加藤哲郎・渡辺雅男編・一橋大学大学院社会学研究科国際シンポジウム『20世紀の夢と現実──戦争・文明・福祉』(彩流社、2002年5月)

まえがき

 

 

                          加藤 哲郎

 

 本書は、二〇世紀最後の年の最後の月、二〇〇〇年一二月に東京で行われた、一橋大学大学院社会学研究科主催の国際シンポジウム「二〇世紀ムムその夢と現実」の記録である。その目的は、この百年の人類が抱いたさまざまな夢・希望を、その帰結としての現代世界の現実と照らし合わせて、人類史における二〇世紀の意味を、多面的に描き出すことであった。より具体的には、以下の趣意書に、尽くされている。 

 振り返ってみると、二〇世紀は大きな変化の時代、大衆的な力の発揮された時代であった。それはイデオロギーの時代であり、国民国家の興亡の時代である。科学的発見と技術的進歩の時代である。未曾有の災害と悲惨に覆われた時代でもある。過去百年という時代は、人々の夢と、その実現、そして、その叶わぬ現実を見続けてきた時代であった。人権の普遍性が認められながら、それが易々と踏みにじられることもあった。まさに、今世紀こそディレンマと矛盾の時代と呼ぶにふさわしい。
 今世紀が終わりを迎えようとしている今、われわれは、つぎの世紀に向けての第一歩を踏み出さなければならない。待っているのはどんな世紀なのだろうか。技術の進歩が大量失業と核の脅威を生み出す時代なのだろうか。軍事力が世界を支配し、多国籍企業やコミュニケーション産業が圧倒的な影響力を発揮し続ける時代なのだろうか。経済、環境、文化のありとあらゆる危機的状況の噴出のもとで、われわれの人間的な尊厳はどのような形で守られるのだろうか。過去の遺産を確認する必要、二〇世紀を振り返る必要は、まさに不確定な二一世紀の門口に立って初めて切実な問題としてわれわれに迫ってくる。
 一橋大学社会学部は、二〇〇〇年一二月二ム三日に「二〇世紀ムムその夢と現実」をテーマに、国際的なシンポジウムを開催する。このシンポジウムは公開で行われ、学界関係者、市民、学生に向けて開かれている。記念講演に続き、全体は以下の三つのセッションによって構成される。(1)福祉国家、(2)戦争・歴史・文化、(3) 技術と環境。世界各地から招聘された報告者が学際的で多角的な議論を展開する。

 当日は、日本語・英語の同時通訳つきで、多彩な報告と活発な討論がなされた。基調報告は、本書に収めた安丸良夫一橋大学名誉教授「二〇世紀ムム日本の経験」とアシス・ナンディー・インド発展途上国社会研究センター所長 「"The Twentieth Century: The Ambivalent Homecoming of Homo Psychologicus"日本語訳タイトル」であり、共にE・ホブズボーム『二〇世紀の歴史』(原題「極端の時代ムム短い二〇世紀」、三省堂、一九九六年)を参照しながら、二〇世紀全体の意味を深く洞察した。

 第一セッション「福祉国家」は、クリストファー・ピアソン英国ノッティンガム大学教授、リン・チュン英国ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス講師、ロビン・ブラックバーン英国エセックス大学教授(『ニュー・レフト・レビュー』誌編集委員)、高田一夫一橋大学教授の四氏が報告、宮本太郎立命館大学教授がコメントした。

 第二セッション「戦争・歴史・文化」ではバレンタイン・ダニエル米国コロンビア大学教授、レイナルド・イレート・オーストラリア国立大学講師、ハーバート・ビックス一橋大学教授(当時、現在ニューヨーク州立大学ビンハムトン校教授)が報告し、油井大三郎東京大学教授がコメンテーターをつとめた。

  第三セッション「 技術と環境 」については、アンドリュー・フィーンバーク米国サン・ディエゴ州立大学教授、ジョン・ベラミー・フォスター 米国オレゴン大学助教授(『マンスリー・レビュー』誌編集委員)、御代川貴久夫一橋大学教授が報告し、矢澤修次郎一橋大学教授がコメントという陣容で、国内外からの約一五〇名の出席者も加わり、密度の濃い討論が行われた。

