『一橋新聞』(1102号、2003年5月14日号)インタビュー

 

学生生活と地方選挙

 

 


―選挙のあり方―

◆あなたが自覚しなくても政治はあなたに作用する

 あなたが「ある地域に住んでいる」ということに、どのくらい意味を見出しているかが、第一に重要です。たとえ寝るだけのために帰っているにしても、実際には自治体の政治や行政によって、ゴミ処理から通学時の景観まで、さまざまな恩恵や不利益を受け、個人情報を預けて監視されていたりしているはずです。そして、関心がないから投票をしない場合でも、政治の決定はあなた自身をしばるわけです。自分が否応なく政治に関わっていることを、あなたのほうが自覚しているかどうかの問題ですね。そこまで認識が進めば、これはなんとかしなきゃ、投票にいかなければとなる。そのレベルを自覚することが大切です。 

◆政策に対する順位付けが候補者とフィットするか

 その上で、自分とその町なり市との関わりはいったいなんだろうというつながりを、自分なりに考えてみる。たとえば通学用のバスや電車が少なくて困っているから本数を増やしてほしい、でもいいです、自分なりの要求、争点を見出すというレベルがあります。

 もっとも候補者の方は、まんべんなく、何でもやりますというケースが多いですから、あなたなりのその政策に対するプライオリティ、順位付けを行わなくちゃいけない。それに対して、候補者の方はどういっているのか、その候補者が自分の切実な要求を本当に重視し実現してくれるんだろうか、と判断をしていく。

 実際の投票行動では、政党の所属、だれが応援しているのか、見た目がいいか悪いか、年齢や性別等々を含めた、いろいろな判断基準がでてきます。しかし、論理的に言えば、政策との関係で判断する政策選挙が、本来のデモクラシーのもとでの選挙のあり方です。

 

◆地方は国政に影響できるか―イラク戦争では―

 地方選挙であっても、無党派候補でも、戦争に対してどういう態度を持っている人が多く当選するかは、問題になります。

 アメリカの場合でいいますと、貿易センタービルをテロで破壊されたお膝元なのに、ニューヨーク市議会は、今回のブッシュ大統領のイラク戦争に対して反対の決議をしています。それには、その前にカリフォルニアでバーバラ=リーさんという、9・11の直後に報復戦争はおかしいんじゃないかとただ一人反対投票をした国会議員がいて、それを支持したバークレー市議会があって、その選挙区では地方議会レベルでバーバラさんを支えるさまざまな運動があったわけです。そういうものがあるからこそ、ニューヨーク市議会の決議もありえたわけで、実際にそれは世界中に報道され、大きなインパクトを持ったわけです。

 日本でも地方議会決議が多数出ましたが、そういう運動が広がっていくことで、地球全体でもさまざまな変動が起こりうるわけです。そのための土台作りに一票を投じる行動だって、間接的な形ですけれども、投票の意味づけは可能です。

◆「マニフェスト」は「市民が実際に使うか」だ

 行政の側は、地方自治法によって、10年ごとの基本構想、5年ごとの基本計画をつくらねばならず、行政をどう進めていくのかの計画を一応持っている。つまり現職の場合は、市民に市報などで、あらかじめ基本政策を提示している。とすると、本来は、それについての意見なり見解が候補者になければ、かみ合った政策選挙にはならないわけです。ですから今回、マニフェストという形で、系統的な政策提言をかかげ、それを持って立候補する人が増えたということは、健全な姿ですね。

 ただし、市民の側がそれをどう受け止めて、実際に政策選択に使ったかといえば、投票率が低下していますから、まだまだ「基本計画対マニフェスト」みたいな選挙にはなっていない。

◆投票率の低下と政党離れはデモクラシーの衰退?

 20世紀の世界全体をみると、民主制の定着した政治で、投票率が低下し、政党と個人の距離が遠くなっている問題があります。

 もちろん選挙や投票行動は民主主義にとって重要で、代表者を選ぶという意味で時には決定的ですが、しかし「自治」というデモクラシーの原理からいえば、4年に一度誰かを「代表」に選ぶのは、政治参加のひとつの形態にすぎない。

 たとえばリコールや住民投票、請願や議会傍聴、NGOやNPOの政策提言・審議参加、街頭での署名やデモンストレーション、あるいは地域や大学での自治会活動とか、広い意味での「自治」の政治を高めていくことが重要です。

 そんな眼で地方選挙を見ると、投票率はひとつの重要な目安ですが、そうでない形でも政治は動いている。今回のケースで言えば、イラク戦争に対する市民の反戦運動の高揚とか、高校生の平和集会とかもあって、デモクラシー全体が衰退したわけではない。新しい政治の芽もみられるのです。


◆キャプション

加藤哲郎教授(社会学研究科)専門は政治学・比較政治・現代史。

「選挙での投票は、誰かに代表してもらうという消極的な政治行動のひとつ。インターネットで行政や議員のサイトを検索し、自分にぴったりだと思った候補者の事務所でボランティアをしたり、そこまでしなくても、電話やメールで友達にこの人いいよと伝えたりというかたちでも、いろんな政治へのかかわり方がありますね」

 


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