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書評 川上武編『戦後日本病人史』(農文協)

 

 

加藤哲郎(一橋大学大学院教授・政治学)

 

 


 およそ医学とも医療とも縁遠い政治学専攻の評者が、この800頁に及び大著を読むにいたったのは、編者の川上武と評者が、本書の対象外のある人物の研究で、接点を持ったからである。それは、元東大医学部助教授国崎定洞、1926年にドイツに留学し、帰国すれば約束されていた社会衛生学講座初代教授のポストを捨てて反戦反ナチ運動に加わり、37年に亡命先のモスクワで、スターリン粛清の日本人犠牲者となった。旧ソ連の崩壊で、晩年の悲劇と「社会主義の病い」を証した秘密ファイルが見つかり、評者は『モスクワで粛清された日本人』(青木書店、1994年)でそれを解剖し、川上武の名著『流離の革命家』(勁草書房、1976年)を一緒に増補改訂して、川上・加藤『人間 国崎定洞』(勁草書房、1995年)という決定版評伝を公にした。評者自身はさらに革命家国崎の周辺を追い、今夏、ベルリンの左翼仲間だった作家島崎藤村三男の遺稿『島崎蓊助自伝』を発掘し(島崎爽助と共編)、『国境を越えるユートピア』を出した(共に、平凡社)。

 だから、川上は医学から、評者は政治学から国崎定洞の構想した「社会衛生学」に接近し交差したのだが、本書も実は、鋭く政治の問題を孕んだ戦後日本社会の、綿密な解剖図となっている。例えば「公害・薬害」患者の認定は、医学・医療技術に還元できない。厚生行政にとどまらず、資本主義と政治の問題であったことが、本書の膨大な歴史的叙述から浮き彫りになる。およそ何が病気で何が健常であるかは、聴診器やCTスキャンで定まるものではない。誰がどう線引きするかは、すぐれて社会的・政治的決定である。本書を読むと、敗戦から今日にいたるこの国は、膨大な病人をつくりだし、その治療と予防の過程で、薬害から手術ミスにいたる新たな病いを再生産してきた。医学史でも医療史でもなく「病人史」であることで、患者と医師が、療養者と介護者が、病院と世間が、厚生省と労働省が、行政と政治がつながる。人間であることとないことの境界が社会的・政治的に設定され、目次がそのまま社会病理のパノラマになる。七三一部隊から臓器ビジネスまで、DDTからヒトゲノム計画まで、医学・医療の病いも社会の病いの縮図と診断される。

 門外漢でも、これはわかる。「社会衛生学」の今日的到達点であり、日本社会史研究の金字塔が生まれたと。川上武と医療史研究会は、国崎定洞の初志を蘇生し完遂したのである。

(『東京大学新聞』2002年11月19日号、掲載) 



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