週刊『エコノミスト』2003年5月13日号掲載「学者が斬る 114 反ダボス会議のグローバリズム」の元原稿インターネット版


グローバリゼーションと「もう一つの世界」

──「世界経済フォーラム対世界社会フォーラム」による定点観測──

 

 

加藤哲郎(一橋大学大学院社会学研究科教授)

 

 


 2001年9月11日の同時テロ以来、私の個人ホームページ「ネチズン・カレッジ」は、丸山真男『自己内対話』(みすず書房)の言葉を掲げている。「戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ平和の道徳的優越性がある」と。

 世界の非戦世論、未曾有の反戦運動と国連加盟国の圧倒的多数の反対をも押し切って、アメリカ・ブッシュ政権はイラク戦争を強行し、米英軍はバグダッドを軍事的に制覇した。数千の無辜のいのちを奪った情報は隠したままで。しかし、暫定政府から復興への道は険しい。国連を無視して戦争に走った米英と、あくまで国連中心を唱える仏独露中など大国間の亀裂も大きい。

 9.11から今日にいたる世界史の暗転を理論的に考える際、しばしば参照されるのは、欧米でベストセラーになったアントニオ・ネグリ=マイケル・ハート『帝国』の所論である(邦訳、以文社)。なるほど国民国家レベルを超えたグローバルな「帝国」と底辺民衆=「マルチチュード」が対峙する図式は面白い。

 だが私は、もっと具体的な次元で21世紀の行方を考えたい。現時のグローバリゼーションの見方については、本誌昨年11月26日号「現代資本主義を読み解くブックガイド」で述べておいた。ここでは「世界経済フォーラム対世界社会フォーラム」という現実世界の進行に照準をすえて、考えてみたい。

 世界経済フォーラム──政財界エリートのダボス会議

 世界社会フォーラムといっても、本誌の読者には、なじみがないだろう。ただしその相方、世界経済フォーラムについては、どこかで聞いたことがあるだろう。世界経済フォーラム(World Economic Forum, WEF)年次総会、通称ダボス会議は、毎年1月末、スイスのリゾート地ダボスに、世界の多国籍企業経営者、有力政治家、著名エコノミストが一同に集い、グローバルな政治経済について討議する社交場である。

 他方、世界社会フォーラム(World Social Forum, WSF)は、ダボス会議に対抗して、2001年からブラジルのポルトアレグレで開催されてきた、民衆の立場からグローバリゼーションのもたらす問題群を考える社会運動である。99年シアトルWTO反対運動の流れを汲むことから、しばしば過激な「反グローバリゼーション」運動と同一視されるが、実際は「もう一つの世界は可能だ」を合言葉に世界の格差構造を見据え、地球的連帯と民主的で現実的な代替案を求める多数のNGO・NPO・社会団体によるグローバルなネットワークで、アメリカのイラク攻撃に反対する平和運動の世界的高揚でも、中心的役割を果たした(拙稿「情報戦時代の世界平和運動」『世界』5月臨時増刊号、参照)。

 世界経済フォーラム=ダボス会議は、もともとスイスの公益財団が主催する法人会員制国際シンポジウムである。毎年1月下旬に、スイス東部のリゾート地ダボスに世界の政財界指導者や大企業経営者、著名学者らが集い、地球規模の経済問題を自由に討論する政財界人サミットで、「賢人会議」ともよばれる(年会費3万ドル)。

 ダボス会議は、1971年にジュネーブ大学クラウス・シュワブ教授(現理事長)の提唱した「欧州経営フォーラム」から始まった。当初のメンバーは欧州経済人のみであったが、市場競争中心の新自由主義を掲げ、サッチャーリズム、レーガノミクス台頭の波に乗って、世界のトップリーダーが集まる場に発展した。87年に名称を「世界経済フォーラム」に変更、96年からはグローバル化を積極的に推進し、その先導役と見なされるようになった。このため、金融取引への課税(トービン税)を求める国際NGOアタック(ATTAC、Association for the Taxation of financial Transactions for the Aid of Citizen)などの標的とされ、軍隊と警察に警備されて開催されるようになった。

 世界社会フォーラムの誕生──もう一つの世界は可能だ

 2001年1月のダボス会議は、アメリカ経済の翳りが語られる中で、「持続的な成長と格差の架け橋、我々のグローバルな将来のための枠組み」を主題に開かれた。日本からも、当時の森首相が日本の首相として初めて出席して「失われた10年」をIT革命で乗り切ると決意表明、鳩山民主党代表、石原東京都知事らも列席して話題になった。

 この時ブラジルでは、ATTAC等のよびかけで、対抗サミット「世界社会フォーラム」が産声をあげた。その合言葉が「もう一つの世界は可能だ」で、そこで起草された「世界社会フォーラム憲章」14原則は、以後の発展の枠組みとなった。

