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週刊読書人1998年上半期の収穫

 

 多くの人が挙げるだろうが、やはり丸山真男『自己内対話』(みすず書房)。自由、国家、権威といった観念の扱いから「知の技法」を盗む楽しみもさることながら、著者の内面世界に立ち入り制作過程を追体験できる喜びは格別だ。同時に「夜半にふと目覚むればいま見し夢は東大紛争のほかにはあらず」という肉声にふれ、あらゆる事象を観察と思索の対象にする著者の貪欲な眼差しに気づくと、「持続的関心とものへの好奇心と、これが学問を支える二つの柱である」といった警句さえ、物書きには恐ろしくなってくる。

 昨年末の出版だが、三谷太一郎『近代日本の戦争と政治』(岩波書店)は、丸山的世界とも重なりあい、独特の味わいを持つ。戦時下の森戸辰男・大河内一男を扱う抑制した筆致が、逆に読者に重く迫る。「青春期の学問と老年期の学問」という短文に感動したのは、評者も夕映えに近づいているがゆえか。

 最近の自分の研究にひきつけて、R・W・ディヴィス『現代ロシアの歴史論争』(内田健二・中嶋毅訳、岩波書店)。先日モスクワのアルヒーフめぐりでは、ガイドブック代わりに使い重宝した。E・H・カーの流れをひく目配りの良さとバランス感覚には驚嘆。ロシアの若い世代の新動向にとまどっている様子も、ところどころ窺える。ここで「若い歴史家」とは40歳以下なそうだ。三谷教授の「学問は『ユース・カルチュアー』であってはならない」と共通する熱い想いが伝わってくる。

  (『週刊読書人』1998.7.24 に発表)



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