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対馬忠行『クレムリンの神話』

 

(こぶし書房、1996年)

 91年ソ連崩壊でクレムリンの奥から現れた日本人粛清関係秘密文書を解読していくと、1956年6月、フルシチョフ秘密報告とほぼ同時に公刊された『クレムリンの神話』は、驚くほどの先見性を持っていたことに気づく。

 私が感心するのは、労働証書制・ノルマ制の理論的解明ではない。『労働法規集』など当時の限られた資料から対馬氏が析出した「ソ連には失業者がいない、しかしその代わりに数百万の奴隷労働者がいる」現実である。

 最近の歴史学は、奴隷制・封建制・資本主義・社会主義型の単線唯物史観から解放され、「奴隷包摂社会」という概念を得た。日本人ラーゲリ体験者勝野金政・寺島儀蔵らの観察記録によっても、スターリン粛清犠牲者の大部分は、政治的理由を口実に奴隷労働に調達された。トロツキーやブハーリン、野坂参三と山本懸蔵など頂点での政治的粛清に眼を奪われがちな旧ソ連粛清研究に、底辺からの構造的視角を与えてくれる点で、対馬忠行氏の早すぎた問題提起は、いま輝き始めている。 

  (こぶし書房『場』に発表)



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