昨年末の出版だが、富田武『スターリニズムの統治構造』(岩波書店)は、ソ連史研究の新時代の開始を予感させる。課題と方法はオーソドクスだが、研究対象の崩壊で閲覧可能になった旧ソ連共産党政治局会議議事録などを用い、1930年代ソ連の政治支配のメカニズムを重厚に描きだした力作。
もっとも同じく年末に出た佐藤慎一『近代中国の知識人と文明』(東京大学出版会)と対比すると、スターリン主義をも「長いスラブ文明史」のなかの「短いソ連史」の一エピソードとして位置づけたい誘惑にかられる。
同じ時期の日本については、西成田豊『在日朝鮮人の「世界」と「帝国」国家』(東京大学出版会)が、日本資本主義に構造的にビルトインされた朝鮮人の労働世界を描く。地域・事業所レベルから発掘・再現された第一次資料の迫力と「強制された自発性」の記録の重みの前では、従軍慰安婦は売春婦だったとする軽薄な「自由主義史観」はふきとぶ。
現代については『講座 現代日本』全4巻(大月書店)を挙げるべきだろう。評者とは方法は異なるが、親しい友人たちの共同労作である。特に渡辺治の現代日本帝国主義論、後藤道夫の帝国主義史論、中西新太郎の社会階層分析などが、急進マルクス派の批判的・体系的思考の健在を示している。
(『週刊読書人』1997.7.25に発表)