 1.世界社会フォーラムは、公開された討議の場です。わたしたちは考えを深め、アイデアを民主的に話し合い、提案をまとめます。経験を自由に交換し、効果的な行動を追求します。ここに参加するのは市民の団体や運動組織です。わたしたちはネオリベラリズムを批判し、資本主義や帝国主義が世界を支配するのに反対します。人間同士が実り多い関係を築き、人間と地球が豊かにつながる地球社会を作り上げるために行動します。
 4.世界社会フォーラムは、巨大多国籍企業とその利益に奉仕する諸国家・国際機関が推進しているグローバリゼーションに反対し、その代替案を提案します。世界史の新しい段階として、連帯のグローバル化が生まれるでしょう。そうなると、どこの国にいても、どんな環境におかれていても、男女を問わず市民の権利、普遍的な人権が尊重されます。社会正義・平等・市民主権に奉仕する民主的な国際社会の仕組みと国際機関がその基礎となります。
 8.世界社会フォーラムは、さまざまな価値や考え方を認め、信条の違いを超え、政府機関や政党とは関係を持ちません。もう一つの世界を打ち立てるために、中央集権にならない方法で、団体や運動組織がたがいに連携し、地域レベルから国際レベルまで具体的に活動をすすめます。
 9.世界社会フォーラムは、多元主義(プルーラリズム)を尊重する開かれたフォーラムでありつづけます。参加を決めた団体や運動組織のあり方も、その活動も多様なものになります。憲章の原則に基づいて、ジェンダーや民族性、文化、世代、身体能力などの違いを受け入れます。政党や軍事組織の代表者は参加することができません。政府指導者や議員が憲章の原則を守ることを誓うなら、個人の資格でフォーラムへ招待されることもあります。
 13.世界社会フォーラムは、連帯を生み出すための仕組みです。わたしたちは団体や運動組織の結びつきを、国内でも国際間でも強化したり、新しく作り出したりします。この連帯がわたしたちに力を与えます。世界中の人々が耐え忍んでいる非人間化の過程や国家が使う暴力に対して、公共の場でも私生活の場でも非暴力の抵抗をつづける力が高まるでしょう。また、団体や運動組織が人間らしさを取りもどすためにする活動をより強いものにするでしょう。
 14. 世界社会フォーラムは、一つの過程です。わたしたちは、参加する団体や運動組織の活動が、地域レベルから国家レベルへ、さらに国際レベルへとすすみ、地球市民として問題と取り組んでゆくことを奨励します。変革を目指す実践活動がいま試みられています。わたしたちは、こうした運動を全世界の人々の課題へと導き、連帯して新しい世界を築きます。(http://www.kcn.ne.jp/~gauss/jsf/charter.html)

 WEF VS WSF 2002──亀裂と飛躍

 02年の世界経済フォーラムは、ダボスではなく、ニューヨークの高級ホテルで開かれた。いうまでもなく前年9・11同時テロを受けたもので、「脆弱な時代の指導力、分かち合う未来ビジョン」を主題に、経済停滞克服、世界景気の行方やイスラム教との協調のあり方が討論された。ちょうどブッシュ大統領が一般教書演説でイラク・イラン・北朝鮮を 「悪の枢軸」 と呼んだ直後で、イギリス『タイムズ』紙は会議の「偏執狂的な雰囲気」を報じ、イタリア紙は「アメリカとヨーロッパの溝が広がりつつある」と伝えた。グローバリゼーションを推進する政治経済エリート内でも、ネオコン(新保守)主導のブッシュ政権の報復主義・単独行動主義に危惧が生まれ、米欧指導層に亀裂が生まれていた。

 他方、この年の第2回世界社会フォーラムは、飛躍的な発展を遂げた。これに日本のマスコミで唯一注目し、「20世紀末のパラダイムは紛れもなくグローバリゼーションから始まった。先月末から今月初めにかけて開かれた全く対照的な二つの国際会議(フォーラム)も、実はそれをめぐる論争が一つの焦点といえる」と論じた『毎日新聞』社説は、今日ふり返ると、先見の明があった。

 そこでは、一方で世界経済フォーラムについて、「グローバリゼーションという新語を10年ほどで世界に急速に広め、関心と議論を巻き起こしたのはこのフォーラムだった」が矛盾が現れつつあること、国連アナン事務総長が「市場は成功者に賞金を与え、貧しい人を貧困というその事実のために罰する傾向がある」と述べて、市場原理主義を批判し貧困対策拡充を訴えたことに注意を促していた。

 他方で、「ブラジルの南部の州都ポルトアレグレで前年の4倍にもあたる6万人もの多数の参加者を集めて開催されたのは世界社会フォーラムだ。……フランスは両方のフォーラムに閣僚がそれぞれ参加しているほどだが、これは世界最大規模の会議と言っていい。最終日にまとめられた『ポルトアレグレ宣言』では米エンロン社の破たんを例に引いて、新自由経済モデルが人々の生活を破壊していると指摘し『もう一つの世界は可能だ』とうたった」と正確に紹介していた(「世界フォーラム 人間の顔をするか地球化」、02年2月14日)。