  会議の開催にあたっては、一橋大学後援会、文部科学省から、多大の援助を受けた。

  私自身は、渡辺雅男教授と共に、この国際会議の企画・実行を担当したが、最終日の閉会挨拶を、次のように締めくくった。

 私たちはこの二日間、まもなく終わろうとする二〇世紀について、集中的な討論を行ってきました。
 その扱う範囲は、イレート教授の論じたフィリピン・アメリカ戦争から、フィーンバーグ教授の論じたインターネット時代まで、百年の全体にまたがりました。ナンディ教授の基調報告が論じた暴力の普遍化、ビックス教授の論じた戦争と国際法、フォスター教授の論じた地球環境のようなグローバルな問題から、安丸教授の基調報告が問題提起した日本のイエ型家族の問題、ダニエル教授の提示した南アジアの宗教儀礼の問題、御代川教授の紹介した水俣の技術者の問題まで、多岐に渡りました。福祉国家に関連して、リン・チュンさんは、「資本主義対社会主義」が二〇世紀を貫く問題であったことを改めて想起させ、ピアソン教授、ブラックバーン教授、高田教授は、その歴史的展開に即して、基礎所得・年金・雇用など具体的問題を通じて、論じられました。ジェンダーの問題は、主題的にはとりあげられなかったとはいえ、いくつかのペーパーの中 で、重要なイシューとなっていました。討論の中ではさらに、「第三の道」、西欧の二〇世紀とアジアの二〇世紀、文化多元主義などの問題も、提起されました。
 そこから浮かび上がったのは、人間存在のあり方から地球生態系に及ぶ、人類史の中で二〇世紀がもたらした「革命的」な変化・変容であり、同時に、二〇世紀のままでは前に進みえない深刻な問題の広がり、二一世紀の見通しの不確実性でした。
 ブラックバーン教授は、グローバルな金融市場で政府・企業・労働者・市民の交錯する「灰色の資本主義」に言及されましたが、灰色なのは、所有権が曖昧で不確かになった市場経済ばかりではありません。政治における「第三の道」の行方も灰色ですし、ソ連型共産主義に勝利したはずのアメリカ型民主主義も、 未だに第三ミレニアムの初代大統領を決定できないでいます。日本の民主主義も、半世紀たちましたが、なお根の浅いもので、外国人ゲストの皆さんに誇れるものではありません。基調報告で安丸教授は、民衆の最後のより所としての家族に言及されましたが、そこにもナンディ教授が論じた暴力の問題は入り込み、「北」のアメリカ・ヨーロッパや日本では「家庭内暴力」が、「南」の国々ではストレート・チュルドレン や過酷な児童労働が、深刻な社会問題になっています。要するに、民衆の生活世界の行方も 、なお灰色です。
 しかし私たちは、二日間の討論を通じて、その灰色の曖昧さ・不確実性を分析し、活路を見出すための、いくつかの視角・アイディアをも見出してきた、と信じます。その内容は各人で異なり、その方向性は一つではないでしょう。
 二〇世紀を総括し、二一世紀を迎えるシンポジウムを閉じるにわたって、私は敢えて、一九世紀のカール・マルクスの言葉に立ち返りたいと思います。「すべてを疑え 」「学問に王道はない 」、しかしながら、「問題が問題として生起する時、その問題の解決の物質的諸条件は、すでに与えられているのである 」と。
 

 この国際シンポジウムに先立って、ペリー・アンダーソン米国カリフォルニア大学ロスアンジェルス校教授、安丸良夫教授、ハーバード・ビックス教授の三氏には、それぞれ準備過程のプレ・シンポジウムで問題提起をしていただいたが、残念ながら、ペリー・アンダーソン教授の講演のみは、本書に収録できなかった。私たちの同僚だったハーバード・ビックス教授は、この会議の三か月後に米国に帰国したが、その直後に、日本で執筆した『ヒロヒトと日本近代国家の形成』がピューリツァー賞を受賞したという、嬉しいニュースが伝えられた。

 特筆すべきは、第三セッションでフィーンバーグ教授が提起した問題と重なるが、この国際シンポジウムが、実行委員会の一年余の準備も、外国人ゲストとの連絡も、ほとんどインターネットと電子メールを用いて行われたことである。 ペリー・アンダーソン教授の来日情報をいち早くキャッチしてプレ・シンポジウムを開き、報告ペーパーは電子メールで送ってもらい、 外国人ゲスト間のペーパー交換も、草稿を含めて全部を収録した特別の非公開ホームページを作って、そこへ世界中からアクセスしてもらった。そのことによって、報告者・コメンテーターは、相互に他の論者のペーパーを事前に読むことができ、当日限られた時間でのかみ合った討論へと結実させることができた。 

 本書の英語版は、英文『一橋ジャーナル』特別号(Hitotsubashi Journal of Social Studies,Vol.33, No.1、二〇〇一年七月)として、すでに公刊されている。この日本語版の完成にあたっては、刺激的なペーパーを寄せて頂いたゲスト・報告者の皆さん、学術図書の刊行が難しい時期に本書の出版に意義を見いだしていただいた彩流社の皆さんのほかに、一橋大学大学院社会学研究科のスタッフ・事務部・助手・大学院生の方々に、多大の協力を得た。記して謝意を表したい。

 本書の刊行が、二〇〇一年九月一一日の米国同時テロとアフガニスタン報復戦争以降、にわかに緊迫して「グローバリゼーション」や「文明間の対話」が論議されている世界に、より長期の視野から示唆を与えることができるならば、関係者一同、望外の喜びである。


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