書評のページ


週刊読書人1995年上半期の収穫

 

 先ずは藤田省三『全体主義の時代経験』(みすず書房)。ここでの全体主義とは「生活様式の全体主義」を含み、ホブズボームの「短い二〇世紀=極端の時代」と通底する。高度成長を経て「喜びという感情の消滅」した「安楽への全体主義」であり、J・ダワーの「喜びなき富日本」と響きあう。「生産」範疇への疑問など昭和知識人の批判精神の健在を示すが、若い読者にどれだけ伝わるか。団塊世代の大学教師や予備校教師が、入試や小論文用問題にしたてて摩耗させねばいいのだが。

 藤田が「自己批判」の政治手段化・濫用を憂い、鶴見俊輔が「立派なコミュニストの多くは抵抗者」とマルクス派を批判する時、中野徹三『社会主義像の転回』(三一書房)が光る。いまやゲットー化された世界への真摯な理論的自己切開と問題提起の旅。

3冊目は評者の当面の関心に引きつけて、山口昌男『挫折の昭和史』(岩波書店)。満州国と石原完爾をめぐる知的パノラマのマニアックな面白さ。ただし個々の知識人の探求は浅く「自己批判」の甘さが気懸り。

(『週刊読書人』1995.7.28に発表)



図書館に戻る

ホームページに戻る