続きなのだが、どうも世間の相場では、左翼は北朝鮮擁護で拉致被害者の人権無視、拉致問題に熱心なのは右派で金正日独裁批判や核脅威を強調するのは日米軍事同盟強化に利する、となっているらしい。そのためか、イラク反戦は高らかに主張しても、拉致問題には沈黙するサイトが圧倒的である。
そんな錯綜した言説戦・情報戦の世界に、日本におけるスターリン体制批判の先駆者であり「左翼反対派」の論客として知られた中野徹三・藤井一行両氏が、拉致問題に正面から取り組み、北朝鮮の専門家萩原遼氏の特別寄稿をも得て編んだのが、本書である。かつて日本におけるスターリン主義批判を共にたたかった一人として、中野=藤井氏の健筆にひさしぶりで接しえたことを喜びたい。
2002年9月の小泉首相訪朝・第一次平壌宣言で脚光を浴びる以前、北朝鮮の国家犯罪である人権侵害・日本人拉致問題に関心を持つ人々は、そう多くはなかった。とりわけ左派の中には、拉致問題そのものを否定したり、かつて日本の植民地であり今は社会主義の国のことだからと無視ないし軽視する場合がほとんどだった。
今日振り返ると、1999年に出された「北朝鮮民衆のための人権宣言」は、拉致被害者家族も、先見性ある左派も右派も一緒に、人権擁護の立場から世界の世論に訴えた段階の記録として、歴史に残すに値する。
この時の「宣言」署名者の顔ぶれは、以下のようになっている。この問題への左派の取り組みの弱さが、その後の拉致問題の国民的展開の行方、即ち被害者家族の会が次第に自民党右派の強い拉致議員連盟やナショナリズムの言説に依拠し傾いていく条件となった。
――北朝鮮民衆のための人権宣言賛同者名簿(1999年11月10日現在)
――共産党国会議員秘書だった兵本達吉氏や元赤旗平壌特派員萩原遼氏が入っていても、拉致被害者家族横田さんや有本さんは、長い苦難の闘争過程で、社会党や共産党はむしろ拉致実行犯の側にいると、体験的に感じ取っていた。
そうした状況に斬り込む、中野徹三=藤井一行氏の立場は、明快である。「被害者は祖国に、犯罪者は国際法廷に」である。マルクス主義を人間の学として受容し、人間性に対する犯罪としてスターリン体制とテロルを告発してきた著者たちならではの率直さで、北朝鮮金正日体制を批判・告発し、日本人拉致被害者を一日でも早く現状回復=帰国させよと主張する。
それらの論証は、重厚である。つまり、北朝鮮は経済システムが社会主義だからとか、独裁国でも独立国家だから民族自決を尊重し内政不干渉でいかねばとか、かつて日本帝国主義の植民地で強制連行や従軍慰安婦があった歴史的事情があるから「少数の拉致被害者」のことよりまずは強制連行の歴史を自己批判しなければ、といった左翼にありがちなためらいや合理化はない。藤井一行氏のこの問題での和田春樹氏らの弁明的議論への批判も、鋭く説得力がある。
そして、解決策も明快である。中野徹三氏は、世界人権宣言から国際刑事裁判所にいたる20世紀国際法と人権の発展の流れに即して、ソ連のスターリン粛清、ナチスのホロコースト、東独秘密警察シュタージの犯罪、旧ユーゴ内戦と同じように、北朝鮮の拉致犯罪は国際的に裁かれなければならない、という。
評者の考えでは、中野=藤井氏の本書、大田昌国氏が一石を投じた自省的『拉致異論』(太田出版)、そして、川人博・木村晋介氏ら「北朝鮮による拉致被害者の救出にとりくむ法律家の会」編『拉致と強制収容所――北朝鮮の人権侵害』(朝日新聞社)のような書物があることで、日本の左派は、なんとかこの領域での発言権を確保している。北朝鮮の人権や脱北者問題に長く実践的に取り組んできた萩原遼・小川晴久・李英和・加藤博氏らの活動を、辛うじて側面から支援しえている。
グローバル化の進行のもとで、市民社会や人権という言説は、左派の独占物ではなく、左右のせめぎあう言説戦の政治アリーナとなっている。左派の人権の言説は、それが党派的思惑にもとづく戦術的なものなのか、それとも中国・北朝鮮を含むあらゆる国家体制のもとでの人権侵害に反対するヒューマニズムにもとづくものであるかが、NGO等の国際会議でも、絶えず問われている。2001年からすでに4回の総会を終えた世界社会フォーラム等、かつてのインターナショナリズムとは異なる位相で展開する民衆の世界的ネットワークのなかで、その思想的深みが、再審されている。
そしてこの人権のための闘争と言説戦は、これまで実現した蓮池・地村さんの子ども達の帰国はあくまで出発点にほかならず、曽我ひとみさん家族の再会でも終わらず、数十人・数百人に上る可能性がある拉致問題の真相解明まで続く、永続的な課題なのである。
(評者 加藤哲郎 一橋大学教員)
(『労働運動研究』復刊8号、2004年8月号に発表)