 アメリカのイマニュエル・ウォーラーステインが、「ダボス対ポレトアレグレ 第二戦」という、よく知られた評論を書いたのは、この年世界社会フォーラムに出席してのことだった。

 彼は、ダボスとポルトアレググレの二つの会議を比較して、9・11米国同時テロの衝撃がもたらした、世界システムの三つの変化を指摘した。第一に、「アメリカのやり方が度を越し始め、以前の友好国をも怒らせつつある」こと、第二に、「ポルトアレグレの精神である反グローバリゼーション運動が、デモや抗議行動にとどまらず、既存のものに代わって信頼に値する新しい計画を示し、世界の共感を集めようとしている」こと、そして第三に、「世界政治の中心をなす国々の態度は、まだまだ不確定である」が「もっと強く自己主張する必要があるとヨーロッパの人たちが明白に感じ始めている」と(Immanuel Wallerstein, Commentary No.83,Feb.15,2002,http://fbc.binghamton.edu/83jp.htm)。

 WEF VS WSF 2003──米欧対立と非戦平和

 そして、今年03年1月末には、イラク戦争の切迫する局面で、二つの会議が開かれた。私は「ネチズン・カレッジ」で、「ダボスの世界経済フォーラムは『信頼回復』できず、ポルトアレグレの世界社会フォーラムは156か国10万人で成功し『もう一つの世界は可能だ』と決議」と論じた。

 第33回ダボス会議では、開催地スイスの大統領が開会式で米国のイラク単独攻撃に反対を表明、これにパウエル米国務長官が「単独武力行使も辞さず」と応じたが、世界の大企業経営者からイラク開戦に懸念の声が相次ぎ、マレーシアのマハティール首相は痛烈にアメリカを批判、メインテーマの「信頼の構築」どころではなかった。会場周辺では米国旗が燃やされ、グローバリゼーションとアメリカナイゼーションとの違い、アメリカと欧州・途上国の対立、アメリカ内部での政治的・経済的利害の亀裂も露わになった。

 対する第3回世界社会フォーラムは、世界156か国から5717団体10万人が参加、ジャーナリストだけでも4094人に達した。開催国ブラジルのルラ新大統領は、ダボス会議へ出発する直前に「スイスに行って、もう一つの世界は可能であることを証明してくる」と挨拶し、喝采を浴びた。

 国際議員フォーラム、ヨーロッパ・アジア・南米などに200以上の地域フォーラムも創設され、ノーム・チョムスキーが「英国は米国の番犬」と演説、開会日に10万人、閉会式で4万人が「イラク戦争反対」「 もう一つの世界は可能だ」「民主的で持続可能な発展」「人権、多様性、平等」「メディアの文化支配に抗して」を掲げ、デモを繰り広げた。国連アナン事務総長も「グローバリズムを世界から排除し、社会フォーラムが掲げる正当な世界を求めるべき」「米国の対イラク攻撃を阻止するよう国連が全力を尽くす」とメッセージを寄せた。

 この時提案された2月15日の共同行動が、世界で1500万人という史上空前の、しかも宣戦布告前の非戦平和デモとなった。グローバル・ネットワークを結ぶ最大の武器はインターネットで、会議の記録はほとんどホームページから入手できる(日本語では「ヤパーナ社会フォーラム」http://www.kcn.ne.jp/~gauss/jsf/)。

 こうして毎年1月末の二つのフォーラムは、グローバリゼーションの帰趨を占う定点観測の場となった。アメリカ大統領一般教書はその頃発表される。国連や欧州・途上国の政府・政党は双方に代表を送る。

 最近、世界社会フォーラムのマニフェストというべき本が、英語で刊行された(W.F.Fisher & T.Ponniah eds., Another World is Possible: Popular Alternatives to Globalization at the World Social Forum, Zed Books,2003)。そこに『帝国』の共著者ネグリ=ハートが序文を寄せ、「ポルトアレグレの世界社会フォーラムは、すでに一つの神話、われわれの政治的羅針盤となった」「それは、新しい民主主義的コスモポリタリズムであり、新しい国境を越えた反資本主義であり、新しい知的ノマド(遊牧民)主義であり、マルチチュードの偉大な運動である」と述べた。

 日本ではまだ、この運動への関心は低い。しかし確実に高まっている。来年1月、ダボスのエリートたちに対抗してブラジルからインドに会場を移す世界社会フォーラムは、欧米対立とイラク戦争をくぐった世界の行方を示し、いっそう注目されることだろう。(政治学、「ネチズン・カレッジ」主宰http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.shtml)。


加藤 哲郎(かとう てつろう)

1947年生まれ。東京大学法学部卒業。名古屋大学助手、一橋大学助教授を経て89年から同教授。専門は政治学。インターネット上で「ネチズン・カレッジ」http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Home.html主宰。法学博士。英エセックス大学、米スタンフォード大学、ハーバード大学、独ベルリン・フンボルト大学客員研究員。インド・デリー大学、メキシコ大学院大学客員教授。著書は『社会と国家』『モスクワで粛清された日本人』『20世紀を超えて』『国境を越えるユートピア』など多数。


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