滞米生活についてのエッセイで、『一橋大学ニュース』1988年8月号に掲載されたもの。もっと本格的には、『ジャパメリカの時代に──現代日本の社会と国家』(花伝社、1988年)で論じてある。あわせて参照されたい。

 


さまざまなアメリカ

 

加藤 哲郎

 


 ジャーナリストの本多勝一氏は、アメリカ合衆国を「合州国」とよぶ。確かにアメリカといっても広大で、東部、西部、中部、南部は、ずいぶんちがう。州毎に法体系を持ち、交通法規も、消費税率も異なる。州をこえては学校制度も違うし、銀行は支店をもてない。その伝でいくと、アメリカには、いろいろなネーミングが可能だ。「合種国」「合宗国」「合秀国」「合醜国」……。

 1986年夏から88年春まで、私はアメリカに滞在していた。幸運なことに、同じ年のフルブライトとハーバード・イエンチンのスカラーシップに両方合格し、日米教育委員会とハーパード・イエンチン研究所に無理をお願いして、西部カリフォーニアのスタンフォード大学でフルブライト・ブログラムを終えてから、東部マサチューセッツのハーバード大学へと移り、アメリカ大陸の両側での生活を体験できた。中部や南部は旅行だけだったが、「合州国」の広さと多様牲は、実感できた。1987年2月にスタンフォードで半袖・短パンでフェアウェル・テニスをした翌週末には、アノラック・ブーツ姿でハーバードの近くのスキー場にでかけたのだから。

 もっとも気候だけなら、沖縄・北海道でも同じだろう。3時間の時差も、若い学生諸君なら気にならないだろう。しかし、サンフランシスコとボストンの街角にしぱしたたずみ、人々の歩くテンポや、ドラッグ・ストアの店員たちの英語、通りすぎる肌の色やファッションを比べてみると、必ず「合州国」を見出せるだろう。ただし、ニューヨークではだめである。ニューヨークは世界都市であり、あまりにミクスされすぎているから、むしろ東京やロンドン・パリと近しく感じるだろう。

 よく知られているように、合衆国は「合種国」である。つまり移民の国、人種のルツボだ。シスコならメキシコ系をいっばい見かけるし、アジア系も多く、日本人で一人でいても違和感は少ない。ワスプの建国の地、誇り高きニューイングランドでは、そうはいかない。最近はスペイン語系・アジア系も増えているとはいえ、やはりホワイトの街だ。地方新聞を読むと、いっそうよくわかる。環太平洋の一部である『サンノゼ・マーキュリー』とヨーロッパに面した『ポストン・グローブ』では、同じ日米貿易摩擦の記事でも、ずいぶんちがった印象を受けるだろう。

 「合種国」は「合宗国」でもある。この国の人々にとっての宗教の持つ意味は、「雑宗国」からきた無神論者にはわかりにくい面もあったが、折りからの大統領選予備選挙の世論調査には、性別・地域別・人種別・階層別などとならんで、宗派毎の支持率が発表される。日曜朝のテレビは、各宗派競いあっての説教ばかりだから、いやでも宗教の重みを思いしらされる。

 人種も宗教も多様なこの国には、世界中から自由と仕事とチャンスを求めて、さまざまな肌の色と言語と宗教を持った人々が集まる。だから「合秀国」になる。スタンフォードやハーバードには、とりわけ優秀な人々が集まってくるから、研究会やパーティでは、肌の色や宗教は気にならない。

 しかしキャンパスから数ブロック離れてみると、そこには「合醜国」がみえてくる。適者生存の「自由競争」は、上昇できればハッピーだが、下層に沈殿する人も少なくない。教会や地下鉄のそばの物乞い、厳冬のビルの片隅のホームレス、スラムに無法ゾーン、殺人・強盗・レイプ、ドラッグにエイズ──およそ人間社会のあらゆる悲惨・醜悪なものが、豊かさや幸運のすぐそばに同居している。

 ついでにいえば、この国は、いまや世界の生産物の大消費マーケットであり、世界の胃袋でもある。だから「合酒国」となり、世界中のアルコールや味を楽しめる。ハーバードには、私の滞在中、商学部の廣本、経済学部の田近、法学部の中里の諸先生も留学中で、経済研究所の久保庭先生が学会で来た時には、全学教授会と称して、この「合酒国」を楽しんだ。

 しかし、やはり合衆国は「合衆国」だ。ニューハンプシャーのスキー場では、日本のゲレンデとちがって、誰もウエアーなど気にせず、ジャンパーにジーンズで気ままに滑っている。東北育ちの私の、クリスチャニアにはほど遠い山スキーでも、だれも冷やかしたりはしない。そこに雪があるから、自分の流儀で勝手に楽しく滑る。それでいいのだ。おまけに、貸スキーもリフト代も日本の半額以下、これこそが、さまざまな人々が自由にのびのびとコミュニケイトできる「合衆国」のよさであり、豊かさであり、底力だろう。

 この夏も、多くの学生諸君が、アメリカにでかけるだろう。パック旅行の定食コースや円高便乗のショッピングぱかりでなく、ぜひとも、さまざまなアメリカ、文字通りの合衆国を体験し、コミュニケイトしてきてほしいものだ。

 



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